281 第19話05:RISING②




「やぁ」


 ハークの付き人を務めるシアが客席の仲間達の前に姿を現した時、気づいた者は僅かだったため幸運にも大騒ぎにはならなかった。また、フーゲインが数名の気づいた者たちに、「良いから騒がず試合観戦に集中しとけ」という意味を籠めたにらみを利かせた背景もある。


「おう、お疲れ」


 フーゲインだけが小さくそう返すと、残りの仲間達は騒ぎ立てないように目礼だけで済ます。だが、最後にヴィラデルもやや小さな声を発した。


「ハークのお付き、ご苦労様ねェ。でも、本人はどうしたの?」


 シアの視界の端っこで、リィズとアルティナの二人が揃って瞳を吊り上げかけているところが眼に入る。

 ヴィラデルはハークと部族は違えどエルフ族同士の同族であるがゆえか、たまに彼のことをまるで弟や身内、或いは自身のモノであるかのように語ることがある。仲間として、弟子として、更にもう一つの感情を持つものとして、このような発言は看過しにくいのだろう。その気持ちはシアにも少し分かる。

 とはいえ、表情や態度にまで出す程でもない。


「トーナメントが始まったら、原則的に選手は指定区域から出ちゃあいけないことになっているからね」


「ああ、そうだったけ?」


 ヴィラデルも、レベル的や実力的にはハークと同じく選手という立場であってもおかしくはない。だが、いかんせん彼女の今大会への興味は薄いようだ。


「じゃあ、ハークの調子でも報告しに来てくれたのかしら?」


「あ~~、まぁ、その気持ちもなくはないけどね。ハークに頼まれてお礼を伝えに来たんだ。フーゲインさんにね」


「俺に?」


 フーゲインが己を指差しながら、不思議そうに声を上げた。


「何の礼だ?」


「最後の攻撃を止めてくれたことに対してだよ」


「え? アレ、聞こえてたのかい?」


 エヴァンジェリンが意外そうに訊く。確かに先の状況では、普通に考えれば難しいものがあった。

 更に彼女の眼から視て、あの剣戟戦闘の超達人たるあの少年は試合に向けて集中しているようで、通常、尚更にフーゲインの声が届くようには到底思えなかった。


「アタシたちエルフ族は、人間種の中でも五感は良い方ヨ。特に聴力は、細かく分けても上から三指以内に入るのではないかしら」


「へぇ、そうなのかい?」


「そうみたいだね。ハークもハッキリと聞こえていたみたいだよ。あれがなければぶった斬っていた、とまで言っていたしね」


「まさか」


 リィズが信じられないといった風情で言った。隣で同じような表情をしているアルティナを視るに彼女も同じ考えであるに違いない。

 この二人はどうも、その出会い方とのちの経緯故に、ハークを完璧超人か何かと思い込んでいるフシがある。

 無論、ハークも完全無欠の完璧などではない。得手不得手、そして普通に苦手なこともある。


「だろうな。アイツ、あの『ダイ・ヤマツナミ』のSKILLを放ってからすぐに突っ込んでの後、あの回転斬りのSKILL、『ダイニチリン』だったか? やろうとしてただろ?」


 フーゲインの言葉に、シアは肯いて答える。


「うん。ハークもそう言っていたよ」


「危ねえトコだったな。やってたら終わってたぞ」


 シアがもう一度肯く。

 今大会『特別武技戦技大会』では対戦相手を殺害してしまった場合、故意か否かにかかわらず失格となってしまうのだ。元よりそんなつもりなど毛頭なかったのだが、フーゲインの制止が届かなければそうなっていた可能性が高かったと、誰よりハーク自身が認めていた。


「フーゲインさんの言う通りさ。だから、『かたじけない』、って伝えてくれって」


「随分と古風ねえ、あのコ」


「わざわざ律儀なこったぜ。まぁ、気にすンなと伝え返してくれりゃあいいが……、今回でなんと言うか、アイツの弱点が分かった気がするな」


「弱点?」


「ハーク様に……ですか?」


「ま、弱点っていうより苦手分野と言えばいいか。元より加減が難しい武器ってのはあるが、ハーク自身、相手の実力、なにより相手のレベルをある程度でも推し量るのを苦手としているみてえだな」


「相手レベルを推し量る……。虎丸ちゃんが『鑑定』のSKILL持ってるから今まで気にならなかったけど、確かにそうかも知れないね」


 アルティナとリィズにとっては尊敬する先輩であり、この中で最もハークとの付き合いの長いシアが同意しては誰も反論など言えない。だが、彼女はフォローも忘れていなかった。


「ハークの場合はある意味苛烈な部分というか、誰が相手であっても手を抜かないトコがあるからね。勝負では特に」


 流れの変わるシアの一言に、すかさず仲間二人が続く。


「そうですね! ハーク様は確かに、カタナの事に関しては妥協がありません」


「全くその通りです! 我々相手でも未だに、真剣を使用した模擬戦さえ、させてもらったことはありませんから。きっと私たち相手では、大怪我させてしまうとお考えあってのことなのでしょう」


 アルティナに続いたリィズの言葉に、フーゲインは納得がいったかのように頷いた。


「成程な、斬れ味が良過ぎるってぇのも問題なんだな。その点、コブシは加減が利くから、そういう点では有利ってヤツか。しっかし、そうか……。ハークの奴、どんな相手でも手は抜かねえ、か……。こりゃあ、アイツにとって、この戦いに勝ったとしても、次は試練となるってワケだな」


「アイツ?」


 午前中に言っていた、フーゲインたちの部下や同僚の一人だろうか、そうリィズが考えを巡らせると、エヴァンジェリンが試合会場の方を指差した。


「ホラ、お嬢。丁度、出てきたよ」


 試合会場は先の試合、つまりはハークの戦闘で床板の一部が損傷したために、数人の土魔法使いらによって壊れた個所の交換と補修が完了したところであった。

 こういうことはよくあり、特に試合で魔法が使われると起こりやすい。

 作業も実に手慣れたもので、時間にして十分間ほどの軽い試合間の休憩時間といった感じだったが、先の戦いでボルテージが若干上がっていた観衆はトーナメント再開のアナウンスに大きな歓声を上げる。


 そんな中、片方の入場口から姿を現したハークと背丈、そして外見的な年齢の近い選手の背中を見つけ、リィズはその両目を驚愕によって限界まで見開く。


「エ、エリオット!?」


 それはリィズの幼少期からの親友にして、幼馴染の最後の一人である犬人族の少年の名前であった。




   ◇ ◇ ◇




 一方その頃ハークは、会うのは初対面でありながら、良く知る男と対面していた。


「お初にお眼にかかる。バルセルトア=クルセルヴだ」


 客席に行くことのできないトーナメント出場選手には、自身の控室とは別に幾つかの専用観戦所が用意されてある。

 その場所へと行こうとして、虎丸達と共に歩いていたら偶然遭遇したといった態だがハークは知っている、目の前の男はハークが通りそうな通路をずっとグルグル回っていただけなのだ。目的は推して知るべし。


「君と偶然にもここで出会えて良かった。少し話しておきたかったのでな」


 つまりはそういうことだ。横にいるドワーフの従者、ドネルの顔は正直者で、ウンザリしているような表情からも良く解った。


「まずは、あのような不躾な果たし状を突然お渡ししたことに謝罪する」


 無言のまま前述のようなことを考えていると、クルセルヴが頭を下げていた。

 突然のことすぎて上手く頭が回っていないので、それ程悪い奴ではないのかとも思う。

 しかし、それは一瞬だった。


「だが、結果は同じこと。勝ちは私がもらう。ヴィラデルディーチェもそれによって、我が妻となる提案を受け入れてくれることであろう」


(不躾とは、そういうことでないのだがなぁ……)


 ハークの中で考えが即座に改められていた。


 それとも過去にそういった経験でもあるのかも知れない。

 ハークの眼から視て、今世の人々は大体に整った顔つきをしているが、その中でも特に美麗である。それでいて、男性的な凛々しさも持った趣だ。いわゆる美丈夫と言える。

 こういった顔の者が決闘で華麗且つ格好良く勝利する場面を目撃すれば、自我の弱く年若い女性などは心変わりを誘発されることもあったのかも知れないとハークには思えた。


 まだ一言も言葉を返していないエルフの少年に対し、クルセルヴの独壇は続く。


「とはいえ、君が先の対戦者程度の鎧を簡単に斬り裂く力を所持していたのは僥倖だった。私を傷付けることもできなさそうな対戦者との戦いなど処理と変わらぬからな。それではヴィラデルディーチェの心を射止める材料とはならん」


(だから、そういうことではないのだがな)


 正直、熨斗のしをつけて「どうぞ」と言ってやりたいくらいだが、さすがにあのじゃじゃ馬を自分のもの扱い発言する気など起こらない。

 だが、次の質問には答えざるを得なかった。


「ところで、君についていた美しい褐色肌の大柄な女性はどうした?」


「シアのことか? 彼女なら仲間達に報告と伝言を伝えに行ってもらっておる」


「シアというのか。確か高名な鍛冶師とも聞いた。彼女も私の妻にふさわしい女性だ」


 この言葉を聞いて、ハークの眉が若干つり上がった。


「お主……、ヴィラデルを嫁に狙っているのではなかったのか?」


「第二夫人としてだよ。妾という手段もある。私は貴族なのでね」


「何……?」


「彼女の心も射止める試合となることを祈っている。それにはまず君が準決勝までに勝ち上がってくれなくてはならないがね、エルフの少年剣士殿。そこまでは応援させてもらうつもりさ。それではな」


 言うだけ言ってクルセルヴはくるりと背を向けて歩き出した。

 彼の従者であるドネルは、去り際、済まなさそうに一礼すると主に続いていく。


 ハークはその主従の背を見送りながら、表情一つ変えることはなく微動だにしていない。

 しかし、従魔二体、虎丸と日毬は、長年の経験と付き合いの長さ、もしくはその親和性の高さがゆえに、ハークの感情の変化を敏感にとらえていた。


 彼らの思考を人の言葉として変換させるならば、こうであろう。


『主が静かに怒っている』


 と。




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