221 第15話20:He is the Guardian Hero.
『どういうことだ、虎丸⁉ ひょっとして日毬は!』
『ご主人! 日毬のヤツ、さっきの『
ハークは知らないが、サイデ村からこの地までは直線でも千三百キロほどの距離があった。そして、これは虎丸でも知り得ぬことでは無かったが、日毬はそれほどの距離をたった一時間足らずで踏破していたのだ。
『魔法力が尽きているというのに、何故、『
ハークが語る通り、ハーク達主従前の竜巻を含めて計五つの豪風の柱は一つとして欠けておらず、勢いもそのまま収まる様子を見せていない。
『
『何⁉ 死ぬ⁉』
『ご主人、日毬が魔法力の代わりに今消費しているのは、HP、つまりは生命力ッス!』
『生命力だと⁉ もしこのままゼロになれば⁉』
『死ぬに決まってるッス!』
『ンな阿呆な⁉ 日毬、今すぐ馬鹿な真似は止めろ!』
『念話』を送ると同時にハークは周囲を見回した。しかし、5つの竜巻に依然変化は皆無である。
『虎丸! この『念話』は日毬にも繋がっておるよな⁉』
『繋がってるッス!』
『ならば何故応答が無い⁉』
『無視してるんッスよ、あの頑固者! こら、日毬! ホントに止めないと怒るッスよ、オイラも、ご主人も!』
『そうだ、日毬! お主が命を懸ける理由など……!』
『日毬が自分達の為に命を懸ける理由は無い筈だ』と紡ごうとして、ハークははたと気付く。それこそ、日毬の自由であると。
日毬が一体どのようにして三十四という現在のレベルにまで成長し、そして、一体どんな手段にてハーク達の危機を悟り、この場へと到着したのかは分からない。
しかし、よくよくと考えてみれば、日毬はそう名付けられる誕生の以前から、ハークの為にその身を捧げてきたような経緯があった。
ハークが今も服の下に身に着けている『魔布襦袢』。
圧倒的な知恵と知識量を持つ虎丸とエルザルドをして、神代の『
サイデ村村長ゲオルクの推察によると、恐らく誕生に必要な体力や成長力まで使いながらも、卵の中で己が最初に吐き出す糸に魔力を練り籠め続けていたに違いない、とのことだった。
だからこそ、日毬のみ他のグレイトシルクワームよりも誕生が一カ月も遅れたのだと。
〈だとしたら……、あの急速な成長も……⁉〉
誕生後半年間、ハークは仲間達と共に月に一度はサイデ村へと訪れていた。結局、古都ソーディアンを離れざるを得なくなり、一週間ほど前に別れを済ませたばかりだが、その時まで、見る度に日毬は大きくなっていた。
最も遅生まれであるにも拘らず、兄弟たちとは倍以上の大きさとなり、最後はヒト族の子供に迫るぐらいとなっていたのだ。
ゲオルク村長以下、サイデ村の者達は『希少型が故ではないか』と言っていたが、その急激なる成長力でさえもハークの為であるとしたら。
論理的でない推論なのは重々承知だ。考察というには様々な意味で破綻しており、ほぼ主観であるとすら言っていい。
だが、その主観だけがこの状況を正しく説明しているような気がした。
そして、グレイトシルクワームの生態を詳しく尋ねた際にエルザルドが語っていた、グレイトシルクワームの成体であるグレイトシルクモスは栄養補給の手段が無く、一年程度で死亡してしまうという話。
〈既に生まれた直後からこうなる事態を予期、いや、備えていたとでも言うのか⁉ 儂の為に、成体へと至ったとでも言うのか⁉〉
産まれて僅か半年だという身で。
刀の柄を握る右手、虎丸の首元の毛を掴む左手、その両の手に思わず力がこもる。血が滲みかねないほどに。
〈だとすれば、止める筈など無い〉
暴論とすら言える。根拠は主観に基づいた勘一つだけ。
だが、その勘だけが正解を導き出したとハークには確信出来た。
『虎丸よ。我らは行こう』
『そんなっ⁉ アイツを! 日毬を放っていくんッスか⁉』
『逆の立場であればどうする⁉ お主なら、止めるか⁉』
『う⁉』
『自身の命を懸けることが、勝利に必要不可欠であると悟ったのであれば、お主ならば果たして止めるか⁉』
『で、でもご主人、日毬は産まれてまだ半年なんッスよ⁉』
『それでもだ! 産まれて半年であっても、最早魂の強さは決して我らに劣るものではないのだ! だから、我らが少しでも日毬の身を案じるのであれば、取るべき行動は一つだ! 一刻も早く『黒き宝珠』を討ち取り、この戦いを終わらせることだけだ!』
『……う⁉』
『駆けろ、虎丸っ!』
「う、うう、う……ウガァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼」
主従は再び駆け出した。
一方その頃、トゥケイオスの城壁内は混乱と動揺の極みに達していた。
「い、一体誰が、四方の竜巻を⁉」
「わ、分かりません、姫様! まさかとは思いますが、ヴィラデル先生でしょうか‥…⁉」
「二人共! 考えるのは後にしておくれ! まだ城内に敵は残っているんだろう⁉」
前触れも無く城壁の東西南北に突如出現した竜巻が誰の仕業であるか議論し合うアルティナとリィズに、誰何は棚に上げるように指示するシア。
「シアさん⁉ 正門は大丈夫なのですか⁉」
「城壁外の魔物は、全て誰かさんの大竜巻でぶっ飛んじまったよ!」
謎の大竜巻により齎され続ける強風により、城壁の外側に群がっていたスケルトン共はシアの言う通り全て吹き飛ばされていた。だが、何故かこれ程の至近距離だというのに城壁内部にはあの四つの竜巻の影響が殆ど届かない。それこそが、四つの竜巻が自然発生したものでなく、何者かの魔法による援護であると証明していたが、従って城壁内部に侵攻していた魔物たちに対しては無力でもあった。
シアはとにかく、そちらを優先して処置せねばならないことを告げているのだった。
「とにかくやるよ! ついといで!」
「「りょ、了解です!」」
二人を引き連れながらも、シアとてこの異常な事態が気にならぬワケは無い。
それでも、ハークに与えられた役目は絶対にこなしてみせる。その想いでシアは城壁上に駆け上がった。
風に巻き上げられるスケルトン達を掻き分けるように、大地を掴みながら奔る虎丸とその背に跨るハークであったが、未だ敵の大元を発見出来ずにいた。
『くそう! 何処だ⁉』
視界は開けたが、スケルトンの胸元から伸びる『闇の精霊』色は昏き紫に近く、ハークの瞳であってもこの暗がりでは遠くまで見透かすことが叶わない。強い焦燥感がハークの精神を
『ああぁあ、日毬の
焦りに精神を蝕まれていたのは虎丸も同じだった。最早、虎丸には自分がどちらの方角に進んでいるのかすらもあやふやに成りかけていた。
(何てことだ! 折角日毬がご主人の道を開いてくれておるというのに、情けない!)
日毬はハーク達主従が進行しようとする動きに合わせ、『
邪魔する者などいないにも拘らず、彼らは『黒き宝珠』に至る
焦れば焦るほど自分の視界が狭まったような気さえした。自身の心に活を入れる意味で虎丸は強く首を振った。
その拍子だった。虎丸は視界の端に奇妙なスケルトンの姿を捉えていた。
『ご、ご主人、あれ』
『む⁉』
視界のスケルトンは自身を吹き飛ばす強風に、何と手に持つ
地面に突き刺し、それを支えに凄まじい強風に身を曝される中、何とか耐えていたのだ。
それだけでも充分に意外で奇妙だというのに、そのスケルトンはこちらを向いてはいても、片方の眼窩にしか、あの血の様な赤い光は灯っていなかった。
隻眼のスケルトンは、棒の様な物を掴む手を風に煽られ震わせながらも、片方の手を離し、そしてゆっくりとした動きで自身の後ろを指し示した。
ハークが叫ぶように言う。
『あそこだぁああ、虎丸!』
迷い無く、虎丸が駆け出した。
隻眼のスケルトンが指差す方向へ。
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