233 第16話09:トゥケイオスの街、その救い手にお別れを




「ランバート殿。貴殿の感謝の気持ちは伝わったよ。だからもう、頭を上げてくれ。正直、こそばゆくて敵わぬ」


「む、そうか」


 ハークに請われてランバートはまた勢い良く、今度は上に頭を動かす。


〈全くもってこの世界の、いや、この国のお偉いさんは、総じてかしらを下げることに抵抗が無いらしいな〉


 半ば呆れながらハークはそう思ってしまう。古都ソーディアンの先王ゼーラトゥースが良い例だった。

 ランバートもそういう意味ではゼーラトゥースに少し似ている。

 ハークはまだまだこの世界の身分制度に詳しいとは言えないが、ランバートもこの国の重鎮として、そして、英雄として名高い人物であるということは充分に理解している。

 そんな相手に、外見だけはちんちくりんの小僧っ子が頭を下げさせ続けているのは落ち着かぬものだった。ここは彼らだけが存在する場ではなく、多くの者の視線が自由に飛び交う広場なのだから尚の事だ。


「しかし、本当に驚いたよ! 天性の才能だけで動いていたリィズの動きが見事に改善されておる! しかも、この子の元となる柔軟さを一切邪魔しておらん! これ以上ない美しい所作じゃあないか!」


「ち、父上……!」


 ランバートの言葉に、ハークは逆に驚いた。ハークが、シンを含めた三人、ヴィラデルを含めると四人だが、彼らの戦い方を尊重し、その中でも特にリィズとヴィラデルは己の戦法を確立していたこともあり、攻撃力の上昇を伴う刀の扱い方だけを伝授したに留めたことを、ランバートが僅かな時間で見抜いたことに、である。

 そして、我流であそこまで戦えるまでの実力を得ていたリィズにも。


「リィズ、そう言えばお主はランバート殿に槍術しか習っていないと前に言っていたな。剣は誰かから習ったのか?」


 出会った当初、リィズは両刃の剣を携えてそれを振っていた。ある程度はサマになっていたものだった。


「は、はい。領内の、父の部下に熊人の女性の獣人の方がおりまして、幼い頃から良く面倒を見て貰っておりました。その方に基本を少しだけ」


 突然の父親からの称賛に顔を少し赤く染めながらリィズは答えてくれる。


「ふむ、期間は?」


「数日くらいです」


〈それは確かに天賦の才だな〉


 元々覚えが早いとは思っていたが、剣術の基礎の基礎とはいえ僅か数日の訓練で習得するのは才能以外の何物でもない。

 それ程の才覚であればきっと、ランバートの肉体にて確立した戦法であったとしてもそれなりの実力を得ていたことであろう。あくまでもそれなりであったろうが、その選択を行わなかったランバートの決断は確かに英断と言えた。

 ハークがそう確信していると、ランバートが再度大声で話し掛けてきた。


「ただ、その大元となった貴殿の動きにはまだまだ多くの底が有るな⁉ 俺は武技に昔っから強い興味があってなア、出来ればその源泉をもう少しだけでも垣間見たいものだ! 是非、俺と一度手合せをしてくれないか⁉」


「何? 儂と? ここで?」


 ランバート頷く。


「父上⁉ 急に何を⁉」


「良いではないか、リィズ! お前に的確な指導を行ってくれている彼の実力の一端を、俺も味わってみたいのだ!」


 成程、割と狸なのだな、この男、とハークは心中で思った。

 館から出て来た時から完全武装だったのはこの為だったのだ。それ以外・・・・の要素も多分に含んでいるかも知れないが、ちょっと面白そうだった。それに、この国最強の騎士と呼ばれる男の真の実力を知っておくのも、今後の為には大いに役立ちそうである。


「良し、受けよう」


「え、ちょっと待ってください、ハーク殿!」


「ハーク! 大丈夫なのかい⁉ 昨日、無理したばっかじゃあないか!」


〈おっと、そうだった〉


 二人に窘められて思い出す。回復はされてもらってはいても昨夜からの疲れは大いに残していたところだったのだ。

 ついつい己の興味を優先してしまった。これでは虎丸の頭の上で休ませている日毬にも示しがつかない。

 とはいえ、覆水盆に返らず、というやつだ。吐いた唾は吞めぬ。


「大丈夫だ。手合せといっても軽くであろう、ランバート殿?」


「おう! 丁度、両者の位置取りも良いな! スグに始めるか!」


 ランバートは待ち切れないかのように言う。

 本当に別の狙いがあるのか分からなくなってしまうほどだ。

 少なくとも武技に興味がある、という言葉は嘘ではないのであろう。知らず笑みが漏れてしまう。


「ふ、了解だ。皆、少し離れていてくれ」


「わかりました、ハーク殿。充分にお気を付けください。父は戦いに関しては、本当に強いです!」


「うむ、ありがとう、リィズ。気を付けるよ」


「ハーク、鞘を預かろうか?」


「おお、シア、頼む」


 サッと『斬魔刀』を引き抜くとその鞘をシアに放って渡す。下がる二人と共に、日毬を頭に乗せたままの虎丸も距離を取った。

 図らずもそれが合図となった。審判を指定することすらせずに、両者はほぼ同時に武器を構える。


 ハークは大太刀を後ろに引き絞るような陽の構え。

 そして、ランバートは右手に持つ人一人分を充分に覆い隠せる大きさの巨大盾を前面に押し出し、鎧の後ろに引っ掛けるように保持していた槍のように長い武器を左手に持つ。

 それは、この世界でランスと呼ばれる巨大武器だ。ただし、通常は突くだけが能のその武器に、刀身が片刃とはいえ備えらえていた。

 まるで大剣とランスを合体させたかの様な武器である。

 ランバートは視たまま名付けた、『ブレイドランス』と。


 「はじめ」の声すら無いままに、両者の間で緊張が高まっていく。闘志も高まっていく。

 しかし、殺気は双方共に全く無い。これはそういった勝負ではないからだ。


 その筈だったのだが……。


〈これは……とても御為ごかし・・・・・、などと悠長に構えてはいられんな〉


 意気上がる毎にハークは悟る。

 最初は、この世界には中々に浸透していない技術などを駆使して、少々驚かせる一撃を披露すれば良いであろうと構えていたのだがとんでもない。そのような半端な攻撃に動じるような構えではなかった。

 殺気を籠めた、必殺の一撃でなくてはその牙城を崩すことは出来ない。その確信があった。


 生半可なものではない。

 『武』というものを理解し、その身体の内に修め切った濃密な気配がある。


 視ればランバートの表情も見る見るうちに変化していく。最初の余裕のあるものから驚きの表情、次いで気を引き締めたと言わんばかりの真剣な表情に。


〈試してみるか〉


 ハークは右腕、肩から肘にかけての筋肉に一瞬力を籠めた。

 ランバートがその動きに対して反応を見せる。巨大盾をホンの少しだけ持ち上げたのだ。

 しかし虚構であると即座に見抜き、元に戻すと、今度はお返しとばかりに左の槍先を僅かに落とす。


 それを視て、ハークはゆっくりと前足を下げ、次いで横にずらしていく。所謂身体の中心、正中線を開いて自ら隙を作った。

 無論、打って来いという誘いの為だ。

 だが、ランバートは動かない。

 そしてニヤリと笑った。ハークもつられるように笑みを返し、どちらともなく構えを解くと平静に直る。


「止めだな」


「ああ、止めだ」


「「え⁉」」


 示し合せたかのように、双方ほぼ同時に中止を宣言すると、固唾を飲んで見守っていた女性陣から意外感と、若干の不満が籠められたかのような声が上がる。だが、理由は直ぐに解った。


「皆さま、昼食の用意が整いました。どうぞこちらへ」


 ロズフォッグ家の家老のような立場であるオイゲンが呼びに来ていたのだ。


「うむ、直ぐに向かおう。折角だ、皆で食わぬか?」


 ランバートが、つい数秒前まで闘志を漲らせていた雰囲気を全く漂わせずに言う。

 期待とも戦慄とも違う緊張感をもって場の成り行きを見守っていたリィズとシアは二人してすっかり毒気を抜かれてしまった。


「そうですな。汗を拭う故、先に会場へと向かっていてくだされ」


 一方で、汗一つもかいていないハークが抜け抜けと言い放つ。

 しかし、これが娘たち女性陣の為の発言であるとすぐ察することの出来たランバートは、了承の意を示すとお供に連れてきた白狼の獣人と共に館に向けて先に歩き出すのだった。



「殿。何故、途中でお止めになられたんで?」


 領主の館の中に入り、食事の用意がされているという部屋に向かう途中、先程のやり取りをずっと無言で眺めるに任せていたベルサが、ここに来てもはや我慢出来ぬといった様子で口を開いた。


「ン? オイゲン殿に呼ばれたからに決まっておろう。我らの為にご用意いただいた心尽くしの食事を無駄にするワケにもいかん」


「……他のモンならいざ知らず、ワシにゃあ下手な言い訳は通用しやあせんぜ。殿ならあの坊やに、時間など掛けずに思い知らせてやることが出来たでしょうに」


「オイオイ、ベルサ、その言い様だとお前、あのエルフの剣士殿が気に入らんようだな」


「そういうワケでは……。まァ、思うところは正直ありゃあしますがね。殿だって、少しはそういうおつもりで勝負を吹っ掛けられたンでしょう?」


「……まぁ、ちっとはな。だが、ありゃあそう簡単に思い知らせられる相手じゃあねぇよ。それこそ本気で、ぶっ殺すつもりでかからねえと、逆にこっちが思い知らされかねねぇくれえにな」


「まさか⁉ 信じられませぬ! 彼のレベルは昨日三十になったばかりと聞き及んでおりますぜ⁉ 殿とは十五もの差があるのですぞ⁉」


「それでもだ。彼はそれでも俺を殺せる『ワザ』を持っていやがる。受け方を間違えりゃあ、盾ごと俺を斬ることさえ出来るだろうな。そんでもまだ俺の方が有利であることに間違いはねえが。つまりはこの街を救った英雄サマってことだ。あの従魔は確かに強力だろうが、それに頼り切るような存在じゃあ間違ってもねえ。世界は広えぜ。ま、対峙してみりゃお前にも解るさ」


「……なるほど、流石は我らが姫様が師に選んだ人物というワケですかい」


「伊達や、ましてや顔なんかでアイツが選ぶワケねぇってことだ。愛してるなら、アイツの選択にも目を向けて、信用してやンねえとな」


 道理を得た言い様に、ベルサは心からの同意を示すしかなかった。


「……仰る通りでございますわ、殿。このベルサ、心から敬服いたしやすし、ご助言の通りにいたしやす」


「そうしろ。敬服はせんでも良いがな。……俺だって、ドナテロ殿の御助言いただいてなけりゃあ、同じバカ晒してたに違えねえんだからな……」


「は? 何か仰いましたかい?」


 ランバートの最後の言葉は、彼にしては異様に小さな声で、耳の良いベルサにも届かなかった。


「いや! 何でもねえ! とにかくだ、アルティナ姫様とリィズが一番辛かったであろう時期を支え、守り育ててくれたエルフの剣士殿に対して、敬意と感謝を忘れるな! 決して失礼があってはならん!」


「は! お任せくだせえ!」


 ワレンシュタインの主従が食事会場に着いて数分の内に、ハーク達も会場に現れた。

 彼らの会話は食事が済んだ後も暫く続き、後に遅い目覚めのアルティナやメグライアが加わっても終始和やかに、そして有意義に過ぎていく時間となった。

 この後に父親は、娘から久々の感謝とお礼をいただくのだが、それはまた完全に余談である。



 そしてこの日の夕方、領主の館を囲む城壁の修理が早くも一段落していた。

 圧倒的なまでにレベルが高く、見渡す限りの荒れ地を絶えず整備し続けるという経験値を持つワレンシュタイン軍の土木作業兵の巧みさ故であった。

 これにより、この日の夜が、トゥケイオスの街の救い手となった英雄たちにとって、同街に滞在する最後の夜となることが決定されるに至るのであった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る