223 第15話22終:SPIRIT BRINGER




 既に日毬の身を包む神々しい光は消え失せていた。


「このコが、私たちを助ける為に四つもの竜巻を創り出してくれていたのですね……?」


「「えっ⁉」」


 察しの良いアルティナが発した疑問に対し、すぐ横にいたシアとリィズが反応を見せる。が、彼女が疑問を向けた相手は、どちらも答えられる状況と精神状態にはなかった。


『虎丸! 日毬のステイタスは今どうなっておる⁉』


『HPが減り続けているッス……。もう僅かしか残っていないッス……』


「ぐっ! 日毬! しっかりせい! 目を瞑ってはならん!」


 前世の昆虫種に瞼は無い。従って目を瞑るということ自体が不可能であったのだが、そんなことがまるで気にならないほどにハークは焦り、そして慌てていた。

 ここまでの前後不覚に陥るのは、今の肉体にて新しい命を授かって以来初の事であるのは無論の事、ハークの前世を含めたとしても半世紀に迫るほどに記憶に無いに違いない。

 しかし、そんな些事に思い至る余裕すらない程、彼の心は千々ちぢに乱れていた。



「ハーク、あんた左眼が……」


「し、師匠……、泥だらけです。せめて顔だけでもお拭きになっては……」


 シアとリィズが遠慮がちにそっと声を掛けるもハークの耳には届いていない。

 アルティナも含め、彼女達もここまでに余裕のない彼を見るのは初めての事であって、それ以上踏み込むことが出来ない。


 三人の中で最も付き合いの長いシアにとっても同様だった。仲間達にとって、ハークは未知なる技術と知識を併せ持ち、加えて戦闘経験と能力に於いて他を圧倒、更には実戦経験は言うに及ばず常に泰然として揺ぎ無い指揮官でもありと、言わば次元の異なる人物に近い存在感があった。

 それは、成熟していない少年の見た目との差も相まって、尚一層の超越感を加味していた。


 しかし、そんなハークであっても、自分達と何の変わりも無い感情を持ち合わせた人物であると彼女達に確証させるには充分であった。



 ハークはいつの間にか、大粒の涙を、右の瞳から止めどなく流していた。

 が、彼自身、全くそのことに気が付いていなかった。彼が他者の為に涙を流すなど、今世どころか前世を併せたとしても初めての事であったにも拘らず。


 彼の前世の状況が、他者の死を悼む事とは別に、一々落涙などしていられなかったというのもある。それでも、ここまでに己の感情を持て余したこともまた初めてだった。


 日毬はハークが誕生前の卵に触れる事で初めてこの世に誕生した。

 産まれ出でる瞬間に立ち会えたことも、彼にとっては大きな衝撃であり、感動だった。剣に生き戦いに明け暮れた前世から続く、ハークが生きてきた記憶に於いてもこれまた初の経験であったからだ。

 思い起こされるあの瞬間。ユナに請われ、おっかなびっくり頭を撫でたあの柔らかな感触。次いで耳にした美しい囀り。


 日毬は薄く眼を開ける。角の様だった頭部の触角はしおれ、空にあっては優雅に羽ばたいていた黄色い六枚ハネを動かすことも出来ない。


「日毬……。頼む……、死なんでくれ……」


 ハークは、最早片方の掌の中に収まるサイズにまで縮んでしまった日毬の身体に優しく触れる。

 健気にも小さな日毬の脚がハークの指を掴んだ。その指から何がしかの意思を感じたような気がして、ハークはすぐ横の相棒に尋ねる。


「虎丸。日毬が何を申したいか、わからないか……?」


 虎丸は日毬を抱えるハークの手の甲に額をぴたりとくっつけた。

 極々小さな振動からも聞き逃さぬように。『念話』を繋ぐことすら負担に成り兼ねない日毬の為に。


『聞こえるッス……。自分は、役に立ったか、と訊いているようッス……』


「勿論だ! 勿論だとも、日毬! お主のお陰だ……。お主のお陰で儂は『黒き宝珠』を討ち、皆を守ることが出来た……! 役に立ったに、決まっておる!」


『良かった。最後に、お願いがある、と言ってるッス……』


「最後などと申すな! 願いなど儂がいくらでも叶えてやる! 言ってみてくれ!」


『最後に、自分も……ご主人の従魔にして欲しいと、願っているッス……』


 伝える虎丸の念話も震えてハークには聴こえた。


「無論だ! 無論だよ……。日毬、今日からお主も儂の従魔だ……!」


 日毬の表情が少しだけ変わる。

 人で言えば口に当たる口吻も無い日毬の顔であっても、嬉しげな感情であることがハークにはその手から伝わって来ていた。

 しかし、再びその瞼が閉じられようとする。満足したかのように。


「日毬……! おい、日毬……!」


『ご主人……、日毬の……HPがもう五を下回ったス……』


「うっっく……! 日毬。儂の従魔であるならば……、最初の命令だ。生きよ……、生きておくれ……!」


『……ご主人、『鑑定』が……届かなくなったッス……』


「う…………、うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……‼」


 日毬はもう動くことは無かった。



 亡骸となった小さな存在を手に、小さな肩を震わせるハーク。

 その肩に手をかけ、抱こうと近寄ったシアであったが、小さな、ぴしり、という、何かに亀裂が入るかのような音と共に、突如、場に光が溢れた。


「うわっ⁉」


「な、何⁉」


「何事ですか⁉」


 光は、ハークの手の平の上から発していた。



「こ、これは⁉」


 ハークはこの光景と場景に憶えがあった。


 実は、ハークと虎丸は揃って見逃していた。一方は固く目を瞑り、一方は俯いていたがために。虎丸の『鑑定』が届かなくなった直後、日毬の身体が再び七色の光に包まれるのを。


『まっ、まさかっ⁉』


 ハークの脳裏に急速に想起される光景。それは自身が今の肉体を得て、初めての覚醒をした日、いきなりの生命が危機を虎丸と共に乗り越えた時だった。

 その時、まだ虎丸は『白虎』ではなかった。


 亡骸と思われた日毬の身体から、今、新たなる精霊種が誕生する。


 溢れ出る光の中から勢い良く飛び出した存在が、虹のように七色の翼を広げ、再び生誕の産声を上げた。


「キューーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン‼」


 極彩色の光を振り撒きながら、ハークの頭上を楽し気に飛び回る日毬。

 はしゃぐようなその姿は何処か優雅な美しささえ漂わせていた。

 暫し、時を忘れて一行はその雅やかな光景に眼を奪われた。


 ただ、真下のハークからは判らなかったが、その体躯は新しい主である彼とほぼ変わらぬ程度にまで著しく成長しており、横から視ていた虎丸ら仲間達にはそれが良く視えていた。


 これが新たなる種、『エレメントシルクモス』誕生の瞬間であり、共にハークと生きることになる二体目の従魔が、この世界に現れ出でた瞬間でもあった。




 トゥケイオスの街は歓喜と安堵に包まれ、そして、安息の夜が漸く訪れようとしている。


 街の東門は扉が破壊され、街の中心に聳え立つ領主の館を守る城壁こそ傷付き、所々崩されかかってはいたが、建物の被害はそれ以外皆無であり、荒らされた形跡すら民家に無い状況は、まるで最悪の悪夢から急に目覚めたかのようである。

 敵であるスケルトン達の死骸が、元々死んでいたとはいえ、灰と崩れ風に運ばれて目に見える物的証拠が消え失せてしまったこともそれに拍車をかけていた。


 とはいえ、戦闘は決して夢幻の出来事ではなく、実際に起こったのである。

 最初の襲撃時より行方の知れぬままの東の衛兵守備隊。彼らがこの地の最初の犠牲者となったことを、最早否定できる人間は一人としていないであろうし、最終戦でも少なくない衛兵隊員と冒険者に犠牲者が出ていた。

 そして、忘れてはならない。結果的に敵首魁を討ち破る最後の一押しを行ったこの街の英雄の死も。


 彼らに報いなければならない。それが、この地を治める者の役目であった。

 緊張の連続で例え精神的、肉体的にへとへとに疲れていようとも、休むのはそれらが全て片付いてからである。

 急がねばならないのだ。彼らの亡骸は敵軍消滅と運命を共にしてしまったからである。


 戦闘が終わって約二時間が経過していた。


「お館様、戦死者の遺品、取り敢えず集め終わりました」


「どうにか終わったか……」


 筆頭政務官であるオイゲンの報告にドナテロは大きく息を吐いた。


「戦死者の関係者の多くが、協力的でございましたから……」


「……そうか。彼らとて、遺品は欲しいだろうからな」


 ドナテロはちらりと自分の愛娘に視線を送る。泣き腫らした顔、やや腫れぼったい眼のまま彼女も負傷者の確認や、建物の被害状況の取り纏めを手伝っている。


 ドナテロは休んでいろと勧めたのだが、メグライアはそれを断り、今も甲斐甲斐しく働いている。我が娘ながらなんと健気かと今度は自分の目頭が熱くなってしまう。


 アルティナ王女やリィズ嬢も事後処理に協力してくれていた。リィズ嬢はあまりこういった作業は得意ではない様子で、正直それ程戦力にはなっていないようだが、アルティナ王女の方は非常に優秀で、疲れ切った部下たちを労いながらも的確な指示を与えてくれていた。


 これでもうすぐ全員を休めることが出来ると思った矢先、物見の塔から新たな緊急報告が齎された。


「この街に味方の軍勢が近づいているだと……⁉」


「はい、王国の旗を掲げております! その数、五千は下らないかと!」


 最初に軍勢と聞いた時には、すわ敵の新手ではないかと肝も大層冷えたものであるが、報告通りであるならばどうやら援軍の様である。しかし。


「早すぎる。一体、何処の所属か?」


「掲げているもう片方の旗を、今、メグライア様に調べていただいております」


 娘の名を聞いて、一瞬痛ましい表情をしてしまいそうなるが耐える。直ぐにメグライアから追報が齎された。


「お父様、ワレンシュタイン軍です!」


「何⁉」


 ドナテロが驚くのも無理は無い。ここからワレンシュタイン領領都オルレオンまでは直線距離でも一千キロ以上ある。領の端からだとしても五百はある筈だった。

 最初の戦闘が開始されてからもうすぐ十時間が経過しようとしているが、それにしたって早すぎである。

 更に言えば、ロズフォッグ家は領自体は隣接していながらもワレンシュタイン家との深い繋がりは無く、有り体に言えば、援軍を即座に寄越して貰えるような心当たりが無かった。


「ワレンシュタイン軍ですと⁉」


 出身者であるリィズですら驚いている。

 彼女やアルティナ王女、メグライアやオイゲンなど手の空いている部下たちを伴い、街の外にまで出迎えに行くと、間違いなくワレンシュタイン軍であった。


 先頭の人物がドナテロ達に気付いたようで、馬を加速させつつ大声で叫んだ。


「おおっ‼ そこにおわすは御領主のドナテロ閣下かっ⁉ ご無事で何より‼ 姫様も出迎えかたじけない‼ そして、俺の愛する娘よぉーーーーーっ、怪我は無いかーーっ‼」


「ちっっっ、父上ぇえ⁉」


 リィズが珍しいことに素っ頓狂な声を上げる。


 約五千の兵を率いるは、現辺境領領主にしてモーデル王国の武の英雄、ワレンシュタイン家当主ランバート=グラン=ワレンシュタイン本人であった。







※作者より追記

 今回で漸く第15話:GUARDIAN HERO完、です。

 次回はいつも通りステータス回となります。これまでステータス回は基本的に本編と内容が直結しておらず読み飛ばす方も多かったかとも思いますが、今回ばかりは重要な事柄、所謂種明かし回となりますので、お眼を通していただくことを推奨致します。


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