228 第16話04:新しき味方




「そうか……。其方も随分と大変な状況だったのだな」


 領主の館、その執務室にてランバートは感慨深げに言葉を漏らした。

 既に部屋はドナテロと彼の二人だけだ。

 領主同士サシの話し合い、ということである。

 今は丁度、ドナテロが今回のアンデッドモンスター大襲撃の詳細について話を終えたところであった。


「その仰りようからすると、貴君の領もか?」


「ああ、現在進行形でちょっかいを掛けられておるよ。とは言え、こちらより大分楽な状況さ。人的被害はゼロに抑えられているし、建造物の損害も殆ど無い。食糧を奪われているぐらいだな」


「待て待て、量にもよるがそれは大問題ではないのか」


「大丈夫だ。ウチの領は今やモーデル一の大穀倉地帯だからな。穀物だけならば問題無い。充分に備蓄もある。相手の所属も掴めたしな」


「やはり、帝国の手の者か?」


「そのようだ。半年ほど前に古都ソーディアンを襲ったのと同じ連中らしい。似過ぎて、というかもはや全く一緒で、隠す気ねえのかと最初は疑ったくらいさ。鼻の良い獣人たちのお陰で被害を喰い止められてる。そうは言っても水際だけどな」


「そんな状況で五千もの兵と、何より最大戦力である貴公がこんなところに居て本当に大丈夫なのか不思議なのだが?」


「心配ご無用さ。今連れているのは全軍の内の二十分の一にすら満たん」


 ドナテロは目を剥いた。


「何⁉ 二十分の一⁉ では、貴公は今、十万を超える軍勢を所持しているということか⁉」


 ドナテロが驚くのも無理は無い。

 モーデル王国は直轄の軍勢を三つ抱えているが、特色と総数にかなりの違いはあれど、大体が一軍三万前後の戦力数なのである。ここに各領を治める貴族達の軍が加わるので数の上では勝っているとは決して言えないが、辺境地であり戦の天才ランバートが育成したワレンシュタイン軍の兵士達はレベル的にも精鋭と評判だ。

 それを考慮に入れれば国と正面から喧嘩することすら可能であるのかも知れない。


「いつの間にそれだけの兵力を集めたのだ⁉」


「貴公もご存知の通り、中央ではあの馬鹿第一王子が思う限りの傍若無人っぷりで権勢を振るってやがる。お陰で王都付近は亜人排斥の流れが加速しているそうだ。王都レ・ルゾンモーデル北に広がる大湖の安全と通行を守る水軍の質が、最近急激に落ちているのを知っているだろう? あれを始めとして、衛兵や城勤め、冒険者や民間まで、中央で生活していた亜人種の殆どが今、職を失いつつある。しかし、彼らはそれで死ぬワケでも存在が掻き消されるワケでもない。生き易い土地と、安心出来る隣人、そして何より自分の力を活かせる職場を求めて移動することになる。そしてそれらは全て『亜人種の持ちたる領』、つまりは我が領にて得られるって寸法さ」


「そうか! そういった職にあぶれた亜人種たちが自然と貴公の治める地に集まれば⁉」


 ランバートは得意気にニヤリと笑う。


「その通り。俺たちは暖かく受け入れ、各々の能力が活かせる職場を提供してやるだけで良い」


「いや、待った! 王都周辺全体からほぼ全員の亜人種の流入など、尋常ではない数である筈だ! 急に領民が激増して対応し切れる筈が……!」


 言いながらドナテロは気付き、言葉を続ける。目の前のランバートは増々笑みを深めた。


「そうか! その為の大穀倉地帯か! まさか貴公は今日このような状況を予期しておったのか⁉ 開領当初から⁉」


 ランバートは首を振る。ただし縦にではなく横に。


「それこそ、まさか、さ。今日この事態、状況を最も早く、最も正確に予期していたのは陛下だよ。少なくとも俺はそう思ってるね」


「陛下⁉ 現国王ハルフォード十一世陛下が⁉」


 何故ここで、現モーデル王国国王、ハルフォード=アスガー=バルレアル=ゾラ=モーデル、通称ハルフォード十一世の名が出てくるのか。ドナテロはそう問いたい心持ちであったが、自信を持って目の前のランバートは首を縦に振る。


「そうとしか思えんのだ。他の方々は知らぬことであろうが、まだ資金も乏しかった我が領の最初期の頃、地平線の先まで荒地だらけだった土地を開墾の為、陛下が土地改良用法器を大量にお送りくださったのさ」


「そのような最初期に⁉」


 不敬とは承知の上でドナテロには信じられない。

 現国王ハルフォード十一世は、決して愚王などと他者に謗られるような人物ではないことは確かである。


 しかし、逆に目立った功績も全く無い。

 それだけ平和だったということでもあるが、何より先代の王であり、モーデル王国の長い歴史上に数名存在した賢王、その内の一人と呼ばれるであろうことが確実視されている先王ゼーラトゥースの輝かしい経歴や功績と比べると、落差が途轍もなく甚だしい。

 歯に衣着せぬ物言いをするとすれば、歴代の王としても現役の王としてパッとしない、印象の薄い人物であるのだ。

 印象の薄いという言葉を、優秀とは思えない、と言い換えても良い。

 逆を言えば、それ程に歴代のモーデル王国の王は優秀揃いであったのだ。

 だが、そんな現国王も、確かに紡ぎ続けられてきた王家の系譜の一員だったという訳である。


「無論、最初期はどう事態が推移しても対応出来る体制として、言わば保険の意味合いが強い措置であったのかも知れない。あんな結果になっちまったが、陛下は前王妃を心から、しっかりと愛そうとする努力をなされていたようだ。ところが、お二人の間に産まれた第一王子は結局、現在の通り帝国に著しく偏った考えに至っちまった。恐らく、王子への工作が始められた当初から、今日の状況を予期していたんじゃあないかと思うぜ」


「陛下との連絡は、ずっと取られていたのか?」


「実際に直接話せた場面は少ないさ。殆どのやり取りは手紙だな。俺は筆不精なんでそっちの数もそれ程数多いワケじゃあないがね」


 自嘲めいた言葉を発しつつランバートは頭を掻く。

 幼き頃よりの親友同士であった現国王ハルフォードとランバートの友情は、今もしっかりと続いていることが思い知らされる。

 立場を超越した幼馴染二人の男の友情が未だ継続している事実に、存外ホッコリさせられながらも、ドナテロはそんな彼らの仲を裂こうとした派閥の長家であることを思い出し、顔を顰めさせる。


「済まない」


「ん? 何だい?」


「いや……、しかし……何故援軍に駆けつけてくれたのだ? 我が家は貴家に対抗する派閥、その長だぞ?」


「そんなこと関係無えよ、俺は現役の王国の武を司る英雄だぜ? 国土の中で何かありゃあすっ飛んで行くのは当然の事さ。それに、貴公は所属するその派閥が過度な手段で俺らに攻撃しかけねえように、ブレーキ役を担ってくれていたんだろ?」


「……知っていたか」


「まぁな。ところで、先程ドナテロ殿が疑問と仰っていたことだが、今回の戦、その開戦当初にアルティナ姫様が語ったという、この地で今戦の原因となったくだんの『黒き宝珠』とやらを使用された理由、『王子派閥を袖にした、ただそのためだけの報復なのか』っていう疑問も、俺からすりゃあワリと単純な話だよ」


「何? どういう意味だ?」


「視点を変えてみりゃあすぐ分かるぜ。アレス王子側の視点じゃあなくてな。バアル帝国、その皇帝側の視点で考えてみればイッパツさ」


「皇帝側……」


 突然言われて論理の前提条件を変えることは容易ではない。ドナテロとてそうだし、疲れもあった。そこでランバートは更なるヒントを提供する。


「向こうはこちらと仲良くする気なんか元々微塵も無え。先の大戦の後の和平から全ては『仕込み』さ。戦争がしたくてしょうがないんだからな」


「戦争がしたくて……、そうか!」


 ここで、本来明敏なドナテロの頭脳が漸く動き出したようだ。


「今回のことは第一王子派閥の示威行為でも暴走でもない! いや、それも多分に含んだものであるかも知れんが、本来の狙いはワレンシュタイン領と中央の分断か!」


「そういう事だと俺は確信したぜ。ここ、ロズフォッグ領トゥケイオスは、中央とウチの領との中継地点。その『黒き宝珠』とやらがどれくらい長い時間、不死の軍団を維持できるのかは知らないが、少なくともその期間内に帝国が和平条約を一方的に破棄して隣接するウチの領に攻め入ったとしても、中央からの援軍はそう簡単に到着することは出来やしねえ」


「ハーク殿から伺った伝承によれば『黒き宝珠』が不死の軍団を維持し留まる期間は、周囲から取り込んだ魔力量に左右されるらしいが、大凡半年間から一年程だそうだ。……と、いうことはつまりは⁉」


「ああ、向こうは既に戦争の準備を整えている! 最長でも恐らく半年以内にはこちらに攻め込むつもりだったのさ!」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る