第17話:Follow me Now

238 第17話01:Marry Me!




 モーデル王国辺境領ワレンシュタイン領都オルレオンは、大国であるモーデル内どころか西大陸全土も含んだ世界全体から視ても有数の大都市である。

 それは、圧倒的な人口という一点だけに留まらず、規模、広さ、治安、発展速度、そして豊かさ、そのどれもが世界基準、モーデル王国基準の双方に於いても一、二を争うほどであった。


 特にその発展速度に限っては、最近のモーデル主要他六都市が些か発展に関しては停滞気味であるということもあり、圧倒的な世界一位の座に輝くであろうことは、そこに住むほぼ全て人々が最も自覚するところである。

 何故ここまでの発展速度が維持し続けられるのか。

 それは、この都がその成り立ちの当初から他の大都市にはあって当然のモノを敢えて建造しなかったことによる。


 則ち、壁が無いのである。


 本来、街を囲む壁、つまりは城壁が無いという事は、大都市どころか中規模の都市でも致命的なものだ。

 魔物の突然の襲撃をまず妨げるものが無いし、人は昼夜出入りする。当然その中には悪意しかない輩、最近この国では全く流行らないが盗賊団なども考えられるし、犯罪者は四六時中出入りし放題だし、『四ツ首』のような組織立った動きをされれば都市内を好き勝手に引っ掻き回される恐れもある。


 だが、オルレオンはこのハンデをものともせずに高水準の治安を保っている。

 これは高レベルで優秀な多数の兵士達を人海戦術で配置し、都市を内と外の両面から守り通しているからだった。

 見回りの兵の中に常に感覚器官の鋭い亜人種族を組み込み、オルレオンだけでなくワレンシュタイン領内の住民がいる地域の周囲約十キロを完全に魔物のいない、言わばモンスター空白地帯を保ち続けている。危険なモンスターがこの空間に入り込めば即座に対応出来るのだ。

 都市内部の敵に関しても有効で、危険物の匂いを嗅ぎ分けたり、ヒト族とは比べ物にならぬ程の夜眼が効く者達によって夜間の犯罪も早期に取り締まることが可能なのであった。


 実際に建都以来一度も『四ツ首』の台頭を許したことが無いのは、歴史が最も浅いとはいえモーデルの主要都市ではオルレオンだけである。何度か支部を設置しようとしては事前に摘発され追い返されている。

 これはワレンシュタイン領に多い亜人種族の衛兵が、前にも述べたようにカネに対しての執着心が薄いために、買収される可能性がほぼ無いということも大いに関係していた。


 一方で、壁が無い利点とはどのようなものがあるのか。

 それは人口が増えて街を外側に広げねばならぬ時であっても、街の拡張を阻むものが存在しない事である。

 壁の有る都市の場合、住民が住める土地は街を囲む壁の内部に限られる。限界に達すれば住民の受け入れ自体が難しくなるので、都市力の基盤である人口を増やそうと思うならば、どこかのタイミングで壁を一部乃至全て破壊して新たに壁を建造、若しくは街が分断されるのを承知で既にある壁の外側に新たな壁を建てるしかない。どちらにしても資源と費用が大量に必要となるだろう。

 だが、元から壁が無ければ急な人口増加にも、限度はあるが容易に対応可能なのだ。


 それもこれも食料という都市基盤が早期に整っているからであった。



 ヴィラデルはオルレオンの街に四日前から既に滞在している。

 そして、もっと早くこの街に来れば良かったと思っていた。


 辺境領ワレンシュタインは別名『亜人種の持ちたる領』と呼ばれている。その別名通り、モーデル王国の他の地域に比べて官民問わず亜人種の数が圧倒的に多い。

 割合としてはヒト族が全体の四割ほどと住民の種族としては一番多い。しかし、残り六割は亜人種族なので亜人種族全体で考えれば数が逆転する。

 細かな割合としては獣人族が三割で鬼族、ドワーフ族、巨人族が各一割ずつらしいが、ヒト族も亜人種族とハーフの混血であったり、家族に亜人種族の特徴を持つ者がいたりと純粋なヒト族は実は最も少ないのではないかと聞く。


 街には本当に多種多様で様々な種族が溢れているのだ。色取り取りとすら言っても良い。

 そうなるとヒト族はどうなるかというと、あれほど見た目の細かい違いに拘っていたものが全く気にも留めなくなる。

 性別に始まり、背丈、肌の色、髪の長さ、瞳の色。それら些細なことで左右されなくなる。


 ヒト族は普通、良くも悪くも見た目で相手を判断する種族だ。超が付くほどの美貌を持つヴィラデルはその意味で得をする場面も多かったが、同じくらい損をする場面も少なくなかった。

 特に同性からの受けが悪い。時には敵視に近い視線を向けられたことも少なくなかった。

 この街に来たことで、尚更それに気が付いたのである。そして、自分の思っていた以上にそのことが自分の精神に負担を齎していたことも。



 ヴィラデルは今、オルレオンの冒険者ギルド支部に向かっていた。

 何でも緊急の用があって呼び出されたのである。この街のギルド長は同性だったが、特にヴィラデルに対して隔意は抱いていない。

 実力だけを評価する。そういった人物であった。

 他人は知らぬがヴィラデルは長き努力の末に今の実力を得ている。実力を評価されるのは今まで積み重ねてきた努力も評価されたようであり、正直、気分の良いものだった。

 人の感情とは鏡の様なものである。

 オルレオン冒険者ギルド長ルナ=ウェイバーもまた、ヴィラデルを気に入っていた。



「ヴィラデル、救援依頼を受けちゃあくれないかい?」


 ソーディアンのギルド長執務室よりずっと狭い彼女の執務室は、大人の女性が二人いればもう座るスペースもない。

 これは、客との応接室が別に設けられていることと、所狭しと積み上げられた大量の書物の所為である。


「救援? アタシに?」


 互いに立ち話を続けながら、ヴィラデルは実に不思議そうに訊く。いや、確認したといった方が良いだろう。


「え? ダメか?」


「いや、ダメって言ってるワケじゃあないケド、救援依頼を頼まれたこと自体が初めてなんでネ……」


 それを聞いてルナは意外そうな表情をする。


 救援依頼はギルドが直接行う依頼の中でも特に重要なものだ。

 具体的な裁量は各ギルド支部ごとに細かい違いはあるが、普遍的に帰還予定を過ぎても帰ってこないそのギルド所属の主力冒険者を文字通り救援に向かう依頼である。


 その特性上、強さが第一に求められる。

 ヴィラデルはソロではあるが、レベルが高く、しかも貴重な魔法の『極者マスター』SKILLを三つも所持している。その上、近接戦闘にもある程度の対応力を有する。

 どんな冒険者ギルド支部に所属しても、間違いなくトップあるいはそれに準ずる超絶実力者に違いないのだ。

 辺境ゆえに所属冒険者の平均レベルが高いオルレオン支部もそれは同様であった。


「へぇ、そりゃあ意外な話だねぇ。ヴィラデルの実力なら頼まれそうなモンだけど?」


「あ~~……、アタシ、あまりマメに顔を出し続けるの、苦手だったのヨ」


「ふぅん。ンで? 受けてくれるかい?」


「まだ、どんな依頼だかも聞いてないわ!」


 ヴィラデルが苦笑しつつ返す。


「あ、そうか。ゴメンゴメン。今から説明するよ」


「頼むわよ、まったく……」


 如何にもやれやれといった風に呆れたような仕草を見せるヴィラデルだったが、ルナは特に気にした様子もない。

 明け透けな調子に毒気が抜かれる。

 昔はこういった無遠慮な心の距離の詰め方に嫌悪感を抱いていたヴィラデルであったが、何故かこの街に来てから、いや、その少し前からこういうのも悪くないと思うようになっていた。


 夢の為に一度は完全にひねくれさせた心が知らぬ間に真っ直ぐ矯正されつつあるのを、まだヴィラデルは気付いていない。


「救援をお願いしたいのはバルセルトア=クルセルヴがリーダーを務めるパーティーさ」


「バルセルトア? ……聞いたこと無い名ね」


「そりゃそうだろ。そっちで名乗ることはないからねぇ」


「え?」


 ルナの言い様にヴィラデルは己の見落としを疑う。即座にヴィラデルはその内容に気が付いた。

 名のではなくだったのだ。


「バルセルトア=クルセルヴ⁉ 『聖騎士パラディン』のクルセルヴ! ここの所属だったのね⁉」


 『聖騎士パラディン』のクルセルヴ、それはこのモーデル王国内の冒険者ギルドに所属する冒険者の中で、レベル、実力とも第二位と目される人物の通り名であった。




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