218 第15話17:星よ、壮絶に物語れこの夜を②
最後の戦いの前に、領主であるドナテロの演説が始まっていた。
ところが、耳に入ってはいても、意識に届いている者はほぼ一人もいなかった。
負けるのか。
終わるのか。
絶望の二文字を受け入れまいと皆必死だったのだ。
さすがに無理だと悟らざるを得なかったのは当然と言えるだろう。即座に受け入れぬだけ上等でもあった。
どこまでも広がる敵の軍勢。
恐らくこの地に眠る全ての白骨死体達が敵に回っていた。
最早生き残ることは不可能。
現実から逃避しようとも、周りの空気からそう察せずにはいられない状況であった。
いつの間にやら演説が終了していた。拍手と共に疎らに上がる声。その殆どが衛兵隊からのものだった。その拍手や声も半ば条件反射的に出たものである。
ドナテロとて咎めることが出来ない。
彼自身、己の演説の意味を疑いながら話を続けていたのだから。
第二王女アルティナもドナテロと大同小異であった。どうすればいいのか、頭脳には自信があったというのにちっとも働かない。
西の遺跡前にて、ハークが最初に『勝ち目などほぼ無いぞ。条件が悪すぎる』とまで語っていた理由が今になって漸く気が付いた。
(いいや、そんなことない。私は、在りもしない希望に縋って眼を逸らしていただけだった)
この地に無数に点在する古代からの遺跡の数々、その殆どが、元は何であれ現代に生きる人々から視れば巨大な墳墓と大差無い。
その内部、膨大な数の遺体が全て、敵に回るならば。
ハークはそう言っていたのである。
そしてアルティナも、そのことを解っていた。頭では理解していたのだ。ただ、それでも一番の最悪の可能性と分類し、必死に眼を逸らしていた。
アルティナは確かに、今現在自分達が置かれている現状を充分に予期する能力を持ちながらも、自身の頭の中ではじき出した事態に正面から向き合う事を避ける愚を冒したと謗られても、仕方がないのかもしれない。
しかし、逆に言えばそこまで鋭敏な頭脳であればあるほどに、そんな事態へと発展した場合に打つべき手段など皆無に等しい、というのも同時に気付いてしまっていたのである。
出来ることと言えば、強者が、自分達が何とか守り切れるだけ人数を抱えて脱出を試みる程度であろうか。
つまりは命の選択を行う、ということである。
具体的に言えば、この事態の証人と成り得るドナテロとメグライア、そして子供たちが十人程度といったところだろうか。ドナテロが果たして素直に従ってくれるかという大問題はともかくとして、それ以外は見捨てるしかない。そんな残酷な想像に耐え得るには、アルティナの精神はまだ若過ぎた。幼いと言ってもいい。たかだか十四歳の少女なのだから。
無論、そんな周囲の雰囲気に呑まれぬ者、抵抗する者達は勿論いた。楽天家過ぎる者、現実を未だ受け入れぬ頑固者、そしてシアやリィズ、ブライゼフを始めとした強者達だ。だが、具体的にどうすればいいかなどに頭を回せるものすらも、少ない状況だった。
そんな中、未だ一人だけ気を吐く人物がいた。ハークである。
「『死に損ない部隊』、全員傾聴‼ 配置を変えるぞ‼」
静まりかけた場に突然、爆発の如き大声が木霊した。混沌とした戦場さえ切り裂く爆音である。圧力さえ伴うように物理的な力さえ付き従うかのような轟音に、多くの人間が驚きを示し、そしてそれを隠せなかった。
しかし、強者には別の感覚を齎した。まるで、頬を強烈に張られたかのような感覚だった。
何、下を向いていやがるんだ、と。
「ブライゼフ殿!」
「お……、おおっ!」
「お主らはアルティナ姫殿下の指揮下に入り、城壁守備の遊撃を行え! 守備隊の綻びが発生した場合の増援だ!」
「了解したぜ!」
「シア! 正門を頼むぞ! 一体も寄せ付けるな! ここからは倒すことは二の次だ! 兎に角押し返せ! お主らなら出来る!」
「あいよっ! 任せておくれ!」
ここで、ハークはくるりと己の向きを変える。今まで東の方角、正門が先の敵軍を睨みつけるように立っていた。つまり、多くの人間に背を向けていたのである。それを百八十度変えた。
視線の先に、アルティナがいる。ハークは彼女に歩み寄り、その肩に優しく手を掛けた。
「後は頼んだぞ、アルティナ。お主の魔法が最後の壁だ」
「ハーク様……。あなたはどうするのですか……?」
訊かずとも答えは分かっていた。それでも、訊かずにはいられなかった。
ハークは背を向けて元の場所に戻り、その場に留まりながら待っていたかのような虎丸の背に跨う。そして言った。再びの大音響で。
「我はこれより、虎丸と共に単騎敵陣に突撃を敢行する! 我等が敵軍首魁たる『黒き宝珠』を討伐してくるまで、皆で何としても耐え抜くのだ!」
「ハーク様……‼」
やはり、であった。
それがどんなに危険な行為であるか、判らぬアルティナではない。だが止めることは出来ない。恐らく既に、
だが、ハークはそんなアルティナの罪悪感を無用と断じるかのような行動を取る。
背に括り付けた大太刀の紐を解き、頭上でゆっくりと掲げる様に抜き放つ。
幾つものかがり火の光を受けて、輝く刀身が暗闇の夜空に星屑の光を再び灯らせたかのようであった。
ハークはそんな『斬魔刀』の鞘を、軽く放ってアルティナに渡す。
「預かっていてくれ、アルティナ。儂は必ず、『ヤツ』をぶった斬ってここへ戻る!」
こうまで言われて、アルティナが言える事はたった一つだった。
「分かりました! ご武運を!」
「応!」
これで可能性はゼロではなくなった。ハークの言葉で皆が希望を取り戻し、鼓舞されたのだ。
勝負はここからだ。
誰もがそう思った時、最後に一人の女性がハークに声を掛けた。
「ハーキュリース様……!」
「メグライア殿か」
ドナテロを始め、事情を知る多くの人々が息をのむ。彼女は恋人の命が失われたことを確信し、哀しみに暮れ、自室にて休んでいた筈であった。
泣き腫らした両の眼。それでも、彼女はしっかりと自らの脚で震えることなく立っていた。
ハークは振り返らない。だが耳を傾けていることは明らかだった。
「お願いがあります」
「言ってみてくれ」
「……もし、右手に細い金棒を持って、腰に採掘用の工具をぶら下げたスケルトンがいたら……、せめて苦しまないように、破壊してあげてください」
「……了解した」
それが彼か、などとハークは訊かなかった。
踵を返し、東の物見塔へと向かうメグライアを止める声は無かった。ドナテロでさえも。
その時、彼女が向かった塔の最上階から、拡声法器の声が落ちてきた。
「ハーク殿! 敵軍に動きが見られました! 前回と同じく東門へと雪崩れ込む様に終結しつつありますが、残りの敵集団も街の壁を乗り越えようとしています!」
ついに来た、と誰もが確信する。だが、その心には最早、暗雲と恐怖だけではない。勇気と希望と闘志が齎されていた。
その張本人が、跨る虎丸と共にくるりと振り向く。正面から戦士たちの顔をゆっくりと見直して、頷いた。
「よおし、皆良い表情だ! やるぞぉ! 我らは勝つ!」
拳が、各々が携える武器が天に突き上げられた。
同時に上がる怒号の様な鬨の声。
ぐるりと今度は勢いよく振り返る主従。その先には、既に街の中央路に進軍しつつある不死の軍勢が視えつつあった。
つい3時間前の侵攻とは比べ物にならぬ数と勢いだった。体重の軽いスケルトンだというのに大量の土煙を引き連れている。まるで骨の洪水か土砂崩れのようである。
が、白き精霊獣に跨るエルフの少年の背に恐れの色は無い。
その背は物理的には小さいものだ。
それでも雄々しく、猛々しく、堂々たる後ろ姿であった。そう誰もが思った。
「いっくぞぉおおあああああ、虎丸‼」
「ガウォオオオオオオオオオオオオオオオオン‼」
精霊獣が咆哮で応えると同時に、彼らは敵軍に到達していた。
獣の咆哮が終わり切らぬ内に、虎丸のぶちかましが炸裂する。
続いて振られる『斬魔刀』が前に倍する犠牲者を出す。そして更なる体当たりが先に輪をかけて増産し、なぎ倒していく。
先行隊とはいえ敵軍を掻き分け粉砕しながら進む虎丸とハークの背に、人々は驚きと共に、何とかなる、という希望を視た。
それは、ハークの仲間達とて、決して例外ではなかった。
「よぉおおーし! みんなやるよ! 配置につきな!」
シアが檄を飛ばすと、其々が応答の意を示し、全員が有機的に動き出す。
その様は、数分前まで諦念に囚われた軍とは思えぬものであった。
(これならいける! 頼んだよ、ハーク! こちらは絶対、持たせてみせるからね!)
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