242 第17話05:I Wanna Be Your Shelter Forever




 貴重な高レベル同士の一騎打ちが観れるとあって、特別に授業を延期し全生徒達が校庭に集められていた。

 模擬戦であればギルド建物の中庭にある修練場でも良いのだが、到底全生徒が入り切れるものではない。


 戦闘開始を今や遅しと腕を組んで佇むフーゲインを知らぬ人間はこの場に居ない。

 問題は誰が相手を務めるのか、だ。

 長大だがやや細身で、反りの有る抜き身の奇妙な剣を肩に担いだエルフの美少年が現れると、場は喧騒に包まれた。


 これは、ハークを知らぬからではない。

 寧ろ殆どがよく知っているからだ。夏に古都ソーディアンで行われた『ギルド魔技戦技大会』で大活躍したエルフの美少年剣士を、特徴だけでも全く聞いたことの無い者は、今年在籍中のギルド寄宿学校生徒の中にはいなかった。

 タッグ戦と集団戦こそ今も後ろから主の後ろ姿を眺めてちょこんと座っている白き魔獣が、眼にも止まらぬ速度で圧倒的に勝負を決めていたのだが、最後のタイマン戦で雪辱に燃える王都第三校のレベル三十の留年エースを一瞬で退けた実力に、誰もが驚愕と感動を示したものだった。

 情報の早い一部の者達は、つい数日前に起こったという謎の軍団を相手取ったロズフォッグ領内での戦闘に彼が颯爽と登場し、獅子奮迅の活躍をしたと既に聞いていたりもする。

 ハークは間違いなく、今年度在籍中のギルド寄宿学校全生徒をしてエース中のエースであり、同期の星でもあったのだ。


 とはいっても、まだ冒険者を目指す途中の雛達の頂点。

 果たして現役で、領主にして国の英雄ランバート=グラン=ワレンシュタインを抜かせば領内で一二を争う実力を秘めた戦士であるフーゲインを相手にどこまでやれるのか。様々な憶測が飛び交っていた。


 フーゲインはレベルとしては三十五で、紛れもない強者であることは明らかなのだが、ここ辺境領にはレベルだけで視れば彼を二つ三つ超える者は幾人か居る。

 しかし、彼はある時、酔っ払って暴れたレベル三十八の冒険者を相手に、無傷で取り押さえることに成功しているのだ。


 その強さの要因は、彼が使い手の少ないとある武術のマスターである上に、超希少な上級クラス取得者であることにある。

 上級クラス取得者は、その取得の際に上級クラス専用SKILLというものも同時に得る。この上級クラス専用SKILLが一度発動すると、一部のステータスが底上げを受け、他を圧倒する力を得ることが出来るのだ。


 フーゲインの上級クラス専用SKILLの発動条件は極めて単純なものである。

 則ち、『武器防具の類を一切装備せずに戦うこと』だ。



 で、あるので、素手に見えたとしても決して侮ってはいけないことだけを一応伝えたリィズは、いつもの如く大太刀『斬魔刀』の鞘を預かったシアの後ろで、場の成り行きを注視していた。そこへ一人の人物が近づき声を掛けた。


「お嬢」


「あ、エヴァ姉」


 現れたのはエヴァンジェリン=エロリーだった。王都や古都では見掛けたことの無い完全獣型獣人の姿に、シアやアルティナは一瞬だけ目を剥く。


「紹介いたします、姫様、シア殿。この領の平和を日々守る防衛隊の上級大将エヴァンジェリン=エロリーです。エヴァ姉、こちら、アルティナ姫様にパーティーを組ませていただいているスウェシア殿、そしてあそこにいる師匠の従魔でいらっしゃる虎丸殿に、今は小さな身体で飛んでますが、紛れもない精霊種、日毬殿です」


「どうもです。いつもお嬢がお世話になってます」


 頭を下げる巨大な熊にしか視えない人物に、まずアルティナから挨拶が返る。


「こちらこそ! リィズには世話になりっ放しですわ。エヴァンジェリンさんの事は以前より聞いておりました。よろしくお願いいたします!」


「あ、あたしのことを? エ、エヴァとお呼びください。モーデルの未来の女王陛下に憶えて貰ってホント光栄でございます……」


 恐縮して肩をすくめるエヴァンジェリン。ただ、彼女の他を圧倒する巨大な身体がそれだけで縮まるワケはなし。

 しかし今は、自分と殆ど変わらぬ体躯の女性がすぐ近くに居た。


「古都出身のジャイアントハーフ、スウェシアだ。シアと呼んでくれたら幸いだよ」


 傍から視れば、並び立つ両雄、といった感じだが、エヴァンジェリンの口から出た言葉はそんな雰囲気からはかけ離れたものだった。


「そのお身体じゃあ、古都じゃあ大変だったろう?」


「まぁね」


 交わす言葉は少なめだが、同じ苦労を背負う者のシンパシー。どちらからともなく右手を差し出し合った二人は固く握手をした。


「ガウッ」


「きゅんっ」


 シアとの挨拶が一段落したと判断して、虎丸と日毬が挨拶代わりにひと鳴きした。

 日毬など、先程までふよふよと漂うように飛んでいたのに、虎丸の頭の上に着地し、六本ある内の右の前脚を軽く上げている。


「スゴイねぇ。エルフの剣士殿が従える従魔は完璧に言葉を理解する、とは聞いてはいたけど……」


「虎丸様は、特に『念話』というSKILLにてご自身の意志を完全な形でお伝えすることが可能です。我々にも滅多に繋げてはくださいませんが、あそこにいるハーキュリース様、ハーク様とは頻繁に繋げてお話しているようですけどね」


 アルティナが説明しつつ、視線をハークへと向ける。釣られるように視たエヴァンジェリンの眼にも、小さいながらも自信に満ち満ちた背中が視える。


「この後、改めてゴアイサツさせて貰いたいモンだねぇ。ところで、お嬢」


「なぁに?」


「止めなくていいのかい?」


 ギルドの医務室でエヴァンジェリンはフーゲインからリィズに、今回の決闘を邪魔させぬように頼まれていた。傍若無人なところもあるフーゲインにとっても、リィズからの願いでは無視することは出来ない。

 エヴァンジェリンの役目は、いざという時にリィズを宥めすかすことであった。

 だが、リィズは彼女の予想よりも大分落ち着いていた。


「止めないよ?」


「え? そうなのかい? 心配じゃあないのかい?」


 あっけらかんとしたリィズの様子に、エヴァンジェリンは戸惑いすら感じる。


「まぁ、ちょっとはね。でも、それ以上に楽しみだよ!」


 だが、迷い無き瞳をハーク達に向けるリィズの姿に、エヴァンジェリンの心はいつの間にか感心に支配されていた。


(全く、大きくなってくれたね。本当に)


 彼女はちょっとだけ、すん、と鼻を啜った。時をして、ほぼ同時に、オルレオン冒険者ギルドの長、ルナ=ウェイバーからの「始め!」の開始合図が響いた。



 いつもの通りの構えを取るフーゲイン。前に出した左手を若干下げ、力を抜き、右手は顔の横に配置、足は肩幅より少し大きめに開き、その分腰を落とす。

 足のバネを使い、上下に揺れるようにリズムを取る。ここまではいつも通りだ。

 が。


(隙が……、見当たらねえ)


 ハークの構えは、ここのところ急速に浸透し出している高級武器『カタナ』を、脇に絞るように立てるだけの、一見無造作なものだ。

 だが、つけ込むべき道、通路の如きものが全く見当たらない。左肩周辺にホンの少し視えるものもあるのだが、フーゲインからすれば明らかな誘いだ。自分以外であれば不用意に突っ込み、一撃貰うところであろう。


 フーゲインが大尊敬し、未だ敵わぬランバートと似たものがある。

 そのランバートが、構えを視ただけで手合せを止めた理由が良く解る。


 強い、絶対に。


 だが、仕掛けたのは自分だ。このまま何もせずに終わる訳にもいかない。

 ぴくりと筋肉の痙攣を利用してフェイントを仕掛けてみたのだが、果たしてエルフの剣士は反応を示したもののそれだけだ。何も変わらない。

 しかし、ここでフーゲインはあることに気が付いた。

 ハークの方から、攻撃を仕掛ける気配が全く感じられないのだ。


(戦う気が無えのか! ナメんな!)


 心中に湧き上がるものを闘志に変え、フーゲインは地を蹴った。攻撃するつもりが無いのならこちらから仕掛け、サンドバッグにしてやればいい。


「あたぁっ!」


 左のリードブローを放つ。闘気を籠めた拳は『カタナ』の刃で受け止められたが互いに傷付くこともない。『カタナ』自体も強力だが、ハーク自体が闘気に似たもので自らの武器を覆っているのが分かった。受け止められたというより、弾かれたに近い。


 しかし、今のは単なる牽制だ。一瞬だけでも防御させれば狙いは通したことになる。

 防ぐ動作をする為には踏ん張る必要があるからだ。

 流れるように連撃ラッシュを繋ぐ。


「おぁあたたたたっ!」


 正中線への四連撃だ。が、届いていない。

 手応えが先と同じだ。弾かれている。

 視ればハークが握り方を変えていた。左手は依然柄を保持したままであるが、右手を離し、肘鉄で刃の無い側の刀身を保持している。片刃という特徴を見事に利用した防御法と言えた。

 そしてここで、相対する少年の身体から強烈な何かが溢れ出す。

 それは、ハークの指導を受ける者達の一派にとって、『剣気』と呼ばれるもの。攻撃の意志だ。


(マズイっ!)


 危険を感じ取ったフーゲインは即座に間合いを離すべく回避用のSKILLを発動させる。


「『瞬動』っっ!」


 後方であっても真っ直ぐであれば追い付ける術は無し。見事、開始位置へと戻ったフーゲインだったが、相手の対処は完璧だった。

 『瞬動』のSKILL挙動が終了したところを見計らって、突っ込んできたのである。

 『瞬動』は連続発動の効かぬSKILLだ。斬撃が来る。拳で受けるしかない。


「ぬぅんっ!」


「あたっ!」


 ハークの『カタナ』が自分の拳と接触し、火花を上げる。

 僅かに自分の身体が後ろにズレた。拳にも若干の痛みが走る。


(ちいっ! 攻撃力は向こうが上か⁉)


 二度三度と斬撃を拳で迎撃する。だが、完璧なタイミングにも拘らず、押されているのは自分だ。

 ここで、ハークが早くも勝負に出てきたことがフーゲインには分かった。SKILLを発動しようとしている。

 だが、振り被りが僅かに大きい。剣士のSKILLにはままあることだ。フーゲインから視れば予備動作が大きいのである。

 受ければ防ぎ切れないかもしれないが、躱せば勝機。それが己を奮い立たせる、いつものように。


「奥義・『大日輪』!」


「『瞬動』!」


 全くの同時に繰り出される両者のSKILL。

 結果はフーゲインの賭けが勝った。放たれた剣閃を上に躱したのである。


(今だ!)


 丁度、先のギルドの応接室で最初にハークに襲い掛かった体勢と同じような状況となる。

 隙だらけのハークに一撃入れて勝負を決めるべく、フーゲインも攻撃SKILLを準備したところで、相手が更に別のSKILLの発動準備に入ったことを、フーゲインの危機感知能力が察知した。


 こんな死に体から何が出来るのか。そう思ったフーゲインの眼下でハークは手に持つ大きな『カタナ』を放し、素早く腰元の小さな『カタナ』に手を向かわせる。先程、自分の胸を浅く斬り裂いたものだ。


(同じ体勢⁉ マズイっ‼)


 完全なる罠にハマった。

 これは恐らく目の前の少年の必勝パターンなのだろう。見事な二段構えの完璧な作戦オペレーションである。

 抜き打ちが来るのが分かる。今度は充分な体勢からのものだ。先とは威力正確さ共に比較にならないものが飛んでくるだろう。あの時ですらフーゲインをして眼に捉え切れぬほどの剣閃だった。逃れる術は無い、勝負は決まったも同然チェックメイトだ。


「一刀流抜刀術———」


 が、ここで最後まで、勝負が決するまで諦めないのがフーゲインという男だった。

 受けた胸元の傷の痛みを頼りに剣閃の軌跡を咄嗟に思い描く。

 その中心点に拳を置いてSKILLを一か八か発動させた。


「『零距離打ワン・インチ』、あぁーーったァッ‼」


「———奥義っ! 『神風』」


 硬質な音が鳴り響き、両者の間に一際眩い火花が走った。



 大きく吹っ飛ばされはしたものの、無事な姿で大地に降り立つフーゲインを見送りながら、ハークは自ら足元に放った『斬魔刀』を拾い上げつつ、感嘆の溜息を吐いた。


「ほう」


 見守る観衆から巨大な歓声が上がるのは必然であった。




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