219 第15話18:STORM




 最終決戦の戦端が開かれて三十分。戦況は激化の一途を辿っていた。

 ブライゼフが飛び交う怒号に負けぬよう、叫ぶように言う。


「殿下! 西角の衛兵隊が押されておる! 今にも乗り込まれそうだ! 五人ほど連れて行ってくるぞい!」


「分かりました! お気をつけて!」


 間髪入れずに頭の上からメグライアの報告が飛んでくる。


「姫様! 南中央の城壁が崩されようとしています!」


「了解です! 魔法部隊一個小隊、向かってください! 被害によっては私が『岩塊の盾ロックシールド』で塞ぎます!」


「はっ!」


 指示を出しつつ、自身でも視線を凝らす。戦況は刻々と変化するのだ。その予兆を見逃すわけにはいかない。


 その時、背後から複数の大声が耳に届いた。悲鳴にも似た声だ。何かあったに違いない。


「状況確認!」


「了解じゃ!」


 ブライゼフから預かった部下の一人が駆けていく。が、直ぐに取って返してきた。数人の連れを伴い駆けてくる。

 それこそ、深刻な事態であるとの予兆だった。それはつまり、一時的に戦力が足りぬ箇所が出たという事。


「報告!」


 面倒な形式を全てすっ飛ばして、一刻も早い状況報告をアルティナは促す。


「敵に侵入されました! 近くの木々より飛び移って来たものと思われます! 至急、援護を願います!」


(まずい! 先の戦いでこちらの地形を把握されてしまった⁉)


 スケルトンの体重は軽い。普通に考えれば、それこそハークの従魔である精霊獣、虎丸でも無ければ不可能な飛距離を飛び移ることも不可能ではないのかもしれない。少々の高さを持つ樹木が周辺にあれば尚更だ。


「被害状況は⁉」


「既に数人殺られています! 強者が必要です!」


(‼ 遂に死者が!)


 ここで抑えられなければ終わりかねない。侵入したというのが例え一体でも、敵は殺戮によってこちら側の戦力を奪うと同時に取り込むことが出来るのだ。


「私が行きます! 近接隊、ついて来てください! 魔導士部隊! 周辺の高い木々の焼き払いをお願いします!」


「合点じゃあ、姫様!」


「了解しました!」


 今はまだ何とかなるだろう。が、崩壊は遠からず訪れる。確かな予感があった。



 大槌の一撃を受けて水平に吹っ飛ぶスケルトンが味方の集団に飛び込んでいき、四~五体の巻き添えを生み、弾け飛ぶかのように崩壊した。


「素晴らしいストライクだ! シア殿!」


「っしゃああ!」


 ドナテロの称賛に、シアはぐっと左拳を握る。

 ここに来て、遅ればせながらシアも調子を上げてきていた。

 不死の化物というモンスターの倒し方、そのコツというものを理解してきた、というのもある。元来シアはその場のヒラメキで対応出来る、所謂天才型の人間ではない。納得いくまで修練を積み重ね、自身を構築する完全な努力型の人間だった。慣れるのに時間が掛かるのである。


 そこにハークから与えられたアドバイスに従うことで、更なる戦果を量産していた。

 一撃で敵を倒すことに拘ることなく、力を抜き、とにかく弾き飛ばして食い止めることを考える。不思議なことに、その方が寧ろ撃破数を伸ばす結果となっているのだから、ある意味皮肉でもあった。


 俄然意気上げるシアと同様に、正門守護隊は他に比して最も多くの数を相手にしていても、レベルの高い強者達の集団であることも手伝って全員比較的まだまだ余裕だった。


「この調子だよ、みんな! 一体もここから先には進ませたりはしない!」


「「「「「おおお‼」」」」」


 だが、そんな彼女らにも凶報は届けられる。


「北壁に侵入された⁉」


 またも弾き飛ばした1体のスケルトンが多くの巻き添えを作ったのを確認して、シアは伝令役の足の速い冒険者へと振り向く。


「はい! アルティナ姫様が既に向かわれました!」


「⁉ マズイ! ここで姫さんになんかあったら後が無くなるよ!」


 シアの『後が無くなる』というのは、アルティナ姫が最もこの場で、そしてこの国で生き残らねばならない人物だから、だけではない。

 彼女はこの中で唯一の中級まで扱える土魔法使いである。従って、城壁に何かあった場合、『岩塊の盾ロックシールド』にて即座に修復可能なのは彼女だけなのだ。

 だからこそ、ハークはアルティナを中央に陣取らせたのである。


「シア殿、自分が向かいます!」


「よし! 頼んだよ、リィズ!」


「はいっ!」


 伝令役と共に現場に全速力で向かうリィズ。

 その背を視ながら、シアは自分はともかくも味方の限界はそれ程遠くないことを悟る。


(それでも! ハークが『黒き宝珠』をぶった斬ってくれるまで、一分でも一秒でも限界を引き延ばすしかない!)


 シアは心の中で、そう決意を新たにしていた。



 一方その頃、ハークは敵陣の中央で白骨の波に抗い、掻き分け続けていた。


「ぬおりゃあ!」


「ガウア!」


 向かって右側を虎丸の剛腕が、左側をハークの大太刀が斬り裂き、打ち砕いていく。

 ハーク達は東の門を抜けて、既にトゥケイオスの街の外にまで到達していた。

 月明りや星明りも無いが、ハーク達には何の支障も無い。ハークの瞳は僅かな光を増幅して闇を見通す特別製であるし、虎丸にとって元々暗がりの戦いは専売特許のようなものだった。


 既に周りは通路ではなくなり、敵が襲い掛かるのは最早一方向だけではない。四方八方から取り囲もうとする。

 それでも、ハークと虎丸は進んでいく。その様は激流に逆らうかの如きであった。

 打倒した敵はとっくの昔に万に達しているだろう。しかし、大勢に影響は見られる数ではない。敵はその何百、何千倍いるのだ。


 無いことに、ハークは焦っていた。


『くうっ! こうも魔力が絡まり合っていては、大元の位置が掴めん! お主の方はどうだ、虎丸⁉』


『駄目ッス! あの、クロウとかグレイヴンとかいうヤツの匂いは感じられないッス!』


 『精霊視』の能力をもつハークの瞳には、『黒き宝珠』が操る死霊術にて闇の精霊を紡ぎ合わせた魔力で束ねられし繰り糸が、一体一体のスケルトンの胸の中にある魔石から伸びているのが闇に透かして視えている。

 しかし、無数に絡み合う大量の糸屑の中にある一本が、最終的にどこに繋がっているのかを探し出すことが非常に困難であるように、ハークにも繰り糸の先を正確に予測することが出来ない。


 また、この地に『黒き宝珠』を持ち込んだであろう人物が、昨夜、ハークによって冥府に送られた二人組の内どちらかであるならば、その匂いが僅かでも付着しているとも思われたが、未だ虎丸の超が付く鋭敏な嗅覚であっても捉えられてはいなかった。


〈距離が遠すぎるのか、将又はたまた、匂いを落とされてしまったのか……〉


 六時間前の最初の発動の際からここまで、『黒き宝珠』は潜伏し、その姿を隠していた。無機物であるが故に地面に埋まっていたのかも知れない。と、なると、その際に土塊によって人の匂いが落ちてしまう可能性も充分に考えられる。

 最悪の事態に、最悪の上塗りだ。


 加えて、寄せては返す波の如く襲い掛かる骨の大群が邪魔をする。


「せぇいっ!」


「ガアッ!」


 またもハークの斬撃と虎丸の豪打が大量のスケルトンを跳ね飛ばす。振り払うような両者の一撃と同時に虎丸は進み、前を塞ぐ敵を跳ね飛ばす。大きく前進するが、正解の方角であるか判別がつかねば事態が好転しているとは言い難い。むしろ悪化している可能性すらある。


 焦燥感に捉われつつあっても、それが剣閃にコンマ一ミリですら影響を及ぼさないのはハークのハークたる所以でもある。

 しかし、虎丸の鼻が更なる状況悪化の兆候を感知した。


『ご主人! 街の方角から人間の新しい血の匂いがいくつか漂ってきてるッス! その中にオイラ達が良く知る者の匂いは含まれてないッスけど、これは⁉』


『いかん⁉ 早くも守備隊に犠牲者が出たか⁉』


〈最早、猶予は僅かしかない! しかし、このままでは……、活路すら見付けられぬ!〉


 一瞬だった。たった一瞬だけハークと虎丸の動きが止まってしまった。

 そこへ一斉に、怒涛の勢いで襲い掛かる骨の集団。


「ちいっ……!」


 雪崩の様に、軽い体重を利用してか数段にも積み重なり徒党を組んで上からも覆い被さろうとする大量のスケルトン達。『黒き宝珠』が潜伏や、周囲一帯の闇の魔力の取り込みを終えたことで、操られるスケルトンの動きがこれまでよりも明らかに戦略的、そして多彩となってきていた。


 対抗すべくSKILL発動の態勢を取るハーク達。が、何故か虎丸が急停止する。


『ご主人! オイラにしがみ付いて欲しいッス! 援護・・が来るッスよオ!』


『何⁉ 援護だと⁉』


 この状況で何者が⁉ という疑問を飲み込んでハークは虎丸の言葉を信じて言われた通りにしがみ付く。


 瞬間、強烈無比な突風が発生し、ハーク達に襲い掛かる寸前の白骨の壁を文字通り吹き飛ばした。

 ハーク達もその余波を受けざるを得ない。事前の注意を受けて虎丸にしがみ付いていなければ振り落とされることは何とか免れたとしても、大きく体勢を崩すことは避けられなかったかもしれない。


『な、何だ今のは⁉ 『突風ウインドシュート』か⁉』


 『突風ウインドシュート』とは、文字通り突風を発生させて対象にぶつけることの出来る、ハークもつい先日に習得したばかりの風の中級魔法である。『見えざる手の魔法』などとも呼ばれ、敵を吹っ飛ばしたり、味方や自分を高速移動させるなど様々な使い方が可能だ。

 ただ、攻撃魔法と呼べるほどの威力までは持たせられないのが普通である。

 ハークもそこ迄の出力を発生させることはついぞ適わなかった。しかし、今のはハークの『突風ウインドシュート』の何倍もの威力を確実に有していた。有し過ぎて最初は『突風ウインドシュート』とは別の魔法ではないかと疑ったほどである。熱心に教授してくれた、ヴィラデルの最大出力すら凌駕するほどの威力かもしれない。


『声が聞こえたッス……。頭の上から……』


 虎丸が背に乗るハークを落とさないように頭上に眼を向ける。釣られてハークも雲に包まれ星すらも視えぬ天空を見上げた。


『頭上からだと……?』


 その時、月明りよりも眩い光が暗雲を斬り裂き、一つの羽持つ存在を浮かび上がらせた。

 羽持つ存在は美しき七色の光を携え、ハーク達を暖かく照らす。

 ゆったりと、そして一見優雅に、その存在はハークと虎丸の頭上で旋回した。


『この匂い……、知らないようで、知っている? シンに似ていて、あの『魔獣使いビーストテイマー』の少女にも似ていて……。まるでサイデ村に住む人間族の匂いを全て合わせたかのような……』


『サイデ村だと……⁉』


 キラキラと光る姿と距離があるが故に、全貌が全く分からない。ドラゴンの如き巨大さを持つものかもしれないし、ヒト族の少女ほどの大きさしかないのかもしれない。

 そして、それ・・が鳴いた。


「キューーーーーーーーーーーーーーーーーーン!」


 赤ん坊の声の様な、小鳥の囀りの様な、それでいて雅やかな笛の音であり、川のせせらぎ、草木の騒めき、風のいななき全てを合わせたかのような声だった。

 ハークはそれに聞き覚えがあった。


真逆まさかっ⁉ 日毬か⁉』


「キュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン‼」


 まるで、「そうだよー!」と嬉し気に答えているかのような鳴き声だった。しかし、ハークは全く同時に、『来れ、天の竜トルネイド』との魔法の発動に必要な言葉も聞いた気がした。


 瞬間、ハークと虎丸の目前に巨大な竜巻が発生した。それは体重の軽いスケルトン共を、次々と吸い込んでは呑み込み、内部で塵と変えていく。


「う、うぉおおおおおおお⁉」


『な、何だーーーー、ッス!』


 仰天して踏ん張る虎丸に、一層しがみ付く手に力籠めるハークだったが、二人の元にはそよ風程度の影響しか及ぼさない。

 それはある意味ハークのそれを優に超え、ヴィラデルでさえ圧倒するかもしれぬ程の精緻を秘めた魔法の行使能力を示していた。




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