237 幕間⑯ ハークの手紙




 シンよ、息災にしておるだろうか。

 儂はこの世界一般の手紙というものを書いたことが無いので、シアに頼んでしたためて貰った。


 ソーディアンの街を離れて十日余り、本日、我らは無事に辺境領ワレンシュタインが領都オルレオンに到着した。

 十日余りと書けば大した時間など経過していないようにも思うのだが、我らの実感としては漸くといった印象だ。これは途中の中継地点、ロズフォッグ領トゥケイオスの街にて戦闘に巻き込まれたことが何より大きい。


 詳しい内容はいずれゼーラトゥース先王陛下からジョゼフ殿を通じて伝えられるか、既に伝わっているかであろうから詳しくはここで書かぬが、我らは不死の軍勢に大きく押し込まれ終盤はかなり危うい戦況にもなった。お主を含めたサイデ村の方々が、日毬を儂の元に寄越してくれたことに深く感謝を述べさせてもらう。

 本当に有難う。


 恐らくは日毬のことも大いに心配しているのではと思うが、日毬ならば大丈夫だ。今も儂と虎丸の間を行き来しては遊んでおる。

 日毬と居るとユナを思い出すよ。日毬から聞いたがお主と共に快く送り出してくれたようだな。

 彼女にもよろしく伝えておいてくれ。


 これも既に聞いているかもしれんが、日毬はこちらで精霊種『エレメントシルクモス』に成長した。そう、虎丸と一緒の精霊種だ。

 しかしSKILLの構成が違う為か虎丸のように『念話』は出来ん。人語に関しても習熟しておらぬのだろう、意味ある言葉を紡ぐことも出来ぬ。

 しかし、どうも別のSKILLの働きのお陰にて、鳴き声から何となく伝えたいことを想起することが出来るし、虎丸には細部まで言っていることが理解出来ておるようなので正直困ってはおらん。

 能力的には速力の虎丸に対し、魔法力の日毬といったところだ。ただし、魔導力値が高過ぎて危なっかしい面もある。まだ幼き身であるから当然と言えば当然だがな。今後の推移は追って報告するよ。


 それにしても第一王子一派はやっていることが無茶苦茶だ。

 この国ではあまり馴染みが無いようだが、儂も長く生きておる故、継承に関わる問題や騒動などのゴタゴタには多少の知識が有る。

 しかし、自らが領民を虐殺するような真似を行う輩は儂にも記憶に無い。

 何も考えておらぬか、ゼーラトゥース殿やアルティナの考え通り帝国の傀儡なのであろう。

 形振り構わぬとしても非道に過ぎる。事が第一王子一派の思い描いた成り行き通りとなっていたとしても、将来の重大な禍根となるのは必定確実。損得勘定が明後日に行っているとしか思えぬ。

 そう考えれば利敵行為、つまりは帝国の手先であると仮定した方が行動にも納得がいくというものだ。


 モーデルも大変な毒を腹に抱えてしまったものだな。

 だが、ここまで来たら儂も見て見ぬ振りなどせぬ。

 この国に住むからというだけではない。帝国の支配にもしこの世界が屈すれば、それは地獄であると分かるからだ。

 帝国は民の命を考えぬ。それは他国だろうが自国だろうが同じだろう。自国の兵にあの様な自決専用の魔法を使わせるくらいだからな。

 弱き者は強き者に常に淘汰され、やがて何かを作り生み出す者はいなくなるだろう。

 物の無い中、略奪は加速し、更なる強さを人々は求める。

 しかし、それもいずれは頭打ちとなり、停滞し、雁字搦めの世界となろう。

 物の無い、貧乏でつまらない世界だけが残る訳だ。

 ん? 何処かで訊いたな……。何処であったか……? まぁ良い、奪うだけの国に未来など無いということだ。育み、守らねば、な。お主のように。

 兎に角儂も、この豊かなモーデルという国を守る為、足りぬ頭といささかに自信の有る刀の技を使う気になったという事だよ。


 そういう訳だからジョゼフ殿を通じてでも良い、ゼーラトゥース殿に伝えておいてくれ。お孫様は儂が守るとな。ま、儂だけでは不安であろうから、虎丸と共に、とでも付け加えておいてくれ。


 ジョゼフ殿といえば、これを書いている時点ではまだこの街のギルドに顔を出せてはいないが、どうやらオルレオン冒険者ギルド寄宿学校転入の件は問題無く受け入れてもらえそうだ。

 我らは夜遅くにこの街に着いたのだが、リィズの御父上で御領主であるランバート殿に返答がきたらしく、伝えて貰ったよ。

 また学生としての生活を送れることは嬉しいし楽しみだ。この僥倖を活かさねば、天罰も貰いかねんな。明日、早速皆でギルドに出向いてギルド長も兼務するという学園長殿にお会いするつもりだよ。

 ジョゼフ殿にも改めてお礼を伝えておいてくれ。

 サルディン先生やウルサ先生、更にはエタンニ殿にもな。頂いた教書は大いに役立たせてもらっておる、とな。


 同期の皆、ロンやシェイダン、ドノヴァンは元気か?

 彼らと切磋琢磨し、お主なりの刀を高めてくれ。

 次に会えるのは全てが終わった後であろうが、その時を楽しみにしている。


 また手紙を書くよ。その時まで身体を気遣いつつ、腕を磨け。

 良く食べ、良く眠り、良く学び、たまに遊びつつ、修練を怠ることのないようにな。


 おっと、また爺むさいことを言ってしまった。老婆心丸出しのこの癖は中々治らぬものよ。

 お主のことだ、心配はしておらぬよ。いや、頑張り過ぎて根を詰め過ぎることの無いように、という事だけは心配しておるかもな。


 書きながらシアが笑っておる。そろそろこれぐらいにしよう。

 では、またな。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る