216 第15話15:A HERO RISES




 天を衝くかのように立ち上がろうとする巨躯の姿を視て、各々が声を上げる。


「何じゃアアア、ありゃあ⁉」


「デッカイぞ! 巨人の骨かァ⁉」


 巨人の骨かというのはハークも思った。こういう時、ハークが知識面で頼る存在は二つ。

 虎丸とエルザルドである。


『途轍もない大きさだ! エルザルドの身体よりデカいかも知れんぞ⁉ あれほどの巨体を持つ巨人族がいるのか⁉』


『有り得ないッス! オイラが聞いたことのある過去最大級の巨人でも二十メートル程ッス! アレはその倍近くはあるッスよ⁉』


 ここでエルザルドも念話に加わった。


『先程から探っていたのだが、『黒き宝珠』は単一の生物の骨しか自身の尖兵とすることが出来ぬ設定となっているのではないかと予測する。その証拠に前哨戦から現在の戦いに至るまでに『黒き宝珠』はヒト族の骨のみ使用している』


 一理ある考えだった。如何にヒト族の治める土地であり街であろうと、他の生物が生息していないという事は無い。家畜、馬などの乗り物や運搬力として利用する獣、愛玩用、そして何よりどこにでも生息する魔物、これらの骨が街周辺に埋まっていない訳が無かった。

 特に魔物は骨一つとっても並みのヒト族より強靭の筈だ。いや、骨だけに限定して考えれば、ヒト族よりも強力な種はそれこそ数多存在する。それらを操った敵が、確かに一切見られないのはおかしいと言えるだろう。だがしかし。


『何を言ってる⁉ だとしたらアレは一体何だ⁉ 何と説明する、エルザルド!』


 虎丸が念話で語る通りだ。ハーク達の視線の先には、確かに幻ではない、巨大な骨の化物が今漸く屹立したのである。高さだけで言えば明らかにエルザルドすら超えていた。


『よく眼を凝らして視てくれ、ハーク殿に虎丸殿。さすれば、直ぐに気付く筈だ』


『何?』


 エルザルドに指示を受けた通り眼を凝らしてみる。が、只の超大なるスケルトンという魔物のようにしか視えない。それをエルザルドに抗議しようとした瞬間、明敏なハークの特別製たる瞳が、とある異常を捉えた。


『何だあの骨⁉ 無数のスケルトン、というか、ヒト族の骨がくっつき合って、いや、重なり合って巨大な一体のスケルトンになってるッスよ、ご主人!』


 虎丸の言う通りであった。言わば無数の、恐らく数千体のスケルトンが折り重なり、組み合わさり、言わば合体して一つの超巨大スケルトンを形成していたのだ。

 よくよく視れば、胸を形成している肋骨の数がおかしい。隙間無く胸部を埋めているのだ。あれだけ巨大であれば肋骨と肋骨の間には大の大人が立った状態で収まれる程の開きが見られることであろう。中に光輝く赤い魔石が覗き視える筈なのだ。


『成程、あのようなことも出来るのか。合わさり一体となったようだな。合成したとでも言うか。実際どうなのだ? あれは複数体が寄り集まっているだけなのか? それとも、巨大な一つの魔物となっているのか?』


『ふむ。『鑑定』を行ってみればハッキリするであろう。虎丸殿』


『了解だ!』


 程無くして結果が出たようで、虎丸が即座に報告してくれる。


『ご主人、お待たせッス! あの馬鹿デカいスケルトンはあれ・・で一体の魔物のようッス!』


『矢張りか。あの巨体で別々に動く意思を持っていたら、制御など不可能であろうからな。レベルはどうだ?』


『32ッス!』


『その程度か。だが、我らにとっては不足無い! やるぞ、虎丸!』


『了解ッスゥ!』


 ハークは振り向くと、自身が指揮する『死に損ない部隊』、その副官たる役目を担うブライゼフに向かって言う。


「ブライゼフ殿! もう儂の後片付けは良い! 下がってシア達、正面門を守る部隊と合流してくれ!」


「了解だ! だが、旦那はどうする⁉ まさか、お一人で突っ込むつもりか⁉」


「心配要らん! あれは巨人の骨で出来たスケルトンなどではなく、複数の人の骨で作成しただけの集合体だ! 虎丸も付いておる! 儂の仲間たちにもそう伝えてくれ!」


「ガウッ!」


 ハークの言葉に応答するかのような虎丸の咆哮を聞いてはブライゼフに反論など有ろう筈も無かった。


「分かった! だが、気を付けて……、いや、武運を祈るぜ!」


「応! 行くぞ、虎丸!」


 言い終わると同時に虎丸が疾走を開始する。風を切る音の中に、シアとアルテオの二人が自分を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、今はもう振り返るべき時ではない。前だけを見つめる。


「邪魔だ! 奥義・『大日輪』!」


 進路上を蹴散らすが為、ハークが刀SKILLを発動する。虎丸は主人の動きに合わせて疾走しつつも回転を行い、見事に彼の下半身代わりを務めた。

 忽ち先に倍する『斬魔刀』にて斬り裂かれし骨兵士が吹き飛ぶ。

 しかも、憐れなその魔物共はハークに斬られた直後に再加速した虎丸のぶちかましをも受ける結果となり、多くの巻き添えを頻出させた。まるで無数の骨の塊が弾丸化したかの如く、後続へと襲い掛かったのである。


 なぎ倒された残りの骨の軍勢を飛び越え、一騎が超巨大スケルトン集合体へと迫る。


『虎丸は向かって右‼ 儂は左だ‼ 行くぞ‼』


『はいッス!』


 念話を切ると同時に、ハークが虎丸の背から跳び上がる。そのまま両者は左右へと散る。ハークが左、虎丸が右だ。


「奥義・『大日輪』! おおりゃあああ‼」


ガウッランッガウァアアアペイジイイイゴッッアガァアタイッッガァア‼」


 ハークの斬撃が超巨大骸骨魔物の右足に、虎丸の突貫が左足へと襲い掛かり、大木の幹すら生易しいとすら思えるほどの太さを持つ集合体を斬り裂き、そして打ち砕いた。



 アルティナの周りで大きな歓声が上がった。

 突然、巨大な敵が現れ、楽勝ムード一転、総力戦も覚悟せねばならないかと決意した矢先の出来事であった。

 敵が切り札を投入してきたことは直ぐに理解したが、突然、その切り札が大きく体勢を崩したのである。今にも後ろに倒れそうだ。懸命にバランスを取ろうとしているかのようにも視える。


「シアさん、リィズ! 何が起こっているのか分かりますか⁉」


 自分だけの知識では状況を理解することなど出来ず、早々に諦めたアルティナは前方で領主の館正門を守る仲間達へと心当たりを尋ねる。

 彼女たちが事態を把握していることは望み薄だったのだが、予想外な断定の答えが返って来た。


「姫さん! ハークと虎丸のコンビさ!」


「師匠です、姫様! 師匠がやったのです! スゴイ!」


 はしゃぐかの様に返す二人。それを聞いてアルティナは、半年の間、共に戦い、修行して稽古もつけて貰っていたという間柄なのにも拘らず、ハーク達の実力の一端すらも、自分は満足に理解してはいなかったことを思い知った。

 敢えて彼女を擁護しようとするならば、これはある意味仕方の無いことであった。

 ハークも虎丸も彼女の前で意図的に力を抑えていたわけではない。ただ単に、彼らが全力を発揮せねば倒せぬような敵の数が乏しく、またその時間も僅かであったことに起因していた。


 よろめく巨躯が必死に体勢を立て直そうとする中、その巨大なる骨の身体を駆け登る虎丸と、の背に跨るハークの姿がハッキリと眼に映った。



 垂直であろうとハークを背に負おうと、虎丸は然程の影響など及ぼされはしない。

 ぐんぐんと速度を上げ、腰骨を通過し、肋骨へと跳び移って胸骨へと到達する。ハークに指示された通りの場所だ。


『よし、ここだ虎丸!』


『分かるッスか、ご主人⁉』


 虎丸は超絶無比たる五感を備えてはいるが、無機物の位置だけは掴みようがない。何者でも良いからほんの僅かにでも匂いが付着すれば別だが、それが無ければ魔石や魔晶石であっても道端に転がっている単なる石塊いしくれと何ら変わりはせず、嗅ぎ分けようも無い。


 だが、ハークには確信があった。彼の『精霊視』の能力が、胸骨の中から四肢へと伸びる、魔力で練り上げられた繰り糸をしっかりと捉えていたからだった。


『おう! 儂には視えるぞ! この中に大元がある・・・・・!』


『了解ッス! 『斬爪飛翔ソニッククロー』!』


 虎丸が放った『斬爪飛翔ソニッククロー』が分厚い胸板ならぬ骨の集積体を破壊する。飛び散る骨の破片の内側に鈍く光る赤い光が視えた。


『跳ぶぞ、虎丸! 儂が全力で『風の断層盾エア・シールド』を創り出す! それを足場とするのだ!』


『はいッスゥ!』


 逡巡などせず虎丸は何もない空間へと跳躍する。

 すかさずハークは魔力を集中させ、唱えた。


「『風の断層盾エア・シールド』っ!」


 意図した処に寸分の狂い無く発生した空気の塊を使い、虎丸は突き進む方向を変える。全力で踏み圧せば如何に主の全力で発動した『風の断層盾エア・シールド』であっても突き破りかねない。それ故、6割7割程度の力だったが、方向転換をするには充分であった。


 魔石、いや、無数の魔石が一つに寄り固まり、巨大な一つの動力塊を形成しているのが目に入る。こんな状態は見たことが無かった。恐らく『黒き宝珠』に操られての現象だろう。


 だが、消滅させてしまえば最早何事も出来る筈も無い。

 背に負うハークが、ぐいんと弓を引くように大太刀を構えたのが分かった。


「奥義・『朧穿おぼろうがち』」


 打ち出されし閃撃に、魔石塊はまとめてその存在を消し飛ばされていた。

 千を超える魔石群を滅されて、巨体を維持する力の大元を失った巨大骸骨はその身を崩壊させるのみであった。


 崩れ去り、存在を失う骨の化物を見て、歓声と勝利の雄叫びが自然と湧き上がっていた。




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