229 第16話05:新しき味方②




「おのれ……! 各個撃破は戦術の基本とは申せ、最初から我が領を滅ぼす計画だったのか……!」


「もし、ドナテロ殿が王子派閥に下る素振りをしていれば、さり気無く王都に呼び付けて命を救い、首輪を着けるつもりだったのでしょうなあ。いや、あの派閥に居るのは二流どころか三流の連中のみだと仮定すれば、踏み絵でもさせるつもりだったのかもしれん」


「そんなことの……そんなことの為に……、我が領の勇士たちは……‼」


 ギリギリと歯を喰いしばり、両拳を力の限り握り締める音が聞こえる。俯くその顔はランバートからは見えないが、憤怒の表情であることは容易に想像がついた。


「……娘さんの恋人は……、本当に残念でしたな……」


「…………私は自分が恥ずかしい。娘の恋人がどんな人間か、会ったことも無いというのに職業だけで決めつけ、反対しようとしていたことに……。彼は……彼は間違いなく英雄だった……」


「仕方ねえでしょう。そんだけ娘さんが大切だったってことだ」


「いや……、それはつまり、翻って娘の人を見る目を、父親である私自身が全く信頼していなかった、と同義だとも言えるのだ……。娘の人を見る目というモノを、もうほんの少しでも信頼しておれば……、最低でも彼と会いもせずに、その交際に反対しなければ、などと思い悩むことすら無かった筈だ。他人にはやれ自慢の娘だなどとは嘯いてはいても、私は娘を完全には信頼していなかったと謗られても、仕方が無い……!」


「……うっ⁉」


 ランバートはぎくりとした。ドナテロの後悔は、自分にもそのまま該当する事柄であると気付いたからである。


(そうは言ってもな! よりにもよって娘が初めて心から認めた相手がエルフの! しかも野郎でなくともいいではないか!)


 八つ当たり気味にランバートは心の中で叫ぶ。だが、話の大筋はここからだ。


「それで? 娘さんに謝るだけですかい?」


「冗談では無い。必ず、我が領の勇士たちの仇は取る。我が領に手出ししたことにも、絶対に償いをさせてくれるわ! 帝国との戦いは勿論の事、王子一派との決戦にも力を尽くさせてもらおうぞ。……国王陛下は今、健在でいらっしゃるのか?」


「残念ながら、帝国から王子にくっついてきた護衛らしからぬ刺客に、護衛と称して張り付かれているような状況だ。軟禁に近いと思った方が良い」


「私が中央から遠のいている間にそんな事になっておったのか……。何が何でもお救いせねばならんな。しかし、そんな状況下では派閥の長としてお立てするワケにはいかん。やはりここはアルティナ王女殿下に……?」


「うむ、ここは姫様にお力を尽くしていただくしかない。酷な話だが」


「全力でお支えする覚悟は既に出来ておる。いつから行動を始めるのだ?」


 今回、援軍を連れてこの地を訪れた目的の一つ・・・・・を期せずして達成していたことを知り、ランバートは寧ろドナテロ側の勢いに苦笑を見せる。


「気が早いな。事態が急を要さぬ限り半年後くらいと考えていてくれ」


「む? 相手は下手すれば今日か明日にでも仕掛けてくる気だったのだろう? 私が今更のうのうと尋ねる立場に無いことを百も承知で訊くが、大丈夫なのか?」


「あくまでも万全を期す場合さ。遅れてはいても凌ぐだけ・・・・ならば、準備は既に完了しつつある。こう見えても時間稼ぎくらいなら出来るさ」


「殿下は私の眼から視ても、一軍の長として過不足の無い域に達していると思うが。少なくとも先の戦いで共に戦った我が領所属の兵士や冒険者たちは、迷い無く従うと断言出来る」


「そいつは凄いな、ドナテロ殿のお墨付きか。確かに姫様のレベルはもう二十九、当初の計画よりずっと先に進んでいる」


「なれば……!」


「まぁ、今少し待ってくれ。こちらから仕掛けるからには百パーセント勝つつもりがないとな。姫様の準備が完了していても他がまだまだなんだ。仲間も集まり切っていねえし、確約も互いに取れていねえ。特に相手の手札がこちら側は全く読み切れていない状況ってぇのが痛い」


「……そうか、成る程。確かに貴公の仰る通りか。今回使われた『黒き宝珠』のように、帝国はどれだけの手札を隠しているのか分からんということだな?」


「その通りさ。掴めたとしてもその手札に対する対応策を一つ一つ協議していく必要もある。向こうは先の大戦から二十五年間も牙を研ぎに研いできたんだ。どれほどの隠し玉を潜ませているか正直わかりゃしねえ。調べ残しを考慮に入れるならば尚更人員を集める必要がある」


 ドナテロは神妙な顔で頷く。それを視てランバートは更に話を続けた。


「それに、貴公らが帝国の策略を今回打ち破った事も、大いに今後へ影響してくるに違いない。具体的には計画を修正し、遅らせてくることだろう。封鎖出来る筈の中央からの援軍経路がそのままであるのだからな。最低でも三カ月、長ければ一年の時を稼げたものと推測している」


「それ程待つかね?」


「帝国は、いや、皇帝は既に二十五年間も待ってたんだ。今更一年程度など苦でも無えだろう」


「確かにな」


「そこで貴公に、いや、貴公の領に頼みがある。今回、貴公の領で起きた戦、その報告や仔細の公表を遅らせ、原因となったであろう王子一派に対する糾弾も待っていただきたいのだ」


「むう」


 ランバートの依頼を聞いた途端、ドナテロは瞑目する。

 その様子は無念さを滲ませていたが、同時に慌ても騒ぎもしない彼の姿は、話の当初から充分にこの流れを予測済みかのようでもあった。


「無論、我らが仲間内・・・では情報を共有するし、全てが成った暁には必ず王子一派を糾弾する機会を設け、その罪を償わせる場をご用意するとお約束する。だが、今、下手に刺激してしまえば帝国と王子一派は動かざるを得なくなる。特に王子一派の連中は未熟者の集まりだ。下手をすりゃあ帝国の手を離れて王子一派だけで行動し出すかもしれねえ」


「充分考えられるな。今回の戦いに参加した者達の為に戦勝記念碑と慰霊碑を建設しようと考えていたが……、やはり時期を視ねばならぬか……」


「ふうむ……、そうだなァ……。いや、造るのは構わないんじゃあないか? 実際に戦った者達以外には分からんようにしておけば。例えば、慰霊碑などを示すプレートだけ取り付けるのを待つ、とかな」


「む? 良いのか? 我が街の英雄にして守護神の姿を模した彫像も、造ろうと思っていたのだが」


「それって娘さんの恋人の彫像ってことか? そいつは目立つなァ。まぁ、制作期間をたっぷりと設けて、お披露目まで時期をおいてくれ、と頼みたいところだな。その代わり、と言っちゃあ何だが今回連れて来た五千の兵の内、三千を置いておく。好きに使ってやってくれ」


「何⁉ 良いのか?」


 ドナテロは又もランバートの発言に目を剥く。

 当然だ。三千もの専門武装集団の軍権は、本来、これ程簡単に譲渡されて良いものでは決してない。小さな国の持ち得る全占有兵力にも匹敵してしまうからだ。


「ああ、今回の事件、いや、戦を引き起こした張本人たちは、真相を知っているが故にロズフォッグ領が不思議と健在であるにも拘らず、ロズフォッグ家から何の抗議も糾弾も来ないことに、相当不気味がり、不安に陥る筈だ」


「それは良い気味だな」


「だな。だが、あんまり不安がって暴発されても困る。思い上がった小人も困りものだが、追い詰められた小人はある意味危険物だからな。再度、この街を滅ぼしにかかる可能性も少なくねえ。三千とはいえウチで鍛えた精鋭だ。サスガに再度、全く同じ手を向こうさんが用意出来るとは思わねえが、そうであってもウチの本隊が援軍に辿り着くまでは、防衛に徹すれば充分に持ち堪えられると思うぜ。どうだい、受けてくれるかい?」


 ドナテロは苦笑しつつ首を縦に迷い無く振る。


「無論だ。寧ろ、貴公からの手厚い支援には恐れ入るばかりだよ。尤も、三千もの兵の貸与有る無しに拘らず、我らが領民は其方の娘御が所属するアルティナ王女一行に救われたという揺ぎ無き事実が有るのでな、その身内たる貴公からの依頼を、そもそもが断る立場に無いよ」


 今回の会談に於いて、初めて、眼に見えてランバートの表情が変わる。それは、今までの会話の流れの中で、初めてランバートの予想の範疇に無い答えが返って来た証でもあった。


「そんなに役に立ったのかね、俺の娘は?」


 そんなランバートの言葉に、ドナテロも意外そうな顔を見せる。


「何だ、貴公はあそこまでリィズ殿への愛情を表に示しておるというのに、それほど娘御の事を信頼しておらぬのか? 確かに今回の戦いで最もいさおしを上げられたのは彼女の一行を統率する立場にあるハーク殿とその従魔たちではあるが、彼女もまた大いに……。いや、貴公、もしや未だ娘を未熟な少女のままに思っているのではあるまいな⁉」


「うぐっ⁉」


 ランバートは誤魔化しようも無く慄き、仰け反った。

 同じような指摘を、ランバートは複数人から受けた記憶があるからだ。

 その人物の中には家老のベルサ、そして、ランバート自身の長男であるロッシュフォードも含まれていた。


「やれやれ、そんなことではその内本当にリィズ殿から嫌われてしまうぞ。彼女も、もう十五となったのであろう? 父親にとって娘が幾つになろうとも娘、という格言は確かに至極その通りだが、アレは父親の立場からすれば、という意味だからな。一人前に娘が成長したと認められずに、未だ子供扱いを行うというのは彼女自身の努力を否定する結果でもある。私から視れば、リィズ殿は既に立派な女性騎士の実力へと達しておる。早々に改めるべき、と助言するぞ」


「むう。ドナテロ殿の時はどうなさった?」


「俺か? 話しても良いが、長くなるぞ? 酒でも飲みながら、朝までという事に成り兼ねんな」


「全くもって結構だ! 是非、こちらからお願いしたいくらいだよ」


「了解した! その言葉、忘れてくれるなよ!」


 そう言ってドナテロは立ち上がると、秘蔵の酒を持ち出すべく奥の棚へと向かい歩き出すのであった。


 この日から、ドナテロ=ジエン=ロズフォッグとランバート=グラン=ワレンシュタインの二人が莫逆の友となるのは、ある意味必然の流れであったのかも知れない。




 一方その頃、ドナテロの一人娘、メグライアの自室に招かれたアルティナもまた、彼女と向かい合うかのように、ソファに腰を下ろしていた。




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