284 第19話08:Let’s Rock, Baby.②




 腕の一本を犠牲にするつもりで猪突進を行い、予想外に五体満足でハークの懐をとったエリオットの心に、ひょっとしてという淡い期待が生まれたことは否定できない。


 今日、いままでの対戦相手はそのほとんどが、彼のような拳と蹴り技だけで戦うタイプの人間種との戦闘経験が明らかに皆無だった。

 レベル差、実力差があっても、自分との戦い方を知らなかったのだ。

 相手に恵まれて、ここまでの上位に辿り着くことができたのだとエリオットはよく理解していた。


 ハークもそういった手合なのではと一瞬期待したのである。

 ところがどうだ、この対応っぷりは。長いとはいえ、細っこいカタナがまるで巨大な盾であるかのようだ。


 攻撃が全く通らない。

 当たり前だ。実際に観てはいないが、相手は師であるフーの兄貴と忖度そんたく無しで引き分けた人物なのだ。むしろ全体の流れ上では終始押されていたとも聞いた。

 自分ごときでは本来対抗などしようもない。勝ち目は始めっからゼロに近いのだ。


 今、自分がノーダメージのままであるのは、相手が自分を過度に傷つけるのを恐れ、攻撃を遠慮しているだけに過ぎない。

 そのことに屈辱感はない。侮られるのも当然。ただだた、つけ込ませてもらうだけ。


 既に何度もカタナを殴りつけた鉄の籠手も拳もボロボロだ。幾度か角度が悪く貫通している。今頃、籠手の中は血塗れだろう。

 それでも、諦めない。立っている限り、可能性が完全にゼロとなることはないのだから。




 傍から視れば落ち着き払って腕を組みながらも、双方の友人であり片方の師であるフーゲインの内心は、やはり穏やかではない。


「ねぇ、フー兄」


 そこに、大切な妹分が話しかける。


「なんだ」


「どうして、私に黙っていたの?」


 いつかは訊かれると分かっていた質問。フーゲインは即座に、用意していた答えを返す。


「エリオットにそう頼まれたからだ」


「そっか……。何でなんだろう」


 少し悲しそうなリィズの声音に、フーゲインが無言のままでいられる訳はなかった。


「反対されるのが分かってたからだろう」


「そりゃあ反対するよ! 逆に、何でフー兄とエヴァ姉は反対しなかったの!?」


「落ち着きな、お嬢。あたしらだって、最初は反対したよ」


 宥めるようなエヴァンジェリンの口調だが、当然これだけでリィズが収まる筈もない。


「でもっ……、あの子は犬人族なんだよ!? 軍人なんて向くワケないよ!」


「落ち着いて、リィズ。犬人族が軍人に向かないって……、どういう意味なの?」


 言葉通りに少しリィズを落ち着けるために敢えて質問したアルティナだが、答えたのはエヴァンジェリンだった。


「姫様、あたしら獣人族にも、細かい違いというのもありましてですね」


「細かい違い、ですか?」


「はい。エリオットの場合、御覧のように背というか、身体全体が小さく視えるでしょう? 子供だから当然、と思われるかもしれませんが、実は、あれが犬人族における成人の平均身長であり、体格なんです」


「え? そうなんですか!?」


 アルティナが驚くのも無理はなかった。

 一般的に、獣人族はヒト族よりも体格が大きく、ガッチリとしていて、肉体的な平均ステータスの値も少し高いと思われており、獣人族自身もそのように吹聴しているところがあった。


「身体が小さい、ってコトはいかにステータスの後押しがあったって、肉弾戦の能力に影響があるってェのは周知の事実でございましょう? それに、手足が短いってことも、近接戦闘には大きく関わる要素ですからね」


 アルティナが頷く。レベルとステータスがある程度緩和してくれるとはいえ、巨大さや体重というものが全くの無関係となることなど有り得ない。特に、エヴァンジェリンが言うように手足の長さというものは攻撃のリーチに直結する。


「そういった人間種は犬人族以外にも多少はいて、そういった種族が戦いでは魔法主体で立ち回ろうとするのは、姫様もよくご存知でしょう?」


「ええ、勿論です」


「しかし、アタシら獣人族ってのは、平均的に最大MPが低い傾向にあります。犬人族もご多分に漏れませんので……」


 つまりは肉弾戦も魔法戦も不遇な種族ということになる。エヴァンジェリンの解説は続く。


「無論、犬人族ならではの優れた点も勿論あります。手先が器用であるとか、鼻が利くとか、身体を小さいことを活かして狭いところであっても問題ないとか、食事量が少なく集団行動に優れるとか。ただ、こと個人の戦闘能力に関しては、他の種族より一段低く視られるのも仕方のないことと言えるでしょう。ゆえに、戦闘を主とした仕事とする軍人には向かない、と言われることが多いんです。彼らが向いているのは細工人とか、鉱山なんかの採掘作業員とか、そんな感じです」


「そうなんですか……」


 酷な話だが、種族的に向く仕事、向かぬ仕事があるのは仕方のないことだ。超越するには種族的な不利を覆すほどの、絶対的な超絶技巧が必要なのである。


 そこで、今まで試合観戦を決め込んでいたヴィラデルが話に加わった。


「だから、そこの鬼族の彼に指導を求めた、ってコトなのネ。……けど、さっきから観てて思うのだけれど、教わったにしては構えから動きのモーションまでが随分と違うように思えるのだけど?」


「え? そうなのですか?」


「……へェ、そこに気づくとは大したモンだな。さすが眼の良いエルフ族ってところか。そうだぜ。エリオットと俺の攻撃モーション、というか、戦い方は若干違う。あいつは生粋のフッカーだからな」


「生粋の……フッカー?」


 声に出したのはアルティナだけだったが、フーゲインの言葉を聞いた者全員の頭の上には、同じ疑問符が浮かび上がっていた。


「ああ、そうだなァ……、『ブン回し屋』とでも言やあ、分かり易いか?」


「ブン回し、ですか?」


「拳に限らずよ、体術ってなァ、超でっかく分けて二種に大別されるんだが、そいつがストレート系とフック系だ。ストレートってのは拳を構えたそのままの位置から真っ直ぐに突き出すようにして、標的を最短距離で打ち貫く技術だ。それに対し、フックってのは振り被る予備動作が必要だが、振り回しとねじる動作で攻撃力を上げられる」


「そうなのですか。どこか、剣術における突きと振り回しの関係みたいですね」


「あ~~、まぁ、少し似てるのかもなァ。つまり、エリオットはフック系主体だからフッカーっていうコトさ。アイツはねじる動作に耐性を持ってたから、まずはそれだけを身体に覚えさせたんだ。それに比べて俺はほとんどフック系は使わねえからな。だから、俺とアイツの動きの動作が違って視えるのは、ある意味当然の事かもしれねえ」


 それを聞いて、ヴィラデルは少し得意気に頷いた。


「ナルホドねェ。ってコトはつまり、あの犬人の男のコは割と才能があった、っていうことなのかしらネ。ハークも一応、あの距離ではうかつに防御を解けないみたいだし」


(才能……か)


 先程は、あえて耐性という言葉を使ったが、二年前、彼自身の誕生日に、フーゲインに対して弟子にして欲しいと頼みに来たエリオットに、実は何一つの才能でさえ見出すことはできなかった。

 エリオットに対して、そういう目で見たことはなかったし、彼の経歴を考えれば当然の事だった。


 エリオットの両親は彼が物心つく前後に、西側諸国こっち側の他国より国を跨いでワレンシュタイン領に移住してきた細工職人だ。暴力沙汰にはまるで縁が無いし、エリオット本人も真面目で気が弱く、幼き頃から知っているが彼が喧嘩などで自分のために戦うところなど見たこともなかった。


 当然、エヴァンジェリンと共に止めた。


 だがそこで、フーゲインは考えを改めることになる。エリオットは強靭で頑固な意思と、なにより夢を持っていた。

 今回の『特別武技戦技大会』への出場も彼自身で言い出したことだ。変わりたい、強くなりたいと。


 やる気、つまりは向上心とは、フーゲインの考えでは才能などよりもよっぽど成長に直結する要素である。フーゲインとしては、エリオットのそれを挫くような真似はしたくなかった。

 フック主体に育てたのは、とにかく実戦経験を早く積めるようにと考えてのことである。

 ストレートはフォームを完璧にしてこそ威力を発揮できる技術だ。そこで何年も費やしてしまっては実力の向上はさらに先になってしまう。


 フックに必要な身体のねじれに強かったのも僥倖だった。エリオットは身体を痛めようとも毎日の練習を欠かすことはなかった。

 おかげで、今では攻撃力だけならば上のレベルとも充分に張り合えるようにもなってきた。


 相手が格闘系戦士への対応を知らなかったから、ベスト十六にまで辿り着くことができたとエリオットは考えているだろうが、それだけではない。鍛えた技が通じたからこそに決まっていた。


 だが、それもここまでだ。ハークはどうしようもなく本物で、おまけにレベルも上。

 勝つことは無理。

 今、ハークは攻撃もできずに防戦一方だが、それはただ単に攻撃の手段を決めかねているだけだ。逆に言えば、攻撃もせずに凌ぎ切る余裕があるとも考えられる。


(アイツも、既にわかっているんだろうな)


 無理は承知の上で、それでもなお立ち向かい、一矢報いる術を学ぶ。このまま軍人を続けるならば、いつか起こり得る未来のため。

 そのためにフーゲインは本大会への出場を認め、エリオットを送り出したのだ。

 そして、そういう相手として、ハークは満点に近い程にうってつけの相手だった。

 フーゲインは組んだ両腕にますます力を籠めた。




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