246 第17話09:厄介極まる者②
「全く、貴様は少しでも眼を離すと厄介の元を連れてくるのだな」
文を読み終わるとほぼ同時にハークは容赦の無い辛辣な言葉をヴィラデルに向かって吐いた。
場にはハークのパーティーメンバー全員が集合の上、当事者のヴィラデルに、文を持ち込んだドネル、オルレオン冒険者ギルド長ルナ=ウェイバーの厚意で応接室を使わせてもらっている関係で彼女も参加していた。
まだ、寄宿学校の宿舎内に部外者を招いても良い時間帯であるとはいえ、基本二人用の室内にこれだけの人数は入らない。
そうなると例えばギルド併設の酒場や街の食事処など公共の場ということになる。突っ込んだ話は難しくなるので、応接室を借りられるのはありがたかった。
「アタシの所為なの⁉」
このように突然大声を出す輩が居るから尚の事である。
無論、今の文句はヴィラデルが発したものだ。
「当然だろう。どうせ、面白半分に儂の名を引き合いに出したに違いないのだからな」
「面白半分なんてことないワよ! まぁ、咄嗟に出しちゃったケド……」
「それでは結局同じことです」
「……リィズ、仮にもアタシは一校講師だったのヨ? 少しは敬うとかないのかしら……?」
「ヴィラデルディーチェ
完全なる教え子の一人であるアルティナにまでそう冷たく突き放されて、流石のヴィラデルも四面楚歌を感じざるを得ない。
「それにしても、なんでこんな事になっちゃったんだい? 出会ってイキナリ第一声で求婚申し込まれるなんて、そうそうあることじゃあ無いだろ? ヴィラデルさんにゃあ悪いけど、その前に全く何も無かったなんて、チョット信じられないよ」
すぐ横に座るシアの一言にハークが腕を組んだまま頷く。
確かに絶世の美女と言っても良いヴィラデルをしても、
オルレオン冒険者ギルド長ルナ=ウェイバーからの救援依頼を受け、対象が既にヒュドラとの戦闘中に助太刀に入り、無事討伐成功したらその救援相手にその場で求婚されたというのだ。
その後、オルレオンに帰り着くまで共に帰還する間中、ずっとその話だったという。
ヴィラデルの言に依れば、彼女としてはやんわりと脈など無いことを説明し続けたというのだが、相手は全く諦める様子など無く、ヴィラデルの男関係などに言及してきたという。
そこで、あくまでも同族の男性としてハークの事を語ったのだそうだ。
しかし結果として、持って寄越されたのは単なる同族の少年に対する『果たし状』であった。
これではハーク達としてはとても信じられるワケは無く、その付き合いの短さから最もヴィラデルに隔意を抱いていない筈であろうシアをしても納得のいくものではなかった。
「いや、本当なのよ⁉ 確かに自分で言ってても意味分からないンだけど……」
「やれやれ……。よっぽど、相手側のモーデル冒険者第二位サンが惚れっぽい体質だとか、かねえ?」
ここで、ギルド長のルナが机の上に置かれた果たし状に手を伸ばし、再び中身に眼を通す。
やや居丈高な調子の文面であり、何故か相手側、つまりはハークの側からの挑戦を受けるかのようだ。ただし、一定の配慮もしているのか時間と場所の指定が無い。その二つはこちらに任せるということだろう。
ルナは読み終わった果たし状をぴらぴらと揺すりながら、この文を持ち込んだ人物へと話を向ける。
「シアさんが今言ったようなことを聞いたことは無いねェ。実際どうなんだい、ドネルさん?」
それまで黙って茶を飲んでいたドネルは、湯呑みをテーブルに置き、口を開いた。
「まずはハークさんや。ウチの坊ちゃんの我儘じみた話に巻き込んじまって申し訳ありませんなぁ」
そう言って頭を下げる毛むくじゃらの小さな爺様の姿に、ハークは首を横に振る。
「ドネル殿の所為ではございませぬ。しかし……」
「ええ、分かっておりやす。今回の件についての背景でございますな? 坊ちゃんとワシはこのワレンシュタイン領の北東の端っこと隣り合う凍土国オランストレイシアの出身なんですがの、オランストレイシアの事情はご存知でしょうかね?」
「いや……、位置は存じているが、事情までは知識にござらぬ」
「ンじゃあ、そっから掻い摘んで説明させていただきやしょうかね。まぁ、オランストレイシアは凍土国っていうくらいですからな、雪と氷に包まれた、そりゃあ美しい国なんですが、と~~~にかく寒いンでさぁ」
言ってて自らの言葉に郷愁を誘われたのか、ドネルが懐かしむ様な表情を浮かべる。
「夏はホンの僅かな期間だけで、大地を包む分厚い氷が完全に溶け切ることはありやせん。そんな場所でも作物を育て、生きていかなにゃあいけませんでの。魔物はアホほど多いんですが、その肉だけ喰ってるワケにゃあいきませぬ。そうなると大地を温める魔法や法器が必要になりやす、がしかし、モーデル王国さんなんかの西側諸国と比べ、東側ってぇのは、どちらの発展も遅くてですなぁ……」
ここで言葉を切り、茶で喉を湿らすドネル。その間を利用して、ルナが補足してくれた。
「その関係で凍土国オランストレイシアは結構な昔から、我らがモーデルとは付き合いがあるのさ。魔法SKILLなんかの技術提供や、法器を流通させたりなんかしてね。それこそここ辺境領がまだ『不和の荒野』だった頃から。元々、住民が好き勝手生きていけるような土地柄じゃあないからか、考え方も西よりだしね」
「そういう事でさぁ。上のモンと下のモンが無用にいがみ合っちゃあ共倒れなっちまいますからなぁ。ま、そんなワケで、ウチの国では高レベルの魔法能力者が非常に重宝される傾向があるんですわ」
「と、いうことはその冒険者第二位の実力を持つクルセルヴ様は、未来のお嫁様探しにこのモーデルに?」
思わずといった調子でアルティナが口を挟む。
ドネルは慌てて否定した。
「いや、いや、とんでもございやせん! 我らにゃあ、一応ちゃあんとした別の目的があってこの地に足を踏み入れておりやす。ただまぁ、ワシにも分からんかったのですが、坊ちゃんは頭の片隅にそういった事も常に考えていたのかも知れませぬな。しかも、あのヒュドラを一瞬で討伐する程の強さであれば尚の事でしょう」
「成る程、確かにそうですね」
「リィズ、何か嬉しそうに納得していない?」
「そんなことはありません。ヴィラデル殿が凍土国へお嫁に行けばもうハーク殿にちょっかいを出すことも出来ないだろう、とか考えておりません」
「絶対考えてるデショ⁉」
「まぁまぁ、本日二度目の決闘の申し込みを受けたご本人は、どうなさるンだい?」
場がとっ散かった雰囲気を察してか、ルナが纏めに掛かる。全員の視線がハークに集まった。
「受けぬ。冗談では無い」
その言葉はハークに近しい者ほど予想外だった。シアなど、「仕方が無いな、受けよう」と返すものとばかり考えていたほどだ。
だが、最もこの場で衝撃を受けたのは別の人物であった。
「ちょっとハーク、何でよォ⁉」
ヴィラデルが抗議に近い声を上げたが、ハークは冷徹に、尚且つ憮然とした表情で返した。
「当たり前だ。果たし合いとは、互いに何かを賭け、得るものがあるからこそ、命を懸け合う意味もあるというものだ。だが、今回に限っては賭けるものも得るものも無い。会ったことも無い人物と賭け合う誇りなんぞある訳なぞ無いし、
ハークの言葉に、並み居る女性陣が溜息を吐くかのように感心を示した。それは、ヴィラデルでさえ例外ではない。彼女に向けてハークは言葉を続ける。
「大体だな、儂がこの決闘を受けたとして、力及ばず負けたとしてもお主は大人しくクルセルヴという者に従い、嫁として凍土国オランストレイシアへ粛々とついて行くというのかね?」
「ゼッタイ、行かないわネ!」
「で、あろう? 女子の心はその女子自身のものだ。決闘の結果なぞで決められて良いものでもなければ決められるものでも無い。前提条件として崩れておるのよ。決闘の景品の如く扱うべきでは無い」
考えてみれば当然な話である。異性との婚姻を賭けて互いに争い合うといった話は古今東西何処にでもあるが、そのいずれも賭けの対象とされた人物の心というものを全くに無視している。
つまりは意味なんぞ無いのである。
戦いの結果に左右される想いなど愛とは呼べぬだろうし、愛だとしたら尚更価値が無い。
「うんうん、この上ない正論だねェ。という事だそうよ、ドネルさん。この返答で、あなたの主は納得してくれるかしらね?」
ルナの質問に、ドネルは腕を組んで考えるが、首を横に振った。
「うーーむ、正直なところ、坊ちゃんは納得しないでしょうなあ」
「言っておくけど、双方納得しないまま決闘を行う事はこの国では法律違反だよ。普通に傷害罪や殺人罪が適用されるからね。分かってるとは思うけど」
腕を組んだまままた考え始めるドネル。
その間を埋めるべくでもなかったであろうが、ヴィラデルがまた余計な事を口走る。
「ま、確かに男同士の決闘なんかでその後の人生を決められるなんて冗談じゃあ無いワネェ。ケドまぁ、オンナとしては好きな殿方が自分の為に争ってくれるなんてシチュエーションは、いつだって憧れるモノなのよ?」
そんなヴィラデルの言葉に、シア以外は心当たりがあるようで、「うっ」とでも言うかのような微妙な表情となった。
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