280 第19話04:RISING




 予選とも称される第一回戦が全て消化され、短い昼休みを経て、いよいよ本戦が開始されるアナウンスが流れる頃には、会場であるオルレオン大闘技場は満席に達し、怒号とも思える歓声に支配されていた。


 ここから第一回戦の集団戦を生き残った三十八人の選手たち、そしてシードに選ばれた八人を加えた計四十六人は再びクジ引きによって振り分けられ、過酷な勝ち抜きワンデイトーナメントへと挑む事となる。

 運命のクジ分けであるが、その内十八名はトーナメント本戦の初戦を戦うことなくベスト三十二に残れることとなっていた。そしてここからはシードも関係ない。

 ハークは幸運にもその十八名の中に名を連ねることとなった。


 眼下で行われている好試合を見物しながら、フーゲインは組み合わせ表にも目を這わせる。


「この後はいよいよハークのトーナメント初戦となるワケだが……、アイツの目的であるナンバーワン冒険者、モログとは随分と、っていうか目一杯離れちまったなぁ」


 フーゲインの呟きにも似た言葉に、アルティナは頷きつつ答える。


「そうですね。ハーク様は奇しくも選手ナンバーの一番目……、対するモログ様は最後の四十六番目です。全くの反対となってしまいましたからね」


「決勝まで双方共に進出しなければ出会えない組み合わせです。お師匠であればとも思いますが、苦難の道には違いありません」


「……リィズ。師匠呼びはヤメロってあいつにも言われたんじゃあなかったのか?」


 やや不機嫌な顔でリィズに苦言を呈したのはフーゲインである。

 この場にいないハークの代わりに注意したとも言えるが、無論それが主であるワケもない。この辺りは実力者として、そして友として認めたとしても話が別、ということである。


「あはは……、そうだね」


「ま、それはさて置き。ハーク殿は確か、モログとは別に冒険者第二位のレベルを持つバルセルトア=クルセルヴとも、対戦の約束を交わしているんだったね」


 話題を変える形で上手く場の雰囲気を戻したエヴァンジェリンにアルティナが頷く。


「そうですね。クルセルヴ様の場合は約束こそ互いに交わしはしましたけれど、一方的な決闘の申し入れをハーク様が躱し、今大会の戦いへと置き換えた形とも言えます」


「どこか引っかかる言い方ネェ、アルティナ?」


 つらつらと皆まで言い放ったアルティナに、ヴィラデルはジト目を向けるがどこ吹く風である。にこにこと笑顔で返す。


「そんなことはありませんよ、ヴィラデル様。事実を申したまでですから」


「むぐっ」


「そのクルセルヴの選手ナンバーは二十四。当たれるならば、双方共に準決勝まで勝ち上がれれば、か」


「先程の初戦は終始優勢で、危なげなく決めてしまわれましたね」


 フーゲインの確認の様な言葉にアルティナは頷きながら答える。彼女の言う通りクルセルヴの試合は少し前に行われたばかりだ。

 彼は勿論、実力者としてシード選手に選ばれていたが、クジ運には恵まれなかったようで、ハークのように幸運な十八名の中に入ることはできずに、実力でベスト三十二の地位を奪取せねばならなくなっていた。とはいえ、傍から視ればごく簡単に、つい先程それをもぎ取っていた。


「戦い方を視ると、クルセルヴはこの国の出身者じゃあなくて隣の凍土国の騎士団出身らしいから、比較しようと視れば、ややディフェンシブな感じではあれど、そんなに大きな違いはないみたいだったね」


「うん! エヴァ姉の言う通り、剣と盾を使ったごく一般的な戦い方だったね!」


「そうだなァ。正直、あんなモンか、と思っちまったぜ」


 ある意味暴言ともとれるフーゲインの台詞に、素直なアルティナとリィズはホンの少し顔を顰め、エヴァンジェリンは苦言を呈す。


「あんたねぇ……。相手とはレベル差もあったみたいだから、加減して本領発揮していなかっただけじゃあないのかい?」


「ああ、確かにな。さっきの試合はエヴァの言った通りに流してただけなのかも知れねえよ。だが、それでも多少は感じるモンがあっても良いハズとも思ってな。何と言ったらいいか……、動きにそれ程怖さを感じなかったんだよ」


「怖さ?」


 鸚鵡おうむ返すリィズに視線を移して、フーゲインの自論が続く。


「本当に強えヤツってのは、動作の端からなんとなく出ちまうもんなんだ。それこそ、お嬢の父上である大将やハークのように、ちょいと武器を素振りしただけでも何となくコイツ只者じゃあねぇって、素人目にだって判っちまうようにな。本気で隠そうとして、動きの一つ一つにまで余程気を配りゃあ別なんだろうが……」


「確かにししょ……いや、ハーク殿の場合は、時たま何気ない素振りでもゾクッとすることはあるね。父上は私の前であまり訓練とか見せてくれたこと無いから分からないけれど……。でもさ、じゃあフー兄はクルセルヴ選手がそんなに強くないと感じたってコト? レベル四十な上にフー兄やハーク殿のように上位クラスSKILL持ちだって聞いたよ? そんなヒトが弱いなんてある?」


「だよなぁ。じゃあ、やっぱり隠すのが上手いだけか。俺はそういうのやらねえし、上手くもねえから気づかなかっただけかもしれねえ。それに試合も、なんの波乱もない順当なものだったくらいだからなあ」


 何かを思い出し、口を挟もうとした横のヴィラデルであったが、そこで会場がひと盛り上がりを見せた。

 トーナメント初戦、全ての組み合わせが終了したのだ。


「あ、次はいよいよハーク様の試合ですよ!」


「おう、そうだったな! 相手は確か、一回戦を最速で決めたヤツだ!」


「加えて言うと、前大会でベスト四に残った人物だったね」


「え? そうだったの? あれで!?」


「こう言ってはなんですが、少し妙な戦法でしたね。押し出し、というか……」


 件の選手であるハークの次の対戦相手は、リィズがその実力を疑問視し、アルティナが言い淀むほどに、ある意味奇抜な武装と戦い方で勝利を獲得していたのであった。


 武装に関しては武器こそ普通の槍なのだが、全身を包み込む防具は非常に特徴的で右側が異常に分厚く頑丈に拵えられており、左のごく一般的な鎧の三倍以上。客席から視ても異様なその巨大さが一目で解るほどであった。


 彼はまず槍で突っ込み、躱した対戦相手に分厚く巨大な右側の鎧を盾にタックルをかますと、そのまま相手を押し出して実にアッサリとリングアウト勝ちを決めてしまったのである。誰の目にも解るほどに、明らかにやり慣れていた戦法であり、事実、彼は前大会の準決勝までこの押し出し戦法だけで勝ち進んでいた。

 午後のトーナメント開始を告げる大事な初戦だったのだが、正直盛り上がりも何もあったものではない。アナウンサーが普段使わぬ語彙力を必死に発揮していたほどであった。


「お嬢や姫さんの言いたいことも分かるぜ。実戦的じゃあねぇって言いたいんだろう? だがな、ルールの中で認められた攻撃なら反則じゃあねぇ。それに、自力の強さが下地の戦法でもある」


「まあ、そっか」


「確かに、そうですね」


「玄人っぽく言ってるけどサ、アンタも戦い方がレアで少数派だからこその意見でしょうよ」


 エヴァンジェリンの、やや皮肉めいた言葉にもフーゲインはどこ吹く風で返す。


「まぁな。ハークがそんなセオリーにねえ非実戦的でありながら、効率の良い戦法相手にどう立ち回るのかが、純粋に楽しみでもあるぜ」


 言葉の通りニヤリと笑みを見せるフーゲインの視線のその先で、アナウンサーによる入場コールが導くかの如く、各々の入場口から同時にハークと対戦相手がその姿を現していた。




 視れば視るほどに奇妙な格好であるとハークは思った。

 槍は兎も角、右の装備が分厚すぎる。肩など鉄板というよりまるで鉄球のようであった。

 ヴィラデルも、左肩から末端までの先を硬質な鎧で覆っていたが、あそこまで極端ではない。正直、ハークの感覚からすれば不格好にすら見える。


 試合開始のアナウンスが流れ、さて、どう攻めるかと考えていると、対戦相手が話し掛けてきた。

 別段、私語は禁止ではない。だが、ハークからするとどうにも違和感がある。前世では、前口上の様なモノならば兎も角、これから斬り合う相手とそうそう話などするものではなかったからだ。


「午前中のキサマの試合を観せてもらったぞ、エルフの小僧」


「ん? そうなのか?」


 ハークとしては少し意外であった。『四井戸しいど選手』というのは選ばれた実力者のみであり、予選とも言える午前中の戦いには会場入りすらせず、従って観もしないというのが殆どであると事前に聞かされていたからだ。


「一撃で試合を決めていたのにはサスガに驚いたぞ。だが小僧! キサマの『カタナ』とやらは俺には通じん! 見ろ! この高価な鎧を! それに俺は防御力を中心に鍛えておるのだ! キサマの斬撃など撥ね返し、すぐに勝負を決めてくれるぞ!」


 息巻いた相手の台詞を聞いて、ハークは不敵に、いいや、嬉しそうに笑った。視る者によっては無邪気とすら思える笑みだ。ハークにとって、今、対戦相手が発した言葉は、『遠慮なく殺すつもりの全力で来い!』という台詞と同義であったが為である。


「了承した! 其方そなたの挑戦、受けて立とうぞ!」


 そう返答すると同時に、ハークは刀の切っ先をくるりと返し、足元へと突き刺した。

 客席で視ていたハークを良く知る者達は、彼が何を発動するつもりであるか、すぐに気がついたのは言うまでもない。


「剛秘剣・『大・山津波』!!」


「な、なんだこれはあああああああうぎゃあああああああああああああ!?」


 舞い上がる大量の土砂と試合会場を形成する岩板をも含んだ土石の塊、言わば土石の竜が咢を開いて対戦相手を包み込んだ瞬間、彼の憐れな悲鳴は完全に掻き消されていた。




 完全に未知なるSKILLが会場に強烈な盛り上がりをもたらす。しかも、上から観るとド派手かつ豪快な光景であるが故に一際に効果的ですらある。

 フーゲインやエヴァンジェリン、ヴィラデルを含めたハークの仲間達は、この大盛況っぷりに納得しつつも、避ける間も与えられることなく斬塊土石流に呑まれるがままであった相手選手に内心同情していた。


 が、なにを思ったのか彼らの眼前でエルフの少年が、自ら放ったばかりの遠距離斬撃SKILLを追い駆けるかのように走り出す光景には、一様に全員が肝を冷やされる想いであり、フーゲインは思わず腰を上げてハークに向かって叫んでいた。


「ハーク、止まれ! もう勝負は着いてっぞ!」


 応援席でもある彼らの席とハークのいる試合会場とは少なくない距離があり、しかも会場は大歓声。普通なら、いくら高レベルステータスの後押しのある大音響であったとしても届かぬ条件だった筈だが、優秀なエルフ族特有の聴覚はフーゲインの助言をハークの意識下にまで到達させることに成功していたらしく、直前で彼に急ブレーキをかけさせることに成功していた。


 彼の足元には、憐れにも自慢の鎧をバラバラに斬り刻まれてひっくり返り、泡を吹いて気絶した対戦相手の大柄な身体が転がっていたのである。




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