288 第19話12:JUST BRING IT!




 二カ所ある選手入場口から次々と屈強な選手が排出されてくる。

 しめて七人。

 モログの提案に全員が乗ったことになる。


 どれもふてぶてしい表情をしていた。

 当然だろう。モログの提案は端から観ている分には興味を大変にそそられるであろうが、彼らからしてみればとんでもなく受け入れがたいものであったに違いない。


 全員が全員、己の力を頼みとする商売だ。侮られてはやっていけない。


「よくもブチ上げてくれたものだな。ナンバーワン!」


「ナメやがって!」


「あそこまでカマしてくれたんだ! 容赦なんぞしねえぞ!」


 口々に強い語気がモログに向かって放たれるが、彼は一切動じることなく仁王立ちを崩すことはない。

 そのままの姿勢で顔だけを最後の言葉を発した者に向けた。


「それこそが、オレ様の望みッ! 御託は充分ッ! さっさとかかってこいッ!」


 言い終わると同時に、モログは手にした拡声法器を放り投げる。

 投げ上げられた拡声法器は綺麗な放物線を描き、リング下にて避難するかのように控えていた女性係員の両掌に収まった。次いで彼女は逃げるように奥に向かって走り始める。

 一触即発の雰囲気を察したのであろう。

 既に試合舞台上はモログ以外全員が殺気立っている。確かにいつ戦闘を勝手に始めてもおかしくはなかったが、開始の合図があるまでは誰も攻撃を仕掛けることがなかったのは、見た目よりもずっと冷静であったのかもしれない。


「さぁ~~~! 突然始まったぞバトルロイヤル! いや、これはハンデ戦か!? イキナリの事態に我々大会運営側もてんやわんやのてんてこ舞いで泡喰いまくっている状況であります! さて、実況席にはこのトンデモ事態を収拾すべく、我らが御曹司ロッシュフォード=ワレンシュタイン筆頭政務官にお越しいただいております!」


「うむ、大会運営に尽力してくれている皆には感謝だ。臨時ボーナスを私からも出させてもらおう。獣人族の皆には特上ステーキだ!」


 途端に、今までとは別の場所から「うぉおおーーー!」という歓声が上がる。


「サスガ我らが御曹司! 太っ腹ァアーーー! さて、ロッシュフォード様、早速ですがご解説をお願い致します!」


「うむ、まずこの事態を説明させてもらおう。四年前の前大会でも驚異的な力を見せて優勝したモログ選手であるが、先のように大会の盛り上がりには大きく貢献してくれていた。にもかかわらず、彼としてはもっとできることがあると打診されており、今回その提案を受け入れた形だ。今、試合舞台上で彼に対抗するため立ってくれている勇士たちには失礼な話と承知の上ではあるが、モログ選手としても初戦にて他選手との実力差を痛感してしまったらしい」


「ナルホド! 確かにあれは、ちょっと……でしたね!」


 女性のアナウンサーが一瞬言い淀む。それほどにモログの今大会初戦は実にアッサリとした決着であったのだ。


「そうだな。加減しても無用に大怪我させてしまう可能性があったがゆえに、彼は攻撃することすら控えたらしい。このように試合とはいえある程度、両者の実力が拮抗しなければ面白くもなくなってしまう。そう彼は主張し、今回の試合形式となったのだ」


「そういうことでしたか! さすがは最強の冒険者モログ選手ですね! 勝つことだけではなく、大会の盛り上がりにも充分に配慮してくださるとは! しかし、随分と余裕なのですね!」


「うむ、彼としては今大会途中から、自分と良い試合が行えるかもしれないと判断出来るのは、選手ナンバー二十四のバルセルトア=クルセルヴ選手とナンバーイチのハーキュリース=ヴァン=アルトリーリア=クルーガー選手、この二選手のみであると感じたらしい」


「ほう! レベル四十で、ナンバーツー冒険者として名を馳せているクルセルヴ選手は良く解るのですが、ハーキュリース選手もですか! それはヤッパリ、先程の好試合から!?」


「いや、それも理由としては大きくあるのであろうが、彼の中身にも、であろうな」


「と、申しますと!?」


「実は私も最近知ったのだが、ハーキュリース選手は我が国でも数少ない上位クラス取得者であるのだ。彼を含め、モログ選手とクルセルヴ選手を併せた三名だけが、今大会に出場してくれた上位クラス取得者となる」


「ええぇえ!? 上位クラス取得者!? そうなのですか!?」


「うむ、我が軍もつい先日、冒険者としてハーキュリース選手には世話になったのでな。知っての通り、上位クラス取得者はそれ以外とは一線を画したステータス能力を持つに至る。そういう意味で、モログ選手に肉薄し得るのは上述の二名のみ、そう考えてもおかしいことはないし、私もそう思う」


「ナ、ナルホドっ! しかし、手元の資料によりますと、ハーキュリース選手の現レベルは三十二とのこと! この時点で上位クラスを取得されているのは、破格と言えるのではないでしょうか!?」


「私もそう思う。我が父ランバートが、上位クラス『英雄騎士ピース・キーパー』を取得したのはレベル三十五のことであると聞いている。恐らくは三週間前のロズフォッグ領トゥケイオスの街を救ったことが大いに影響しているのであろう」


「確かに! おっと! ようやく係員の避難が完了したとのことです! では折角ですから、試合開始の合図をロッシュフォード筆頭政務官にお願いしたいと思います! では、ロッシュフォード様、よろしくお願いします!」


「うむ。では、モログ選手の要望通りの試合を開始させてもらう。それではっ、始めぇえーーー!」


 試合会場では、既にモログが他選手に七方から囲まれていた。

 ロッシュフォードの開始の合図と同時にその内の、明らかに前衛が飛び出す。


「おおっしゃああっ!」


「ウリャアアッ!」


「死ねぇええ!」


 殺しては駄目なのだが、加減する気がある者など一人もいない。その中の三名が脇目も振らず、いっぺんに襲いかかった。

 全く同じタイミングで彼らは跳躍し、三方上空より各々の武器を振りかぶりながら、全体重をかけて彼らは攻撃を仕掛ける。


 人間種の身体の構成上、上からの攻撃を防ぐ、乃至撥ね返せるのは二方向までである。

 二人玉砕されるとしても、誰か一人は攻撃を通すことができる。そう考えての捨て身の突撃戦法と言えた。


 彼らの判断は正しい。

 リスクを承知で、実を取った訳である。相手がモログでなければ、倒せずとしても軽くないダメージくらいは与えられたのかもしれなかった。


 モログはバッ、と右手は拳を握り、左手は巨大斧槍を保持したままで両腕を左右に開く。逃げもせず、迎撃態勢を取ることが、誰の眼にも分かった。


「サイクロンッ・クロォーーーズラインッ!」


 そのままギュルンと瞬時にその場で高速回転を行う。と、同時に、彼の周囲に竜巻が突如発生した。


「な、何ィイイ!?」


「ま、魔法か!?」


「ブッ、ギャアアーーーー!」


 巻き込まれ、上空に投げ出される三人の戦士たち。一様に、鎧や武器を砕かれ、放物線を描き場外に落下する。

 一瞬で仲間が減ったことに固まる四人。一方で観客は驚愕からか一度声を失ったが、すぐに怒号の塊のごとき歓声を上げた。


 驚くのは、シアとハークとて同じであった。二人して、特にハークは珍しいことに、両眼を見開いている。


「すっごいね! 日毬ちゃんと同じくらいの竜巻じゃあないか! ナンバーワン冒険者は超がつく肉弾戦の達人だとは聞いたことはあるケド、魔法も達人クラスだとは知らなかったよ!」


「いいや、違うぞ、シア」


「え?」


「彼は魔法なぞ、一切使っていない。彼の周りに、一切の精霊の集まりや動きを感知することはできなかった……!」


「え、ええぇえ!? それって、一体どういうことだい!?」


「あの男が発動したSKILLは魔法などではない! 単純な肉体の力によるSKILLで、彼は竜巻を巻き起こしたのだ!」


 その言葉にシアは二重の意味で驚いていた。

 一つはハークが今語った事実に。もう一つはハークの声が、少しだけ震えていたことに。


 ただ一つ、シアは勘違いしていた。ハークは驚き、そして戦慄していたから声を震わせていたのではない。

 ヒトの身で、それ程の力を持つに至る可能性を、モログが示してくれたことに感動とある種の歓喜を抱いていたからであった。




 一方、リング上では仲間の数が一気に半分近くまで減ったモログの対戦相手たちが、折れかかった心を立て直すところであった。


 近接系の能力を持ちながら、先の突撃に唯一加わらなかった最も高レベルの男が声を上げる。


「おいっ! お前らは確か、近接より魔法遠距離攻撃の方が得意の選手だったな!?」


「そっ、そうだ!」


「肯定する! 近接はそこそこでしかない!」


「俺は純粋な魔法職だ! 接近戦はほぼできん!」


 頷いて、再び最初の男が声を出す。


「よし分かった! ここは協力し合おう! ヒトと対戦するのではなく、強力な魔物と戦っていると仮定するのだ! 連携するぞ! 俺が前に出る! 魔法で一斉射撃しろ!」


「りょ、了解だ!」


「賛成する! 今だけは協力し合おう!」


「オーケーだ! 頼むぞ!」


 圧倒的な危機に、四人の選手たちは即席のチームワークを発揮し出す。

 未だ仁王立ちしたままのモログの前方に、最初に声をかけた戦士が立ちはだかった。彼の後ろに、いくらか離れて連携を受諾した残り三名が大急ぎで移動する。


「よし! 今だ、撃てえぇ!!」


「『氷柱の発現アイシクル・スパイク』!」


「『岩塊隆起ロックビート』!」


 三人の内、二人の氷と岩の中級魔法が発動され、上と下からモログを襲う。


「全員効果範囲には入るなよ! 『雷落としライトニング・ストライク』!!」


 更に一拍遅れて、純粋な魔法職であると告白した男が、それに見合う上級雷魔法を使用した。雷撃が、リング中央を襲撃する。

 ヴィラデルの同魔法を幾度か拝見したことのあるハークからすれば、その雷迅は些かにか細かったが、上級魔法など滅多に眼にしたこともない観客は大盛り上がりだ。その中に、モログの身を案じた金切り声も若干混ざっている。


「よぉし、良くやったぞ! トドメだ! 『瞬動』!」


 三種の属性魔法が突き刺さった事で、様々な色の煙に包まれたリング中央に、うっすらと巨大な人影が視えたことを確認して、近接を買って出た男が最後の突撃を敢行すべく移動SKILLを発動させた。

 風を巻いて煙の中へとその身を侵入させる戦士であったが、直後、全く逆の方向へ、背中を前方・・・・・にして前に倍する速度にて煙の中より飛び出てきた。


「エッ!?」


「ウワッ!?」


「オワァッ!?」


 全く逆方向ということは、彼を盾としていた三名の方角ということである。その中の氷魔法を放った一人は対処が遅れ、戦士のその身を自分の身体で受け止める結果となったが、勢いに押されてそのまま仲良く場外へと放り出される結果となった。


「え……、え?」


「なっ、何だ……?」


 リング上にまだ残る二名が状況を掴めずに戸惑った声を上げた。

 ほぼ同時に、リング中央に突風が起き、煙が晴れる。


 試合開始時から、全く場所を動いていないモログの姿が再びあらわとなった。全くの無傷のままで。

 先に放たれた三種の魔法の中で、唯一『岩塊隆起ロックビート』だけは言葉通りの岩塊が場に残る筈であるのだが、既に根元から粉々に砕かれていた。


 こんな完璧なタイミングで、突風など自然に起こる筈などない。大多数の人々には、何が起こったなど分からないであろうが、ほんの一握りの者だけは理解できていた。


〈片腕を振り払ったことで、風を発生させたのであろう。彼としてはごく軽く、な〉


 ハークもその一握りの内の一人であった。

 リング上に残る二人は、ハークとは逆に大多数の側である。

 それは、試合前にモログが下した評価が全くの正当なものであるということ示していた。


 彼らにもその事実のみは理解できたようで、各々の武器を力無く下げる。


「ふむ、もはや戦う意志すら潰えたようだなッ。何か言うことはあるかねッ?」


「こ、降参だ……」


「参った……」


 モログが軽く声をかけると、彼らは項垂れつつ言う。

 その言葉を聞き、モログは少しだけ残念そうに頷くと、極太の右腕を天に向かって突き上げるのだった。


 その拳に、その背に向かって、巨大なる歓声の塊が投げかけられていた。




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