235 第16話11:Summon The Rock
トゥケイオスの街を出発して二日後、ハーク達の旅路はこれ以上ないほどに順調に進み、もうワレンシュタイン領への領境へと差し掛かるところまで到達していた。
一つにはトゥケイオスの街までの前半と違って、後半の道程は随分と以前に整備が完了している街道であることが大きかった。
前半は新しく開通したばかりの道であり、ちょくちょくモンスターが街道付近に出現していたのである。後半の道はそれが無いだけでも大きい。
だが、ワレンシュタイン軍二千に囲まれるかのように、周囲に展開されながら進むというのが最も影響しているだろう。さながら共に行軍しているかのようである。
これではもし、モンスターが出現してもハーク達の出る幕は殆ど無い。
それでも最初はやや強力なモンスターが出たこともあり、ハーク達も討伐戦に参加しようとしたのではあるが、そこで一つの重大な問題が発生したことで、以降の参加を見合わせる結果となった。
その時の状況が以下である。
モンスターが出現したことを最初に感知したのはいつもの如く虎丸である。
だが、猛者揃いのワレンシュタイン軍にも嗅覚には自信の有る獣人は数多い。家老のベルサもそうだったのだが、スタンの客馬車の中に居ながらも悠々、というのは最早脱帽するしかなかった。
「面目もありませぬなぁ」
殊勝な言葉を吐きながらもベルサにはあまり気にした様子も視られない。理由は、ハーク達の乗る客馬車のすぐ横を馬に乗って並走するランバートがすぐに語ってくれた。
「当然と言えば当然だな。相手は伝説に語られる程の超希少な精霊種なんだろ? 感覚器官の出来が、我らとは文字通りレベルが違うというワケだ。ふむ……」
「ランバート殿。敵はどうやらヒュドラのようだ」
「ほう! そりゃあ些か難敵だな」
「辺境領は荒地と聞いていたが、ヒュドラは確か生息に水気が必要な魔物ではなかったか? ワレンシュタイン領にもそういった場所が?」
ハークの疑問に最初に答えたのは出身者であるリィズであった。
「確かに大部分は荒地なのですが、南にはかなり大きな塩湖が広がっていて、それが帝国との国境の役目も果たしています。そこに続く河川が領境の近くにも流れていた筈です。そこに生息していたのでしょう」
「エンコ?」
「海水のように塩分を蓄えた水を持つ湖のことです。大き過ぎて昔の人々は海と勘違いしていたようですが、海とは繋がっていません」
補足すべくベルサも話に加わる。
「その辺りは湿地帯で結構な危険地帯なんですわ。塩湖は色々と有益なモンが採取出来るンですが、開発はまだまだ進んでおりやせんでなあ」
「それは湿地という特性だけでなく、そこに居座る魔物の強力さ故に、ですかな?」
「そういうことですわい」
人間族が住めなかったり、そう簡単に到達することの出来ない秘境には共通して巨大で凶悪なモンスターが生息するものと思った方が良い。
これはギルド寄宿学校の教えの一つだ。具体的には深い森の中心、砂漠、峡谷、高山、荒地、深海などの深き水底、そして湿地帯だ。これらの場所へ向かう場合には念入りな準備が必須である。
「ベルサ、三個小隊を当たらせろ。バックアップに魔法小隊もだ。火魔法使いを中心に組め。回復魔法班はヒュドラの攻撃範囲内には入らせるなよ」
「了解です! すぐに手配いたします!」
「ハーク殿、我らも参加しましょう! ヒュドラが相手ならば我らにも一日の長があります!」
リィズがそう申し出てくる。一日の長とはよく言ったもので、その実態は文字通りの本当の一日しかないことにハークは苦笑を浮かべそうになったのだが、とはいえその一度の戦闘も危なげの無いものであったので、彼女の提案を受け入れる。
「そうだな。ランバート殿、よろしいか?」
「構わんよ。リィズ、くれぐれも気を付けろよ」
「はい、父上!」
「よし、皆! 戦闘準備だ! スタン、向かってくれ!」
こうしてハーク達はワレンシュタイン軍と共同戦線を張ることになったのだが、これが重大な問題を発生、というか発見に至る原因となった。
暫くスタンの客馬車がワレンシュタイン軍を先導する形となり、ヒュドラを補足した辺りでハーク一行も馬車を降りて向かうところで事は起きた。
「よーし、行こうか、皆!」
ハークの号令に、全員が各々の言葉で返事をした。
「あいよっ!」
「はい!」
「了解です!」
「ガウッ!」
「キューーーン!」
最後に虎丸の背中から飛び立ちつつ楽し気な声を日毬が上げた瞬間、ハークと虎丸がほぼ同時にぐるんと振り向いた。
ハークの耳には日毬の囀りがヒトで言うならば「いくよー!」といった掛け声と共に、別の意味の台詞、魔法の発動に必要な言葉の羅列も聞いたような気がした。
視れば、日毬の魔力に呼応した大量の精霊が天空へと舞い上がっていくのが『精霊視』の能力によって眼に映る。
『虎丸、日毬の奴、何かを唱えたか⁉』
『唱えたッス! 土魔法最大の攻撃魔法を!』
『なぬう⁉』
見上げると既に形成の終わった魔力が巨大な物体を召喚する準備に入っている。ハーク達の先を行くワレンシュタイン軍兵士達が殺到しつつあるヒュドラの頭上に。
「いかん! 全員後退! 『
「えッ⁉」
ハークに言われ、同じ系統の属性魔法を扱うアルティナが逸早くその危険性に気が付き、弾かれるように空を見上げると、既に魔法は発動と構成を完了したところだった。
だが、大きさがおかしい。小山という程度ではない。
巨大な岩山がヒュドラの真上に出現していた。
「退避ー! 退避ー! 退避してください!」
「何だいありゃあ⁉ うわぁぁあああ⁉」
「後退だ! 全員後退! 全速力! 急げぇー!」
そうこう言っている間に巨大な岩塊の先端が大地に到達する。
地響きと共に強烈な衝撃波が逃げ遅れた兵士達を軽々と宙に吹き飛ばした。
因みに、ヒュドラは憐れにも一撃で完全なぺしゃんこへと圧し潰されたらしく、残骸すら殆ど回収出来なかったという。
「全くもってハーク殿、味方を巻き込まぬように魔法を使用することなど初歩の初歩ですぞ!」
「も、申し訳ござらぬ……」
ワレンシュタイン家家老のベルサが血相変えて苦言を呈しているのも当然の話である。
彼が今言った言葉はギルド寄宿学校の魔法科授業で最初に習う事柄なのだ。
ハークをして反論のしようもない。
が、軍団の長である筈のランバートはにこやかに笑っており、大して気にした様子もない。
「笑ってる場合じゃあありませんぞ、殿!」
文字通りベルサが噛みつくように言うがランバートはどこ吹く風である。
「まあまあ。あんまり怒るない、ベルサ。巻き込まれたって言っても全員掠り傷程度なのだからな」
ランバートの指摘通り、実際の被害は殆ど無かった。これは、日毬が先程発動させた土の最大攻撃魔法『
しかし、問題はそこではない。味方が攻撃範囲に存在する状態で攻撃魔法を使用すること自体が危険と見做されて然るべきなのである。これが徹底成されないと、前線に立つ近接戦闘員は安心して戦うことなど出来はしない。ランバートとて、これは同様だった。
「とはいえ、ハーク殿のそのちっこい魔法系従魔ちゃんは、そのままってワケにゃあいかねえな。せめて、前線との連携ってヤツをちゃあんと意識して魔法を使用することを覚えてくれねぇと、危なっかしくて戦闘に参加させることは出来ねぇ。そいつを徹底して教え込んどいてくれや、ハーク殿」
「心得た」
以上があらましである。
つまりは平たく言うと、日毬のしつけをちゃんと行わないとハーク達の戦闘参加は、今後不許可となった訳である。
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