268 第18話08:晴れ時々、脅威②




 二十分後、ハーク達はいつものように少し離れた場所から、まずは相手の姿を確認する。毎度のことだが、安全に、しかも一方的にこちら側だけが確認できるのは本当にありがたいことだ。


 実物を見ながらの作戦会議と、想像の中で思い描く同会議は雲泥の差がある。

 初めて対戦する種の敵であれば尚更だ。


「前も思ったけど、本当にズルイと思うワね、コレ」


 ヴィラデルが何か文句を言っているが、ハークは取り合わない。他に同意しかけている者もいるが、気づかないフリをする。


「よぉし。どう攻めるか、ハーク」


 逆にフーゲインは既に戦闘モードだ。ハークとしてはこちらの方が馴染み易い。思わず口の端が上がる。


「ふ、そうだな。首を斬り落とせれば早いのだろうが、デカいし、ちと堅そうだな」


 ハーク言う通りタラスクは兎にも角にも身体が大きい。更に堅いらしい。

 以前、戦ったことのあるジャイアントシェルクラブの完全上位互換などと教わったこともある。レベルは虎丸によると三十五とのことだが、既にあの時のヒュージクラスのドラゴン、エルザルドに匹敵する大きさだ。

 フーゲインによると、本来の生息地である湿地帯にはさらに高レベルな個体がおり、その巨体は山と見間違えるほどだという。


〈まさに、伝え聞く玄武のようだなァ〉


 ただ、本来の四聖獣たる玄武の身体に巻き付く蛇はおらず、トカゲに甲羅と聞いていたからもっと亀のようなモンスターをハークは想像していたのだが、よりトカゲというより龍に近い姿であった。確かに亜龍。四ツ足のドラゴンが背に巨大な甲羅を精負っている姿に近い。


〈それにしても、やはり大きさは力だ〉


 ヒュージドラゴンたるエルザルドとの戦いでも思ったのだが、この世界はレベルを上げることにより人外級の力を得られるとはいっても単純な体重差、体積差、体格差、なにより肉体の分厚さの有利不利はそう簡単に覆せるものではない。


 そう。大きさは力なのだ。

 エルザルド戦でハークの決死の一撃が、表皮だけに留まり、結果的に喉笛まで斬り裂くことが適わなかったように。

 今回も、奥義・『大日輪』では首を斬り落とすことは元より、喉笛まで斬り裂けるかも怪しいほどだ。それぐらい太い。四肢も首も尻尾さえも樹齢数百年の大樹のようである。


〈かと言って、できれば『断岩だんがん』は使いたくない〉


 あれはハークにとっても最後の手段である。

 今まで虎丸の献身もあって、奇跡的に一度も外したことはないが、使えばハークはそれ以降戦えなくなってしまう。どうしても、という時以外はとても使えるものではなかった。

 ハークの心情的には、使わされたら負けとは思わぬでも、引き分けぐらいには考えていた。どうもアレで勝っても、自分の力だけの勝利という気がしないのである。


 しかし、ならばどうするか。

 背の甲羅の厚さは『斬魔刀』の刀身よりありそうだ。その他の甲殻も見るからに堅く分厚い。


『虎丸、奴のスキルはどうだ?』


『種族特性SKILLの『無限鱗甲エターナリティースケイル』が、やっぱりあるッスね。トロールとかヒュドラ並みの回復再生能力はないッスけど、鱗や甲殻はいくらでも貯蔵、生産されるので、魔法で交換阻害しないと本体に傷を負わせられないッス!』


 虎丸の解説の通り、高レベル、そして強者である高位のモンスターに対抗するには魔法が必須となる。トロールやヒュドラと同じだ。

 要はバランスである。だからこそ、冒険者は徒党を組む必要に駆られるのだ。

 タラスクの場合は、その巨大な身体の内にそれこそSKILL名の通り無限とすら思えるほどの強靭な鱗と甲殻のストックを抱えている。本体の高速自動再生能力はないが、鱗を斬り裂き、甲殻を打ち砕いただけではダメージを与えることすらできない。虎丸の言う通り、魔法で焼いたり痺れさせるなりして、常に新しいものと交換されるのを阻害せねばならないのだ。


『あと、『火炎放射』もあるッスね。前にファイアサーペントが吐いてたやつッス』


『今のサイデ村周辺の地で戦ったヤツか』


『そうッス。ただ、あれとは威力が段違いだと思うッスよ。気をつけた方が良いッス。まぁ、エルザルドの時ほどの威力はないッスけどね』


 これも虎丸の言う通りであろう。ただ、そうなると、あまり時間をかけるのは好ましくない。あの手の攻撃は避け難いし、被害が拡大するからだ。


「さて、そういうことなのだが、皆の意見を頂戴したい」


 虎丸からの情報を皆に伝える形で話し終えたハークが言う。適度な魔物相手に『斬魔刀』を振るえればと思って出張ってきたのだが、どうもそういう訳にはいかないらしい。


「ここでアタシたちが発見できたのは、ある意味良かったわネ。いいワ、アタシが氷魔法でまず足止めしましょ」


 珍しく、ヴィラデルと意見が合ったハークは深く頷く。


「うむ、それがいいな。ただ、そうなるとヤツを焼くのは儂の仕事か」


 ヴィラデルの他にも魔法の得手はいる。日毬だ。

 しかし、日毬は火魔法と雷魔法が使えない。風と土、そして水魔法だけだ。

 雷魔法はアルティナが使用可能だが、今回は戦力に考えない。あのタラスク相手に狙われれば誰も庇い切れないからだ。


 ハークも中級までなら火魔法を扱える。

 そう思っての発言だったのだが、彼を止める者がいた。


「いいや、ハークには大会に向けて存分にカタナを振るってもらわなきゃあね! その役目はあたしが任せてもらうよ!」


 シアが新調した大槌を携えながら言った。




 タラスクの動きは最初、鈍重だった。

 この地で自分は無敵だとでも確信しているのか、警戒感のカケラもない。

 そこをヴィラデルの魔法が襲った。


「『氷の墓標アイス・トゥーム』!」


 充分に魔力を籠めた彼女の得意魔法が炸裂する。この前の大捕縛作戦で『キカイヘイ』との戦いに貢献したヴィラデルのレベルは三十八にまで達しており、更に練り上げられた魔力で形成された巨大な氷塊の檻は、タラスクの四肢全てをその内に捕らえていた。


「グォオオオオオオオオオ!!」


 大地まで震動させそうな咆哮が響く。

 突然の奇襲に怒るタラスクは四ツ足が封じられたままハーク達を捕捉し、頭部を向けて再度口を開こうとする。『火炎放射』の体勢だ。

 ただ、充分な時間を与えられたハークの戦略バトルオペレーションがそれを簡単に許すはずもない。


「今だ、日毬! 『岩塊隆起ロックビート』!」


「キューーーン!」


 日毬のハークに対する了承の意と、魔法発動両方を籠めたさえずりが周囲に響く。

 同じ瞬間、タラスクの顎下の地面から小山が突き上がり、そのままタラスクの顎をしたたかに轟音と共に打ち上げた。


 響く打突音と共に虎丸も出る。その背にハークとフーゲイン、そしてシアを乗せて。

 三人乗せていようが、シアが全身を覆うフルプレートメイルを着込んでいようが関係なく、神速の精霊獣は次の瞬間にはタラスクの脳天を陣取っていた。


「ガウッウ、ウォオオオーーッ!!」


 ついでに至近距離で『斬爪飛翔ソニッククロー』を放つ。三つの刃がタラスクの脳天を守る巨大な甲殻を深く分断した。


「おっしゃああっ!」


 ハーク、フーゲイン、シアの三人はほぼ同時に虎丸の背を離れたが、彼がわずかながらに一番早かった。


「『零距離打ワン・インチ』! ほぉあったぁあーっ!!」


 超密着で放たれる鉄の拳が、更に甲殻を打ち据える。衝撃は伝達し、文字通り粉砕した。

 タラスクの脳天を覆う兜は、もう引き剥がされたも同然だった。


「ぬおおっ! 奥義・『朧穿おぼろうがち』ィイ!!」


 そこへ、ハークの渾身の捻じり込み突きが叩き込まれる。

 決めるつもりで放った『朧穿』だったが、ハークの事前の予測通り、一歩届かない。デカすぎ、そして分厚すぎるのだ。


「ちぃいっ! やはり届かんか!?」


「ハーク、どいて!」


 ハークは撃ち込んだ『斬魔刀』を全力で引き抜くと飛び退いた。シアの道を開けるために。


「『瞬・撃』! だあっしゃあああ!!」


 壊れて兜の役目を果たせなくなった甲殻の交換が開始される寸前、更なる追撃が行われる。

 瞬間高速移動SKILL『瞬動』を憶えたばかりであったシアは、たった一週間でその先の高位SKILL、『瞬動』と『剛撃』を合わせた高等技、『キカイヘイ』との戦いでランバートが見せた『瞬撃』を習得していたのである。




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