227 第16話03:男という生き物は②
今回の戦の仔細や、今後予想される事態に向けて話し合うべくランバートはドナテロらに連れられて、五十を超える回復魔法師と共にトゥケイオスの街の中心部、領主の館へと既に向かっていた。
しかし、父であり家の当主であり、ワレンシュタイン領の領主でもあるランバートを落ち着かせる為に、娘であるリィズが払った代償は大きい。
戦を終えて多少なりとも疲れているというのにも拘らず、更に体力を失ったのは当然だし、拳も痛い。
レベル三十に達したリィズではあるが、父のレベルは四十を超える。
名実共にこの国最強の騎士なのである。更に、防御力に関しては他を圧倒するクラスを有してもいる。
そんな相手に無手の拳骨攻撃などが効く訳が無い。急所を狙えば別だが、リィズとて実の父相手にそこまでは出来ない。
しかも、今回のように錯乱した父親を正気に戻す為に大立ち回りを演じたのは過去に数こそ多くないが何度かある。その度に大事なものも失っている気がした。
かつてアルティナと共に生活していた王都などでは、『最強の騎士を拳で従える姫君主』などと、一部では本気の誤解を受けていたらしい。お陰で、主であるアルティナに失礼な態度を取る輩が激減したという副次効果もあったが。
釈然としない気持ちで手をさすっていると、逸早く自身の野営の準備を完了させた家老のベルサがやって来て、リィズの肩に手を置いた。
「あまり怒られまするな。あれでも久方ぶりに姫様にお会い出来たので、はしゃいでおられるのですよ」
「そのはしゃぎ、が過ぎるのです、父上は」
唇を尖らせて、拗ねたような口調。普段クールなリィズにしては珍しいが、こちらの方が子供の頃より知るベルサにとっては、良く知る彼女の姿である。
トゥケイオスの筆頭政務官であるオイゲンやメグライア、更には気を利かせてかアルティナも先に戻っていた。護衛するべき主から離れる形でもあると言えるが、共に館へと向かうのはこの国最強の騎士である。疲れ切った自分などより遥かに安心出来る戦力であり、更にはハークや虎丸、シアもあちらにはいるのだ。問題は無かった。
「そう仰らんで上げてくだされ。あれでも城では、何かしら毎日に一度は姫様の話題となりますので」
「ベルサさんにそうまで言われては仕方が無いですね。ロッシュ兄上はお元気ですか?」
「あの方に何かあれば、我が領は今頃傾きかねませんよ」
にこやかにベルサは答える。
その様は如何にも冗談といった感じだが、お互いの間ではこれが完全に冗談事でないのも承知の事実でもあった。
「そうですよね、良かったです。……ところで、お父様一人で行かせて良かったの?」
「ん? どういうことです?」
「……だって、あのお父様よ? 今後の事も、お詰めになるのでしょう?」
「ああ、そういう事ですか」
ベルサにも彼女の言いたいことが分かった。さっきも冗談めかして言っていたが、『戦以外は役に立たない』というのはランバートに近しい者達にとっては正に常識的な事実なのである。
頭が悪いなどということは全く無い。しかし、野性的な感覚で物事全てを推し進めるが故か、平和な日常の事に関しては下手に口を出させると余計な事態に陥りかねないのだ。
しかし、ベルサは安心して答えを返すことが出来る。
「大丈夫ですよ、姫様。殿にとっては今後予想される事態に備える事こそも、
「あ、そっか。そうですよね。なら、安心だわ」
本当にすっかりと安心し切ったように、リィズは息を吐いた。
一方その頃、ワレンシュタイン軍が連れて来た『
傍から視るシアにとっては、主人が全快したことに対し喜びを全身にて表しているように感じられるものであったが、『精霊蟲』にまで進化したことにより気分次第で自身の大きさを変化出来るようになった日毬が手の平サイズとなって、ハークの耳や胸など主人の諸肌出た部分に触れては離れる光景は、事情を知らぬ人間からすれば日毬がハークで遊んでいるかのようにも視えるのであった。
しかし、集られるハークにとってはそんな状況に笑って和んでいられる場合ではなかった。
先の戦いは日毬の力、風の上級魔法『
しかし、代償として日毬はその命を儚くも差し出す寸前となったのだ。このことはハークにとって、決して看過出来ぬ事項であった。
「日毬、おい、日毬よ。あんな無茶は今後、二度としてはいけないぞ。儂も虎丸もお主が命を懸けねば救えぬ事態にまで陥るというのは、殆ど有り得んと言えるのだ。確かに先の戦いはお主の魔法に非常に助けられはしたが……。……おい、日毬よ。聞いておるのか? 聞きなさい」
このように、先程からハークはずっと日毬に対してお小言めいた注意を続けているのだが、どうもにも効果が薄い。
聞いていない、ということは無いのだが、日毬はどうもハークから声を掛けられるだけで嬉しいらしく、美しい例の囀りを上げては宙をひらひらと楽し気に踊るのである。
「キュン? キューン、キュン、キュウン!」
などとこんな感じなのである。ちゃんと、「聞いてるよー!」という感じなのであるが、現代的に表すならばまるでハートマークが必ず語尾について飛び交いまくっているかのような状態である。
これでは怒るではないにしても注意を促す立場としては伝わっているかどうかイマイチ自信など持てないに違いない。
隣で聞いている虎丸も、獣顔であって尚、シアですら一目瞭然であるほどに苦い表情をしていた。
「はは。日毬ちゃん相手には、流石のハークも形無しかい?」
「
日毬は指示通りにハークが自分の顔の前に掲げた左の手の平の上に降り立つ。が、「きゅん?」と一声鳴きつつ首を傾げた日毬を視て、当初の気持ちはしおしおと萎えるかのように消火されてしまう。
「……………………。ううむ、虎丸よ……。儂はもう駄目だ。儂の代わりに日毬に言い聞かせてはくれぬだろうか?」
『了解ッス。日毬、ちょっとコッチを向くッス』
「キュン?」
ハークのすぐ横にお座りの態勢で事の成り行きを見守っていた虎丸の方向に、日毬は主人の手の平に乗ったままちょこちょこと脚を動かして身体ごと振り向いた。
虎丸はいつも以上に真剣な表情となる。
元々迫力のある虎顔だ。これだけで小さな子供にとっては恐怖だろう。
「ウ~~~~~~~……、ガウッ」
何と伝えたか、ハークを含め他の者には解らない。
しかし、最後に小さく吠えられた日毬は怖がるかのように身を震わせ、ピンと立っていた触角もぺたりと折れ曲がり、張りの有った六枚の翅を萎ませる。
その姿は哀愁よりも、多くの者の庇護欲をかき立てる結果となり、それはハークにも例外ではないようであった。
「と、虎丸。言い聞かせてくれ、とは言ったがの……、怖がらせるのは、その、ちょっと……な?」
『ご、ご主人~~!』
ハークの折れた言葉に対して、虎丸は怒るというより呆れたかのような声を返す。
『念話』のその声が聞こえた訳でもあるまいに、シアは絶妙なタイミングで笑いを我慢できずに破裂音を漏らした。
「ぷっ……あっはっはっはっは!」
「笑わんでくれい、シア!」
珍しいというよりも、シアの前では初めて顔を赤くしたハークを視て、一言謝りつつもシアは増々込み上げてくる笑いを我慢出来なかった。
如何なハークとはいっても、可愛い子には勝てぬようである。
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