241 第17話04:Fight Me!②




「この阿呆タレ!」


 毛むくじゃらの拳が野太い腕と共に男の脳天に振り下ろされた。

 いつもなら軽く躱せる攻撃も、ベッドの上ではままならず甘んじて受ける。

 しかし痛いものは痛い。眼から火花が飛び出そうだ。


「イッデぇええ! 加減しろよ、殺す気か⁉ 普通の奴なら死んでるぞ⁉」


「ウルサい! 今のあんたにゃあそれぐらいやらないと効きもしないだろうが!」


 文句を言ったらそれ以上の圧力で返された。仕方が無い、今回、悪いのは全面的に自分なのだから。


 ここはギルド寄宿学校の医務室。本来はこんなところでぎゃあぎゃあ喚き合うことなど言語道断だが、今はたった今ぶん殴られた青年以外、特に患者はいないので誰も文句は言わない。

 殴られた青年の名はフーゲイン=アシモフ。ワレンシュタイン防衛隊の上級大将が一人だ。しかし、今は命令違反により謹慎処分を受け、期間中、別の部署に配属され出向中である。


 そしてぶん殴った方はエヴァンジェリン=エロリー。フーゲインと同じ立場のワレンシュタイン防衛隊が上級大将の一人である。熊人獣人族の女性だが、非番でもないのに怪我をした同僚を心配して来てくれたのだ。二人は幼馴染みなのである。


 殴られた頭頂部をさすりながら、フーゲインは言う。


「悪かったな……。忙しかっただろうによ」


「別に心配されるまでもないよ。いっつも問題行動ばかり起こすヤツが謹慎になったからね!」


「ふぬぐっ……!」


 今度は痛烈無比な嫌味攻撃である。深々と突き刺さったクリティカルヒット


「ったく。後でお嬢にも、ちゃあんと謝るんだよ? じゃあないと、今度こそ本当に嫌われても知らないからね」


「それはキッツイ話だな」


「あのエルフの剣士さんにもね」


「……彼は何か言っていたか?」


「アンタとお嬢の関係を聞いて、ぶった斬らなくて本当に良かった、って言ってたよ。言っとくけど、アンタもし本当にそうなってたとしても、文句なんか言える立場じゃあないんだからね」


「分かってる。しかし、まさか斬られるなんて思わなかった」


 フーゲインはレベル三十五である。しかも所持SKILLのお陰で素手時における肉体の頑強さには自信があった。五つもレベルの低い小僧っ子にあっさりと肉体の突破を許すなど信じられない。

 しかし、よくよく考えてみるとエルフ族の寿命は亜人種の中でも類を見ない程長く、成長も遅いと聞く。そこから逆算すると実年齢もエヴァンジェリンやフーゲインらの倍ではきかないかもしれない。


「あたしも驚いたよ。大将の言葉を借りるなら、お嬢の眼は確かだった、ってことさ。……しっかし、なんでお嬢が遂に自分の師匠を決めたからって、かどわかされたなんて思うンだい? もうお嬢も子供じゃあないんだよ?」


「う……、むう……」


 こればっかりは女性には永遠に解らぬことかもしれない。男性にとって一度守ると誓った妹や娘など年下の女性というものは、ずっと変わらぬ庇護の対象なのだ。何かあれば、自分の出番か⁉ と張り切ってしまうものなのだ。


「エヴァンジェリンの言う通りなのかも知れねえが、俺は俺のやれることをするつもりだ。お前みたいに器用には動けんからな。大体、あのエルフのツラを視ろよ。あれじゃあ、純粋なお嬢と姫さんが二人して騙されたとしか思えねえだろうが」


「思わないよ! まぁ、エルフなのに剣の師匠? とはあたしも最初に思ったけどね」


「だろぉ⁉」


「ケド、あのランバートの大将が認めたんだ。それで充分だと、あたしは思うよ」


「…………俺は駄目だ。キチンと自分で確かめないとな」


「それで何度も痛い目見たじゃあないのさ」


「……主にお前からな」


 このことは、実は九割方本当の事だ。

 まだリィズが幼かった頃、忙しい実父や実兄らに代わって彼女の面倒を見て一緒に遊んでいたのは彼らともう一人、犬人族のエリオットだった。


 この三人は年頃こそ同じであれ、最も年長なのはエヴァンジェリンで、フーゲインよりも一歳だけ上である。

 当時から身体のデカく、しかもしっかり者のエヴァンジェリンはその中でもリーダー格を自然と務めるようになり、まだ多少我儘さを残していたリィズと共に危険な行為や悪戯をしたフーゲインらを良く叱っていた。鉄拳で。


 エヴァンジェリンは前述の通り、熊そっくりの見た目である為、平時、にこにこしていれば子供にとって大きなぬいぐるみの様で安心感の塊でしかない。しかし、一度怒れば、逆に子供にとっての恐怖の対象でしかなくなる。

 エヴァンジェリンもリィズに対しては少し甘く、専ら怒りの矛先はフーゲインだったのだが、それを視てリィズは、所謂要領の良い末っ子の如くに分別を学んでいったのである。

 つまり、フーゲインは自分でも意図せぬままに、リィズの反面教師となっており、その意味で今の彼女の人格形成に多大な影響を及ぼした功労者でもあったのだ。


「まったく、本当にあんたは昔っから変わんないよ」


 そんな昔を思い出し、エヴァンジェリンは過ぎ去りし過去を懐かしむ表情となる。

 だが、次のフーゲインの台詞にて、表情を再び引き締めた。


「おうよ。だから今回も俺自身の身体で試してやる」


「まだやるつもりなのかい⁉ 良い加減にしておきな⁉」


「リィズを守るのは俺の役目だ」


 この言葉に、エヴァンジェリンはまずあんぐりと大口を開け、次いで微妙な表情となり、がりがりと頭を掻いた。

 久しぶりに聞いたが、この台詞を吐いたフーゲインはテコでも止まらない。例え、彼が最も尊敬し、生きる指標とするランバートでも同じことだ。


「あーーもう! 本当に馬鹿だねあんたはもう!」


「とっくに自覚してるぜ。頼む、協力してくれ」


 この会話の流れとなることをエヴァンジェリンは気付いていた。が、それに自身の心を納得させられるかどうかは別の話だ。

 彼女はもう一度自分の頭を掻き毟ると盛大に溜息を吐いた。


「仕方が無いねぇ、全くもう」




 一方のハーク達は丁度、ギルド長ルナ=ウェイバーからのガイダンスが終わったところであった。

 既にこれからの日々を宿泊する予定の宿舎への案内も済んでいた。ルナはハークやアルティナ、リィズの事情も良く頭に入っているようで、ハークにはソーディアン寄宿学校に引き続き最上階の二階角部屋、そして、アルティナとリィズには同室にてハークの部屋の隣室を用意してくれていた。


 ここで一度、寄宿舎から冒険者ギルド側へとルナの先導の元、全員で戻ることとなった。ギルド内の各施設を紹介するためだという。

 その道中、誰からともなく雑談が始まった。話題の中心は当然、先程の男フーゲインである。


「ねぇ、リィズ。フーゲインさんとあなたの関係は分かったのだけれど、何故、ワレンシュタイン防衛隊の上級大将であるあの方がここギルドにいらっしゃったの?」


「え? えーと、それはですね……」


 言い淀むリィズの代わりに、ルナがアルティナの質問に答える。


「実は彼、防衛隊の方でこの前ちょっとだけやらかしちゃってね。謹慎処分になっちゃったんだけどサ、遊ばせとくのも勿体無いなという事でウチに講師として貸してもらえることになったんだよ。僅かな期間だけどね」


「そうなのですか。相当にお強い方なのでしょう?」


「おや、わかるのかい」


 ハッキリと激昂していたフーゲインは、先程ハークに向かって飛び込んだところを実にアッサリとハークを含め従魔たちに迎撃されていた。普通、素人目に視れば全くの良いところ無しだ。

 だが、狭い部屋の中で天井ギリギリを飛び、目標に向かって真っすぐ襲い掛かれることそれ自体が、彼の高い身体能力を如実に示している。


「ええ、まぁ。レベルも相当お高いのではありませんか?」


「それが分かれば大したものだよ。レベルは三十五だね」


「本当にレベル高いんだねぇ。あたしより上かぁ」


 シアが感心したように言う。彼女も既にレベル三十四である。明らかな高レベルが一人であり、これがソーディアンであればレベルだけで視ても一二を争う程だ。しかし、オルレオンは辺境の大都市であるが故に、彼女を超えるレベルの持ち主はまだまだ数多い。


「ルナ殿」


「ン? なんだい?」


 ここで、今まで聞き役に徹していたハークがルナに向かって声を掛ける。


「フーゲイン殿をギルドの講師に、というのはギルド側から要請したことなのかね?」


「いいや? さすがに防衛隊のエース二本柱の一人を、僅かな期間とはいえ招き入れられるなんて想像もしていなかったよ。今回の事は御領主様から『丁度、防衛隊でしばらく使う訳にはいかなくなったから』という事で打診をいただいてね。いやあ、儲かった儲かった」


 嬉しそうな声と表情のルナ。その姿はギルド長というより商売人かのようであるが、彼女の立場としてはそれも仕方が無い。

 オルレオンの冒険者ギルド寄宿学校は設立されて今年で二十周年だが、他の寄宿学校と比べてダントツで歴史が短い。他の寄宿学校は軒並み創立百周年以上であるからだ。

 現国王、つまりは先王ゼーラトゥースの後を継いだ人物のキモ入りで設立が進められたそうだが、当時から講師選びには難航したらしいし、それは今も変わらないらしい。


「ところでハークは本当にあの三科目専攻のままで構わなかったのかい? ウチの講師陣を貶める気は毛頭ないけど、流石に一校の講師陣に比べるのは見劣りするからねぇ……」


 一校とはソーディアン寄宿学校のことである。モーデル王国の冒険者ギルド寄宿学校には設立順の番号が振られており、オルレオンは七番目に設立された寄宿学校なので七校である。


 寄宿学校は数多くの科目の中から自分に合ったもの、将来に必要なものを三科目選択してそれを学びこんでいく。

 ハークは魔法科、算術科、歴史科の三つを選択している。

 普通、寄宿学校の学生は戦士科、魔法科と冒険者として必須な戦闘技術に直接関係のある科目二つをまず選択して、残りの一つを悩むのが常だ。

 つまりは魔法科は良いとしても、戦士科を選択しなくて良いのか、と聞いているのである。


 ルナの忠言めいた言葉に、アルティナ、リィズ、シアは三人揃って顔を見合わせ、示し合せたかのように笑う。

 ルナには気付かれなかったが、恐らくハークに戦士科の教授を出来る者などいないと思っているのだろう。

 彼女らの考え通り、確かに釈迦に説法もいいところであろうが、ハークも実はこの世界での戦闘法に知識としての興味が無いワケでもなかった。


「もし四科目を選べるのであれば迷わず戦士科も選択するのだがな。ご忠告は有り難いが、このままで構いませぬよ。……ん?」


 ここでハークどころか全員が気付いた。冒険者ギルドの建物に戻る連絡通路上に一人の男がまるで道を塞ぐかのように佇んでいるのを。


「フー兄?」


 リィズが訝し気な声を出す。

 男は確かにフーゲインだった。しかし、何をしに来たというのか。全員が警戒感を抱き始めたところで彼は口を開いた。


「エルフの剣士殿、先程は失礼をした!」


 何だ謝りに来ただけかとリィズは内心胸を撫で下ろす。早合点であると気付かずに。


「失礼ついでに頼みがある! 俺と戦ってくれ!」


「「は⁉」」


「「え⁉」」


 ハーク以外の四人が其々の驚きを反応で示す。しかし、ハークは彼女達とは反対に落ち着きを保ったままだ。


「何故だね?」


「あんたがお嬢……そこにいるリィズの剣の師匠となったのを聞いた! リィズは俺の妹も同然だ! その妹が師匠と選んだ者の力を、俺自身が体験したい!」


「リィズの為という訳かね?」


「違う! 俺自身の納得の為だ!」


〈嘘だろうな。もしくはそう思い込んでいるか〉


 そうは思ったが口には出さない。それより訊かねばならぬことがあるからだ。


「つまりは儂の実力を実戦形式で味わいたい。そういう事だな? 命を奪い合う果し合いではないと?」


「無論だ!」


「ならば良かろう。その挑戦、受けよう」


 あっさりとした受け答えにギルド長のルナと、勝負を挑んだフーゲインは眼を見開いたが、シアを始め、ハークの仲間達はこの流れを当然と受け止めた。




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