232 第16話08:Upper CLASS②




 上位クラスとは、高レベルになればなるほど取得出来る機会が増え、取得すると特定状況下にて幾つかのステイタスに加算付与や、特殊効果を齎す上位クラス専用スキルも同時に得るという。

 恐らくこれにより、ハークの各種ステイタスが急上昇していたのであろう。

 ただし、エルザルドによると、これでも上位クラス専用スキルの効果としては少々慎ましやかに過ぎるらしい。その時の会話が以下である。


『上位クラス専用SKILLとはもっと絶対的なものであると聞いておる。それこそ、取得者とそれ以外に明確な違いが生じる上に、発動条件が重なれば種族としての枠すら飛び越えることの出来るほどだと。普通ならばレベル40前後で漸くの発現、とのことだが、まぁ、ハーク殿であることだしな。何かしら、他に変化は無いかね?』


『ふうむ、どうだろうな……。しかし、それ程までに凄いものなのか?』


『ご主人が会った者の中では、あのモログが持っていたッス。その所為かとんでもないステータス値だったッスよ。速度能力値以外は、オイラもぜ~んぶ負けていたッス。その速度能力も、そこまで大差無かったッス』


『何⁉ 人の身でそいつは本当に凄いな。もしあの時戦うことになっていたとしたら、本当に逃げることさえ難しかったのか?』


『そうッスねェ……、直線だろうが障害物だらけの場所であろうが追い付かれることは絶対無いッスし、引き離すことも出来ると断言するッス。けど、オイラのスタミナが切れる前にぶっちぎって引き離せたり、何とかして見失わせたり身を隠せたり出来なきゃあ最終的に捉まると思うッス。何ったってアイツ、スタミナ三百もあったッスから』


『三百だと⁉ 今の儂の数値と五倍以上の差があるではないか⁉』


『オイラも三倍近くの差があったッス。持久力勝負になったら勝ち目無いッス』


『そう考えると本当にとんでもないな。ふむ……』


 ここでハークは先に寝かせていた日毬の変化に気が付いた。

 日毬はこの時、ハーク以上に限界だったのである。

 ハークの為、自らの全てを魔法力に変換してしまい、その後、『エレメントシルクモス』という精霊種に進化出来なければ命すら失っていたほどだった。


 虎丸もそうだが、精霊種ともなると睡眠不要の存在ともなる。

 が、その一方で寝ようと思えば寝れるし、睡眠が魔法力の回復に最も有効であることは変わらない。

 寝かせた日毬を観察すると、非常に細かい違いだが、体内を循環する魔力の流れが活性化していたのである。そこに着目して観察すると虎丸や自分も同様であった。

 これにより『精霊の加護ブレッシングソウル』の効果の一つに、ハークと彼の従魔である精霊種たちの魔法力自然回復量の増加、が含まれるという仮説が導き出されたのである。



 先程、目覚めたばかりであるハークの魔法力はほぼ全快に近かった。魔法力をほぼ使い尽くすと回復には半日を超える睡眠時間が必須であるにも拘らずである。


『どうやら我らの予想通り、魔力の自然回復能力が倍加されているようだな』


 日毬がきゅんきゅんと小さくさえずる。同意を示しているようだ。それとも「元気になったよー」と言っているのだろうか。


『それは良かったッス。こら、日毬。お前はご主人と違って、他にも体力とか、いろんなモンが回復しきって無いッス。まだオイラの上で休んでいろッス』


 虎丸に窘められてぱたぱたと翅を震わせていた日毬の動きが落ち着く。どうも、虎丸の言うことには素直に従う傾向が視られる。きゅんー、との極小さな囀りは「わかったー」と了承しているのかそれとも「つまんないー」と不平を漏らしているのか。


 そんな年長者としてのしっかりとした振る舞いを見せる虎丸の様子に和まされつつ、そろそろ稽古を始めようかと背に負う『斬魔刀』に手を掛けようとしたところで、視線の先から近付いてくる仲間達に気が付いた。

 シアとアルテオ、いや、リィズである。


「やあ、二人共、遅くなって済まんな」


「何言ってんのさ、謝ることなんてないよ。それより身体は大丈夫なのかい?」


「そうですよ、ハーク殿! まだお休みになられているべきです。アルティナ様も、昨夜は遅かったらしく、まだ休まれておりますよ?」


 挨拶もそこそこに自身の身を心配してくれる二人に、ハークは苦笑しつつ応える。


「ちゃんと休ませてもらったことだし、儂はもう粗方大丈夫だ。昨日話したであろう? いつの間にやら増えていたスキルの事を。どうもあれのお陰で儂らの魔法回復速度が倍加しているようなのだ」


 それを聞いて、シアもリィズも驚いた顔をする。


「それは凄いですね……。流石は上位クラス専用SKILLといったところでしょうか」


「まったく。ハークといると驚きに事欠かかないよ」


 特にシアは殆ど呆れ顔である。虎丸を除けば最も付き合いの長い彼女にとってはもうこの程度は慣れっこなのかもしれない。


「はは、まぁそうは言っても、戦闘中に魔法力が補充出来る程でもない。恩恵は少なくは無いが、余り頼る訳にもいかんだろうな」


「あ~~……、そうかもねェ。ところで、ハークはこれから朝稽古かい?」


「うむ。正直、何もやらせて貰えそうにないのでな」


 ハークは自嘲気味に言う。

 実は起きたのはついさっきではあったものの、目の前で行われていた壁の修理や昼食の準備などハークにも手伝えることは幾つかあったので其々の現場監督に申し出てはみたのだが、どちらも「英雄サマにそんな事をさせるワケには!」といった具合で断られてしまったのだ。


「そっか。じゃあ、あたしらも交ぜておくれよ」


「無論だ。ん? リィズはいつもの事だが、シアもか?」


 ハークにとってはホンの少し意外であった。シアは決して怠惰などではないが、あまりハーク達と共に訓練することは少ない。自分なりのやり方を追求していた印象がある。


「うん。ダメかい?」


「いや、全く儂は構わんというか、むしろ歓迎なのだが、少し意外でな」


「まぁね。……昨日の戦いさ、もう少しでも、もうちょっとだけでもあたしが働けたら、もっと速く動けたら、なんて思ってさ」


「……それは『瞬動』のことか?」


「やっぱり分かる?」


「まあな。だが、気にする必要はないぞ?」


「そうですぞ、シア殿! 我らは我らで、やれる限りの力を尽くしたではないか」


「うん、まぁ、二人の言う通りなんだけどね。まァ、少しだけ思うところも、あたしなりに有ったワケさ」


「……成程な。その気持ちというか、意気もまた大切なものだ。良し! では全員で始めるとするか!」


「「おー!」」


 シアとリィズがハークの掛け声に反応を見せた直後、虎丸の頭の上から例の美しく可愛らしい囀りが合いの手のように発せられた。

 それを聞いて、二人は全く同時に虎丸の方へ振り向き、彼女達からしたら普段の虎丸とはかけ離れた様子を視て、思わずの笑い声を上げた。



 稽古を始めて十五分ほど経った頃、辺境伯ランバート=グラン=ワレンシュタインが装備を全て着込んだ状態で領主の館の中から現れ出てきた。後ろには昨夜のようにベルサが付き従っていたが、この場でリィズ以外の全員が初対面である。


 シアとリィズは漸く身体が温まってきた頃合だった。

 逆にハークはまだまだである。日毬を頭に乗せたままの虎丸が、ハークの訓練を手伝うことが出来ないが故に、素振りや型通りの修練しか行えないためだ。

 とはいえ、昨日の疲れも残っているので、元々軽い程度で朝は済ますつもりではあったが。


「父上……?」


 館から出てきたものの、声を掛けるでもなく一定の距離を保って見守るかのようなランバートとベルサの様子に気を散らされた様子のリィズが思わず呟く。

 それを視て、ハークは敢えて苦言を呈した。


「リィズ、太刀筋が乱れたぞ。これしきで自分を乱すでない」


「は、はいっ!」


 真面目なリィズにはそれだけ言えば充分である。

 ハークは自分の修練に戻りながらも横目でちらりとリィズが父と呼んだ人物を視る。


〈あまり、というか全く似ておらんな〉


 鎧を着込んでいても解る筋骨隆々っぷり、あのモログ程ではないが背丈もかなりある。こっちの単位で二メートル近いのではないだろうか。

 一方のリィズは背こそ女性にしては高いものの、筋肉質とは程遠いしなやかな身体付きである。顔も一見似通った箇所は見付け辛く父親の方が厳つい印象で、毛髪の赤色のみ同じ、といった感じだった。


 彼はその後、五分程度に渡り、無言のままハーク達、特にリィズの練習風景を真剣な眼差しで眺めていたが、ハークがそろそろ休憩を指示しようとしたところで初めて口を開いた。


「失礼、邪魔をしてスマン。エルフの剣士殿、いや、ハーキュリース殿といったな。少し話をさせてくれぬか?」


「ン? 儂に?」


「そうだ」


「構わんよ。丁度、小休止しようとしていたところだ。二人共、少し休憩しよう」


「了解です」


「あいよっ」


 ハークの言葉にシアとリィズは其々の手を止める。シアの場合は『瞬動』の練習なので足を止めると言った方が近いが。

 ハークを含めた三人が動きを止めたと同時に、待ち切れぬかのように男は口を再度開いた。


「俺の名はランバート=グラン=ワレンシュタイン。そこにいるリィズの父親だ。娘の師匠となってくれていたというエルフの剣士とは、貴殿で間違いないな?」


「師匠という程でもない。単に動きを幾つかを教えたにすぎぬ」


 これを言うといつもアルティナとリィズは否定する。今もリィズはすかさず口を挟もうとしたが、それより早くランバートが行動を起こした。


「そうか! どうもアリガトウ!」


 いきなり前振りも無くがばりと頭を下げたのである。そしてその体勢のまま、矢継早に言葉を重ねていく。


「リィズは才能こそ秘めているが、俺とはかなり身体のつくりが違っていてな、小さい頃から俺が教えることが出来れば良かったのだが、それではこの子の才覚を潰してしまいかねんとずっと控えていたのだ! だが、実際のところリィズに合う武技を持つ良い師匠に巡り合えなくてな! 良くぞ、この子に合う武装と戦い方を見つけてくれたものだ!」


 聞きながらハークは、ははぁ成程、と大体の事情が呑み込めた。


 ヒトは他人にモノを教授する際、どうしても自分の主観が混ざる。特に武術はその傾向が強く、これを完全に排することはどんな達人や聖人であっても難しい。

 リィズは父親からかなり大事にされていたと聞く。

 しかし、父親に手ずから武術を教わったのは子供の頃に少しだけしかないと、以前に彼女自らが語っていた。

 何故か。その答えがランバートの台詞にあった。

 ランバートとリィズの体格が違い過ぎるためだ。重く硬い筋肉に覆われたランバートに対して、しなやかで流線形の肉体を持つリィズ。言わば剛のランバートに柔のリィズとでも分類出来ようか。



 体格とその分類が変われば、自ずと身に付けるべき技術や戦術も変えるべきは道理といえよう。


 例えば有名どころで説明するならば、ボクシングに於いてパンチ力が有る者と器用で足の速い選手、両者を全くの同じメニューで練習させるコーチはいないだろう。

 パンチ力が有る方はそれを最大限生かすために近距離での戦い方やガード、さらには相手を追い詰める手段をまず学ぶ必要があり、スピードが有る方は逆にリングを丸く使って端に追い詰められない立ち回りを習得しなければならない。

 つまりはインファイターとアウトボクサーの違いだ。どちらも長所を伸ばし、それによって短所を補わなければ目指す勝利は掴めないのだ。


 剣術とて全く同じである。剛の剣と柔の剣がある。

 攻めて攻めて先手を取り続けていつか相手を切り崩す剣と、攻められていても動じることなく一瞬の隙を突いていつか切り返す剣。

 どちらも習得に多大な時間と労力を必要とするのは全く同じだが、その過程で必要な型や練習方法は全く違う。


 また、人間は最も大きく分けて二タイプの身体の使い方、適した力の入れ方を持つ。

 四肢などを身体の中心に集めるように締めた方が力が入るタイプと、逆に開いた方が良いタイプだ。

 これを間違うと、その肉体が本来持つ最大ポテンシャルを発揮することが出来ずに、下手をすれば一生終えてしまう事にも成り兼ねない。身体を開いた方が良い身体を持つ人物に、別のタイプの肉体を持つ人物が指導を行うとこの事態に陥ることが非常に多いのだ。


 これは極めて現代的な運動の考え方であるが、戦闘の天才、延いては運動の天才でもあるランバートは、早い時点で愛娘と己の違いに気が付いたのである。そして、自身が教えることに関しての弊害へと思い至ることとなった。



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