266 第18話06:最終調整




 ルナのその後の説明によると、あの日フーゲインと行った決闘が最大の原因らしい。

 レベルが低かろうが身体が小さかろうが、更に力の基本値である攻撃力値が低かろうが、内容自体は英雄にして現領主ランバートに次ぐワレンシュタイン軍の第二の実力者フーゲインを常に圧倒してみせたハークの剣技に、観戦していた者全てが魅了されるのはある意味仕方のないことである。そう彼女は言った。


「アレを見せられちゃあね、っていうことさ」


「いや、待ってくれ。そのフーゲインはどうした?」


 ハークの言う通りである。今、第七校には、そのハークと引き分けた優秀な人材であるフーゲイン自身が講師として臨時に赴任している筈なのだ。


「確かにありがたい話で、生徒達にも好評さ! ケドねぇ、彼は素手で戦うタイプの戦士なんだよねぇ……」


 そうなのだ。彼のように無手での格闘のみで戦う者は非常に珍しい存在である。

 どのくらい珍しいかというと、所謂お膝元である筈の第七校でも全体の一割に満たず、他の第一から第六までは全て合わせても第七校の約半数にすら達しないほどに希少なのだ。

 実際、ハークはこの地にてフーゲインと出会うまで、そのような戦士がいるとは情報のみで、完全に初見の戦いであったのだから。


「将来、素手で戦い抜く戦士を目指す生徒達にとっては、この上ない講師なのだろうけれどね。そうでない生徒達にとっては、参考にならないとまでは言えないまでも、今一歩足りない状況でもあるんだよ」


〈……確かにそれはそうであろう。似ている部分はあっても、良くて半々といったところか〉


 それはフーゲインと共に稽古するようになって痛感したことである。剣術と、フーゲインの使う龍拳道という格闘技の類似点、そして相違点のことだ。

 身体の使い方や捌き方が、似て非なるものなのである。

 これは双方共に、相手に対して身を置く距離の違いが大いに影響しているのだと、ハークは感じていた。得物を取らずに戦うフーゲインの方が、ハークよりもより一層懐に入らねばならないからだ。


「それに、フーゲインのような格闘戦士を目指す一部の生徒達も、対剣戟戦闘訓練は疎かにできないからねぇ」


「成程」


 最もこの世界に浸透している戦法を学ばずにいられる筈もない。対策を取るのは当然の話であり、生き残るのに必須だ。

 だが、それと同程度に当然なる問題もハークにはあった。


「だが、儂も歴史科と算術科の講義があるのだがの」


 元々、戦士科を受けられないのはこの二つの教科を選択しているからだ。同時間に行われているのであるから、身体や意識を二つにでも分けられなければどう仕様もない。

 ハークには伝説の忍びが使用したと前世で噂されていた『身分身しんぶんしんの術』は使えないし、見たこともないのだ。


「それなんだけどね……、双方の教科の講師から聞いたんだけど、ハーク、アンタその二つの教科、もう完璧なんじゃあない?」


「ぬ?」


 ルナは先程の書類の山から新たに二枚の紙を引き出した。

 ハークはその紙に見覚えがあった。先週、通常の授業が終わった後にハーク、アルティナ、そしてリィズの三名に対して七校が臨時で開いてくれた補習授業、その最後に行われた確認のための試験、歴史科と算術科のものであった。

 ソーディアンの第一校とオルレオンの第七校は同じ教育課程をとり、その進行速度も同程度だ。しかしながら、ハーク一行がソーディアンからオルレオンまでの旅路に過ごした二週間の間にも、授業は当然のことながら進んでいたので、その補修と確認のためだった。

 ただし、三名共にそれぞれ一度ずつしか補習も確認試験も受けていなかった。本当は、各自全三回の予定だった筈なのだが、全員好成績だったため最早必要ないと判断されたらしい。

 ただ、ハークもまだ採点を受けた答案を返して貰ってはいなかった。


「算術科九十五点、歴史科九十八点だねぇ。おめでとう、両方ともほぼ満点じゃあないか」


 そう言ってルナから手渡された自分の答案を確認してみる。

 双方、一問ずつ間違えていた。

 算術は細かい計算誤り、歴史は年号を間違えていた。まったく惜しいものだ。

 算術は兎も角、歴史に関しては年号を覚えるのをハークは苦手としていた。

 これは、ソーディアンでの歴史担当職員であるサルディン先生が、「年号を憶えるより、歴史は何がどうなってこういう結果へと至ったのかを把握することの方が遥かに重要ですよ」と常々語っていたことに依るところが大きい。弟子の考えは師に似るものなのだ。


「実はこのテスト、卒業課程までの範囲が問題に含まれていたんだよ」


 心当たりのある話だった。試験を受ける前に、この試験は実力確認のためだから点数は気にしないでいい、と言われたのだが、問題を進めるごとにヤケに難しいと首を捻ったものである。


「両方の教科の先生に確認したんだけど、ハーク達はソーディアン寄宿学校を出る際に、両教科の先生から餞別代りに、これからの授業内容をまとめた冊子を受け取ったらしいね」


 そういえば聞かれた憶えがあった。


「古都を出た時点では、七校ここに編入を受け入れてもらえるかどうかも不明であったのでな。実にありがたき心尽くしだったよ」


「だろうねぇ。全くいい先生だよね」


「うむ!」


 それだけは確実に同意できる。ハークの人生に於いて、サルディン先生とウルサ先生は人格的にも教えの匠さの上でも一二の師だった。これは勿論、前世を含んでの話である。

 事情があるとはいえ、学園を去る生徒のために手ずから餞別で残りの授業内容を詳細に明かしてくれるなど、普通はできることではない。ハークの価値基準からしたら、講師陣として一文の得にもならぬのだから。


「ここからが本題なんだけどサ。ハーク、その二つの冊子、既に読破し終わってるんでしょう?」


「うむ。まァ、読み終わったのはオルレオンに着いてからだから、つい先日であるのだが」


「やっぱりかい。こないだも言ったけど、ウチの一般教科枠はどう甘く見積もったって一校講師陣には見劣りするからねぇ。もうハークに教えられることは何もないかも知れないよ。試験でも、結果が出ているワケだし」


「む? そうなのか?」


 ルナは一つまた頷くと、話を再開する。


「そこで相談なんだけどさ、平たく言うと、ハークはその二教科に関しては、とっくに現時点で卒業できるレベルに、充分に達していると言っていい。試験結果を見た二教科主任講師のお墨付も得た。そこでだ、その二教科の時間を使って、何ならどちらかでも構わないよ。一日一回、戦士科の生徒達にカタナの訓練を行ってあげてくれないかな⁉ 向上心から出た生徒たちの願い、できれば叶えてあげたくてね! 受けてくれるなら、当然、歴史と算術の二教科とも単位取得とするよ! これ以降の試験も無論免除! 加えて、臨時講師代として月に金貨一枚を支払わせてもらうよ!」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 金貨一枚は高過ぎる、と兎にも角にもハークは言いたかった。

 当初はこの世界に於いて貨幣の価値を正しく知らなかったハークだが、半年以上もこの世界で生活していれば自然と身に付くものである。それによると、金貨一枚というのは三カ月から四カ月は贅沢をしたって楽に過ごすことができる金額なのだ。それを月一というのは流石に貰い過ぎである。

 ハークはそういう意味で口を挟みたかったのだが、ここが勝負所正念場と息巻いているのかルナは全く別の意味と捉え、畳みかけてくる。


「一枚じゃあ足りないかい⁉ じゃあ、金貨二枚ならどうだい⁉」


「増やさなくて良い! そもそも金貨など、貰い過ぎではないのか⁉」


「そんなことないよ! 貴重な技術を生徒達に伝達できるならば安いものさ。どうだい、受けてくれるかい⁉ この通りだ!」


 そう言ってルナはがばりと頭を下げた。彼女はオルレオン冒険者ギルド寄宿学校学園長と共にギルド長も兼任している。少なくともハークよりは社会的な立場が絶対に高いというのに躊躇もない。生徒を想うその姿に、ハークも応えぬ訳にはいかない、そう思わされてしまった。

 一息だけ吐いて、口を開く。


「分かったよ、儂の負けだ。お受けするよ。ただし、『特別武技戦技大会』が終了するまで、来週までは今までの生活をさせて貰えぬかね? 大会には万全をもって挑みたいのでね」


 それを聞いてルナは勢いよく顔を上げたのだった。


「そうかい、良かった! それぐらいならお安い御用さ! 恩に着るよ、ハーク! 再来週から頼むね!」


 まるでヤリ手の商売人を相手にしているような感じに捉われたが、ハークはルナから差し出された手を大人しく握り返すしかなかった。

 それはハークにとって、言わば諸手を上げて降参したかのようなものであったが、一言だけ添えるのは忘れなかった。


「金貨は一枚で充分だからな?」


「ええ⁉」


 何とか、驚きの声だけは上げさせることができた。




   ◇ ◇ ◇




 翌日、ハーク達一行はギルド寄宿学校の休日を利用して、本来の冒険者の本分たる仕事、則ち魔物の討伐へと赴いていた。

 さりとて、依頼を受けたりだとか、特定の討伐目標ターゲットがある訳でもない。


 いわゆる遭遇戦目当てである。

 いよいよ丁度一週間、七日後に近づいた『特別武技戦技大会』に挑戦するハークの最終調整に仲間達がつき合ってくれた形だった。

 ただし、その他に二人の同行者がいた。フーゲインとヴィラデルである。


 フーゲインはまだいい。少なくとも殆どのメンバーにとっては。ギルド寄宿学校が休みであればフーゲインも特にやることがないので元々同行を申し出ていたのだ。

 しかし、ヴィラデルは突然の参加である。


「なぜお主までおるのだ」


「まぁ、いいじゃない! 共同研究者が連れてかれちゃって時間が空いちゃったのヨ! しっかし、それにしても何にも出会わないワねェ……」


 相変わらずのハークの憎まれ口にも、ヴィラデルも変わらずの暖簾に腕押しで手応えなく返す。とはいえ、彼女の言う通りでもあった。


 ハーク達が現在訪れている場所は、ワレンシュタイン領領都オルレオンが建都される当時に、土魔法や法器などを盛大に使って生育しまくった森林地帯である。


 木材は建物の建材から、料理や暖房用の燃料など、人が生きるのに必須のものだ。

 荒野というのはそれらを得られる機会そのものが少なく、しかも良質なものが殆どないというのが最も人間族の集団進出を阻む要因となる。

 これを改善するために最も早く行われたのが植林による森林開発であった。


 ただ、少々やり過ぎてしまったのか、広範囲に同森林地帯を拡大させたことで、魔物たちにとっても隠れ易く住み心地の良い場所を提供してしまう結果にもなってしまっていた。

 なので、軍や強い冒険者たちが定期的に訪れては、演習や収入目的に魔物を駆除しているらしい。


 しかしだ。先程から全くモンスターが現れない。虎丸の鼻にも、獲物の匂いを感知することは適わなかった。



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