220 第15話19:STORM②




 時は一時間ほど前に遡る。

 村の『宝物』に一大事が生じたという報告を聞き、シンは平日にも拘らずサイデ村へと戻ってきていた。

 報せを齎したのはズィモット兄弟である。彼らのレベルが高く、最も早く冒険者ギルド寄宿学校の寮に居るシンの元へと辿り着くことを優先して選ばれた。

 尤も、元々の村の者ではない為に詳細は伏せられていた。それがより、シンの焦燥感と恐怖を煽る結果ともなった。



 サイデ村は、古都ソーディアンからであると一般人の脚では日帰りの難しい距離にある。

 ソーディアンの街を取り囲む城壁の門が、この世界一般と同様に、各所日の出から日の入りまでの通行しか認められていないということも大いに関係してくるが、兄弟はその道程みちのりを二時間半で駆け抜けた。

 その日のカリキュラムを全て終え、学生寮に戻っていたシンはそこでズィモット兄弟達から緊急の知らせを受け取り、即座にジョゼフへと相談するに至る。

 話の中で、やや東寄りの北の空が何故か暗雲立ち込める妙な空模様だとの話題を交わすシンとジョゼフであったが、日が落ちる前にサイデ村へと向かいたいシンの為に、会話もそこそこに特別外出許可証が発行されることとなった。

 後日、次の日も授業があるというのにも拘らず外出の許可を出した学園長に対して、年度主席者に対する依怙贔屓ではないかとの不満がごく少数の生徒から寄せられたが、「だったら、その年度主席サマが授業フけてる間にテメエら自身の実力を向上させときゃあ良かっただろうが」の一言に揃って口を噤んだ。


 そして街の北門から閉門ギリギリで街の外へと出たシンは、何とたった一時間少々でサイデ村へと辿り着いていた。

 シンはもう高レベル冒険者とさえ言えるレベル二十八である。しかしながら、実はズィモット兄弟もシンのレベルとは大差ない。にも拘らず、シンは同距離を半分以下の時間で駆け抜けている。

 これはハークのしごきと仲間達との特訓の日々が、常軌を逸するほどにシンの中で結実した結果とも言えた。


 シンが村の入り口まで到着すると、門番代わりの若い衆が出迎えてくれた。

 本日はキーガの番だった。村落を囲む壁唯一の出入り口とその前に広がる果樹園の管理は若い衆、それも実力の高い連中が持ち回りで担当している。


 キーガは、シン達スラム街に住んでいた者達がこの地に村を興す際、安全を確保する為にかなりの広範囲にわたって周辺の魔物を事前に調査、殲滅させる狩りに於いて、ハークから直々に組頭を任せられた三人の内の一人だった。

 良く働いた彼ら三人は例外なく実力を伸ばしていて、特にキーガは土魔法の才能に目覚めて、シンと入れ替わりに、来期のソーディアン冒険者ギルドの寄宿学校に入学することが決まっていた。

 これには、村の財政状況が当初予想していたよりもずっと良好に推移中であることが大いに関係している。


「シン! 随分と早かったな!」


「おうよ、すっ飛ばして来たぜ! で、一体どうしたんだ⁉」


「スマン、俺も詳しい状況は聞いていないんだ。『生育宝物殿』の方に村長や巫女ちゃん、皆居る筈だからそっちで訊いてくれ!」


「分かった!」


 村の木製門がゆっくりと開くのももどかしい。人一人が通り抜けられるスペースが出来たのを見つけて、シンは土煙も巻き上げることなく凄まじい速度で村の中心部へと向かって駆けた。



 村の宝、グレイトシルクワームの生育室である『宝物の間』の戸を開くとキーガの言った通りにゲオルク村長以下、村の主要人物たちが雁首を揃えていた。

 その視線が痛いほどシンに集中する。あまりにも慌てていたためにノックや声掛けを忘れていたためだ。

 が、シンはそんなことよりも周囲にへたり込む、いかにも疲労困憊かのような女性たちの様子が気になった。顔ぶれや服装で判る。彼女らは全員、グレイトシルクワームを育てるという大切な役目を担っている巫女ユナの助手たちであった。そして、その中に肝心なユナの姿が無い。


「お、おい、こりゃあ一体どうなってんだ⁉ ユナは⁉」


「おお、シン。もう帰ってきてくれるとは驚いたよ。戻ってきてくれるのは明日だと思っていたからね」


「一大事と聞かせられて、悠長になんてしていられなかったよ、村長! それより……」


 帰還の挨拶すら忘れるほどに焦りっぱなしのシンに対して、出迎えるように応対しようとゲオルクが身体を向けた拍子に、意図せず彼の身体の後ろに隠されていたユナの姿がシンの眼に入る。彼女は周囲の女性らと同様に疲れ切ったかの様子で、村の若者の中でシンを抜かせばレベルの高い三人の内一人でもあるレッソの腕に抱えられていた。


「お、おい! どうしたんだユナ⁉」


 所謂お姫様抱っこ状態にてレッソの腕の中に収まる小さなユナに、シンは泡を喰って駆け寄る。

 その様子に、抱えるレッソとゲオルク村長が少しでも勢いを止めようと動きを見せかけるが、ユナがぱちりと眼を開き、か細い声ながらも答えた。


「シン兄ぃ、戻ってきてくれてたんだね。ありがとぉ……」


 健気にも身を起こそうとするユナと、その肩を抑えるシン。


「そのままでいい! 何があったんだ⁉」


「あたたちは大丈夫……。それよりもシン兄ぃ、日毬を診てあげて」


「日毬を⁉」


 シンは弾かれるかのようにぐるんと飼育台へと振り向く。そこには既にユナと大差無いサイズにまで成長していた金色のふわふわ毛玉が存在している筈であった。しかし、そこに日毬の姿は無く、まるで黄金のインゴットから丸く削り出した塊かの様な物体が鎮座していた。


「な、なんだこれ⁉ 日毬は⁉」


「それが日毬じゃよ」


 説明を代わり出るようにゲオルク村長がシンに一歩近付きながら言う。


「え……⁉ こ、コレが⁉ コレが日毬だって⁉ 生き物にすら視えねえよ⁉」


「確かに今視るとそうとしか思えんだろうが……、元々は日毬自身が吐き出した魔糸だったんじゃよ。日毬は自分の糸で自らをグルグル巻きにしてな、それが時間が経つとこのような……、まるで黄金かの様な塊へと変化しおったのだ」


「自分をグルグル巻きに⁉ な、なんでそんな事を⁉」


「それがの……、ユナちゃんによると日毬は尚一層、急速に成長しようとしておるようなのじゃ。しかもそれは、我らが救世主様にも関係しておるらしい」


「師匠⁉ いや、ハークさん達にか⁉」


「シン兄ぃ、日毬に触れてあげて……。そうすればきっと、わかるから……」


 未だレッソの腕の中に横たわるユナがか細い声でシンに語り掛けた。幼きユナからの願いを拒否できるような精神構造を、シンは持っていない。


「よ、よし! こうか⁉」


 今や日毬は奇妙な物体ではあるが、室内に灯る法器の光を撥ね返して美しく輝くさまに、シンは然程忌避感を抱かなかった。しかし、硬質な見た目にも拘らず、表面の温度は金属特有のひんやりさはなく仄かな暖かさを持ち、また内側から鼓動かのように僅かな振動すら手の平に伝わってきていた。

 それは確かに、その中に日毬がいるということを否応なくシンに感じさせた。


 その時である。眼前に、見知らぬ城壁内に押し込められる仲間達の姿と、地平線まで広がる骸骨の化物の大群に囲まれるハークと虎丸の姿が浮かんだ。


 思わず手を離すシン。だが、彼の脳裏にはしっかりと直前に見た光景が焼き付いていた。


(な、何だ今のは⁉ もしかして今現在の師匠たちの状況⁉)


 シンの中で、出掛けにギルド長と話した『やや東寄りの北の方角に暗雲が立ち込めている』との内容と、先程の一瞬に垣間見た映像が繋がる。


「日毬! 今お前が見せたのは、まさか現在の師匠たちの状況なのか⁉」


 もう一度、日毬を包む鉱物の様な物体に触れる。途端に仄かな暖かさと共に、小さな少女と日毬の鳴き声が混ざり合わさったような声が聞こえた。その声は確実に肯定の意を示していた。

 続けて、ハーク達を助けたい、という、強い衝動の様な思念が伝わって来た。


「俺もだ! 日毬! どうすればいい⁉」


 答えは直ぐに手の平から伝わって来た。どうか力を分けて欲しい、自分ならハーク達の助けになれる、という。

 何を持っていくかは分からない。言葉面だけを吟味するならばまるで悪魔の誘惑である。

 だがシンは迷わなかった。今の自身の力はハークに与えられたも同然だと、シンは心の底から考えていたからだ。


「いいぞ! いくらでも持っていけ!」


 瞬間、己の内から大量に何かを奪われる感覚に陥る。

 急速に訪れる倦怠感。だが、肉体の力は衰えている気がしない。精神力だけが削れていく感覚。

 この感覚にシンの身体自体は憶えがなかったが、知識としては持っていた。何しろ先日まで共にいた仲間の一人が魔法を連続使用した後、良く同様の症状に陥っていたからだ。


(こいつは……⁉ 魔力を急激に失う感覚⁉ 欲しいのは魔法力MPか!)


 ユナや女性たちが疲れ切ったかのような様子だったのはコレの所為であったのだ。

 だとしたら、全く足しにはならなかったであろう。何しろユナを含めた彼女らのレベルは一桁台でしかないからだ。


「ぬっ……ぐっ……、全部もってけよ日毬! 全部だ!」


 魔法力程度、何程のことも無い。翌日、しっかりと睡眠を取れば済むことだ。次の日の内にはソーディアンの寄宿学校に戻るつもりであったが、ハーク達の力に少しでもなれるのであれば、授業の補習や厳しくて難しい追試程度など寧ろ本望だった。


 ピッ……!


 手の平のすぐ下で、硬質な何かが割れたような感覚があった。淀みかけた視線を下に移すと、日毬を包む鉱物の様なものの縦に亀裂が奔り、内部から黄金色の光が溢れ出していた。


 アリガトォ、シンニィ……ユナネェ……! ミンナ、イッテキマス!


 魔力切れに意識を失いゆく中、シンは確かにその言葉を耳にした。

 そして視界いっぱいに広がる輝きの中に、確かに複数の羽持つユナと変わらぬ大きさの存在を眼にしていた。


「……行ってこい、日毬……」


 シンが最後に絞り出した声に応えるかのように、その存在は『宝物殿』の屋根を突き破り、天空へと舞い上がっていった。



 この日、ソーディアンの市民達とその周辺に住む人々は、等しくやや東寄りの北の方角に向かって延びる光り輝く虹の橋を目撃することとなる。


 余談ではあるが、未知なる美しき光景に邪悪さは目撃者の誰もが感じることは無かったものの、何がしか脅威の兆候であっては堪らぬとソーディアン領主ゼーラトゥースと冒険者ギルド長ジョゼフの連名にて調査依頼が出されかけたが、二日後にソーディアン寄宿学校に帰って来たシンが一部始終をギルド長に告白したことで直前にて取り下げられることとなった。




   ◇ ◇ ◇




 見上げるハークの瞳に映ったのは、自身を包む七色の光にすら負けぬほどに黄金色の光を振り撒く枚の翅を備えた日毬の姿であった。

 ヒトに例えるならば眼に当たる部分は何倍にも大きくなり、額に当たる部分からは葉脈のように枝分かれした角の如き触角が生え、腹部からは三対の歩脚を備えていたが、ハーク、そして虎丸には、間違いなくそれが日毬であると認識出来た。


 上空の日毬は六枚の黄金色の翅を器用に動かして、身体ごとトゥケイオスの城門側を向く。首の可動範囲が極端に狭くなっているからかも知れない。


「キュン、キュン、キュン、キューーーーーーーーーーーーーーーーーーン!」


 今度は四度連続で夜空に響き渡る綺麗な鳴き声を上げると、ハークの視界の隅で又もや『来れ、天の竜トルネイド』による竜巻、豪風の渦柱が天に向かって伸びていくのが視えた。しかも、四本もの柱が同時に。


〈⁉ 同時だと⁉ ヴィラデルや寄宿学校の先生方からは同時発動は不可能であると聞いたが⁉〉


 しかし、たった今ハーク自身の目に映る現実として、全く同時に仲間達と市民達が立て籠もるトゥケイオス領主の館を守る城壁の角にほど近い場に竜巻が立ち上がり、形成されつつある。

 ハークと虎丸の目前に展開されたままの『来れ、天の竜トルネイド』同様、どうも人々には微々たる影響しか与えぬままに、次々と館の壁に取り付くスケルトン共を吸い込んでいるのがここからでもハークにはしっかりと視えていた。


〈計五本もの竜巻を……⁉ 『来れ、天の竜トルネイド』は風魔法の上級魔法の筈! そんなものを同時に五本も維持するなど……⁉〉


 一体どれだけの力だ。そう思った時、虎丸から念話が繋がる。


『ご、ご主人。な……何でか解ンないッスけど、日毬のレベルが何故か三十四にまで上がっているッス!』


『三十四だと⁉ 儂より六も高いというのか⁉』


 驚愕のレベルだったことは言うまでもない。そんなレベルにいつの間に、そしてどんな手段で至ったのかも不明だ。

 しかし、ハークには一つの懸念が浮かび上がっていた。如何な三十四とはいえ、計5本もの上級魔法を発動し、尚且つ維持したままなどいられるのか。


 いつの間にやら、日毬を包んでいた七色の光が消え失せ、持ち前の黄金単色へと変化していた。


『虎丸、日毬は……⁉』


『いくらなんでもやり過ぎッス! 止めろ、日毬‼』




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