239 第17話02:Marry Me!②




「彼がここオルレオンの所属となったのはつい最近だよ。それで知ったんだけど、彼、隣の凍土国オランストレイシア出身なのさ。オランストレイシアはこの国と姓と名の順序が逆らしいんだよ。それで、後ろのクルセルヴを名乗っているのさ」


 冒険者にとって異国出身者というのは格別珍しいワケではない。ヴィラデル自身もそうだ。

 ヴィラデルは砂漠に囲まれた砂都トルファンの出身である。ヒト族の区画分けに従うならば当時は龍王国ドラガニアの領地内だった。

 龍王国はモーデル王国からすると隣の又隣の国に位置する。そう考えると遠くに来たものだ。

 もはや帰る気も無いが、今現在ではドラガニアの隣国の領土へと変わっていると聞いた。あの辺りは砂漠のド真ん中で辺境もいいところなので対して意味など無いとヴィラデルは思うのだが、ヒト族の貴き者というヤツはそんな細かいところにも拘る者が多い。


「……って、そういう話はどうでもいいワ。王国第二位って言われてる冒険者なんでしょう? アタシなんかの救援が本当に必要なの? レベルは?」


「レベルで言えば40だね」


「高っ⁉ それだけレベルが高ければ上位クラスなんじゃあないのかしら?」


「そうだね。彼の二つ名『聖騎士パラディン』の由来でもあるよ」


 あっけらかんと答えるルナに、ヴィラデルは眉間にしわを寄せつつ眼を細める。


「ひょっとして担ごうとしているのかしら?」


 ヴィラデルのこの疑わしいという台詞には勿論理由がある。

 上位クラスに変化した者は同時に上位クラス専用SKILLを取得する。この上位クラス専用SKILLとは特定のステータスを底上げする働きを持ち、取得者とそうでない者に明確な差が生じるほどである。レベル三十七まで達しているヴィラデルであっても未だ取得には至っていない。


「まぁまぁ。最後まで聞いておくれ。向かった場所と相性ってヤツなんだよ」


「場所と相性?」


「ああ。このワレンシュタイン領の南の地域が広大な湿地帯なのは知っているかい?」


「勿論よ。結構な危険地帯と聞いているワ」


「そこに良く出現するのさ、ヒュドラがね」


(ああ、ナルホド)


 この時点でヴィラデルはある程度の事情を察するに至ったのだが、下手に口を挟むことなく最後までルナの話を続けさせる。


「クルセルヴも含めて彼のパーティー、まぁ、パーティーとは言っても彼を含めて二人しかいないのだけれど、回復魔法持ちの土魔法使いしかいなくてね。クルセルヴ自身も魔法は使えないから……」


「土魔法ではヒュドラ相手には決定打にならないワねェ。根本的には物理攻撃だもの」


 物理攻撃だけだと強力な再生能力持ちであるヒュドラ相手には分が悪い。

 例えレベル差があっても火の魔法などで傷口を燃やすなどして再生を阻む行動をしないと延々と粘られかねない。しかもヒュドラは毒攻撃を持つ為、長期戦になればなるほど不利になる危険性もある。


「ま、そういうことだね。死んではいないだろうけど、危険な状態に陥っている可能性はあるだろうね。帰るに帰れない状況ってセンも考えられる。しかもクルセルヴの上位クラス専用SKILLは普段は発動していない状態らしいのさ。かなり難しい発動条件のようだからね」


「へぇ、そうなんだ?」


「そッ。そこで、ヴィラデルの出番ってワケさ」


 冒険者は対魔物退治に於いて様々な手段を有していなくてはならない。何が有効で、或いは無効かを把握していなくては戦いようがないモンスターは数多いからだ。

 ただし、把握していたとしても有効な手段を使用出来なくては意味も無い。

 であればこそ、様々な手段を実行できるように冒険者は徒党を組むのである。

 一人でほぼ全ての手段を取れるヴィラデルの方が異常なのだ。


「ってコトで、受けてくれるかい? ヴィラデル」


 ルナからの再度の確認に、ヴィラデルはしっかりと頷きつつ答えた。


「金額次第ね」




   ◇ ◇ ◇




 クルセルヴは内心焦っていた。いや、彼は常に心の中に焦燥感を抱いているので、今は格別にといったところか。


「ちいっ! どこまでもしぶとい、難儀な敵よ!」


「坊ちゃん! やっぱり受付の嬢ちゃんの助言を無視せんほうが良かったですなぁ!」


「私を坊ちゃんと呼ぶな!」


 従者であり相棒でもあるドワーフ族のドネルと怒号を交換し合う。

 ドワーフ族は筋骨隆々で頑強な種族だが、短躯で足が短い。それ故、走るスピードが遅い。これは種族的な特徴のようなものだ。オマケに足元の湿地に足を取られる。

 一般的なドワーフはよく髭を伸ばすのだが、ドネルもその例に漏れない。髪の毛を含めた体毛も濃いため、まるで歩く毛玉だ。その毛玉をヒュドラが追い駆けまわしている。


「むぅん!」


 クルセルヴは反転して、ドネルの前に出つつ剣を振るう。

 祖国オランストレイシアの平和を守護する聖騎士団が秘宝、クルセルヴが持つ宝剣が唸りを上げてヒュドラの首を斬り裂く。

 一撃で巨大なヒュドラの首一本を易々と斬り落としたが、まだ他の首が七本も残っていた。

 残り七本首の攻撃範囲から脱出するべくクルセルヴはSKILLを発動する。


「『瞬動』!」


 真横に向かって弾け飛ぶかのように彼の身体が瞬時に移動する。

 四方どころか七方からの攻撃も難無く逃れるクルセルヴだったが、心情としては薄氷を踏む思いだった。

 ヒュドラの攻撃には毒が含まれるものが多い。戦いの勝利を決める為の手段を持たぬ今の状況で持続ダメージは間違っても貰いたくはない。目の前のヒュドラはクルセルヴより大分レベルの面では低いのだがとにかくしぶとい。

 ずっと追い駆け回され、既に丸一日以上は断続的に戦い続けている。SPもかなり消費していた。

 だというのに先程クルセルヴが斬り落とした、向かって右端のヒュドラの首がもう再生しかかっている。


 元々、倒す為に戦いを挑んだのはクルセルヴ達だったが、余りのしぶとさに逃走を選択したのである。

 しかし、湿地帯のぬかるみに足を取られ、完全に撒く事が出来ない。


「おのれ! しつこ過ぎるぞ!」


「短慮はいかんですぞ、坊ちゃん! ワシらにゃあ万一も許されんのです!」


 半ば癇癪を起しかけ、突撃を敢行しようとするクルセルヴをドネルの爆音の如き大声が静止する。

 離れた場所にあって尚、鼓膜を痛いぐらいに震わせる声量にクルセルヴが顔を顰めた瞬間であった。


 いきなり前触れなくヒュドラの全身が、ごうっ、と炎に包まれたのである。


「「「シュルアアアアアアアアアアアアアアアアアア⁉」」」


 突然の弱点属性での攻撃にヒュドラ残りの首七本が揃って悲鳴を上げた。

 再生途中の右端の首が炭化しその再生を止める。


「な……⁉」


「なんっ……⁉」


 驚く主従の言葉に被せるように、女性の声が周囲に響く。


「援護させてもらうワ! 悪いけど、救援依頼なのでね!」


 通常の場合、善意の援護であっても必ず事前に一度声を掛けて相手の同意を得ることが推奨されている。この声掛けが無いと両者間のトラブルに発展することも少なくない。

 だが、ギルドからの救援依頼を受けた場合にはこの手続きは必要無い。

 救援依頼を受理した者、つまり今回の場合はヴィラデルのことだが、彼女にとっては救援対象であるクルセルヴ達に生きてオルレオンに帰ってもらうことで依頼達成となるからだ。仮に助けられた側に不満があったとしても、文句は彼女ではなくギルドに言うべきなのである。


 そんなワケでヴィラデルは躊躇なくヒュドラに『爆炎嵐ブレイズストーム』を最大出力で浴びせかけた。

 とぐろ巻く渦状の炎は魔力を注ぎ込むことで広範囲攻撃となる。巨大なヒュドラをすっぱりとその内側に包み込み、業炎がその身を焼いた。

 だが、まだ動く。


「むっ⁉」


 ヒュドラをまだ倒し切れていないことを感知したクルセルヴが、ここを勝機と一気に止めを刺すべく改めて突撃を敢行しようとした時、ヴィラデルからの静止の言葉が飛ぶ。


「ここは花を持たせていただけないかしら? 相手を焼く魔法は火属性だけではないのヨ。ここ野外なら遠慮無く放てるのだしね、『雷落としライトニング・ストライク』‼」


 天空から舞い降りた極太の雷撃がヒュドラの巨体を貫いた。

 肉の焦げた匂いを漂わせた黒い巨体がゆっくりと大地に伏した。



 倒れたまま痙攣するヒュドラ。これは体内で再生が進行している証である。

 しかし焼け焦げて炭化した表面と、雷撃が貫通して重度の火傷を負った体内の一部がそれを阻害している。だからこそ、熱攻撃はトロールやヒュドラなど一部の強力な再生能力持ちモンスターを相手取るには必須なのだ。


 ヴィラデルはそんなヒュドラの胴体の上に飛び乗ると、素早く背に負った大剣を振り下ろした。


「ほっ!」


 約六カ月間ソーディアンの冒険者ギルド寄宿学校での教員生活にて稼いだ金額の大部分を費やし、古都一と評される鍛冶職人店にて刃のみを新調して貰った大剣がヒュドラの肉を硬質な骨ごといとも容易く斬り裂いた。


 ヴィラデルはこの幅広の大剣を盾のように防御手段としても使用する。

 この戦い方を維持する為、新調した刀身はここ最近ソーディアンを中心に流行しつつある『カタナ』の技術を流用しながらも、一見すると常なる『カタナ』とは、特に横からのシルエットがまるで違う。

 曲線という『カタナ』独特の形状を持つ刀身の扱い方を、幾度か手ずから教授してくれた同族の少年には「馬鹿デカい出刃包丁のようだ」と評された。

 要するに、カレの美的感覚にはそぐわないというワケだ。とはいえ斬れ味に影響が出るものでもない。新調して貰った鍛冶職人店の店主が顔見知りだったので、例え大いに金額を値引きして貰っていたとしてもだ。


 事実、巨大なヒュドラの胸を一撃で中心近くまで深く斬り開いていた。

 カレが教えてくれた振り方も最近の反復練習で漸く身に付いてきた気がする。改めて『鑑定法器』で計測すれば付加攻撃力が上がっているかもしれない。


 ヴィラデルはヒュドラの斬り口に素早く手を突っ込むと、魔物の体内より魔晶石を摘出する。

 同時にヒュドラの痙攣も止まった。

 死んだのだろう。

 魔石乃至魔晶石を体内より奪われれば魔物は死ぬ。常識だ。


 それでもヴィラデルは一息つくことなく、魔晶石の周りに付着して残った血や肉片を氷魔法で凍結させてパラパラと払い落とすと自身の『魔法袋マジックバッグ』を取り出した。

 以前のものと違い安物のそれが魔晶石を吸い込む様に内部へと保管したところを視て、初めて密かにホンの少しだけ気を抜いた。


「ふうっ……」


 漸く一息吐くと立ち上がる彼女の背に向かって、低い位置から野太い声が飛ぶ。


「ありがとうございましたわい。助かりましたぜ、エルフのお嬢さん」


 相手の第一声が自分を咎める言葉でないことに、少し安心しつつヴィラデルは後ろを振り返った。湿地帯の泥に所々汚れた白銀の鎧に身を包む背の高い美丈夫と、如何にもといった感じのドワーフの短躯が眼に入る。聞いていた通りの特徴であり、武装だ。

 モーデル王国第二位の冒険者クルセルヴと、その唯一のパーティーメンバーにして彼の従者でもあるドワーフ、ドネルである。


 ヤケに美しい刀身と装飾を備えた直剣に、やや大振りでこちらも美しい装飾を施された盾を持つクルセルヴは、こちらに視線こそ向けてはいるようだが、口を半開きにして何処か気の抜けたような表情をしている。

 急に救われたことで危機を脱して放心状態にあるのかも知れない。ままあることであった。

 そんな表情をしていれば普通は間の抜けた、と表現出来そうなものだが、そうは視えないとは非常に整った首から上の所為なのだろう。


 イケメンは得、というヤツだ。まぁ、あのコには及ばないが。

 ただし、首から下もかなり鍛えられた体格であることが鎧の隙間からも垣間見える。その様子が、最近筋肉がついて体型が変化しつつあるカレの未来の姿を若干想起させてくれた。


 しかし、この状態では礼の言葉を発したのはクルセルヴではなく、横にいる両刃の手斧を肩に担いだドネルというドワーフの男なのだろう。

 ヴィラデルはドネルに向かって言葉を返す。


「礼ならお金かそれに相当するモノでお願いネっ! ……って言いたいところだけど、今回はお気になさらなくて結構ヨ。ギルドからたんまり貰ってるから」


「そーですかい。そいつはありがてえこった。帰ったらオルレオン冒険者ギルド長のルナ=ウェイバー女史さんにも大いに礼を述べにゃあいけませんが……、エルフのお嬢さん、アンタ失礼だがヴィラデルディーチェ=ヴィラル=トルファン=ヴェアトリクスって方であっておりますかね?」


 ヴィラデルは大仰に驚いた表情を見せる。やや大げさではあったが驚いたのは本当だった。


「へぇ、アタシをご存知なの?」


「ええ、まぁ。エルフの冒険者は数が少ないので有名になり易いですねえ。美貌と高い実力の持ち主だと聞きやしたぜ」


「アラ、嬉しいワ」


 この言葉に偽りは無かった。特に『高い実力の持ち主』というくだりには。


「とにかく助かりましたわ。改めて感謝を。ホレ、坊ちゃんもお礼くらいお言いなされ」


 頭を下げつつ横のクルセルヴの腰だかお尻だかをドネルが叩くと、漸く彼も反応を見せ口を開く。

 だが、その口から発せられたのは礼の言葉ではなく、ドネルどころかヴィラデルすら大いに驚かせるものだった。


 このテ・・・の台詞はオルレオンに来る前には幾度となく囁かれたものだが、これ程の大声では初めてのことだった。

 しかも、ヴィラデル自身も気付いていないことであったが、ここ半年間の日々が大いに心休まる期間であったことも大いに関係していた。

 頭から抜けていたのだ。こういった小僧っ子に自分はそういうものを強く向けられやすい存在であるということを。


「ヴィラデルディーチェ殿と言ったな⁉ 私と結婚してくれ‼」




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