267 第18話07:晴れ時々、脅威
「こりゃあ、一体どうしたことだ? もう三十分は歩いているにも拘らず、敵が出てこねえとはなぁ」
この場所を推薦したフーゲインも、少々困り始めてきていた。
「フーゲイン殿、いつもはもっといるのかね?」
「ああ、普通、十分も進みゃあイロイロ湧くように襲い掛かってくるモンなんだがなァ、ここは……、こんなに森が静かなのは、そういや初めてだぜ」
彼の言う通りなのであろう。
森の入り口付近でハーク達は数組の冒険者集団とすれ違ったのだが、誰も彼も浮かない顔をしていたし、声をかけると、ここ数日空振りが続いているとの答えが返ってきていた。
〈何かあったのかも知れんな〉
山でも森でも、特別大きく強い個体がごく稀にいると、いつの間にやらその周囲一帯を支配下に置くこともあるという。これを山の
「どうする、ハーク? 場所を変えるか?」
「うーむ」
まだ時刻は正午にも達していないどころか朝とも言っていい時刻だ。今から場所を変えたとしても狩りは行えるだろうし、その方が良いのかも知れない。多少遅くなったところで、オルレオンの街には城壁がなく、日没までに戻らねばならぬという制約もない。しかし、ハークはそこまでの必要性を感じていなかった。
〈まぁ、よいか。最終調整は今日でなくとも構わんし〉
本番は七日後である。まだ時間はあるし、実力の近いフーゲインに頼むという手もある。
今回、狩りに仲間を連れてわざわざ出張ってきたのは、加減なしに、ある意味何も考えず遠慮もすることなく、本番前に『斬魔刀』を振るう最後の機会というだけなのだ。
無理にでもやる、という必然性はないのである。
『ご主人! ようやく見つけたッス! これは、かなーり戦いがいのある大物ッスよ!』
そんな風に軽く妥協しかかっていたら虎丸の鼻が索敵を成功させていた。
この季節、ずっとワレンシュタイン領全体には北からの風しか吹かないそうで、南に向かって広がる森林地帯はずっと風上の状態だったのだ。
さすがに風上では匂いが流れてこないので、虎丸の神がかり的な嗅覚も精度が落ちる。それでも十キロ程度はいけるというのは充分に破格なのだが。
『凄いな、虎丸。よくぞ見つけてくれた。詳細は分かるか?』
『かなり巨大なやつッスね。レベルも高いと思うッス。たぶん、三十五前後あるッス。距離はこのまま南に二十分くらい歩けば見えてくると思うッス!』
『三十五か。アルティナとリィズは、相手によっては難しいかもしれんな』
『そうかも知れないッスね』
この地方には厄介なモンスターが多いらしい。
こないだのヒュドラがいい例だ。
ハークならば兎も角、アルティナとリィズまでこんなことで危険な目にあわせる訳にもいかない。五レベル差があると勝ち目はほぼゼロというこの世界の常識に準拠した方が良いという判断だ。
「皆、虎丸が相手を見つけてくれたようだ。ただ、レベルは三十五くらいあるのではないかという話なので、アルティナとリィズは相手によっては待機だ」
「了解です」
「分かりました」
二人共素直で助かる。内心、そう思うものだ。
「では、行こう。歩いて二十分くらいだそうだ」
了承の意を示した一行は、虎丸の先導に従い進む。
道すがら、ハークは少し気になっていたことがあり、シアに話を向ける。
「ところで、シア。実は最初から気になっていたのだが、武器を新調したのかね?」
「ン? これかい?」
シアは肩に担いでいた武器を見やすいように身体の前に掲げてくれる。
これまでシアの武器は真四角正四面体の鉄塊に、持ち手である取っ手が中心から生えたかのような姿をしていた。今はその内の一面から
また、持ち手の根元、突起物が突き出した面を正面とするならばそれとは反対側に、銃の引き金部に似たものが付随していた。
「コイツは試作品さ。実戦の場で少し試してみたくてね、持ってきたのさ」
「ふむ、ランバート殿のところで工房を借りているとは聞いていたのだが、刀のことではなかったのか」
ハークとしてはアテが外れたというか、少し意外であった。
シアはこの一週間、軍所有の鍛冶工房に出入りし、その一角を借りて自身の研究に勤しんでいると聞いていた。詳細までは知らなかったのだが、漠然と刀の研究開発を推し進めているのかと思っていたのだ。
「カタナの研究も、モチロン続けさせてもらっているよ。ただ、ちょっと思いついたことがあってさ、ヴィラデルさんに協力してもらっているんだ」
「何!? ヴィラデルに!?」
ハークが驚く。
ハークの見ている前でシアとヴィラデルが、にっ、と笑い合った。
「そーヨ、ハーク。シアとランバートさんから直々に頼まれてネ。ま、アタシは武器製作については専門外なのだけれど」
ヴィラデルが巨大な胸を張り、言葉面の割にはかなり自慢気に言う。
無言で対応しようとしたハークだったが、シアがフォローの為に口を挟んだ。
「いや、ヴィラデルさんには本当に助かっているよ! 専門外だなんて思えないくらいさ!」
またも二人が笑い合う。ただ、今度はハークの眼に、些かにヴィラデルの照れが透けて視えた。
〈ふうむ、これならば心配は要らんかもしれんな〉
考えてみれば、この二人には似たところがあった。
事情は違うが双方共に、長年、ソロでの冒険者活動を余儀なくされていた部分がある。そして特別なSKILL持ちでもないのにレベル以上の実力を備え、更に男性顔負けの高身長でもある。
どちらも程度の差はあったとしても、同じ苦労を背負ってきた者達同士というのは相性が特に良いか、それとも最悪になるかのどちらかだ。ヴィラデルとハークは後者の形となり、ヴィラデルとシアは全く逆の結果となったということなのだろう。
ハークが驚き、シアの為に心配したのは、ヴィラデルのひねくれまくった心根というか、ハークから視て悪い意味で肥大化した屈折っぷりが、シアに悪い影響を与えるのではないかというものだった。
が、シアはまだ若いにもかかわらず、苦労を重ねたせいかとっくに成熟した精神を持っているし、ヴィラデルも最近、出会った当初に比べれば幾分性格が真っ直ぐになった気もする。
自分が無粋に間に入り込んで邪魔する必要もないか、とハークは思ったのである。
丁度、ここで虎丸から追加情報の報告があった。
『ご主人、相手モンスターの種類が分かったッス!』
『ほう! 凄いな、さすがは虎丸だ』
となると、虎丸が過去に対戦経験、もしくは出会ったことのある魔物ということになる。
『いやぁ、記憶が古かった上に一度しか見たことがなかったので、すぐに気づけずに申し訳なかったッス! この匂いはタラスクっていうモンスターッス!』
『気にすることなどない。いつも言っておるが虎丸がいてくれて本当に助かっておるよ。しかし、タラスクとはな。確か、最も注意すべき魔物の中にヒュドラと共に含まれていたのだったな』
『そうッスね! ご主人、くれぐれも気をつけて欲しいッス!』
ハークは了承を返すと仲間達にその結果を伝えるのであった。
彼らも、そしてフーゲインですらも驚いた。
タラスクは巨大な甲羅を背負ったトカゲの如きモンスターで、元々このワレンシュタイン領内に生息が確認されていたモンスターではあったのだが、本来、同領内南部に広がる未開拓地域である湿地帯を主な住処とする筈なのである。
森の奥にいるということ自体が異常であり、また危険と言えた。
ハークは知っている。本来の生息場所から離れた野生動物というのは非常に危険な存在となることが多い。動きに一貫性がなくなり、奇想天外な行動を示すからだ。
更にタラスクは『亜龍』とすら呼ばれるほどに強大な魔物である。
つまりは、最強種たるドラゴンに次ぐ戦闘力を持つモンスターである、と仮定されるほどの存在なのだ。放置すればこの地に入り込んだ冒険者たちが逆に狩り尽くされる可能性さえある。
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