269 第18話09:テラー・オブ・ドラゴン




 虎丸が傷つけ、フーゲインが打ち砕き、ハークが穿った。その位置を正確に、かつ痛烈にシアは打ち据えた。

 銛のような突起がついた面で。

 ただ、長さはハークの『斬魔刀』ほどもなく、自然、ハークの奥義・『朧穿』でも届かなかった弱点までには到達しない。


 だが、彼女の攻撃はここで終わりではなかった。


「点っ火ぁあ!」


 打ち込んだと同時にシアは右手をハンマーより離すと、鎧に包まれた拳を握り思いっ切り振り上げた。

 そしてそのまま、ハークが銃の引き金と想起した突起物にシアの拳が打ち落とされ、ガチン、と硬質ななにかがはまり込んだような音と共に、それ・・は起こった。


 ボッォォオン!


 爆発音が響く。音からして、ハークはかなり大きなものとも判断できたが、些かくぐもっていた。また、空気の振動がほとんどなく、なにしろ飛散物がない。

 が、タラスクの眼から一瞬火炎が噴出し、脳天を覆う甲殻の隙間から黒い煙が漏れ、次いで周囲に肉が焼けた匂いが立ち込め始めると、ハークも含めた全員が、なにかしらの火炎が突如発生したことに確信を持った。


 そして、ゆっくりとタラスクは、日毬が『岩塊隆起ロックビート』で造り出した岩塊に、顎を乗せて静まった。

 明らかに力尽きているかのように視える。


「と、虎丸?」


 ハーク、虎丸、そしてシアは未だタラスクの頭の上に留まり、ハークは急に動き出されたとしても安全なように屈んでいる姿勢のまま、顔だけを虎丸に向けて確認した。

 虎丸はコックリと頷く。

 同時にシアも呟いた。


「や、やった……」


 少し呆けたような声であった。




「一体なにをやったのだ、シア?」


 地に伏し、命を失ってなお見上げねばならぬ巨体を眺めながらハークが訊くと、即座にフーゲインが同調する。


「メチャクチャ驚いたぜ! ド頭とはいえ、馬鹿デカいあのタラスク相手に一発ってのはホントに恐れ入ったぜ!」


「フー兄の言う通りだ、シア殿! 見事と言う他ない!」


「そうですね。でも、さっきのには驚きました。傍で視ていて、魔法のように感じられたのですが、あれは?」


 戦闘が終わったこともあり、離れたところで待機していたリィズとアルティナも話に加わる。特に、アルティナの疑問は、ハークも同様に感じたことであった。

 答えを待つハーク以下四人に対し、まず口を開いたのはシアではなく、ヴィラデルだった。


「良く解るじゃない、アルティナ! 本当によく勉強しているわね!」


「そ、そうですか?」


「なぜ、ヴィラデル殿がお答えになるのです?」


 アルティナは褒められて悪い気はしていないのだが、この前の求婚騒動にハークを巻き込んだことで、またぞろヴィラデルに対し隔意を抱き始めているせいか微妙な面持ちである。

 リィズなど露骨に、年長者とはいえ当事者でもない者が出しゃばらないで欲しい、と言わんばかりの態度だ。

 しかし、それは間違いだった。ヴィラデルはこの上なく当事者であったのである。


「そりゃそうよン。アレはアタシが作ったモノだからネ!」


「「え!?」」


「なんだと!?」


 三者が驚く。少々大げさなくらいだ。

 ほう、と小さく感心したように納得を示したのはフーゲインのみである。彼とヴィラデルの付き合いの薄さゆえというところでもあったが、素直な感情の発露ではあった。


「お主武器など作れたのか!?」


「いいえ、そんなもの作れないワよ?」


 ハークとてヴィラデルの全てなど知る由もないと、彼も率直に驚きを疑問として呈する。

 しかし、彼女はまるでハシゴを外すかのようにそれを否定した。これにはフーゲインを含めた四人が揃って、かくん、とつんのめるしかなかった。


「おい、貴様……」


 ふざけておるのか、とハークが続けようとしたところに、シアからフォローが入る。


「ああ、ええっとね、ヴィラデルさんが言っているのは、さっきの魔法のように視えた効果のことさ!」


「む?」


 シアは自らの武器である大槌を掲げて続けた。


「アルティナが視えたっていう魔法みたいな効果は、この武器から発したものでさ、それをヴィラデルさんは説明したのさ!」


「やっぱり、魔法だったのですか!?」


「うん。この、槍の穂先みたいに尖ってる部分の先から、火炎の魔法をね……って、アレ……?」


「ぐずぐずになっておりますね……」


 覗き込んだリィズが言う。

 シアのハンマーから突き出した先端は、彼女が言うように崩れかかっていた。まるで強い熱に一瞬でさらされ、耐え切れずに変形したかのようである。


「あちゃ~~。やっぱり耐えられなかったみたいねェ。三発くらいは撃てるようにと、中身だけは調整したのだけれど、法器の発射口と、発動した魔法の距離が近すぎて、ちょっと熱に負けてしまった感じかしら」


 同じく覗き込みながらのヴィラデルの表情は、発言の内容とは裏腹に、実にあっけらかんとしたものだ。この結果を予期していたかのように聞こえる。


「法器? この武器は法器なのか?」


「半分正解! これは言わば合成武器みたいなモノでね、法器と武器を組み合わせた特殊武器なの! 武器の中に法器を仕込んでいて、取っ手部分の根元についた点火装置を押し込むことで、任意に攻撃魔法を発動できるスグレモノよ! これは中級の火魔法『爆炎嵐ブレイズストーム』を使用できるようにしているワ!」


 得意気に語るヴィラデルの姿に、ハークは内心、神経を逆なでされている気分を味わっていたが、表情には出さずに訊く。


「と、いうことは、外側はほぼシアが造ったものである、ということか」


「ま、そうネッ」


「なんだそうか。シアの武器自体を貴様が作成したのかと勘違いしたわ。紛らわしい言い方をするでない」


「ちょぉっとぉーー……、その言い方はないんじゃあない?」


 拗ねたような表情と口調で返すヴィラデルに、シアが再び助け舟を出した。


「はは、まぁまぁ。設計からほとんどヴィラデルさんが関わっているから、全体を形作ったといってもそれほど過言じゃあないさ。あたしは最初のコンセプトというかアイデアというか、案を出しただけで、ここまでのものになったのはヴィラデルさんの力が本当に大きいよ」


「私は素直に驚きです。ヴィラデル様、法器も作れたのですね」


 シアに続く称賛にも似たアルティナの言葉に、ヴィラデルはコロっと機嫌を取り戻す。


「そうよ、アルティナ。経験は少ないけれど、仕組みはアタシも理解していたからね。ま、それなりに苦労はあったけど」


「つまりは、いつかの複合攻撃、というヤツか?」


 ハークが思い出し、ここで引き合いに出したのは、ヴィラデルと共に戦うことになった『ユニークスキル所持者』コーノ=アチューキとの戦闘中に、ハークの『大日輪』とヴィラデルの火魔法である『獄炎落としブレイズタンフォール』を全く同時に繰り出した際の同時攻撃のことであった。


「マタマタ惜しいけれど、アレとはちょーっと違うわネ。今回は全くの同時攻撃ではなく、時間差だから。アナタたちが開けた甲殻の穴に杭を撃ち込んで、内部に火を放った感じネ。いくら外装が硬く、いくらでも修復されるとしても、内側から攻撃されれば脆い。それが相手の弱点であればなおの事、……ってトコロかしら」


「そう聞くと少しえげつないな。……ん?」


 そのような攻撃手段を用いた話を最近聞いた、いや、己自身で繰り出した気がする。具体的には外装の隙間から内部の弱点を狙った攻撃である。


「シア、もしかして、この前の儂の攻撃を参考にしたのか? あの『キカイヘイ』を打ち倒した時の攻撃を」


「正解だよ! 内部の魔晶石を狙う、っていうハークの戦い方を元に開発してみたんだ! まだ試作段階だけど、あんな『キカイヘイ』共に対抗しなきゃあならない、フーゲインさんやランバートさんの助けに少しでもなれば、と思ってね!」


「成程、そいつは素晴らしいな!」


「ありがと、ハーク。まだ完成には遠いんだけどね!」


 ハークにはそうとは思えなかった。少なくとも威力の面だけで考えるならば、完成間近ではないかとも感じられる出来栄えでさえある。シアは鍛冶仕事に関しては本当に厳しい。


「シア殿、もしやその前の『瞬撃』は、父上から?」


「ああ、リィズの予想通りさ! この武器開発中の合間合間に教えて貰っていてね。忙しいのに悪いとは思うんだけど」


「いいえ! 父は公務のほとんどを兄上任せにしていますから、気にしないでください! そんな必要はありません!」


「お嬢の言う通りだ、違いねえ! ハッハッハ!」


 フーゲインにつられるように、皆笑い声を上げた。リィズの父、ランバートは内政に関しては長男であるロッシュフォードに任せっきりだという。やれる奴がやった方が良いに決まってるだろ、と言うのがランバートの昔からの口癖なのだそうだ。


 とはいえ、まだ前段階である『瞬動』を習得したばかりのシアに、本来高等スキルである『瞬撃』を覚え込ませるのだから、やはり戦いに関しては大したものである。


〈ランバート殿とシアの戦い方、ステイタス傾向が、かなり似通っているからこそかもしれんがな〉


 笑いが収まる頃、急に表情を引き締めてヴィラデルが口を開いた。


「しっかし、この先端部はもう駄目だねェ。発射口がひん曲がっちゃってる可能性が高いわ。これ以上発動させようとしても、もう安全弁が作動しちゃうでしょうね」


「バラして見ないとなんとも言えないけど、内部構造まで熱は達していないと思う。この部分をもう少し熱に強い素材に改善すれば……」


「それだと法器としての加工難易度が跳ね上がるワよ? それより……」


 突然、研究者同士の熱い議論の交わし合いが始まり、他のメンツが若干の持て余しと手持無沙汰を感じ始めて、ハークもなにかしらの作業となるものを探そうかとした時。

 いきなり、日毬が声を上げた。


「キュ、キュンッ!」


 ハークや虎丸も初めて聞くような囀りである。

 それは明らかな危機を滲ませ、ハーク達に訴えていた。


「どうした? 日ま……」


 そこまで言いかけて、全く同時に、ハークと虎丸は背中に氷水を浴びせかけられたような悪寒を感じる。

 だが、虎丸は戸惑った。自慢の鼻に、全くなにも、警戒を刺激するモノを感知できなかったからだ。

 その直後だった。彼らの耳ではなく、心に直接語りかけるかのような声が聞こえたのは。


『やっと、見つけた』


 ハークが頭上を見上げたのは勘だった。


「上だ!!」


 そう言った瞬間、視界の豆粒が瞬き一つかからぬうちに巨大化するように、それは雄々しく翼を広げ、ハーク達の眼前に急停止し、姿を現した。


『ドッ、ドラゴンッス―――――――!!!』


 日毬の種族SKILL『蟲の知らせシックスセンス』が奇跡的に感知したもの。

 それは、空色の鱗を持つ怒れし龍という恐怖であった。




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