230 第16話06:新しき味方③




 メグライアは眼の腫れも未だ癒えきっていなかったが、アルティナの前に茶を置くその手つきに揺らぎは無かった。


「どうぞ、アルティナ様」


「ありがとうございます、メグライアさん」


 アルティナは迷い無くその出されたお茶を口に含む。

 途端に口内に溢れては鼻に抜けていく良質な茶の香りと、遅れて味が伝わってくる。

 良い茶葉を使っているという実感を得ると共に、これを淹れたメグライアの精神状態が、普段と変わらぬ程に元の落ち着きを取り戻していると判断出来た。


(本当に気丈な方……)


 アルティナはそう感心するしかない。今の自分が、大切な人を失ってからこんな短時間で少なくとも表面的には落ち着きを取り戻すことは不可能に違いない。アルティナとメグライアは十以上の歳が離れているがそれだけが要因ではない気がした。


「今回は、その……お悔やみ申し上げます」


 それでも、目の前のソファに腰を下ろしたメグライアに、アルティナとしてはこの台詞を伝えずにいることは出来ない。

 メグライアの自室に招かれた瞬間から一度は口にせねばならなかった言葉である。それなら早い方が良かった。


 果たして、メグライアはふっと優しく微笑んだ。

 そこには僅かに寂しげな様子も含まれてはいたが、無理矢理に浮かべたというモノでは無いようにアルティナには感じられた。


「お気遣いありがとうございます。ですが、大丈夫です、アルティナ様」


「メグライアさん……」


「確かに、私にとってデュランの存在は本当に大きいものでした。……彼に、もう二度と会うことが出来ないかと思うと確かに凄く……寂しいです。けれど、いつまでも沈んでいるままでいるワケにもいきません。彼は私にとって最高の恋人であると証明しただけでなく、父にこの街の英雄であると認めさせました。それなのに、私だけが、領主の娘としての責任を放棄することなんて、出来ません」


「本当にメグライアさんはお強いのですね。ご立派です」


「いえ……、それに最後に彼が、最後の力を振り絞って伝えてくれた遺言を、私が守ってあげなくちゃいけないって、思いますから」


「……何と仰られたのです?」


 声帯を失ったデュランは今際の際に声としての言葉を発することは出来なかった。

 最後に、何とか口というより顎を動かして散っていっただけだった。

 だから、アルティナには何と言っていたかなど分からなかった。

 しかし、最愛の恋人であるメグライアには伝わっていたのである。寂しさの色は消えぬままに、彼女は少しだけ嬉しそうに答えた。


「『元気で。そして、幸せに……』と……」


(ああ、ホント、強いんだなぁ……)


 アルティナは心の内で降参する想いだった。

 今の自分には到底かなわぬ強さ。

 それは物理的な、戦いでの強さの事では勿論無い。心の、そして魂の強さだと感じられた。

 そして、デュランにしてこのメグライア。メグライアにしてあの彼であると、アルティナは確信に至る。

 同時に、それはとても素敵な事であるとも思え、しかも、この時のアルティナは気付いていなかったが、そこには羨望の感情をも混ざっていた。


「その……、彼の心尽くしのお言葉に準じると?」


「そんな大層な決意ではありません。でも、彼の最後の願いを実現出来るのはもう私しかいないのですから、出来る限り、という感じですね。でも、彼の願いにだけ・・に私が準じるのはもう少し先にしたいと思います」


 アルティナの脳裏にも閃くものがあった。


「それはもしや……」


「はい、デュランの仇討ちです」


 迷い無くメグライアは言い放った。真剣な彼女の瞳を視て、アルティナはメグライア自身に彼女の自室へと招かれた真の意味と目的を悟る。

 そんなアルティナに向かって、メグライアは言葉を続けた。


「そしてそれは、殿下と共に成し遂げたいと決意しております。アルティナ様」


「メグライアさん……。ありがとうございます」


 頭を下げて感謝の意を示そうとしたアルティナに、メグライアは手を振って止めようとする。


「お礼を申し上げるのはこちらです。我が領をお救い下さったのですから。しかも、それだけではありません。帝国、そしてアレス王子一派は世界に混沌と不幸を撒き散らす元凶です。今回のことで、遅まきながらそれが良く解りました。この国の為、いや、この世界全体の平和の為にも、私はアルティナ様にご助力させていただきたい、いいえ、いただかねば、と思っております。もう……私やデュランのようなつらい運命に巻き込まれる人を増やしてはいけないのです」


「分かりました、メグライアさん。これから、共に頑張りましょう」


 どちらからともなく両手が差し出された。絡み合うかのようにその手が互いに握られる。


「ありがとうございます。それで、いつから始められるのでしょう?」


「申し訳ありません。私はまず自力を押し上げる必要があったために、どの段階にまで準備が進んでいるか分からないのです」


 やや気の早いメグライアを諫めるかの様な自らの発言内容に、アルティナは本当にすまなさそうに伝えた。


「あ。いえ、姫様が謝られることではございませんよ! 私こそ、慌ててしまって申し訳ありません。そもそも、私は領の意思決定に関われる立場には無いのですから。でも、姫様の派閥に加わることはこの国に生きる者にとっての務めだとは、掛け値なしに確信しております。父がもし、そのことに躊躇を見せるようでしたら背中は押すつもりですし、考えられないとは思いますが、逆に父が帝国か王子一派に膝を屈するような様子を見せるならば、……無理矢理にでも隠居させ、家を継ぎます」


「メグライアさん……」


 悲壮な決意を自ら語る彼女の表情は、表明した内容に見合う引き締まったものであったが、すぐにふっと緩ませた。


「ま、そんな心配など殆どしてはおりません。父はそんな目先の危機、或いは利益に左右される人間ではありません。本当に、最悪の可能性程度に考えているくらいです。それに、本当はその前に行う手立は既に成されていてもあるのですけどね」


 ふふっ、とイタズラっぽく笑うメグライアに、アルティナも気になって尋ねる。


「手立て、ですか? それは?」


「アラ、姫様もお気付きになりませんか? 先の戦いの開戦前に父が宣言したじゃあないですか、『我ら一同、今より第二王女アルティナ姫殿下の麾下へと入ります』と。あんなに高らかに」


「あ!」


 アルティナもメグライアの語る意味にここで気が付いた。確かに先の開戦前に彼女の父であるドナテロは、アルティナの配下へと加わり、今後の命令に従うと既に宣言しているのだった。

 あの時の状況を鑑みれば、先のドナテロの台詞部分の前には『今回の戦にて』という文言が入るかもしれないことは想像に難くないが、そういった考慮をせず言葉面だけ捉えるのであれば、拡大解釈する必要も無くアルティナの『今後の一切の』命にも従うと受け止めても良い筈だった。


 尤も、今にして考えれば自らの父ドナテロはそう受け取ってもらう事も最初から覚悟の上で、先の発言を選択したのかも知れないとメグライアは考えていた。


「そういう訳なので、これからどうかよろしくお願いしますね、姫様! これから私はまだ表向き身動きの取れない父や、姫様の代わりに我が家が所属する派閥の方々に今回の詳細をお伝えして回ります。必ず姫様の下に馳せ参じるようにしようと力を尽くします」


「ありがとうございます、メグライアさん」


 お礼を伝えながらもアルティナの胸中には、ひょっとしたら今回の事で後々にまで続く心強い味方を得たのではないか、との思いが否応なく浮かび上がるのだった。


「つきましては、その……、アルティナ様のお仲間の事も詳しくお伝えし、広めておきたいと存じます。何というかその方が、早期の決断を促すことが出来ると思いますので。特に、あの白い魔獣をお連れになられたエルフの方など大変重要かと」


「心から同意いたしますわ、メグライアさん。長くなるかもしれませんがよろしいでしょうか?」


「モチロンです! 是非にお願い致します!」


 領主の、父の執務室に続き、メグライアの私室でも朝までの談義が行われたのは言うまでも無い。




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