271 第18話11:SUDDEN FLOOD




 虎丸は木々の間を縫うように駆け抜ける。直線では追い縋られてしまうからだ。

 ガナハは横倒しになったり縦に伸び上がったり、時に翼を折りたたみ身体を縮めて木々の間を擦り抜けるかのような体勢を取ったりなどと、芸術的な機動を正に縦横無尽に繰り返す。

 さすがに最高速は維持できないと視え、追い付くまでには至らない。


 それでもつかず離れずの距離を維持し続けていたが、一つの疑問がハークの脳裏には浮かんでいた。


『おかしいワ。なんで、『龍魔咆哮ブレス』を撃たないのかしら?』


 ヴィラデルが、ハークがつい今しがた想起した内容と全く同じ疑問を念話で吐露する。

 なんとなくその答えが分かりそうな気がしたが、ハークにはその前に伝えるべきことがあった。


『儂も同じことを疑問に思うたが……、その前に、礼を言っておかねばならんな。助かったよ。ありがとう、ヴィラデル』


『え……? えっと……、なんのことかしら?』


 ヴィラデルはとぼけているワケでもない。珍しいことに戸惑いすら浮かべていた。


『先程、龍の位置を示してくれたことだよ。あれがなければ死ぬところだった』


『……ヤケに素直ねェ。それに、今言う台詞かしら?』


『事実だからな。それに、今言っておかぬと次に言えるかどうかも、どうやら分からんかもしれんようだ。シアにも同じく感謝を伝えさせてもらうよ』


「なに言ってんだい! ハークらしくないよ! いやに弱気じゃあないか!?」


 シアはハークやヴィラデルと違い『念話』は聞こえていても話すことはできない。受信はできても送信ができない状態だ。なので、風に遮られぬよう声を張る必要があった。


『今の言葉で確信したけど、どうやらあのドラゴン、ハークを狙っているのね?』


「ちょ……っ!? 一体なんでなんだい!?」


『心当たりはあるがの、それを説明できる時間はなさそうだ。あの龍とて事情を話せればとは思うのだがな。ヴィラデル、シアと共に今すぐ虎丸の背から降りてくれ。その方が安全だ。お主の魔法技術ならばこの速度からでも朝飯前に降りられるであろう?』


 ハークが言う安全とは、無論、シアとヴィラデルのための安全である。

 しかし、敢えてハークは曖昧な言い方をしていた。受け取り方によっては、シアとヴィラデル二人が虎丸から降りた方が自由な挙動が取れるようになり、ハーク達にとって有利と勘違いできるように。

 あくまでも、そこまで深く考えずに口から先に出たかのような、無意識に近いハークの言葉だったが、本来であれば効果的とも考えられるものである筈であった。特にヴィラデルは、我が身の安全に関する事柄には非常に敏感である。すぐにハークの真意を掴むものと予想していた。


 ところが、彼女の返答は、ハークの予測とは全く違うものだった。


『駄目よ、ハーク。その手には乗らないワ。あのドラゴンが『龍魔咆哮ブレス』を撃たない理由はアタシたちが一緒に乗っているから、デショ?』


「なんだって!? だったら意地でも降りれないよ!」


 そうなのだ。ヴィラデルと同じ事をハークも予測していた。

 あの空龍、ガナハ=フサキは今確かに全ての受信を切り、一見、怒りだけにその身を任せているかのようである。

 しかしだ、最後の良心ともいうべきか、配慮というかそういうものを全て捨て去っている訳ではなさそうだった。


 ガナハは、突然にその姿を場に現した瞬間から今に至るまで、徹頭徹尾ハークと虎丸のみを狙い続け、それ以外、特に他の生命体に対する攻撃を控え続けていた。


 エルザルドの『空龍ガナハ=フサキ』への評価、並びに認識は、少しも間違ってはいなかったのである。

 ガナハは、怒りに心を支配されていようともなお、心優しき龍だった。

 その姿にハークは、当初、ソーディアンでのエルザルドと同様に、ガナハも何者かに怒りを植え付けられてしまったのではと思ったが、さすがにそれはあり得ないと言えるだろう。

 あの時のエルザルドと同じ状態の龍であれば、木々を避けるなどせず、なぎ倒し砕き散らしながら突き進むだけなのだから。


 そしてなにより、シアとヴィラデルの二人を巻き込まぬように気をつけていた。少なくとも、ガナハはこの二人をエルザルド殺害に対して無関係であると考えているのであろう。

 先の脚爪と尻尾での攻撃も完全にハークだけを狙ったものである。最悪、虎丸に当たっても、といったところはあったが、すぐ後ろのヴィラデルには掠り傷すら与えぬような配慮が感じられた。


 ただ、ハークにとってはホンの少し、いや、かなり意外な展開だった。

 ヴィラデルの発言によって事情を知ったシアは兎も角としても、ハークの知るヴィラデルであれば、今までの彼女であれば、確実に己の都合と命を優先するものと思っていたからだ。


『おいおい……。今の儂と共に虎丸にくっついておれば、命の危険があるのは重々承知しておるのだろう? あの龍も、いつまで加減してくれるかなぞ分からんぞ』


『アラ? じゃあ、加減してくれるウチが花ってことネ。話すことさえできれば何とかなるんでしょう?』


『保障などできんし、その方策が正直思い浮かばん。大人しく降りた方が身のためだ』


『アタシは浮かんだワ』


『なに!?』


『ちょっと日毬ちゃんを借りるワね。虎丸ちゃん、アナタこの先の地形を感覚で把握してるわね?』


『なぜにお前にまで、虎丸ちゃん呼ばわりされなきゃならんのだ!』


『いいから質問に答えなさい。ハークを守りたいんでしょう?』


『ヌッ!? 無論だ!』


『じゃあ答えて、匂いか足の裏でかは知らないけど、この先の地形が分かるのでしょう?』


『分かる!』


 最初は反抗的だった虎丸も、ヴィラデルのハークのためという言葉に己の反発心を棚に上げたようだ。


『よし、この先に窪地はあるかしら? 緩やかでもいいわ。周囲より少しでも下がっていればそれでも構わない』


『この先、少し左に向かった場所にあるぞ! 今は枯れているようだが過去に水が流れていた匂いがする! 冬になって降り積もった雪が次の春になって溶け流れて、短い間だけ川になる場所のようだ!』


『おあつらえ向きね、ぴったりの場所だワ! そこへ向かって! どのくらいかかる!?』


『この調子ならば二分かからないだろう! だが、その辺りは木々の間隔は広くなる! 追いつかれるかもしれん!』


『了解よ! アタシと日毬ちゃんでなんとかするわ!』


「ヴィラデルさん! また上から来るよ!」


 叫ぶシアの言う通りだった。再度の急上昇からの急降下攻撃のようである。

 今度はハークも注意を向け続けていたので感知し続けている。ただし、速すぎた。刀なら話は違うが、魔法で狙えるような自信はハークにはない。


『日毬ちゃん! やるわよっ! 『突風ウインドシュート』! 右の翼を狙って!』


「キュウンッ!」


 ヴィラデルの胸元にしがみついたまま日毬が応える。いつものように、了承と同時にこめられた魔法発動が頭上に向けて発せられた。

 中級とはいえ、いつもの加減のない風魔法が空気の砲弾と化し撃ち出される。


 それが狙い通りの右翼からは外れつつも、丁度、真下に向けての挙動に移ろうとした空龍の周囲の空気をかき乱す。が、さすがは空の龍と言うべきか、大きく体勢を崩すことなく予定の動きに移った。

 そこへ、更なる追撃を放つ。


「『突風ウインドシュート』ッ!」


 ヴィラデルが日毬と全く同じ魔法を発動した。

 日毬の大砲のようなそれとは威力が大きく異なるが、それでも精緻さでは遥かに上回っていた。彼女が放った風の圧力は急降下するガナハの右の翼に直撃し、安定を大きく失わせてキリモミ状態にさせる。


「落ちる!?」


 シアが発した言葉に反応した訳ではないだろうが、ガナハはそんな状態に陥ろうともいまだ空を司れる龍であった。


 誰がどう視ても大地に激突するとしか思えなかったその身を、瞬時に整え直して地面ギリギリで方向を転換。地を這うような高度で虎丸になおも追い縋る。


 しかし、この流れすらも百戦錬磨たるエルフの女性冒険者にとっては予想の範疇であった。


「『氷の霧アイスヘイズ』ッ!!」




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