244 第17話07:I Wanna Be Your Shelter Forever③




 驚きに包まれるのは周りの観衆も同じだった。ただし、興奮も込みで、であるが。

 既に審判を務めるギルド長ルナ=ウェイバーまで勝負に見入っている。


 それは、ハークの仲間達一行も全くの同じ反応だった。

 シアが叫ぶように言う。


「何てこったい! 結構何度も一緒に戦ってたっていうのに、この期に及んでま~~だ奥の手を残していたとはね!」


「アンタたちにまで隠していたのかい⁉ そりゃア、とんだ切り札に違いないねェ!」


 半ば呆れたようなエヴァンジェリンの台詞に、リィズは強くその首を横に振った。


「いいえ! 違う! あれは奥の手でも切り札でもない! 師匠は仰っていた! 『カタナ』は本来、両の手で扱うべきものだと!」


「え? そうなのかい、お嬢?」


「チョット待っておくれよ。『カタナ』なら、アルティナや、シンも片手で扱っていたじゃあないか? あたしも視ていたよ?」


 シアの疑問も当然の事だった。アルティナやシンは盾も併用して扱う戦い方の為、普段から愛用の『カタナ』を片手で振るっているのだ。


「私やシン君の使っている『カタナ』はハーク様のお使いになられている『カタナ』とは若干構造が違います。私たちが使っている『カタナ』は片手で扱いやすいようにと、ハーク様の『カタナ』とは刀身の長さが異なるばかりか柄の長さも大分削られているのですよ」


 アルティナは自身の腰に括り付けていた『カタナ』を鞘ごと外して見せる。確かにその柄は短く、両手持ちをするには長さが足りない。


「アレ、ほんとだ。モンド爺さんの店で最初に見た時は刃の長さこそバラバラだったけど、柄はハークのモノと一緒だったよね。柄の長さを調節したのはリィズの『ナガマキ』だけじゃあなかったのか」


「私たちのは削って短くして調整したくらいでしたから。大して時間もかかりませんでした。しかしリィズのものは補強した上に新たに造り直してもらいましたから」


「そういや、お嬢の背負ってる『カタナ』は姫様やエルフの少年君のモノとも大分違うね。……ん? ってことは彼は……?」


「うん! 師匠も実は苦肉の策で、単純に二本装備したから攻撃力が上がるとかでは無いと思う! 要はそこまでフー兄が師匠を追い込んだってコトだ! けど、師匠の事だから、セオリーに無いけど対フー兄用としては機能するとご判断しての事だろう!」




 仲間達の解説、特にリィズの台詞にハークは内心頷いていた。

 彼女達はまさかハークまで会話が届いているとは思わないだろうが、エルフの特別製の耳にとっては容易である。

 同時に、ハークの二刀流を初見でありながら窮余の策と見抜いたリィズの底知れぬ適性というか才能にも舌を巻く思いだった。

 無論、毎日『カタナ』を極めようと血の滲む様な努力を続けてこそでもあろうが。


 そう。

 リィズの言う通りなのである。ハークの握る刀は本来、片手で振るう事を想定した構造をしていない。

 二刀流というのは、周囲に障害物の殆ど無い草原で多数の敵に囲まれた際に、咄嗟に開眼した窮余の戦法なのである。言わば、その場の思いつきだ。だから、その後の実戦で使う場面は殆ど無かった。


 しかし、今回この時この場面に限っては、真っ正面からフーゲインとやり合う為にまず手数を補わなくてはならない。

 大太刀『斬魔刀』の威力と重さで押し切ることも充分に可能かも知れない。

 だが、模擬戦とは字の如く『実戦を想定して模した試し合い』なのである。勝てば良い訳では決してなく、次の実戦にて同じ戦法にぶつかった際に、確実に切り抜けられるよう訓練をするまたとない機会でもあるのだ。

 当然ながら、負けても良いという事でもない。それでも、嘗て愛弟子に同じ指導をしたことを、彼自身も実践するという事でもあった。


「行くぞ、フーゲイン殿!」


「おお! 来いっ!」


 戦闘は直ぐに再開された。



 幾度もの攻防が繰り広げられた。

 攻守は常に入れ替わり合い、一進一退。

 一見互角のように視えた打ち合いであったが、三十分後、消耗しているのは明らかにフーゲインだった。

 荒い息を吐き、両拳は無数の傷でボロボロ。肘や二の腕にも斬撃を受けた傷がある。


 一方のハークは三十分前と全く変わらない様子と構えを見せたままだ。その切っ先に僅かな震えすらない。優劣は誰が視ても明らかだった。


 本来、両手で扱う刀によるハークの斬撃は、片手持ちとなったことにより一撃一撃の攻撃力自体は低下していた。しかし、それでもフーゲインの拳撃に勝り、本当に僅かずつではあるがダメージを与えていて、しかも、攻撃速度でもほぼ互角に持ち込んでいた。

 更に、攻撃範囲とリーチの長さではハークが圧倒しているのだ。

 もはや勝負は着いたと思う者も少なくは無い。審判を務めるルナ=ウェイバーでさえ、止めようかとも思い始めていたほどであったのだから。


 フーゲインでさえ、そうだったのかも知れない。

 実際、両の拳に既に感覚が無くなりかけて久しい。ならば足技を使えば良いと思うかもしれないが、足技ではハークの攻撃速度についていける筈が無かった。

 痛みで腕が上がらない。少年が双剣の構えを取ってからというもの勝機らしい勝機はゼロだ。急に懐が遠く届かぬものになったかのようである。


(強え……。こいつ、マジで強え)


 このまま続けてもどうにもならない。そう確信するころだった。

 相対するハークの丁度後ろに、自分を心配そうな瞳で見つめるリィズの姿を眼にしたのだ。

 瞬間、フーゲインの中に、再び熱き火が灯される。


(情けねえ、情けねえ! 何情けねえ考えしてやがんだ馬鹿野郎クソ野郎阿呆野郎! テメエ何のために強くなったんだ! 強くなろうとしたんだ!)


 思い出す、自身に課した誓約を。


(アイツを守る為だろうが! もうリィズに、あんなツラさせねえ為じゃあなかったのか⁉)


 自分を叱咤する。そうだ、まだ自分は負けてなどいない。


(俺は‼ リィズの盾となる為に、ここまで来たんだ‼)


「うぉおおおおおおおおおおおおおお! 『竜輝発勁エンター・ザ・ドラゴン』‼‼」


 フーゲインは最後の賭けに出る為に、奥義中の奥義、自身最大の切り札を切る。


「むう⁉」


 『竜輝発勁エンター・ザ・ドラゴン』とは闘気を体中へ循環、瞬く間に術者の肉体を正常な状態へと再生させる効力がある。本当に一瞬でフーゲインの無数の傷跡が消えていく。

 ただしこのSKILLは、引き換えに己の最大MPの約五十%を消費してしまう。

 自分の中から集中力が持っていかれるのを感じる。が、気合で補う。

 これで、本当の意味で後が無くなった。だから、次が、フーゲインの最後のアタックだ。


「行くぞハーク‼ 次が俺の最後の攻撃だぁっ‼」


 己を己で追い込む。しかし、それこそが自身の底力を爆発させるものであるとフーゲインはよく知っている。


「『龍連撃ドラゴンラッシュ』‼ はぁああたたたたたたたったァアッ‼」


 直線的に突っ込みつつ十連撃を放つSKILLを発動させる。普通の強者であればこのSKILLで楽に倒すことが出来る筈であるが、ハークの刀と防御技術の前には通じない。

 まるで、少年の身体の前に分厚い壁があるかのようだ。

 しかし、フーゲインは一発一発拳を放つ際に一歩一歩間合いを詰めていた。

 その甲斐あって漸く達する。拳は届かずとも脚は届く距離に。


(ここだァアッ!)


 フーゲインは『龍連撃ドラゴンラッシュ』の最後の十連撃目に紛れ込ませるように足を出した。

 それは、正に足を出したとしか表現のしようのない、実に緩やかなものであった。当然、打撃力など籠めてもいない。

 それは押しただけであった。ハークの左膝を、横合いから。

 しかし、膝という部位はその構造上、正面以外の攻撃には滅法弱い。押しただけであってもハークの体勢を僅かに崩れさすには充分であった。


「うおっ⁉」


 まるで、未知なる関節技のようなものだ。無理に抵抗すれば膝を壊す恐れさえある。

 恐らく百戦錬磨の動きをしていたハークをして全く記憶に無い攻撃方法だったのだろう。

 がくり、と一瞬だけ膝が落ちる。


 その一瞬だけで充分だった。


「『旋空脚サマーソルトストライク』ッ‼」


 更に間合いを詰めたフーゲインがバク宙蹴りのSKILLを連動させた。

 対処が遅れたハークだったが、崩れた体勢のままでも下からくる蹴りを両の刀で見事受け止めている。が、この流れも計算の内であった。


「ほぉあたァアッ!」


「ぬっ⁉」


 防いだ刀ごと打ち上げる勢いで放った渾身の蹴りは体重の軽いハークを地面から引っこ抜くように天空へと打ち上げる。ガードされることさえも予測済みだったのだ。

 そして次が、正真正銘、最後の一撃、最後の賭け。


「おぉおおおおおおおおおおおお! 『龍翔レイジングドラゴン———!」


 最後に残ったなけなしの闘気全てを纏い、彼は跳ぶ。ハークに向けて一直線に。

 この完璧なタイミングでは、例え風の中級魔法を使った空中軌道でさえ間に合う筈も無い。


「———咆哮脚シューーーートォオ』オオオオオオオオオオオオオオオオ‼‼ おワアッッたァアアアアアアアアアアアアアア‼」


 これぞ最後の賭け、フーゲイン最大攻撃力を誇る飛翔脚のSKILL。龍顎の如き闘気を身に纏い渾身の蹴りと共に炸裂させる秘技。起死回生、絶体絶命全身全霊、不可避の一撃。

 まるで勝利を確信したかのような怪鳥音の雄叫びと共に、ハークに迫った。


 だが、ここでハークの身の内に眠る、真なる闘志が爆発したのもこの時であった。

 ハークはこの土壇場で、左手の剛刀から手を放し、一刀流へと戻る。

 そして、左手を『斬魔刀』の峰に添えるように当て、右腕を後ろに大きく引き絞った。

 まるで弓を引くかのようなこの構えは、そう。


「おぉおおおおおおおおおおおおおおお! 奥義ッ! 『おぉぼろッッッ穿うがちィ』ィィイイイイイイイイイイイ‼」


 力と力、技と技、全てを賭した乾坤一擲の一撃が見守る観衆の頭上でぶつかり合った。

 明らかな異音が轟然と鳴り響き、両者は一瞬交錯の後、互いに弾かれた。


 落下する二つの影、最初に地に落ちてきたのはフーゲインの方だった。


「ぐへっ⁉」


 着地することも出来ず、フーゲインは背中から地面に衝突する。その片足は外見こそ常なる状態であろうとも、骨には大きくヒビが奔っていた。砕け散っていないのが不思議なほどである。最早立ち上がることも適わなかった。


 一方のハークは大太刀を片手で肩に担ぎ、左手を地面に着いた三ツ足の状態で着地した。

 その姿は、誰の目にも同じ勝敗結果を抱かせるに十分だった。



 子供に似た精神故に飽き性でもある日毬だが、虎丸の頭の上で微動だにせず主の勝負を見詰めていた。が、ここで我慢出来ずにひと鳴きする。


「きゅうん?」


 それは、虎丸だけには「ゴシュジンサマが勝ったの~?」と聞こえる。虎丸は可愛い妹分の為に魔力の糸を構成し、日毬へと繋いだ。

 そして『念話』にて告げる。

 いいや、と。



 審判のルナが、『勝者、ハーク』とその結果を告げようと、しょ、まで言いかけた時であった。

 ハークがぺたん、と地に座り、胡坐をかいて一言告げた。


「魔力が尽きてしもうたわ」


 しいん、と観衆が静まる中、ハークは上半身を捻じるかのように後ろに振り向き、仲間の内の一人の名を呼んだ。


「シア」


「あ、あいよっ!」


 呼ばれたシアは僅かながらどもった。当然の事かも知れない。こんな状況で声を掛けられて焦らぬ者などいない。しかし、ハークはいつもの調子で続けるのだった。


「鞘を頼む」


 その言葉は一つの決着を示していた。二人の漢の果し合いの結果を。

 ルナが大きく息を吸い、次いで宣言するかのように言った。


「この勝負! 両者同時の力尽きにより、引き分けと見做みなす‼‼」


 わぁっ、と歓声が沸いた。普通、引き分けと聞けば決着つかずでもあり、煮え切らぬものでもあるが、ここまでのものを見せられて周りの観衆に文句は無かった。

 地響きのように両者を称える声が木霊する中、ハークの仲間達とエヴァンジェリンは二人の元に全速力で駆け寄る。

 走るリィズの眼にホンの少しだけ光るものを見つけたのは、エヴァンジェリンだけだった。



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