287 第19話11:王様




 ハークが大人になったリィズの横に並び立つフーゲインとエヴァンジェリン、そして成長したエリオットの姿を夢想していた頃、彼の師であるフーゲインは様々な感情に捉われていた。

 愛弟子で元々可愛がっていた弟分があそこまでやってくれた嬉しさと頼もしさ、それでも勝てなかった無念、しかし、憐憫の情にも負けずに一流の力を身をもって伝えてくれたハークへの感謝などなどがないまぜとなって、まともな思考もかなわぬほどに渦巻いていたのである。


 無言で腕を組みながら眼を瞑り、精神が落ち着くのを時間に任せていたフーゲインが再び眼を見開いた時、すぐ傍らにいた筈のリィズとエヴァンジェリンの姿がなかった。


「あれ……、アイツらは……?」


 誰ともなく発した言葉であったが、アルティナが答えてくれた。


「リィズとエヴァンジェリンさんなら、エリオット君のお見舞いに向かわれましたよ」


「フーちゃんがぼーっとしてる間にね」


「フーちゃん……」


 アルティナに次いでヴィラデルが補足してくれたが、自身への略称の微妙さに言葉を失う。二人はそんな様子も気にせず話を続けた。


「ただの見舞いにしちゃあ、時間かかってるけどネ。きっとねぎらいの言葉とかをかけているんでしょ。ま、確かにハーク相手にあそこまで粘ったのは凄かったケド」


「そうですね。私も驚きました。ただ……、ベスト八の決定戦ももう後半戦ですからね」


「何!? もう!? ってこたァ、クルセルヴの試合も!?」


「そうよォ、アナタがだんまりになってから三試合が経過しているワ。ま、どれもアッサリとした決着だったケドね。なーーんの波乱もなく終わったワ」


「そうだったのか……。いやぁ、面目ねえ。ん? それにしちゃあ、ヤケに客席が騒がしくなってきてるな」


 フーゲインの言う通り、周囲の喧騒が急に増し始めてきている。それは通常の盛り上がりとは明らかに違い、歓声というよりはざわめく喧騒であった。


「どうしたんでしょう? どこか会場の雰囲気が変わったかのような……?」


「お二人サン。その原因はきっと、アレ・・よ」


 ヴィラデルが指を差す。その方向に同時に視線を向けたアルティナとフーゲインは揃って表情を変えた。


「なんだアイツ?」


 フーゲインが訝しげな声を出す。

 フーゲインたち三人だけではなく、客席どころか会場にいるほぼ全員が片側の選手入場口へと一様に視線を向け始めていた。

 試合舞台へと向かってたった一人歩みを進めるその人物は、三メートルを超える巨体に自身の身長と同じくらい巨大な斧槍を右肩に担ぐように携えている。

 真紅のマントに包まれた肉体は超がつくほど筋骨隆々、頭部には眼光しか窺い知ることのできぬフルフェイスヘルムを被っていた。


 それは少なくとも客席にいる誰もが良く知る男の姿。


「モログだと!? ヤツの試合は4試合先だろ!?」


「何しに出てきたのかしら。出番を間違えた、ってカンジではないわねェ」


「どうかしたんでしょうか……? 急に緊迫してきたみたいに感じます」


 アルティナがゴクリと喉を鳴らす。

 試合舞台リング上に、今、この国一の最強の冒険者にして、上位クラス専用のSKILL『皆の希望にして皆の王者プロレスラー』の所持者が舞い降りた。




 その頃、選手控室のハークは受けたダメージこそほとんど皆無だったが、消費した魔力を回復するための仮眠から目覚めたところであった。


「起きたかい、ハーク。調子はどうだい?」


「ああ、問題なさそうだ。どうだね虎丸?」


『はいッス! ご主人のMPは全回復しているッス!』


 虎丸の頭の上の日毬が追随してひと鳴きする。同意と共に「よかったー」と発言しているのが分かる。


「そっか、良かったよ。ところでサ! さっきハークが寝てる間に客席行ってきたんだけど、トゥケイオスの街からなんと『死に損ない部隊』のおじいさんたちが応援に来てくれているよ!」


「何!? わざわざか!? それは本当に驚きだが嬉しいものだな。しかし……、だとすると他の儂らの知り合いも、同じように応援に来てくれているのかも知れんな」


「ああ~、確かにそうだね! ソーディアンの誰かしらが……」


 そこまで言ったところで、巨大な歓声が会場全体を揺らした。


「おお、何だ? 凄いな」


「ハーク達の試合に近いくらいの歓声だね」


「ほう。儂らの試合もこれほどであったのか」


「自分で気づかなかった?」


「うむ、後半はかなり集中していたからな。……それにしてもこれは、試合に関する歓声とは少し違うような気がするな。波が無い」


「言われてみれば確かに……。三週間前の、勝利の凱旋を思い出すね」


 試合に対する歓声の多くは応援である。応援しているどちらかの選手が優勢、もしくは劣勢に陥る度に沸き、そして悲鳴を上げる。つまりは強弱の揺れを持つのである。

 対して今回の歓声は一定の調子で長く続いている。これは賛美や歓迎の意図が籠められた場合に多い。


「気になるかい?」


「そうだな。休憩も完了したし、様子を見に行ってみよう」


 ハーク達は連れ立って、試合舞台の観える出場者専用観戦所に向かってみることにした。




 控室から出場者専用観戦所までは数分の移動時間がある。その間も歓声は鳴り止むことなく、しかも声の調子が落ちることはない。むしろ歓声が耳に届きやすい場所へと近づいているせいか、勢いが増しているような感覚すらある。


 専用観戦所まで達すると、試合舞台上の中心に人間種にしては巨大な人影が視えた。


「む? モログ?」


「あれ? まだハーク達の試合が終わってから三十分くらいしか経っていないよ? それに大会運営の方から準備の声かけももらってないし……」


 試合舞台上のモログはなぜか武器を持たぬ方の左手を突き上げている。

 一見、勝ち名乗りを上げているようにも視えるが、実際は客の歓声に応えている形であった。

 そんな彼に、大会運営役の女性係員が駆け寄り、筒のような拡声法器を手渡そうとする。


 モログは受け取ると同時に、顔を上げた。が、すぐには話し始めない。

 次いで、実にゆったりとした動作で四方を見回していく。


〈なんだ?〉


 これは客の歓声に応えると同時に煽るマイクパフォーマンスの一種だったが、戦国期から江戸初期の日ノ本の国に前世を生きたハークには理解できる筈もなかった。


 さらに声を張り上げる観客たち。オーディエンスのボルテージがマックスに差しかかる寸前で、モログはようやく口を開いた。


「待たせたなッ、皆ッ!」


 途端に「ウワォオオーーー!!」、という地鳴りの如き無数の絶叫が大地すら震わせる。まるで戦場における鬨の声のようにハークには感じられた。


 怒号が少し収まるのを待って、モログは再び話し始める。


「素晴らしい好試合が続き、皆も楽しんでいるようだなッ! 無論、俺もだッ! 特にベスト八を最初に決めたエルフの剣士と犬人族の拳士の試合は、ここ最近の戦いにはない興奮と高揚と、そしてッ! 感動を味わわせてもらったッ! 皆もそうではないかッ!?」


 モログのその言葉に答えるかのように、同意を示すかのように大歓声が再び地を震わせた。そして収まるのを待つのではなく、彼はそのまま話を継続させる。


「俺もッ! 彼らのように熱い試合を行いたいッ! これは俺自身の切なる願いだッ! だがしかしッ! 残念なことにッ! 俺の決勝までのブロックには、彼らのような猛者がいないッ!」


 今度は、歓声と共にどよめきも混ざったものが上がった。ここまで勝ち残ってきた者達は全て、例外なく普通・・の者達から視れば明らかな実力者であり猛者である。


 が、モログは普通・・ではない。彼はぶっちぎりのナンバーワンなのだ。シアが納得したように言う。


「ま……、悔しいだろうけど、彼の言う通りだろうね」


「そうなのか?」


 ハークは試合の準備もあって、自分の直前に行われたモログの試合を観戦してはいない。

 そんな彼の代わりに、シアはモログの試合を見物していた。


「モログの試合だけどね、相手三十八レベルっていうかなりの高レベルだったんだ。レベルだけで視るなら、今大会第三位」


「あのクルセルヴに次ぐレベルの持ち主という訳か」


「うん。その相手の攻撃を、モログは簡単に片手で、しかも素手に掴んで受け止めちゃったんだ。そのまま相手の身体を抱き上げると、場外にヒョイっと投げ落としちゃったよ。まさに大人と子供の力量差だった」


「それは凄まじいな」


 シアは頷く。


「そうだね。アレに対抗、っていうか良い試合ができるなんて、ハークかあのクルセルヴぐらいだと言われたら、あたしは納得だね」


「ふむ、そうか」


 実際にやってみないと何とも言えないが、シアは確かな眼を持つ。

 とはいえ、とりあえずハークはモログの話の続きが気になっていた。

 一体どんな話の帰結を導くのか。ハークやシアも他の観客たちと全く同じように耳を傾ける中、モログは再び口を開いた。


「そこでだッ! ここで一つの提案をするッ! 選手ナンバー二十五番以上の準決勝までに俺と当たる可能性を持つ戦士たちよッ! 俺と一斉に戦ってみないかッッ!!」


 彼の提案に再び会場は喧騒と歓声が混ざり合ったものに包まれた。




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