第19話:The Dawn of the Legend

277 第19話01:開幕式




 辺境領ワレンシュタインは、川が流れ塩湖が存在する南部こそ湿地帯ではあるが、元々荒地ということもあり一年の降雨量は非常に少なく、特にこの季節は快晴となることが多い。


 本日もそんなご多分に漏れず、空は雲一つなく晴れ渡っており気候も良い。

 暑すぎもなく、寒すぎもなく、正に戦い日和とも言うべきお日柄、ワレンシュタインとその領都オルレオンが誇る大コロシアムには、七万を超える観客が詰めかけていた。


 巨大な闘技場を所持する街はこの国にも、そして西大陸中にも他に幾つか存在するが、実はオルレオンのものに匹敵するほど大きなものはない。

 国力の高いモーデル王国にて、最新に建造されたものであるから、というのもあるが、兎にも角にも堅牢に作られてもおり、その理由は元々が複数の目的をもって建てられたことにあった。


 この街には、他の街に必ずあるはずの強固な外壁となる城壁を、当初から持たぬことは既に書いた。

 人の出入りを制限し、魔物など外部からの襲撃をまず物理的にせき止めるものが存在しないのだ。

 その分、優秀で五感に優れた軍の兵士達を、常時多数配置することによって補完しているのだが、それでも不測の事態に対する備えというのは常に用意しておくべきものであり、領主ランバート=グラン=ワレンシュタイン以下、ベルサや彼の部下たちも充分にその必然性を熟知していた。


 その必然、必要性の末に、オルレオン建都直後に建造が着手されたのがこの巨大闘技場である。

 ここは名の通り模擬的な戦闘を観客に見せて楽しませる場、という以外でも各種催し物の会場としても機能するが、そういったエンターテインメント的側面を担う他に、なにか有事が起きた際、例えばつい先日ロズフォッグ領トゥケイオスの街で起きたような、軍でもすぐには対処不可能な数の魔物に都市を囲まれるなどの、オルレオンに住まう住人達に対する切迫した危機が訪れた場合の最後の壁、そして砦としての役割を果たすべき目的があった。


 つまりは住民の最終避難所、及びシェルターなのである。その役目を十二分に果たすため、当コロシアムは堅牢に、そしてなにより特大に造られていた。なんとその大きさは古都ソーディアンにある闘技場の約二倍を誇っているのだ。


 見上げる壁の内側に延々と積み上げられた段差ごとに客席が設けられており、すり鉢状構造の中心部には草地の上に円形に盛り上がった舞台が用意されている。


 本戦が始まれば、そこが戦いの場となるステージなのであるが、今は参加者全員がその場に集められていた。

 参加者は全員で三百十二名。

 彼らは一様に同方向を向いている。

 これから、客席の最前列に儲けられた主賓席、その中心に座す主催者が立ち上がり、開会の挨拶を行うからである。


 ハークもその場に立ち、他の参加者たちと同様の方向へと視線を送っていた。

 貴賓席の前、一段高くなっている檀上へと登ったのは領主ランバートの長男、ロッシュフォードである。


 『特別武技戦技大会』はこのオルレオン特大コロシアムが完成した次の年から開催されており、今回は五回目、二十年目の節目の年となる。

 そんなことを話し始めたロッシュフォードだが、彼が同大会の主催者を務めるようになったのは八年前の前々大会からだという。


 ランバートはこの国最強の騎士だ。レベルは四十五で、この国では知らぬ者がいないほどの有名人でもある。

 そんな存在が主催者とはいえ貴賓席の中心にて陣取っているのだ。客の目の大部分が彼の元に向かってしまうのはある程度仕方ないものだし、おまけに舞台上で競い合う者達の誰よりも強いのだから、盛り上がりに水を差す結果となることも少なくなかったようだ。


 そこで八年前、長男として既に領内の管理に参画していたロッシュフォードに大会主催者の立場を譲り、自分は裏方に引っ込むことにしたらしい。一応、今も貴賓席とは別に設けられた特別室にて観覧しているとのことだが、ロッシュフォードは当時十四歳でありながらも立派に彼の代わりを務め上げ、大会はそこからモーデルでも未曽有の盛り上がりを見せ始めたという。


 前大会は噂を聞き付けた王国一、どころか大陸一の冒険者とも言われるモログまでもが参加した。

 そしてそれは今大会も、なのである。

 今も頭一つ突き出た角つき兜と、その下の真紅のマントが微風に揺れているのが目に入る。

 その恰好は、約一カ月前にソーディアンで初めてハークが遭遇した時と全く変わらない。

 彼より背丈だけならば大きな者も参加者の中にはいるが、雰囲気が周囲を圧倒していた。


 モログと対戦することが、ハークがこの『特別武技戦技大会』に出場する第一目標である。

 そしてもう一つ、最近付随させられ・・・・てしまった目標が一つ。

 ハークはその張本人の一人がいる方向へと視線を向ける。そこには高価そうな白銀の鎧に身を包んだ金髪の青年の後ろ姿があった。

 名はバルセルトア=クルセルヴ。

 レベル四十というモーデル王国第二位の実力者で、隣国である凍土国オランストレイシア出身者であるという。


 それが、なんの因果かヴィラデルに一目惚れした関係で、ハークに決闘を申し入れてきた。

 利益どころか実りすらない決闘など願い下げと、断る口実に今大会本戦での戦いをもっての代替としたのだが、完全に袖にしたワケでもない。もし、当たることができるのであれば無論、元より全身全霊の全力にてぶつかるつもりであった。


〈それにしても、見事な全身鎧よのう〉


 見れば見るほどそう思う。高価そうなだけではなく、卓越した技術の詰まった逸品であるとハークには視えた。


 この大会には武器防具の制限などはなく、各々が自分の用意してきた武装で戦うことを許されている。普段から動きを制限される鎧などは身に着けないハークであったが、今回は周囲、主に仲間達からの強い奨めに従う形で、新たな装備を追加していた。


 それが、虎丸がハークの眼の前で進化し、今の姿となる際に脱皮の如く脱ぎ捨てた魔獣時代の抜け殻ならぬ抜け皮を、腰に巻いたものであった。


 それを視た虎丸は瞳を潤ませてこう言ったものである。


『今回、一緒には戦えないオイラのために、身に着けて戦ってくれるっつーコトッスね!?』


 どうも今回ばかりは共に戦いの舞台に立てずに、客席から眺めるしかない虎丸の意を汲んでの行動、だと思われたらしい。

 本当は心配する仲間達の追求を躱すような目的だったのだが、あえて否定しなければいけない事でもないのでそのままにしておいた。

 改めて鑑定してみると思いのほか防御効果があって驚いたが。しかも重さを感じないばかりか速度能力付加状態となっているのには本気で驚愕したものである。


 そんなことを考えていると、壇上に立つロッシュの話も最終手前までに差しかかっていた。

 今は、大会規定であるルールの最終確認を語り出したところである。拡声法器が彼の声を何倍にも響かせていた。


「一つ! 円形の舞台の上から外に出されたら負けだ! 無論、気絶や降参もである!」


 これは、夏頃にハークも出場した『ギルド魔技戦技大会』でも同様だった。


「次に、ダウン中は基本的に攻撃禁止である! 審判の指示に従うように! ただし、意識はあっても十秒以内に起き上がらない場合は負けと見做す!」


 これも同じくである。実戦に則した模擬戦でこれはいかがなものかとも思うだろうが、これを認めてしまうと死人が大量に出てしまうのだという。

 確かに寝ている状態の相手を、加減しつつさらに追い込むのは簡単なことではない。あまりにしぶとく立ち上がる相手であれば、場外に押し出してしまえば済むのだから。


「最後に! 対戦相手を殺すのはどのような状況であろうとも失格となる! また、故意と認められた場合には、次回から永久に大会参加資格の剥奪となるのでそのつもりで!」


 他の国ではこの項目を含まないような同様の大会も開かれているらしい。しかし、その場合は殺害目的での殺し屋が特定の人物狙いで参加するようなこともあるようで、そのような前例が起きてから、モーデルでは全面的にこの項目が徹底されるようになったとのことだ。


「以上が今大会のルールである! これらを遵守し、正々堂々とした熱い戦いがここに繰り広げられることを切に願い、主催者の挨拶と代えていただこう。集まりし三百十二名の若き精鋭達よ! その鍛えた技と英知を存分に披露してくれたまえ! 諸君らの熱戦を期待し、ここに宣言する! 第五回、『特別武技戦技大会』っ、開幕!!」


 ここに、ハークを含めた激戦の舞台、その幕が切って落とされた。




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