278 第19話02:Let’s RUMBLE!




 ハークの出番は奇しくも最初の試合、第一試合であった。

 前回の優勝者や、好成績が確約されている高レベル実力者以外、基本的にクジ引きにて初戦は八人の集団に振り分けられ戦うこととなる。

 つまり第一回戦は一対一ではなく、集団戦ということである。

 次から先は全て一対一の勝ち抜き戦なのだが、実際、タイマン戦で勝ち残るより遥かに難易度が高くなるものである。だが、これをくぐり抜けられる者でなければ、上で待つ強者とは試合にもならない。

 元々は参加者急増による苦肉の策でもあったらしいのだが、そういった過去の戦績蓄積により、前々大会より採用された試合形式でもあった。


 ハークも時間があれば観客席で観ている仲間達の元にでも行こうと思っていたのだが、第一試合では当然その時間もない。

 しかし、シアだけはハークの付き人として、そばに居てくれていた。無論、従魔たる虎丸や日毬もである。


 付き人制は、毎年、何十名かの貴族出身の参加者が存在することにより、定められた背景がある。貴族出身者はごくたまに、戦闘の用意を自分一人で用意し切れぬ者がいることがあるからだ。

 これはかしずかれること、世話を受けることが日常である一部の特権階級の甘え、とは少し違う。というのも、初期から資金力のある彼らは大抵高級な全身鎧を所持し、普段から使用する場合が多いのだが、このフルプレートメイルというものは一人での着脱が非常に難しいのである。


 なので、選手は事前の参加申し込み申請と同時に、付き人の指定も行うことが可能であった。

 アルティナとリィズも立候補したがっていたのだが、第二王女と開催地の未来の領主となるような人物に付き人などさせられる訳がない。シアが全員一致で適任ということになった。

 従魔は付き人の対象外であるが、同時に会場への侵入を禁止される対象でもなかった。無論、登録されてもいないというのに試合に出れば即失格となるのは当然ではあるが。


「さて、と。そろそろいつものように『斬魔刀』の鞘を預かるよ、ハーク」


「そうだな。頼むよ、シア」


 言いながら、ハークはすらりと金属の擦過音を立てつつも『斬魔刀』を抜き放つ。

 天気の良い今日も『斬魔刀』は陽光を撥ね返し、美しいその刃紋を浮かび上がらせた。

 一定の距離を保って様子を視ていたハークと同じ参加者の幾人かから、その様子に魅入られたかの如く、感嘆にも似たうめき声のようなものが聞こえてくる。


「アレがうわさに聞く……」


「何という美しさか……」


「持ち手が歳若く見えるといえど、侮るワケにはいかんようだな」


 こちらに伝える意図など皆無であろうが、エルフ族特有の耳には届いてしまう。とはいえ、距離の関係からシアの耳にも断片的に届いていたようだ。


「結構注目されている……ようだねぇ。この前の捕縛戦と『キカイヘイ』の撃退戦は一般にはまだ伝わっていないハズだから、トゥケイオス防衛戦とか……かな? 気をつけてね、ハーク」


「問題ないであろう。儂に対して警戒する者など数えるほどしかおらんよ」


 こういう時、ある意味外見で得をしている、とも言えるのかもしれない。そう思っていたのだが、シアは言下に否定した。


「なに言ってンの! どうせ選手紹介であれこれ言われるに決まってるじゃあないのさ!」


「ぬ。そうか」


「きっと狙われるよ。っていうか、もし、あたしならそうするね」


 ハークはシアの助言に頷くが、落ち着いた雰囲気には変化がない。視ようによっては、緊張感が足りなくも思えることであろう。


「ま、相手はシアではないからの」


 こんな発言をする始末である。


『ご主人なら大丈夫ッス! きっと一撃ッス!』


「きゅーーん!」


 虎丸は無遠慮に励まし、日毬が同意する。日毬の言葉には同時に、「怪我しないでねー」という意図も感じられた。

 もう少しだけお小言でも追加した方が良いかと言葉を探すシアであったが、結局、これ以上はハークも充分に分かっていることであろうと思い直したところで係員から入場の指示が送られる。


「よし、では行ってくる」


「うん! 行っといで!」


 軽くシアの平手を背中に受け、ハークはゆっくりとした足取りで歩きだした。



 奇妙な反りを持つ刀身を肩に担ぐようにして現れた少年に、会場がドッと巨大な沸き上がりを見せる。

 ハークを視てざわめきを上げる観客も確かにいたのだが、主な要因はコロシアム右翼に固まる大応援団。アルティナとリィズを始めとしたオルレオン冒険者ギルド第七寄宿学校の全生徒に非番講師陣までをも含めた全員が、有らん限りの歓声を上げていたのである。


「お聞きください、この大歓声! 本大会でも活躍が期待される超大型新人、ハーキュリース=ヴァン=アルトリーリア=クルーガー選手の入場です!」


 拡声の法器で倍増された実況アナウンサーの声が会場全体に響き渡る。普段は領内の治安維持に精を出す軍の有志が、持ち回りで行っているのであった。


「彼のことをご存知である方も多数いらっしゃることでしょう! 彼は半年前に行われた新人冒険者たちの登竜門『ギルド魔技戦技大会』に於いて、出場した三競技に全てに完勝! 古都ソーディアン第一校、三年振りの優勝に最も貢献した人物であります! それだけであれば実績は、優秀なれど所詮は半人前の集団で行う大会にて活躍しただけのことと、断じることもでき得るかもしれません! しかし、彼はわずか三週間前にロズフォッグ領トゥケイオスの街を襲った、地を覆い尽くす程のアンデッドモンスター大軍団相手に敢然と立ち向かい、街を守り抜いた立役者として、英雄の仲間入りを果たしたと断言できるほどの活躍を見せた人物なのです! 正に偉業を成し遂げた彼を、未だ寄宿学校に所属する生徒だとしてもどうして新人などと断ずることができましょうかっ!!」


 先に倍する歓声が上がった。今度は右翼の一角だけではなく、会場全体であった。

 どよめき収まらぬ中、試合を行う石造りの舞台へと上がる八人目の選手であったハークは、既に舞台上で待ち構えていた七人の顔色が一気に変わるのを視て、渋い表情を浮かべるしかなかった。


(やれやれ、シアの懸念通りとなったか)


 全く彼女の言った通りになって、笑っていいやら溜息ついていいやらである。

 ハークとて、対戦相手の観察は怠ったりなどはしない。当然の事だ。

 幸いにも彼ら七人はハークの事を、少なくとも外見上は知らなかったらしく、なんの警戒感もハークに対して抱いてはいなかった。それどころか見た目通り、年端もいかぬ少年として侮っていた雰囲気さえあった。

 が、まるで状況が正反対となってしまっていた。


 ハークの第一回戦の対戦相手たちは急に目配せをし始める。

 それだけではなく、声に出す者さえいた。


「よいか。開始の合図と共に全員でかかり、仕留めるぞ」


「了解した。そこまでは協力するぜ」


「おう、任せろや。遅れるんじゃあねぇぞ」


 各々が、ハークに飛び掛かり易い位置へと移動し、其々の武器を構え始める。

 得物は小剣、槍、大剣、薙刀のようなものと様々だったが、攻撃は大上段からの全体重を籠めたもので来ると、ハークには容易に想像がついてしまう。それが最も集団戦で味方に被害なく、且つ効果的であるからだ。

 殺害目的であれば全員で突きを行って突撃する方がいいのだが、今回は殺しがご法度である。大人七人がかりでの上段斬りをハークに防がせて、押し倒してそのままのカウントアウトを狙うか、もしくは場外に無理矢理押し出すつもりと視えた。


 向こうも素人ではないから、という証明のようなものであったが、それゆえにハークには良く理解できてしまう。


 ハークは肩に担いだままであった『斬魔刀』をだらりと下げた。

 構えとも思えぬほどに力を抜く、緩やかな姿勢である。

 これこそがハーク本来の構えだと、彼の仲間達だけが気づく中、再びアナウンサーの大音響が会場を包んだ。


「それではっ! 『特別武技戦技大会』開幕試合っ! はじめええーーっ!」


 同時に、七人の戦士は踏み込み一斉に、最も身体の小さな選手へと殺到し、襲いかかった。


 速い。と、観客の大部分は思った筈である。

 彼らのレベル帯は三十四から三十六。其々が其々の拠点に帰ればエース、もしくはそれに準ずる能力を持つ者だったのだから当然だ。


 が、ごく一部の者達にとっては、欠伸すらこみ上げるほどに遅い。

 彼らが一丸となって襲いかかった相手も、その一部の例外であったのが、彼らの敗因だった。


「奥義・『大日輪』」


 真円を描く大太刀の軌道が、触れるもの全てを、いつものように悉く斬り裂いていく。

 七人が一斉に振り下ろした武器が、各々握り手の先から失われていた。

 そして、石畳の舞台上に斬り離された部分が、硬質な音を七つ立てて接触する頃、観客だけは更なる瞠目をすることになる。


 脅威のない攻撃を振り終えようとしていた七人の背後に、少年が肩に『斬魔刀』の刀身を担ぐかのような姿勢、試合舞台上にあがる時そのままでいつの間にか佇んでいたのだから。


 既に試合は終了したと、宣告するように。




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