270 第18話10:テラー・オブ・ドラゴン②
『ご主じっ……!!』
念話を紡ぐのさえもどかしく、虎丸は行動する。無論、主を、ハークを守るためにだ。
「ぬおおっ!?」
ハークは虎丸に左腕を
そのまま、虎丸は疾走を開始する。文字通り脇目も振らずの勢いであったが、ほぼ同じ瞬間に行動を開始した者は虎丸のみではなかった。
突如襲来したドラゴンもその一つ。
瞬間、強靭で巨大なるタラスクの肉体が弾け、四散したように視えた。なにが起こったかまではハークにも判断できなかったが、近くにいた仲間達のことを案じるのは彼にとってごく当たり前だった。
『とっ、虎丸! 皆は!?』
『心配いらないッス! フーゲインがリィズとアルティナの二人を庇ったのがギリギリ視えたッス!』
『それは安否の話ではない! それに、シアと日毬、そしてヴィラデルは!?』
『アラ? アタシを心配してくれるの、ハーク?』
ハークは珍しく驚きを隠せなかった。それは、『念話』に割り込んできたヴィラデルの声がヤケに近くから聞こえたせいではない。『念話』は周囲が雑音でうるさい状況であってもしっかりと、そして鮮明に聞くことができる。まるですぐ隣で話し合うがごときだ。
問題は、なぜ彼女が念話に割り込めたのか、ということだ。
虎丸は既に全速力での疾駆に移行していた。ハークは体感で判る。で、あれば、とっくに虎丸が中継し、念話を繋ぐことのできる距離は超過しているはずであった。その証拠に、ハークのエルフならではの特別製の眼ですら、最早、仲間達の影も形も見えやしない。虎丸の念話は繋ぐべき相手の姿が視認できないと接続不可という制限があるのだ。
不思議に思い視線を巡らすと、ヴィラデルがすぐそばにいた。
『なぜ、貴様が虎丸に跨っているのだ!?』
『位置が良かったのよ。いや、むしろ悪かった、のかも知れないけれどネ! とにかく、ホラ、手を出して』
虎丸の背に跨っていたヴィラデルが、未だ同じ体勢で風に煽られ続けるハークに向けて手を伸ばしていた。
空から龍が落ちてきた瞬間、ハークは虎丸の少し前に位置し、ヴィラデルとシアは虎丸のすぐ横、そして真後ろで議論を交わしており、位置的に、反応次第で即座に虎丸の背に跨ることができたのである。
虎丸の歯に咥えられていないほうの手をガッシリと掴むと、ヴィラデルは一気にハークを自分の前に座らせるよう軽々と引き上げた。ヴィラデルもハークと同じく素の攻撃力、則ち力の伸び率の悪いエルフ族ではあるが、長年の努力と三十八という高レベルであれば、少年一人の体重を片手で持ち上げるくらいワケはなかった。
しかし、ハークの驚愕はヴィラデルが虎丸に乗っていて、で終わりではなかった。
「来たよっ!!」
風切り音を切り裂いて聞こえた声にハークはぐるりと振り向いた。
『シアまで乗っているのか!?』
『ご主人! とりあえず後ッス、しっかり掴まって! 左に突っ込むッスよ!』
低空を飛ぶドラゴンが虎丸にすぐ後ろに近づいていた。もう何度目の驚きか、三人乗せているとはいえ全速全開の虎丸が、まさかの追い縋られているという事実である。
だが、虎丸は宣言通り速度を維持しながらほとんど直角に左折。その先は、植林された木々がやや密集している。ドラゴンは低空での追跡を諦めたのか、一旦上空へと高度を上げた。狭い木々の間で飛び続けることはさすがに不可能ということなのだろうか。
『ご主人! 今は逃げることを優先するッス! どの道オイラ達が近くにいれば巻き込んでしまうッス!』
『そうだな! 確かに虎丸の言う通りだが、日毬はどこだ!? あの場に置いてきたのか!? 無事かどうか分からぬか!?』
『ああ、日毬ちゃんならコ・コよン』
ヴィラデルの甘い声音での念話に真後ろを振り向くと、目線の先に日毬を発見した。
日毬はヴィラデルの胸当ての少し上、着衣の間から垣間見える巨大な小麦色の双丘二つが出会う谷間にその身を収めていたのだ。
時と場合によってはいくらハークであっても眼福、いや、眼の毒に感じるかもしれなかったが、当然そんな場合ではない。
眼が合った日毬が無事を示すように左の前脚を振るのを視て、ハークはようやく落ち着きを幾分か取り戻していた。
『潰すなよ?』
それだけを伝えると、ハークは周囲へ無作為にばら撒いていた念話の接続を絞った。ヴィラデルは虎丸とハークの念話内容を全て聞いて割り込んでいたようにハークは感じてしまっていたが、実は慌てて加減なく発してしまっていたハークの念話内容のみを捉えて話をしていたのだった。
ハークは虎丸とだけ接続を維持しながら、胸元のエルザルドと交信を開始する。
『エルザルド! 突如現れ、
隠しようもなく強烈すぎて疑いようもない。あの空色の龍の狙いは確実にハークと虎丸だけに向いていた。他には目もくれていない。
『勿論だ、ハーク殿! あれはガナハ=フサキだよ!』
エルザルドの返答に、即座に反応を返したのは虎丸だった。
『なに!? あれが『空龍』だと言うのか!? あれがか!? 聞いていたのと印象が違いすぎるぞエルザルド!』
ハークも同じセリフを吐きたいくらいである。
よくよく思い起こせば聞いていた特徴の共通事項は多い。鱗の色や、飛翔の匠さ、生前のエルザルドの半分程という体躯。なにより、死骸とはいえ三十五レベルのタラスクの肉体を突然爆散させ、全力疾走中の虎丸にすら直線で追いつきかける速度こそが、只者どころではないステイタスの高さを表してもいた。
しかしながら、その内面は他ならぬエルザルドから聞かされた、おとぎ話『空龍の牙』に描かれたそのままの大らかで穏やかな性格とはかけ離れすぎていた。なにしろ、出会い頭で問答無用に即死級の攻撃をハークに向けて迷いなく放ったのだから。
『あれが『のんびり屋』だと!? 到底納得いかんぞ!? そもそも開幕いきなりぶっ放されたのはなんだ!? 『
『そうだ! 巨大な圧力でもって
『エルザルド! なんとか事情を説明し、静まってもらうことはできんのか!?』
『駄目だ、ハーク殿! 先程から虎丸殿にも協力してもらって交信を試みてはいるが、全くつながる気配もない! 恐らく全ての着信を拒否しているのだ!』
『上だよ! ハーク!』
その時、ヴィラデルからの念話が届く。いつの間にやらハークは、空龍ガナハ=フサキが自身の索敵範囲外、五感で居場所を感知できる外に達していたことを悟る。
『虎丸っ!』
『皆つかまるッスゥ!』
ハークが見上げることもなく虎丸に指示を飛ばすと同時に、虎丸はヴィラデルやシアにも聞こえるよう念話を発しつつ右へ横っ飛びをする。
同時にハークは身体を左に引っ張られる慣性に逆らい、咄嗟に身体を右へと倒した。そのすぐ傍で、龍の脚爪が自分の身を掠めるように通過したのをハークは風切り音から感じる。だが、耳に届く危機的な、ハークに強烈な焦燥感を抱かせる気配と音は、そこで終わりではなかった。
ハークは半ば勘だけで、視線を向けるよりも先にその方向へとSKILLを撃ち放つ。
「奥義ッ・『朧穿』ッ!!」
けたたましい音と共に火花が散る。漸く視線を到達させたハークの瞳に映ったのは、突き出された尾の先端と、旋廻する『斬魔刀』の切っ先が激しく衝突し合う光景であった。
刀へのダメージと、持ち得るSKILLの中で二番目の威力であっても構わず押し切られる危険性を考えて、ハークは僅かながら力の向きを変える。攻撃を撥ね返すのではなく、逸らしてしのぎ切ることに専念したのだ。
見事、空龍の攻撃はハークの頭上を通過するにとどまったが、完全に冷や汗ものの状況であった。
〈危うく頭を素っ飛ばされるところであったわ……!〉
本当に寸でのところだった。先の判断の内、たった一つでも選択を誤っていれば、確実にそうなっていた確信があった。一寸先は闇とは、このことだった。
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