285 第19話09:INNER LIGHT.
明らかな実力差の他にもう一つ、目の前のエルフの少年との明確な差がある。
それは残る持久力の差だ。
一撃でここまでの勝負を決めてきたハークに比べ、エリオットは初戦からずっと辛勝であった。
攻撃とその手段において、常に自分にできる最高を選択してきたエリオットの
最大MPに関しては、元々の値が他の人間種に比べて低い。
だが、それでも彼は諦めない。
諦めずに拳を打つ。
強くなりたいから。強さとは何か、を知りたいから。
諦めても良い言い訳ならば、今まで世界が山ほど与えていてくれていた。
戦いに向かない種族であるとか。まだ子供であるとか。身体が小さいだとか。そんなお前がわざわざ軍人になって命を懸ける必要なんか無い、だとか。
しかし、父や母は良く語る。どれだけこのワレンシュタイン領が獣人族にとって恵まれた地であるかを。
もはや人間扱いなどされぬという東側諸国と比べればマシだが、西側諸国にだって差別はある。モーデル王国では他地域でもそこまで非道な扱いはされないと聞くが、他国にいたエリオットの両親は相当の辛酸を舐めた。
時に、獣人同士からでさえも差別を受けたらしい。
犬人族は戦闘面での個人能力最下位。完全に同じ種族でもない限り味方とは言えなかったようだ。
それがこの領、そしてオルレオンでは全く違う。
別の獣人族どころかヒト族でさえも、力の弱い
自分で身など守らないで良い。得意なことだけをやりなさい。
そうやってお互い助け合っていこう。
体張るのは俺らの仕事。命懸けるのも俺らの仕事。そう身体の大きい人たちが言ってくれる。
なんて素晴らしい世界。いや、素晴らしき街と住人。
(けど、本当にそれで良いの?)
いつしかエリオットはそう疑問に思うようになっていた。
それは、大怪我負っても笑って、こんなの大したことねえよ、と強がる大きな人を見る度に強くなっていった。
そんないつかの少年にとっての英雄に尊敬を抱き、そしていつしかそれが憧れへと変わるのは当然の流れだった。
だが、自分は弱小種族で軍属の家柄でもない。このままでは何物にもなれない。
街中で幼き頃に偶然知り合った女ガキ大将は、いつか、そんな強き何者かの中心に立つという。
強くなりたい。
強くなって、いつか自分を守り育ててくれた人々とワレンシュタイン領に恩返しできるようになりたい。
そして、好きな人の隣に並べるように。並べる何者かになるために。
だからこそエリオットはこの大会『特別武技戦技大会』に出場したのである。
強さとは何か、を知るために。
そのために、恐らく自身の今大会最終試合が、目の前のエルフの少年であることは本当に幸運だと思っていた。
彼は弱小ではなく、総合的な能力値はむしろ高位と目される種族出身だが、でありながらも本来種族的に不得手である近接戦闘に特化し、名を上げ、既に英雄的行為まで達成しているという。
彼ならばきっと知っている。強さとは何か。強い、とは何か。
だから、このままSKILLの一つも使用されぬままに負けるワケにはいかない。せめて、彼を本気にさせたかった。本気の、一流の力というものをこの身で体験したかった。
ハークとて、そろそろ攻撃に移らねばと思う頃合だろう。
エリオットは鼻が良い。汗や、その人自身の匂いで、大体の感情を読むことができる。
それによると、ハークは試合開始前後、どこか戸惑っているようだった。しかし、徐々に落ち着きを取り戻し、機は熟す寸前と思われた。
自分の腕の短さのせいで、今二人は抱き合えるほどに至近距離である。投げ技さえ得意なら是非決めたいであろうこの密着状態では、さすがに武器は振るえないに違いない。
必ず、間合いを離そうとする。
その瞬間が大技、つまりはこちらのSKILLを打つタイミングであるとエリオットは心に決めていた。
エリオットの所持SKILL数は、師であるフーゲインと比べ半分ほどしかない。その中で、フーゲインが所持するものは決してハークに使用してはならないと師匠からも厳しく申しつけられていた。
当然だ。
技の完成度で全てに勝るフーゲインが使用して防がれてしまったのだから、エリオットのものではカウンターの温床にしかならないに決まっている。
そうと考えれば手札は二つ。その中の一つを切る時がやってきた。
ハークがバックステップを行う準備モーションに入ったのである。
(今!)
覚悟を決めてエリオットは飛び出す。
「『
ここまで打ち込んでいた手技ではなく、己のたった一つの足技で勝負をかける。
回転の飛び蹴り二連撃。左の飛び後ろ回し蹴りからの右のハイキック。
眼が慣れていなければ多少は通じるかとも思った左右どちらの攻撃も躱される。
通じなかった。ここまでやっても。あとは突き飛ばされて転がされてから斬られるか、このまま背中を斬られるか。仕方がない。防御までさせられればともかく躱されれば隙だらけ、飛び技とはそういうものだ。
(ううううう!!)
だが、それでもまだ、エリオットは諦めなかった。最後の最後の悪足掻き。本当にか細い一縷の望みにかけて、彼は自身のもふもふの尻尾に力を籠めて振るう。
犬人族は他の尻尾持つ獣人族のそれと比べ、あまり自由には尾を動かせられない。が、奇跡というものは、常に勝負を諦めず、勝利への執念を抱き続ける者にだけ訪れる。
やわらかい毛に包まれた尾っぽの先端が、ほんの僅かにハークの顎に届く。
かくん、と一瞬だけ足に力が失われたように、ハークは体勢を崩した。
(今だ!)
ここだ、ここしかない、と脇目も振らずに突撃する。正真正銘、最後のアタックだった。
迷わず最後の手札を切る。自身最強の攻撃力を持つ必殺SKILLを。
「『
◇ ◇ ◇
眼の前でエリオット少年が、右に左に高速で身体を振り始めた。
足を開き、大地に押し付け、さらに
彼の獣耳を備えたふわ毛の頭が円を二つ横に並べたような軌道を描く。
「素晴らしい……」
思わず、いや、我も知らずに感嘆が口から漏れ出た。今、眼前で繰り広げられている動きに、ではない。
ハークが思わず称賛を漏らしたのはその前段階の動き。完全なる死に体でありながらも、決して勝負を捨てずに尾を振るったことだ。
全力を尽くしたから悔いはない、全てを出し尽くしたから満足、そんなものに何の価値があるというのか。それらは全て態の良い言い訳だ。最後の最後まで足掻きに足掻き続け、抵抗する手段を模索してこその全力だ。ハークはずっとそう確信してきたし、これからも変わることなどない。
その意味で、エリオットは満点、いや、それ以上だった。もはや少年などと侮れるワケがない。いいや、最初から認識が間違っていたのだ。
逆に、ハークがもしエリオットの立場であの状況へと追い込まれたら、あそこまで粘れたかどうかさえ疑問である。
彼は、エリオットは間違いなく本物の戦士。武人だった。
〈なれば、遅まきながらも全力で応えることこそが、礼儀!〉
ハークは即座に腰帯と古き虎丸の毛皮とに挟みこまれていた剛刀の柄を左手で握る。そのまま、逆手で鞘ごと引き抜いた。
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