283 第19話07:Let’s Rock, Baby.




 遡ること数分前。


 ドヤドヤと騒がしい集団が、これから始まるある意味身内同士の試合に固唾を飲むアルティナやリィズらのもとへと近づいていた。


「おお! ここじゃい、ここじゃい! 我らが隊長・・・・・の応援席は!」


「ホレ! お前ぇら、さっさとこっちに来んかい! まーったく団体行動のできんヤツ等じゃのー!」


「はよせい! コッチじゃあ、コッチ!」


「でーーい! お前らだけでズンズン進むんじゃあねえ!」


 余りの騒がしさにアルティナやリィズを含めた仲間達が揃って顔を向けると、そこには彼女らにも見覚えのある顔があった。


「え!? ブライゼフさん!?」


「おお~~~!! これはこれはお姫様方! 久方ぶりでございますなー! お元気そうで何よりです!」


 集団は約三週間前、自らの街トゥケイオスを守るため、命を懸けてハーク達と共に戦った退役兵たちであった。

 老齢によって職を離れたが、街の危機に自ら立ち上がった爺様たち。

 ハークはそのまま名付けた。『死に損ない部隊』と。


「お久しぶりです! ……って、よく考えるとそう時間は経っておりませんね。一カ月くらい前程度ですものね!」


「ハッハッハ! そういやそうでしたな! なにか遠い昔の出来事のようにも感じてしまいますわい!」


「そのお気持ち、よく分かります」


 彼らはアルティナやリィズ、更にはここにはいないシアともくつわを並べて戦った仲である。共に死地を生き残った者同士、戦友として立場と身分を超えて打ち解け合えるようになっていた。


「お嬢、姫さん、知り合いか?」


「ああ、フー兄、実はね……」


 リィズが掻い摘んで上記の事柄を簡単に説明する。


「へェ! そいつは大したジイサン共だな!」


「アンタ失礼だね、フーゲイン!」


 エヴァンジェリンがフーゲインの乱暴な言い様を嗜めるが、三十名近くのご老体らは誰も気にした様子はない。


「ご旅行? いや、応援ですか!?」


 アルティナが質問を投げかけると、代表してブライゼフが答える。


「そうなんでさぁ! ドナテロ様が褒美代わりだと手配してくれましてね! 暇な奴連れて、我らが御大将の応援に行ってこいと! いやあ、旦那が『特別武技戦技大会』出場なんてそこで初めて聞きましたが、いざ聞いちまったら、応援に行かぬワケにゃあいきませぬからな! 有志集めて馳せ参じましたわ!」


 ドナテロとは、ロズフォッグ伯爵家当主のドナテロ=ジエン=ロズフォッグのことである。


「どーせ、ワシらは引退した身じゃからのう! 暇なモンですわい! 結局、ジジイ共を働かせるワケにゃあいかんと、復興作業もほとんど手伝わせてもらえん始末でしたからなぁ」


「そういえば、トゥケイオスの復興状況はいかがです?」


ワレンシュタイン領ここの軍人さんが一週間足らずで片付けてくれましたわい! ホントに頼もしいかぎりでございます!」


「そ、それは、なんか恐縮です。でも、良かったです」


 身内を手放しで褒められたリィズが照れる。凶事に巻き込まれたロズフォッグ領トゥケイオスのために、救援に訪れたランバートが好意で、引き連れてきた自軍五千の兵の内三千を残してきたのだ。


「ところでですな、御大将の応援席があると聞きつけてこちらに来たんですが、もし席がまだ残っておりましたら、我らも加えていただけないかと思いましてね!」


「それはいい考えですね! どうかな、フー兄?」


「あ~、たぶんいけんじゃあねえか? おーい、お前ぇら~、少し間詰めてくれや!」


 ハークの応援団として集まるのはオルレオン冒険者ギルド第七寄宿学校の全生徒に非番職員全員。少しづつでも間を詰めれば三十人程度などワケはない。


「おお、おお、こいつはすまんのー」


「恩に着るわい! 学生諸君!」


「ありがとうなぁ、若いの」


 口々に礼を申し上げながら爺様たちが腰を順々に下ろし、丁度、応援団席の騒ぎが収束を見せかけた頃、両者入場のアナウンスが会場全体に響いた。


「あっ! 出てきましたよ、ハーク様!」


「おおっ、ホントじゃあ! 隊長ぉー! 不肖、我ら『死に損ない部隊』、応援に馳せ参じましたぞぉー!」


 席の関係でアルティナとリィズの間に座ることとなったブライゼフが、年甲斐もなくはしゃぎながら両手をぶんぶんと振るう。

 だが、ハークの対戦相手の姿を確認すると、急に年相応な落ち着きを取り戻した。


「んん? ……こう言っては何じゃが、随分と可愛らしい対戦相手じゃのう。外見的な年齢が近い所為か、どこか旦那に似ておるわい」


「やっぱり、そう思われます? 実はですね……」


 リィズが丁寧でありながらも若干に要点を絞り込み、ハークの今試合対戦相手であるエリオットと自分達との関係を語った。


「あぁ~、そりゃあ~、ちょいとマズイかも知れませぬなぁ~……」


「え!? マズイ、ですか?」


 アルティナが不安気に返すと、ブライゼフがハークの顔を指差して言う。


「御覧なさい、旦那のお顔を」


「確かに……、どこか戸惑っているかのような……」


「でもっ、ししょ……いえ、ハーク殿は勝負事には大変に厳しいお方です! いくら私の幼馴染だとて……!」


「そうでしょうなぁ。旦那は優しさの中にも、しっかりしたと厳しい部分も有していらっしゃるでしょう」


 ブライゼフは何度も自身の発言にウンウンと頷きつつ、最後に断言するように言う。


「しかしですなぁ、どんなにしっかりとした自己をお持ちの方でも、苦手、いいや、弱点ってぇのは持ち得るモンでございましてなぁ。特にハークの旦那は、見た目ああでもエルフの御人でございやすから結構な御歳でしょう? そう考えると、種族違えど中身我らのような年寄りとも少々似かよるのかもしれんでして、なーんとなくですが、何を考えておられるかが分かるんですわい。……ありゃあ、カワイイ坊ちゃんを目の前にして、戦う気がまったく起きずに、なんとか闘志を奮い立たせようと苦労していらっしゃるんでしょうなぁ」


 言い切ったブライゼフを、左右の第二王女とワレンシュタイン伯爵家ご令嬢が挟み込むように見つめる。


「「え!? まさか!?」」


 次いで、二人は顔を見合わせ、全く同じ言葉を互いに吐いた。


「「まさか、可愛い子供がハーク様(殿)の弱点ですか!?」」




   ◇ ◇ ◇




 客席で今現在、正に現在進行形で自身の内心を、元部下からほぼ正確に言い当てられていることなど、さすがにハークであっても想像の外だ。


 こういう時は多少無理にでも己の闘志を呼び起こさなければいけないのだが、当然それには理由も必要である。そして、これも至極当然な事ながら動機づけを探しているような時間など、悠長にいただけよう筈もない。

 エリオット少年は、自分が格下であると良く理解していた。

 口上後のやや一方的な睨み合いはわずかに数秒。格下の己から仕掛けるが礼儀とばかりに間合いを詰めてくる。


〈いかんのー……。中身も良き男子おのこではないか〉


 増々好感を抱き、逆に己の中の闘争心が削られていくのを感じる。むしろ応援したい気持ちが芽生えるほどだ。


 覚悟を決めた勇敢なる突撃に、ハークは初撃を振り下ろすことを完全に躊躇ためらった。

 その隙に、エリオットは懐に辿り着く。


 しかし、それで問題が起ころう筈もない。


 良く練られた拳と蹴りの連撃であるが、真なる功夫の達人たるフーゲインの攻撃を真っ向に受けたことのあるハークからすれば捌くのは容易であるからだ。

 自らの身体の前に倒した斬魔刀の峰を右の肘で籠手越しに支えるように一つ一つ防御していく。


 フーゲインに比べれば未熟な技術を過度に振り被る予備動作と身体のひねりで補っているせいか、初動がやや遅い。

 このままならば二、三十分続けても問題はないだろう。一から十を知るということはそういうことなのだ。

 互いに本気での模擬戦を行い、幾度も彼の師匠と稽古も共にしたハークにとって、エリオット少年の攻撃は警戒感を抱く必要のないものである。彼の知識と経験にない攻撃を繰り出すことができなければ。


 だが、ハークも己が勝利するために必要な攻撃手段を、この時点ではまだ選択し切れていなかった。




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