245 第17話08:厄介極まる者
オルレオン城の地下には、つい最近のことまで主のいない部屋が幾つも存在していた。
牢屋である。
無論、ワレンシュタイン領にも犯罪はある。寧ろ血の気の多い鬼族、獣人族、ドワーフ族を数多く抱えるオルレオンは日常的なトラブルには事欠かない。
しかし、それでも軽犯罪で常習性は無く、大抵罰金で済むので街の留置所止まりである。
カネが無くてバイト代わりに鉱山に行く者も稀にはいるが。
そんな長い事使われなくて久しいオルレオン城地下の牢屋であるが、数日前から一人の人物を抱えることとなった。
自決すら考えられるその人物は法器の光で煌々と照らされ、複数の兵士から常に監視を受けていた。
そんな彼の空間に、辺境領ワレンシュタイン領主である伯爵ランバート=グラン=ワレンシュタインが兵士たちの苦労をねぎらいつつ現れた。
「よう」
後ろに白髪の獣人、家老のベルサも引き連れている。
ベルサは兵士達に退出を命じた。兵士達も充分に強者なのだが、レベル的に自爆魔法に巻き込まれると重傷を負う危険性があるからだ。つまりは、この二人であればもし自爆魔法に巻き込まれたとしても、何ほどの事でもないということである。
ベルサは受け皿ごと一人前用の鉄板を抱えていた。その上にはじゅうじゅうと肉汁を吐き出しながら香ばしい匂いを振り撒くステーキが置かれている。
ランバートは自ら兵士の使っていた椅子とテーブルを部屋の主の前に移動させ、そのテーブルの上に食事を置かせた。
「『ジジ様』、食事を持ってきてやったぞ。食べながらで良いから少し話をさせてくれ。良い話を持ってきたんだ」
部屋の隅に蹲るジジ様と呼ばれた人物は、フレンドリーに話しかけてくるランバートを下からギロリとねめつける。
彼は後ろ手に縛られて口に布を噛まされていたが、ベルサがその二つから男を開放させるべく手を伸ばしつつ、声を掛けた。
「我ら二人のことぐらい知っとるだろうから分かっちゃあいると思うがな。一応言っとくが、抵抗しても無駄じゃぞ。自爆SKILLの止め方も分かった。ま、使用出来たとて、お前さん一人がこの世から燃え尽きるだけじゃろうがな」
躊躇なく自由にされたことからベルサの台詞に嘘は無いと確信したのか大人しく椅子に腰掛ける。ジジ様と呼ばれている割には老人というほど年をくっているようには見えない。精々が初老の一歩手前くらいだ。
彼はランバートとベルサに対し、順にじろりと視線を送る。
次いで、美味そうな煙を吐き出し続ける肉の塊を見ると、殊更ゆっくりと口を開いた。
「何のつもりだ? 拷問でもして仲間の居場所を吐かせるつもりか?」
男の言葉を聞いてランバートは少し驚いた顔をする。
「そんな面倒臭え真似なんぞ態々しねえよ。大体、今頃お仲間は隠れ場所を移動して、お前さんでも当たりくらいしかつけられねえんだろう? そっちはウチらで何とかするさ。それよりさっさと食ってくれや。ほぼ飲まず食わずだと聞いたお前さんの為に良~い肉持ってきたんだからな。冷めちゃあ勿体無えぞ」
「薬でも仕込んでいるのか?」
「ある程度のレベルから上の連中には毒なんぞ殆ど効かねえじゃあねえか。それともお前さんの国じゃあ『そういうの』も開発してンのか?」
「…………」
「ああ、ワリいワリい。そういう事を話して欲しいんじゃあねえんだ。お前さんとお前さんのお仲間の背後や事情とかは粗方こっちでも掴んでる。そもそも話してえ、というか耳に入れて欲しい提案があるのはこちらの方なんだからな」
「提案、だと?」
「ああ、お前さんにも後悔はさせねえさ」
にやりと笑うランバートの顔を、男は訝し気に見返した。
第七冒険者ギルド寄宿学校、転入初日。
全ての授業が終わった後、ハークは虎丸、日毬の従魔たちと共にオルレオン城へと訪れていた。
ギルド長にして学園長のルナを通して領主であるランバートに呼び出されたからである。
どうも冒険者としての正式な依頼であるらしい。無論、リィズも共に行かないかと誘いをかけたのだが、彼女なりのけじめでもあるのか同行は遠慮された。
代わりに道案内を買って出てくれたのはワレンシュタイン防衛隊の上級大将で熊人のエヴァンジェリンである。
彼女は結局放課後まで寄宿学校内に居て、リィズの様子を眺めていたらしい。
講師が注意するでもなく生徒が文句を言うでもないので特に問題にもならず、オルレオンの第七校はソーディアンの第一に比べると少し大らかな校風であるようだ。
ソーディアンとの違いは領主の城にもあるようで、ハークは約半年間の古都生活で城に招かれたのは僅か数回しかないが、城内で働く人々は皆ゆっくりと歩き楚々としていて落ち着いた雰囲気を醸し出していたのに対して、オルレアンの城内は全力で通路を走行する者がいたり、それを大声で制止する上官らしき人物を始め、遠くから怒号が聞こえてくるなどまるで別物かのようであった。
だが、肝心の領主の雰囲気は一見大きく異なるようで似ている気もする。
「おう、聞いたぜハーク。随分と大暴れする羽目になったらしいな。疲れているところすまねぇが、なるべく早く済ますつもりなんで頼む」
こういうところである。本当に済まなさそうに言うところだ。
これはハークと鬼族の青年、フーゲインとの決闘のことを指しているのだろう。結局、互いの魔力値全てを消費しての戦いとなったのだから。
元はと言えば、ランバートがフーゲインをギルド寄宿学校へと寄越したことが遠因とはなっているのだが、ハークとしてはそれを責めるようなつもりは毛頭無い。先の決闘は得るものも大きく、満足いくものだった。
そこにどんな意図があったにせよ、貴重な素手戦法の達人から、文字通り本気の拳を受けれたのは大きい。一から十を想像することは難しいが、十から一を予測するのは簡単だからだ。
無論、魔力残量ほぼ零でその後の授業全てを乗り切るのは確かに大変であった。しかし、ハークを真に疲労させたのは実はそこではなかった。
ハークが本当に疲れる原因となったのは、授業の合間合間、休み時間ごとと放課後にも行われた同校生徒達による剣技指導の嘆願であった。
同様の事態はソーディアン寄宿学校でも少数はあったのだがここまで大勢でというのは初めてだった。どうもこちらの生徒達はソーディアンに比べると大分積極的であるらしい。
「有り難い申し出だ。正直、かなり疲労困憊なのでな」
気力で補う事も可能だが、その手のツケは必ず後で回ってくる。ハークはそのことを良く知っていた。
「うむ、ではまず紹介しよう。俺の自慢の息子の一人で、筆頭政務官でもあるロッシュフォードだ」
部屋にはもう一人の人物がいた。
ランバートに実に良く似ている。彼をそのまま若くしたような感じだった。
「お初にお目にかかる、エルフの剣士、ハーキュリース殿。私の事はロッシュと呼んでくれ」
自らをロッシュと名乗った人物が右手を差し出す。ハークは迷い無くその手を握った。この挨拶方法も慣れたものであった。
「ならば儂の事もハークで頼むよ」
「了承した、ハーク殿。これからよろしく頼む。妹への礼など色々話したいが、それはまたの機会としよう。お疲れの様子なので早速本題に入らせて貰いたい」
「うむ」
ハークが頷くと、ロッシュフォードは握り合った手を放す。次いで、机の上に置かれてあった書物を一枚ハークに渡した。
「まずは状況から説明しよう。現在、我らが領は神出鬼没の盗賊団の脅威に曝されている。服装だけを視れば確かに盗賊団なのだが、装備に統一性があり、全員が片手剣としても少し短い直剣を予備と合わせて二本装備している」
「……どこかで聞いたことのある連中だ」
「ああ。半年ほど前、古都を襲撃した連中と同じとみてほぼ間違いないだろう。幸い、被害は最小限に抑えられてはいるが、いつまでもこのままというワケにもいかん。一網打尽とする為に貴殿らの力を借りたい。特にそこの白い従魔殿の力を。今渡したのはその契約依頼書だ」
「成程」
つまりは、トゥケイオスからワレンシュタイン領への帰路で虎丸が見せた、高レベルの獣人を軽く凌駕する索敵能力を買われてのことだろう。
ここでランバートも話に加わる。
「ハーク、お前さんの白き従魔殿の索敵範囲は距離にするとどれくらいだ?」
「最小で十キロ程度、風下で匂いが流れてくるならば正直、どこまで感知出来るのか分からんぐらいだ」
ロッシュフォードとランバートは揃って目を剥く。
気持ちは分かる。ソーディアンでも冒険者ギルド長ジョゼフから同様の質問に答えた記憶があるが、虎丸の索敵範囲はこの半年間のレベルの上昇により、あの頃よりも更に距離を延ばしていた。
「聞きしに勝る、とは正にこのことだな。ンで、受けてくれるのかい?」
ハークは軽く契約依頼書とやらに眼を通す。
日付が三日後の日曜日となっているのは、ギルド寄宿学校の学生であるハーク達に配慮してのことだろう。
ハークは虎丸と数秒、視線を通い合わせた。傍からはそうとしか視えなかっただろうが、『念話』にて幾つかの言葉を交わしていた。
やがて、ハークがしっかりと頷く。
「受けよう。仲間達も嫌とは言わぬだろうしな」
その言葉を聞いて、ロッシュフォードは、いや、ランバートでさえも少なくない安堵の感情を表に表す。ロッシュフォードなど胸を撫で下ろす仕草すらしている。
「ふう、正直安心したぜ。受けて貰える、最悪でも従魔殿の協力は取り付けられる前提で話を進めていたモンでなぁ」
「話?」
ここからロッシュフォードが再度話を引き継いだ。
「お引き合わせ致そう。ハーク殿も、恐らく見覚えのある人物であると聞いている」
ロッシュフォードが部屋の奥の扉を開けると、ハーク、そして虎丸にも確かに見覚えのある人物が現れた。
ギルド寄宿学校への帰路についたハークは、三日後の大捕物、そして何より明日の授業に備える為に寄宿舎へと急いでいた。
とりあえず寝て休もう。兎に角そう考えている。
幸い、この街の食事処、酒場などは遅くまでどころか朝日が昇るまで営業している店が非常に多いと聞く。
特に冒険者ギルド併設の酒場は年中無休の開きっ放しなのだそうだ。驚きの二十四時間営業さ、とルナが自慢していたほどだ。
そのような店、前世では見たことも聞いたことも無かったのだが、この都市は壁が無く、住民の出入りが昼夜常に許されていることから、腹を空かせたままひと仕事を終えて深夜に帰ってくる冒険者が実に多いらしい。
また、獣人族の中には種族的に夜行性な者達も稀にいて、彼らは昼夜逆転した生活を送っているようで、彼らの為にもそういう店は必須なのだそうだ。
そのためが故かこの街の夜は明るい。
ソーディアンでさえ法器の灯りが至る所で煌々と輝き、ハークの前世にある街の記憶と比べれば天と地ほどの差があったが、ここオルレオンはそれさえ凌駕していた。
このまま部屋で、例えば八時間ほどぐっすり寝てしまおうとも、腹を空かせたまま朝を待つなどという心配はしなくても良いのだ。これ程素晴らしいことが他にあろうか。
ハークはそんな事を考えつつ、ギルドの建物へと戻り着くと、部屋に帰る前にロッシュフォード達から受け取った契約依頼書をルナに預けるべく、まずは受付へと向かった。
冒険者ギルドの長はどこでも多忙だ。『ぷろ』の受付嬢に頼めば渡しておいてくれるだろう。そう考えたのだが、目的の人物は目的の場所の前、丁度受付の前にて佇んでいた。
どうも二人の人物と話をしているらしく、些か困った様な表情をしていた。
二人の内の片割れは、背は低く、がっしりとした体格で毛むくじゃら。初めて見るが聞いていたドワーフという種族の特徴とぴったりだ。
当然、見覚えなど無いが、すぐ横に立つ背の高い女性にはあった。思わず口からついて出てしまう。
「ヴィラデルか?」
「え? あら、ハーク⁉」
彼女は振り向くと、一瞬嬉しそうな表情をしたと思ったらすぐに困った様な、先程のルナと同じような表情となる。
あまり見たことの無い、ヴィラデルらしくない表情の変化に、思わず、どうかしたか? と声を掛けようとしたところ、その前に横合いのドワーフ族らしき人物から話し掛けられた。
髭もじゃで上半身を覆い隠す程の長さだ。結んだり編んだりして大量のそれをかなり遊ばせている。彼らなりの御洒落という事かも知れない。背丈は人間の子供ほど。つまりはハークと殆ど変わらない。
「おお、おお、アンタがあの噂のハークさんじゃなぁ? いやぁ、こりゃあホント、噂に違わぬ別嬪さんじゃあのう! 本日は突然申し訳ないんじゃが、我が主からの文を届けに参った次第。是非、お納めいただきたい」
口上の通り、若干の申し訳無さを滲ませたドワーフ族が差し出した文には、発した言葉とは裏腹にこう書かれていた。
『果たし状』と。
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