236 第16話12終:ARRIVAL
これにより、スタンの客馬車の一日の走行距離は圧倒的に伸びることとなった。
停まる必要も、脇道に逸れる必要も無くなったのだから当然と言えば当然だろう。おまけに馬には常にワレンシュタイン軍の補助魔法師達の『
一方でハーク達は急な課題を突然に振られたような感じであった。
『ご主人。何て言うか、日毬のぶっぱ癖みたいなの、根本的な原因は戦闘経験の少なさに起因してると思うんッス』
『まぁ、そうであろうな。未だ産まれて半年ほどであるのだからな』
考えてみれば当たり前の話である。だが、ここでハークの知恵袋エルザルドからの注釈が入る。
『確かにそれも大きいことは大きいであろう。だが、日毬の源種である『グレイトシルクモス』に闘争本能というものがほぼ皆無に等しい、という事も大きいであろうな。『グレイトシルクモス』は、幼虫時代は強力な糸で相手の動きを封じ、成虫時代は龍族を凌駕しかねん飛行能力にて逃れるという、戦法というより戦闘自体を回避する生き方を選択してきた種であると言える。先祖からの記憶を『
『戦いに関しては経験の積み重ねが最も重要な要素ではあるが、持って生まれた感覚で補う事も可能だ。しかし、闘争本能が皆無に等しいということは、両方足らんということかも知れんな……』
『うむ。更に『グレイトシルクモス』種は孵化の際の周囲の存在からも精神構成の影響を受けるのだが、日毬の場合はあのヒト族のユナという幼女からの影響が強いようだ。あの少女からも、およそ闘争本能などというものはあまり感じられなかったからのう』
これに関してはハークにも感じるものがあった。日毬に付き合っているとよく人間種の子供を相手にしている気分になるのである。
『成程、増々望み薄か。これでは、なまじ強力な魔法力を備えていることが返って仇に成り兼ねんな』
『ここはご主人とオイラで、一つ一つの状況を日毬に落とし込むしかない、と思うッス』
『日毬の為だ、仕方あるまい。しかし、一つの大きな懸念として、儂は主に刀での攻撃ばかりで、魔法戦闘は正直、門外漢だからな……』
『オイラもッス。テルセウス、じゃなかった、アルティナも加えるッスか?』
『うーーむ』
虎丸の提案は理に適ったものだ、日毬の事だけを考えるならば。
アルティナには以前からハーク自身が継続的に刀の扱い方を伝授しているのだが、実はこれからが彼女にとっての大詰めにして正念場の時期であった。
同時期に刀を教え始めたシンとリィズに比べると、彼女の進歩は遅い。
ただし、これは相対的な話であって、シンとリィズの成長が早過ぎであるとの言い方が正しい。二人はもう既にハークが教えた刀の扱い方がほぼ身に付いていた。有り体に言ってしまえば、もうハークの直接指導でどうにかなる領域を超過してしまっているのだ。
後は自分なりに身に付けた技術を昇華させていけば良い。特にシンは逸早くその領域に達してくれた。
アルティナの場合はこれからである。つまり、最も伸びる時期に差し掛かるのだ。そんな時に余計な負担を、出来ればハークとしては与えたくはない。
彼女自身は負担に思わぬかもしれないが、これからの彼女には第一王子一派並びに帝国との対決が待っている。その矢面にも立たざるを得なくなり、それらの対策に関する協議を重ねる必要にも駆られるだろう。
更にソーディアン寄宿学校の長であったジョゼフの目論見通りに、ワレンシュタイン領の領都オルレオンの寄宿学校への転入が受け入れられれば、それはそれで有り難いのだが、アルティナの時間は授業などによって更に削られることになる。
そう考えると、日毬の指導を彼女に頼むのは、ハークとしては物凄く気が引けるのである。
しかし、そうなるとハークのパーティーメンバー並びに知り合いには適任がいない。
〈いや、一人いたか……〉
彼女ならば、この上なく適任であろうと、百人いれば百人の同意を得るに違いない。
しかし、本音を言えば彼女、いや、奴には本来借りなど作りたくない。
〈背に腹は代えられぬ、か。儂らよりも一足先にワレンシュタイン領に到着しているであろうからな……〉
彼女の事を思い出すと、妙な苛つきに心を波立たせられるのが何とも業腹であった。
ここから、ハークは日課の稽古も半分は日毬の為の座学に費やすようになる。無論、リィズとアルティナの様子も横目で確認しつつだが。
その中でシアは自主練を続けていたのだが、いつの間にやらランバートの指導を受けるようになる。
元々の発端はシアが習得しようとしていた『瞬動』を既にランバートが習得済みであったことから、リィズを通してシアが助言を求めたことに起因していた。
ここでランバートが、シアの戦い方と自分の戦い方が非常に似通っていることに気が付いた。
この
◇ ◇ ◇
ワレンシュタイン領内に着いたのは二日目の夕方後、日が沈んでからだが、領内の入り口代わりでもある村落にはどうにか到着することが出来ていた。
村と呼ぶにも実はまだまだ規模が小さいが、辺境領への入り口代わりという位置関係から宿泊施設と共に軍の駐留施設も備えた場所だった。
ランバートがトゥケイオスの街まで率いてきた五千の兵は、元々ここに待機していたのである。
トゥケイオスからの距離を考えると最終目的地であるオルレオンにはまだ道半ばで距離もあるが、少なくともランバート以下、ワレンシュタイン軍にとっては帰ってきたと落ち着ける場所であることに変わりはない。
そんなワレンシュタイン軍に、領都オルレオンからの空を飛ぶ従魔を使っての報せが齎されたのは夕食の直後だった。
領都からの報告文を受け取る家老ベルサは、すぐさまランバートへの報告に向かうのだった。
「殿。良い報せと悪い報せが
「……良い報せから頼む」
「は。留守居役の部隊が、例の帝国からの侵入者が一人をほぼ無傷で捕えることに成功したようです」
「ほう」
「捕縛された者は例の自爆SKILL持ちであると推測出来る故、喋れる状態にしてはおらぬ為、まだ話を訊くことは適いませんが、この者を捕えた功労者の話に依りますれば、その者は他の侵入者達から『ジジ様』と呼ばれ、侵入者どもの一団の中では地位が高く、内情を知る者である可能性が高い、とのことです」
「ふむ、『ジジ様』か。ウチで言うお前のような立場の者かな?」
「恐らくは。逃げられたり、自滅されれば元の木阿弥ですので、レベルの高い複数の見張りをつけ、交代で常に監視を行わせつつ、殿の帰りを待つとのことです」
「大手柄だな。捕まえたのは誰だ?」
「フーゲインです」
その名を聞いてランバートは一瞬、破顔する。
「やるじゃあねぇか、あの野郎! それで、悪い報せってのは?」
「そのフーゲインがやらかしました。殿が事前にお下しになりました、必ず複数人数で戦えという命を破りましたわ」
「あンの馬っ鹿野郎が……!」
途端に苦い表情になり、眉間を揉むランバート。
「アイツの命令違反は今回で何度目だ? 二度目か?」
「三度目ですわい。オマケに無茶なことした所為で小さくない手傷も負ったらしいですな。既に治療は完了しているとのことですが……。殿、手柄を上げたとはいえ今回もお目こぼしをしてはさすがに下のモンにも示しがつきませんわ。心苦しいでしょうが、今回ばっかりは殿の拳骨とお叱りのみってワケにゃあいきませんぞ。正式な罰を与えねば、軍規にも関わりかねませぬ」
ベルサ自身もこのような提言を行うのは心苦しかった。フーゲインはランバートが昔から眼を掛けている若者の一人であり、ベルサ自身も辺境領の次代を担う将校の一人として期待を寄せている人物なのだ。
しかし、だからこそ今回は心を鬼にしてでも罰を与えねばならない。
例えば今回の事例、フーゲインはレベルも高く強いからこそ結果的に五体満足で帰ってこれたが、同じことを未熟な若い兵士が行えば簡単に命を落とすことだろう。
ランバートとて戦いに関しては理由があって命令を出している。手柄の為にこれを無視するのはプラスマイナスなどの次元の話では決してない。事は秩序の維持に関わることだ。
特に軍などの暴力機関はここの優先順位を履き違えられると後々本当に大変なことになる。
ランバートは瞑目してしばらく黙考していたが、やがて両目と共に口を開いた。
「三カ月給料無しのタダ働きだ! ただし、腹が減ったら俺のとこに来いと伝えろ」
「……殿……」
(相変わらず重いんだか軽いんだか分からん罰を与える人よ)
実はベルサはランバートの決定を聞いて、内心少し、いや、かなり感動していた。
これには亜人種ならでは特別な理由が背景にある。
普通のヒトであれば、三カ月も無報酬で働かされるなど冗談では無い、何て厳しい裁定だと感じるであろう。
しかし、これが亜人種となると感じ方が若干異なる。元々、亜人種はヒト族に比べてモノ、特にカネに対する執着心が非常に薄いのである。
依って、蓄財、所謂貯金の習慣が殆ど無い。
カネなどその日を凌げる分有れば良い、日々楽しく健全に美味いものを食せればそれで良いのだ。そんな、ヒト族から視たらある意味享楽的な、無計画な面が彼らにはある。
亜人種と一括りに言っても当然、細かい種族ごとに違いがあり、エルフ族とドワーフ族は比較的ヒト族に近い考え方を持つものが多いが、獣人族、鬼族、巨人族の三種族は特に酷く、モーデルの大英雄にしてワレンシュタイン家の源流たるウィンベル家開祖『赤髭卿』はかつてこの三亜人種族を評してこう言ったという。
『宵越しのカネは持たぬ種族』、と。
つまりはこの三種族は、カネがあればあるだけその日のうちに使ってしまう傾向があるのだ。
この種族的な相違点によりモーデル建国当初は様々な問題が起こった。しかし今では、亜人種を雇う際には給金を必ず日当で行うと国の法律で定めることにより、粗方この問題を解決している。
フーゲインは、そんな亜人種族三種の内の鬼族である。
ほぼ百パーセント貯蓄など無い。その状態の相手に三カ月無給など、兵役任務中には食事の世話は行われるとはいえ、聞けば皆震え上がることだろう。
それ程までに怒っている、それだけの罪であると対外的には示すことが出来る。一方で、領の平和の為に功を成した者にひもじさまで与えるつもりはない。これを以って信賞必罰とす、そういうことだ。
「ガキの教育に苦労するのはハーク殿だけじゃあねえらしいな。やれやれだ」
ランバートが苦笑を見せる。つられてベルサも同じ表情となった。
「面目ございませぬ。とっくに成人の年齢を越しておるフー坊を抱えとるこちらの方がよっぽど問題ですわい。帰ったら兵役訓練所に逆戻りさせて、暫くの間ぶち込んでやるのも良いかもしれませんな」
「止せ止せ、若い連中が委縮しちまうだろうが。教官連中もやり難くて適わんだろう、苦情を貰いかねん。そういやどうだ、アルティナ姫様達のギルド寄宿学校受け入れは?」
「今日までの報告には特に上がっておりませぬが、あそこの学園長とギルド長を兼任するルナ=ウェイバー女史は、ソーディアンの冒険者ギルド長ジョゼフ=オルデルステイン氏の教え子で、氏に心酔しておるのは有名ですからな。受け入れぬという選択肢は無いでしょう」
「そうか。……ん? ちょっと待て、今良い事を思い付いたぞ。要は委縮などせん者達のところに送り込めば良いのだ」
何か思いついた様子のランバートの表情は、みるみる内に悪戯小僧のそれへと変わっていく。
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