274 第18話14終:空龍の牙②




 ガナハは大きく驚きを示す。本当に分かり易い。素直な性分が大いに関係しているのだろう。


『ガナハ、これは可能性の問題なのだよ。最古龍に実害を与え得る存在から考えていけば、魔族を抜かせば同じ龍種が筆頭となるは必然なのだ』


『そ、そうかも知れないけど!?』


『待つのだ、ガナハ。最後まで聞いておくれ。これは最早、死した我だけの問題ではない。お前や、他の最古龍の問題でもあるのだ』


『え、ええ!?』


 明らかに、ガナハは話の急な展開についていけていなかったが、エルザルドは構わず続ける。


『考えてもみよ。確かに我は暴走が原因で死した。しかし、正確に言えば、殺して貰ったと言う方が近い。更に言うならば、暴走させられたことで、直接的にではなく間接的に殺された、とも言えるのだ』


『そ、そんな!? でも、爺ちゃんを殺したいほど憎んでた同族なんていないでしょ!?』


『我もそう思っていたし、そう思いたい。だが、現実がこうなのだ。ガナハ、お前も充分に気をつけた方が良い』


『そういえば、先程ガナハ殿は、ダコタという最古龍にエルザルドが殺されたことを教えられた、と言っていたな』


『ダコタが!? いや、あり得ないよ! そんな龍じゃあない!』


 ハークは可能性の一つを提示してみせただけだが、ガナハは先んじて想像を巡らして返す。エルザルドも同様であった。


『ハーク殿。ダコタはこの前説明した通り、明らかな格下から勝負を挑まれても全くつき合うことなくその場を移動するほどの不戦主義者だ。とても考えられん』


「待ってちょうだい。例えばそのドラゴンにとっての大切な存在を人質に取ればどう? ガナハさんにとってのエルザルドさんのような、ね」


『成る程、そのような卑劣な手段に屈することなど、生前の我であれば考えられもせんが、……いささかそのような手に乗せられる者はおりそうだ。直接、自分が手を下した訳ではない、などと申してな……』


 つい最近、聞いたことのある話ではある。具体的にはロズフォッグ領の辺りで。


『エルザルド。そのような脅しに屈しそうにもない、完全に信用できそうな最古龍は、一体どれくらいおる?』


『そうだな。最古龍中の最古龍であるアレクサンドリア=ルクソールとキール=ブレーメンはまず安心だろう。ダコタ=ガイアスリナムは本来、信じられるに足る龍であるのだが……』


『ガナハにわざわざエルザルドの死を伝えたあたり、残念だが完全にとは言い切れんな』


『その通りだ。ガルダイア=ワジは論外。ロンドニア=リオは龍王国ドラガニアという足枷がついている以上、難しいな。他にも信じたい龍達はいるのだが、弱点となる存在が皆無な者は少ないな……。ヴァージニア=バレンシアも大切な存在を持ってはいるが、あれが不覚を取って足枷となるなど想像がつかんな。彼女は信頼できるだろう。アズハ=アマラも、生来の無関心さゆえに問題あるまい』


『まとめると、アレクサンドリアとキール、そしてヴァージニアにアズハの四名か』


『うむ。ガナハよ、まずはこの四柱とコンタクトを取れ。今、この場で話したことはその四柱だけに伝え、その中だけで最初は情報を共有するに留めるのだ。始めはできることならばアレクサンドリアが良いだろう』


『分かったよ、爺ちゃん!』


「ガナハさん、くれぐれも気をつけておくれよ!」


『うん、ありがとう。シアさん……、だったよね?』


「ああ、ちゃんと名乗ってなかったね。あたしはスウェシアっていうんだ。シアって呼んでおくれ」


『そういえば、儂も自分で名乗ってはいなかったか。ハーキュリース=ヴァン……、いや、ハークでいい。ハークと呼んでくれガナハ殿。そして、こちらは相棒の虎丸と日毬だ』


『虎丸だ。よろしく頼む』


「キューーン」


 虎丸に続き、日毬も挨拶を交わす。

 どうも「よろしくー」と、「日毬だよー」を一緒に伝えているようだ。

 いつも不思議なのだが日毬の言葉は聞こえた人間に大体意味が伝わっているらしい。どうやら誕生する前から備えている種族SKILL『同調能力シンクロニズム』のおかげのようだ。


 ここで、ガナハは本当に人によく似た照れ笑いを見せた。


『あはは。じゃあボクも改めて! ガナハ=フサキです! ヒト族とか人間種の間では、『空龍』と呼ばれることが多いかな』


「く、空龍!?」


 ガナハの異名を知らなかったシアが、相手がおとぎ話に語られる存在だとここで初めて知り、驚きを見せる。

 ヴィラデルも横で驚きに眼を開いてはいたが、大きく表面に出すことはしなかった。ひょっとすると、ある程度は予想していたのかもしれない。

 最後に、そのヴィラデルが改めて名乗りを上げる。


「アタシはヴィラデルディーチェ……、いいえ、アタシもヴィラデルと呼んで。これからは、用心を怠らないようにしてね、ガナハさん。無事を祈っているワ」


『儂からも、改めて武運を祈らせてもらうよ』


『ありがとう、皆さん! 良い人たちや精霊種と久々に知り合えてウレシイです! ハークさん、虎丸さん、ホントに追いかけまわしたりしてゴメンなさい!』


 とっくに責めるような気持ちは失っていたものの、自分と同じ目線、つまりはガナハにとって地面スレスレにまで頭の位置を下ろしたことで、彼女への好意はさらに高まっていく。

 ハークはにこやかに返した。


『もう良いよ、ガナハ殿。気にすることはない。済んだことだ』


『そうはいかないよ! お詫びと、あと、お近づきの印だよ! ちょっと待っててね!』


 そう言うと、ガナハは右手を上に向けて開き、力を籠めるかのような仕草をした。


〈なんだ? 爪の先に魔力を集めているのか?〉


 『精霊視』のSKILLを持つハークにはそれがしっかりと視える。

 次いで、ガナハはやや斜め上を見るように顔面を向けると、かぱりと口を開いた。

 なにを、と思う暇もなかった。


『『龍爪斬ドラゴンクロー』。 アイターー!!』


 そのまま、流れるような動きで自分の歯、人で言えば犬歯の位置にある一番長い牙を自らの右爪で攻撃したのである。

 正確な一撃は、硬質な音を周囲に響かせ、同時に根元からその牙を折っていた。


「ガナハ殿!? いきなり何をしている!?」


 突然の行動に驚いたハークは念話を使うことも忘れて叫んでしまう。

 けじめというのも大切だが、ハークは目の前のガナハに自傷行為など決して望んではいなかった。

 ところが、彼女の行為はそういった類の意味ではなかった。


 ガナハは折れ飛んだ自身の牙を残った左手で受け止めていたが、その左手を差し出して言った。


『アイタタタ……。ホラ、受け取ってよ! ボクからのせめてものお詫びと、これからヨロシクっていう意味を込めて!』


 差し出された手の中には、当然、折れたばかりの彼女の牙がある。


「これを、儂に……?」


 実に巨大なものであった。さすがに『斬魔刀』ほどではないにしても、剛刀より少し短い程度の長さ、そして『斬魔刀』を優に超える厚さを備えた刃かのようである。

 前世でも巨大な獲物を仕留めた証として狩人が爪や角などを所持すると聞いたこともあったが、この世界にとっての頂点たる龍の牙は、それとは全く別の意味を持つ。

 さらに、これがことガナハのものであるというのは格別に強烈極まりない側面も持ち合わせていた。


「ま、まさか『空龍の牙』!?」


 普段から物欲のないシアでさえ大声を上げさせる。

 当然の代物だった。

 おとぎ話でしか登場しない伝説の遺物が、今、形を変えて目の前にあるに等しいのである。ハークのような、生まれた時よりこの世界で育ったわけでもない半端者でさえ、その価値は大いに理解できた。


「良いのか?」


 確認するように聞くと、ガナハは大きく頷いた。


『ウン! ハークに持っててほしいんだよ! 知ってるかもしれないけれど、ボクの牙って人間種の間で幸運や繁栄を呼ぶお守りとして、すごく有名なんだって! 使い方とか、細かいことは言わないから、受け取ってよ!』


 ハークもつい数週間前に聞いて知っていた。

 某国の姫君が空龍と呼ばれる存在と出会い、自分を裏切った家臣達に立ち向かい遂には国を取り戻したという。そのキッカケが、空龍が与えた己が牙、『空龍の牙』であったのだ。


「分かった。有難く受け取らせてもらうよ」


 ハークが恭しくも受け取ると、ガナハは、はにかみを見せて笑った。出会った時の剣呑な雰囲気とは、まるで真逆そのものの態度にハークも苦笑で返す。


『それじゃあ、行くね! また会えるといいケド。その時はあなた達の力を借りに来るかもしれないね!』


 冗談めかしてガナハはそう言うが、さすがにそれはあり得ぬと、ハークは増々苦笑を深めるだけだった。


「はは。逆であれば、充分考えられるがな。兎に角、息災でな、ガナハ殿」


『アリガト。みんなも、爺ちゃんも元気でね。あ、元気、ってのはおかしいかな?』


 エルザルドが応える。


『そうだな。我は既に死して魂と分離した知識だけの存在であるからな。……ふむ、考えてみると、我が魂の転生体が、既にこの世界の何処かに発生しているのかも知れんぞ』


『あ、そうかも知れないねー。探してみるのも面白いかもなー。どうせドラゴンになっているんだし。そうだ、爺ちゃん! 話は戻るけど、ヴァージニアの息子さんはどうかな? 今回の相談仲間として』


『む? 彼か。だが、彼は今子育て中で一切の連絡を絶っているのだろう? 母であるヴァージニアでさえ、その居場所は分からんと聞く』


『そうだね。でも、もし、連絡がついたら、ってさ』


『ふうむ。問題ないどころか、連絡がつくのであれば、まず最初に相談を持ちかけたい相手であるのかも知れんな。彼は心身共に強靭であるし、状況判断に長ける。……どことなくハーク殿に似ておるの……』


「儂に?」


『了解だよ、爺ちゃん! さてと、それじゃあ今度こそ本当に行くね! バイバイ、みんな! またね!』


「ああ。達者でな、ガナハ殿」


「元気でね!」


『さよならだ』


「キューーン!」


「じゃあ、ネ」


『気をつけるのだぞ、ガナハ』


 ガナハが人間種のように頭を少し下げて別れの挨拶をすると、ハーク、シア、虎丸、日毬、ヴィラデル、そして最後にエルザルドの順に言葉が返される。と、同時にガナハの身体がふわりと浮き上がり、次いで、一瞬で空の天辺まで上昇し、豆粒のようになったかと思ったら、南の方向に飛び去って見えなくなってしまった。

 あっという間の出来事であった。


「やれやれ。あれでは『空』を司るというより、『嵐』を呼ぶ龍であるなァ」


『違いないッス!』


 ハークの思わず口をついて出た感想に虎丸が同意すると、場に一斉の笑い声が上がった。

 しばらくは和やかなもので、このまま不可抗力で残してきてしまったアルティナ達に合流できるかとも思っていたが、それはハークの甘い考えであった。


 動き出す前に、ヴィラデルに左肩を、シアには右肩を、やや強めにガッシリと掴まれたのである。


「さて、ハーク? 笑いで誤魔化そうったってそうはいかないわヨ」


「その通りだね、ハーク。さっきはガナハさんへの説明だったから邪魔しなかったけど、ちゃあんと細かいところまでキッチリあたしらにも説明してもらわないとね!」


 ヴィラデルとシアがそれぞれ醸し出す圧力は、目の前から強大な力を持つドラゴンが飛んで消え去ったというにもかかわらず、前門の虎後門の龍、との言葉をハークに思い起こさせるほどであった。



 その後、ハークは約一時間に渡って、七カ月前のエルザルドとのことなどを改めて話す羽目に陥る。

 ハークとしては清水の舞台から飛び降りる覚悟での白状だったのだが、ハークがエルザルドの喉の鱗を斬り裂いたという事実はあまり驚かれれることもなく、幾分ハーク自身も拍子抜けしたほどであった。ただ、知識を持つ巨大魔晶石エルザルドのことは、知らぬが仏の言葉にもあるように、無用に広める必要はないとその場にいる者達だけの間で留めておいた方がいいという結論に達した。

 結局、アルティナやリィズ、フーゲインらと合流したのは、日が大分傾いてのことになるのは、言うまでもなかった。




   ◇ ◇ ◇




 そしてそれから一週間後。

 遂に待ちに待った『特別武技戦技大会』が、ワレンシュタイン領領都オルレオンの街にて、その中心に位置する大コロシアムから、その開会が高らかに宣言された。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る