286 第19話10:誠心誠意




「おおおぉおっ!! 即興連撃・『二刀一輪』ッ!」


 こんな技が定着などする筈などない。ただ単に左右に握る斬魔刀と、鞘ごと逆手の剛刀に魔力を流しつつ振るうだけなのである。目の前で恐らく自身最後にて最大のスキルを発動したと思われるエリオットの気合に押されぬために、言った通り咄嗟に繰り出した即興技だった。

 風を巻いて腰から上を振り回して、たっぷりと反動をつけながら打ち込まれてくる拳に対抗するにはこれしかない。


 ガンゴンガンゴンガンゴンガンゴンガンゴン!!


 鋼鉄の籠手に包まれた拳と刃、もしくは魔力に守られた鞘が激しくぶつかり合う。

 いつの間にか、やかましいほどの盛り上がりを見せていた会場の歓声も静まり返り、両者が繰り返す激突音だけが響き渡っていた。

 観客も、ここが最終局面であると気づいているからだ。


 応援席のリィズは両者の無事を祈り、エヴァンジェリンは目を瞑り、フーゲインは歯を喰いしばる。


「うああ、あ、ああああ!」


「ぬおおおおおおおおおお!」


 ぶつかり合う気合と気合、意地と意地。高次元で展開される両者の均衡。だがこの均衡は、既に勝負の着いた均衡でもあった。

 もう、エリオットのMPとSPが持たない。しのがれるだけで敗北確定。全てを出し尽くした結果だった。そして当然、ハークはそのことをとっくに見抜いていた。


 あと二発。

 二発でエリオットは技を維持できなくなって、倒れる。


〈だが、そんな結末など誰が望む!!〉


 ハークは右腕に自身最大級の力と魔力を籠めて斬魔刀を薙ぎ払った。エリオット最大最強SKILLを乗せた拳が大きくはじかれ、仰け反り、左半身がガラ空きとなる。


 同時にハークは右手の斬魔刀を手放していた。そして逆手持ちの剛刀をくるんと回し、順手に変える。

 弓を引き絞るような構えは、奥義・『朧穿』。

 既に力尽きる寸前の、正に風前の灯火ともしびである犬人族の少年の姿が眼に入る。

 心のどこかから、これ以上は過剰攻撃だという声が聞こえた。その声を振り払い、ハークは最後のSKILLを打ち放つ。


「南無三っ!! 奥義・『朧穿』ー!!」


 完璧なる一撃が、小さな犬人族の少年の左肩付近に突き刺さった。

 鞘付きのままで。

 が、剛刀はハークの左手に、エリオットの左鎖骨を砕いた最悪の感触を伝えていた。

 エリオットの小さな身体が吹き飛ぶ。

 ハーク達は舞台ほぼ中央で打ち合っていたが、彼の身体は場外ギリギリの舞台袖近くに背中から着地していた。いや、本来ならば背中から落下したと表現すべきだろう。


 ハークは先の『朧穿』で、エリオットを場外にまで吹き飛ばして勝負を決めるつもりで放っていた。つまりは、リングアウト勝ちを狙ったのである。


 それがわずかに届かなかったのは、力加減を間違ったからではない。あの精も根も尽き果てる寸前の状態で、エリオットがハークの『朧穿』を右の拳で防御しようとしたからであった。

 おかげで剣線が逸れて、鞘が鎖骨を直撃し砕いてしまい、試合を決めきることができなかった。また、既に斬り刻まれて崩壊寸前であった右の籠手も粉砕してしまっている。


 エリオットはあの状態にまで陥ってもまだ諦念に捉われることもなく抵抗したワケであるが、それで余計に痛い目を見たとはハークは考えていなかった。彼は未だに試合を続けていられるのだから。仮に魔法力と持久力が残っていれば、勝利の可能性もゼロではない。


 とはいえ、だ。

 今の状況では完全に詰みと言っていいだろう。もはやエリオットはこれ以上抗う力を残していない。彼の人生という長い期間で視れば、今日得たものはかけがえのないほどに巨大であったかもしれないが、今この時だけに限定するならば前の試合までに失ったものは、決して軽くはなかった。


 魔法力と持久力が同時に尽きかけた状態は、ハークも何度となく経験しているので良く知っているつもりである。

 あの『断岩』を使用した後だ。気を抜けば無傷でも意識を保つのは難しいほどのものなのに、鎖骨が折れていては気を失っているに違いない。

 だとすれば、立ち上がることすらできない。大会の規定上、十を数えられて終わりだ。


「ワーーン!」


 と思ったら、始まっていた。


「ツーーー!」


 やれやれ、なんとかなったか、というのがハークの胸に去来した正直な思いだった。


「スリーーー!」


 ハークにとっては聞き慣れない数えだが、これも『力ある言語』読みからきているという。一応、天と告げられたら決着だと教わっていた。


「フォーーー……!」


 実況と審判の両方を兼ねた女性の声が震えだす。そういえば軍の有志が持ち回りで行っているのだった。エリオットを良く知る同僚なのかもしれない。そう思ったところで異常に気がついた。

 気を失っているなどとんでもない。エリオットが身を起こそうとしていたのだ。


「ふぁああーいぶぅ!」


 再びコロシアムが巨大な歓声に包まれる。エリオットはゆっくりと仰向けに倒れていたものを俯せに変えた。


「しぃーーぐすっ……!」


 女性の声がおかしい。どうやら泣き出してしまっているらしい。ハークにもその気持ちはよく分かった。


〈なんという、強き心の持ち主だ〉


「せぶっ、っうう……。ブツッ、ガタガタッ。セブン!!」


 突然、拡声された声の主が変わった。明らかに男性の声である。発言が難しい状況にまでなってしまったので、交代したのであろう。強制か任意かは分からないが。

 そんな中、右腕を震わせながらエリオットは上半身を起こそうとする。左手は鎖骨が折れてしまっているため、動かすことすら叶わないのだ。


「エーーイトッ!!」


 膝を立て、足に力を籠める。さらに歓声が高まった。エリオットの名が幾度も連呼もされる。


「ナーーインッ!!」


 ———そして、なんと立ち上がった。




「テンッ!! 試合終了ォオーーーーー!!」


 だが、そこまでだった。彼の闘志はそこでついに力尽き、大地に倒れ伏してそこで試合終了が告げられる。

 と、同時に大会運営の係員が数人、奥から担架を抱えて飛び出してきた。どうやら倒れ伏した時点で完全に気を失ったエリオットは、彼らの担架に乗せられてそのまま運ばれる形で退場していく。

 意識もなく、腕はボロボロで装備の半壊状態ではあったが、その姿に雨あられと惜しみない観客の拍手が降り注ぐのだった。


 ふうっ、とこの時点でようやくハークは一息つくと虎丸に念話をつないだ。


『虎丸よ』


『はいッス!』


 本日久々の念話による呼びかけにも、虎丸は即座に答えを返してくれた。

 虎丸には『鑑定』のSKILLがある。そして念話にて、主人であるハークといつでも相互の意思疎通が可能で、しかも、それを周りに気づかれることもなく行える。

 選手のレベルは公表されるのでそれは良いとしても、変動する体力値、魔力値、持久力値や所持SKILLの情報を全て得られてしまうのは、命を懸けた実戦ならばともかく、今回の『特別武技戦技大会』においてあまりにも有利であると、試合中は念話での通話を自粛することにしたのであった。


『済まぬがあの犬人族の拳士を診てくれぬか?』


『はいッス! HPもまだ半分程残ってるッスし大丈夫ッスよ! 気を失ったことでゼロだったMPとSPも回復傾向にあるッスからHPの代替消費も止まったッス! スグに回復魔法をかけてもらえば問題ない筈ッス!』


 さすがは虎丸であった。ここまで即座に答えることができるのは、事前に主から鑑定の要請が来ることを予想していたからに他ならない。


『そうか、それは良かった。ありがとう』


 虎丸の診断を聞いて、ハークは心から安心し、礼を言う。あんな良い兵士が命を失ったら、それはゆくゆくこの領の、いや、この国の損失だとまでとハークには思えてしまった。


『ご主人、さっきの犬人族のことをよっぽど気に入ったんッスね』


『まあな。あの子は、実に良い武人であった』


『そうッスか。でも、さっきの戦い、もし実戦だったらご主人が一撃で簡単に倒せていたんじゃないッスか?』


『かもしれん。だが、あの子ならばもしかすると耐え凌いで、一手儂に報いれるかもしれんぞ』


『そんなまさかッス!』


『ふふ。ま、いずれにせよ有望な子だよ。このワレンシュタイン領の未来は実に明るいわ』


 ハークは実に晴れやかな表情で、くるりと踵を返して舞台を降りる。その背に、巨大な圧力さえ伴って歓声と拍手が叩きつけられたのは言うまでもない。




 この試合でハークから最大級の賛辞と太鼓判を送られたエリオット少年であるが、上級大将であるフーゲインとエヴァンジェリンに次ぐ大将の地位に就くのはさすがにまだまだ先の話である。


 ちなみに、大会の盛り上がりに水を差さぬように客席からは見えない特別室から先の試合を観戦していたランバートが、あの子はもう大将で良いんじゃあねえか、と発した言葉に対して、家老のベルサが、


「さすがにまだ若過ぎます!」


 と、進言して止めさせたのは完全にファインプレイであると皆から認められることとなるのだが、これも後の話である。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る