243 第17話06:I Wanna Be Your Shelter Forever②




「何だよ、今の⁉ 何が起きたんだよ⁉」


「良いから観ろ! こんなん二度と視れねえぞ⁉」


「凄えっ! フーゲインさんは知ってたけど、どっちも化物じゃねえか⁉」


「勉強になるなぁっ!」


 怒号の様な歓声が飛び交うなか、『斬魔刀』を構え直すハークは懐かしい気分に浸っているところであった。


〈この緊張感……、久方振りだな〉


 前世の記憶が呼び起こされるかのようだ。

 先程、ハークは充分な勝機を確信して、奥義・『大日輪』を放った。が、まさかジョゼフと全く同じ方法で躱されるとは思ってもいなかった。

 更に、その後も続けて繰り出した一刀流抜刀術奥義・『神風』まで凌がれるのには完全に予想外であった。

 特に、最早勝負が決まりかけていたであろう体勢から切り返されたのが凄い。


〈技一つ一つの速さは、向こうが完全に上か〉


 無論、ハークは先の一刀流抜刀術奥義・『神風』が、殆ど偶然に近い形で凌がれたのを知っている。

 最初の出会い時、応接室で襲い掛かられた際に放たれた抜刀術にて、僅かでも斬られたことから逆算するような形でハークの太刀筋を予測し、決死の覚悟で拳を置きに行ったものが、偶々当たったに過ぎない。

 軌道を変えれば、つまりは狙いをズラすことで同じ手で防がれることを完全に不可能とすることも出来る。

 だが、ハークはこの戦闘内で『神風』に頼ることを諦めた。達人同士の戦いでは一度見せた技と同じ手が通用すると思わぬ方が良い。


 次なる別の技を発動するが為、ハークは大地に大太刀を突き刺す。


〈まだ終わってくれるなよ! 儂にもっと見せてくれ!〉


 願いを籠めて、ハークは『斬魔刀』を天に向かって振り上げた。


「剛秘剣・『大・山津波』ィイ!」




 巨大な土石の塊が、咢を開いて襲い掛かって来る。こんなSKILLは視たことが無かった。そもそも、剣技なのか魔法なのかすらも判らない。


「うォおおおおおお⁉」


 自身の身体を包み込むかのように闘気を発動させて全面防御態勢を取る。それでも、細かい無数の刃がフーゲインの防御を突破し、傷付ける。深手ではないとしても、少なくないダメージだ。


「うおっ⁉」


 何とか未知なる攻撃を耐え切ったと思った直後、眼前にデカい方の『カタナ』を振り被った少年の姿があった。


(休ませるつもりは毛頭無えってことか! クソッタレめ!)


 しかも、動きを変えてきた。振り下ろしである。

 実はフーゲインとてハークの剣閃を完全に眼で追えているワケではない。直前の振り被るモーションから予測し、拳を打ち重ねているのだ。

 捌きやいなし・・・などを狙うどころではない。


「せいっ!」


「あチャッ!」


 再び両者の間に火花が散る。

 重い一撃に顔を顰めつつ、次の斬り払いもフーゲインは冷静に対処した。だが、先程と全く同じように自分が押されているままだ。相手の間合いで戦わされているからだ。


「ほぉあッ!」


 打破すべくこの戦いで初めての蹴り技を放つ。やはり『カタナ』と接触した足裏に痛みが走ることから、これでも僅かに攻撃力負けしているが、ハークにしてみれば未知なる攻撃に警戒感を抱かせたのか一瞬動きが止まる。


(今だ!)


 攻め込まれたままの不利な状況を自ら打開するが為、フーゲインはハークの懐に飛び込むべく突進しつつ必殺の武技SKILLを発動する。


「『双功龍ダブルドラゴンブロー』!」


 まるでボディをこそぎ取るような右フックと共に、左の裏拳を放つ技だ。

 ほぼ時間差無しの連携の上に、初めて見せる裏拳。


 充分に勝負を決せられる必勝のSKILLだった筈だが、ハークは右のボディフックを、最初の四連撃と全く同じように峰を肘で支えつつ『斬魔刀』で受け、左の裏拳はギリギリ首から上の動きだけで紙一重に躱していた。


(嘘だろ⁉ 今のを初見で凌ぐかよ⁉)


 フーゲインもハークの『大日輪』と『神風』の連携を初見で、殆ど運に助けられた形であったとはいえ、見事に防ぎ切ったことなどとっくに頭から抜けていた。


(だが、ここは俺の間合いだぜっ!)


 必殺のSKILLは防がれてしまったものの、フーゲインは自身の拳がハークに届く距離にまで肉薄していた。


「おぉおあたたたたたたたたたたたたたたたっ!」


 その拳で次なる勝機を確実に掴むべく、フーゲインは攻める。攻める。



 ハークは鬼族の青年が矢継早に繰り出す連拳を一つ一つ『斬魔刀』で防ぎつつ、驚嘆していた。


 今回の決闘形式の模擬戦は、実はハークとしても渡りに船と言うべき、正に望むところであったのだ。

 というのも、半年ほど前から、この世界でエルフの少年として目覚めて数週間、現世に漸く慣れてきた頃合から、常に頭に浮かぶ疑問があった。


 それは、この世界はあらゆるものの硬度を己の意志で強化出来る、ということに起因し、嘗てハークの剛剣がレベル差によりその身一つで弾かれたことに始まり、充分な量の魔力を籠めれば木刀にて鉄の鎧を両断することが可能であるとするならば、鍛え込んだ拳始め体術、則ち徒手空拳は果たして如何なものであるのだろうか、という疑問であった。


 ハークが嘗て生きた前世にも、琉球(現在の沖縄地方の事)から訪れたという海賊が、己の肉体のみで、相対する敵を完膚なきまで破壊していたところを目撃したこともある。

 だが、これは相手が無手であることから、刀を抜き辛いこちら側の心理を巧みに利用した戦法であり、同じ無手ならば兎も角、刀を抜けば斬り捨てるのは容易であろうとハークは考え、特に対策をしたことも無かった。寧ろ、何故武器を帯びぬのだ、と不思議に思っていたほどである。


 それが、この現世ではしっかりと実戦で通用する『武』として存在していた。ハークの疑問にフーゲインは完全な形で答えを返してくれたのである。


 それでも、ここまでのものとは思わなかった。

 ハークが今まで見たことのある徒手空拳は、打点という言葉もあるように、点の攻撃であった。そして、刀などの斬撃は線の攻撃。攻撃範囲に勝るのである。

 しかし、フーゲインは圧倒的な拳の連携速度、つまりは拳による攻撃の回転速度により、これを線どころか面の攻撃に変えていたのであった。


〈これ程のものとはな。武器ではこの速度は出せぬ〉


 重さや慣性により、仮に無理矢理人外の力でもって実現させたとしても、攻撃力が大きく犠牲になることだろう。

 表皮は断てても骨身に届かぬ軽い攻撃では、どんなに無数であろうと恐るるに足らぬ。今世では特にであろう。


 フーゲインの連撃は一見無闇矢鱈のように視えて、その実、一撃一撃に致命傷級の威力を宿らせている。

 だからこそ、ハークは迂闊に防御を解く訳にはいかなかった。更に握り手である右手から大太刀が傷付くことの無いように魔力を流し続けるのも忘れてはならない。

 魔力や持久力が己の内から削られているのが分かるが解く訳にはいかない。解けば押し負けるだろう。峰を抑える左肘にすら、籠手越しに強烈な衝撃が伝わってくる。

 アルティナとリィズが素材を出し合い、シアが作成してくれたこの籠手が無ければ、今頃とっくに肘を痛めていたことだろう。

 形勢は逆転されつつある。追い詰められかけている、と言っても良い。


〈あれを使うしかない、か〉


 あまりアルティナとリィズ弟子たちには見せたいものではない。しかし、このままで終わらせてしまうには余りに勿体無さ過ぎた。


 決意を籠めて、ハークはフーゲインの拳一つに合わせて両足を地面から離す。つまり軽く跳躍したのだ。踏ん張りを失ったハークの身体は蹴鞠のように後方に飛んだ。



 ハークが後方にすっ飛んで行った時、フーゲインは漸く自分の拳が効いたかと思った。

 だが、己の拳にクリーンヒットの感触は一切無い。

 と、いうことは自ら間合いを離すために後方に跳んだまである。

 まんまとやられたという事だ。


「ちいぃっ!」


 再び間合いを自分の拳が届く距離まで縮めるべくスタートを切ろうとした時、少年がまたもデカい『カタナ』を地に突き刺した。


(また、さっきの土魔法みてえな斬撃SKILLか⁉)


 フーゲインは己のダッシュに急ブレーキを掛け即座に防御の準備態勢に入る。

 『ヤマツナミ』とでも言っていたか。

 先程は未知なる攻撃SKILLに驚かされたが、範囲が馬鹿デカく避け難いが、所詮は牽制攻撃に過ぎない。ダメージは受けるが微々たるもの、煙幕代わりと先のように突っ込んでくるというのなら耐えてカウンターを備えるだけだ。


 そう思った時、少年が奇妙な行動を取る。地に突き刺した『カタナ』を手放すと腰の、短い方の『カタナ』を独特の動作で鞘から引き抜いたのだ。

 そしてそれを左手に持ち変えると、右手で再びデカい方の『カタナ』の柄を持ち、地面から引き抜いて構えた。

 流れるような動作で。


「な……に……⁉ 双剣デュアル・ブレイズ、だとっ……⁉」


 足を軽く広げ、諸手も八の字に広げて、やや前傾姿勢に刃の方向は双方とも相手に向ける。

 ここに来てハークの隠し玉に、フーゲインは驚愕を顕わにせずにはいられなかった。


「久々に、コレ二刀流をやる羽目になるとは思わなかったぞ!」




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