215 第15話14:The Guardian Force②




「ふんっ!」


 シアが目前のスケルトンを一撃の下に粉砕する。バラバラとなった骨の数々が宙を舞った。

 彼女も既にレベル三十一である。これしき何ほどのことも無い。

 自身の右隣に視線を送るとアルテオ、いや、リィズが長巻にてもう一体のスケルトンを見事に一刀両断していた。ハークからの言いつけ通り、確実に魔石ごと斬り裂く一撃である。


「ふうっ」


 師匠の動きをなぞるかのように彼女は『ザンシン』の構えを取る。

 『ザンシン』とは、心を残すと書き、早い話が戦いに勝利したと思い油断した隙を突かれて、思わぬ反撃を貰わないための心構えに似たようなものであるという。シアからすれば一種のルーティンワークとも思えるが、実に理にかなっている教えだ。


 シアもそれに倣うかのように、一応とはいえ自身が今倒したばかりのスケルトンの残骸を確認する。足元に転がる破壊した骨の中に、茜色した魔石を見つけると、拾い上げ『魔法袋マジックバッグ』へと仕舞った。こうすることでこの骨の化物にまだ動く力や部位が残っていたとしても、脅威では無くなる。動く意思どころか、動力源が失われるからであるらしい。


 そこに、各所の状況を確認するべく見回りに行っていたドナテロが戻って来た。矢継早に敵に攻められてはそんな余裕と暇は無かったであろうが、ハークと虎丸が前線で大暴れしてくれているお陰で、敵が散発的にしか襲来しないのである。


「スウェシア殿、リィズ嬢、どうやらこちらも問題無いらしいな」


「ええ、ドナテロさん、こっちは大丈夫。皆、健在さ。流石に無傷とはいかなかったけどね」


 横のリィズ以下、老兵達もシアの言葉を肯定するように首を縦に振った。

 確かに無傷ではないが、数名が軽い手傷を受けた程度だ。しかも、老兵の一人が回復魔法持ちであったため、既に治癒も完了している。


「そうか、他も似たり寄ったりだよ。大した怪我を負った者はいない。壁を登ってこようとする敵を叩き落すだけだから簡単な話ではある。しかし、最初は戸惑っていた者も多かったようだ。無理も無い。若い者達には戦闘はともかくとして、戦争は初めてだからな。それでも徐々にこの空気に慣れ始めておる。ハーク殿が率先して前に出てくれているお陰だ」


「そうだね。こちらも交代のタイミングを掴むことが出来たよ。一個小隊を途切れ途切れに相手する感じだからねえ」


「うむ、彼が前に出てくれなければ、押し寄せる大群を相手にせねばならんからな。そうなれば、死者も出ていたことであろう。しかし……、もう戦闘を開始して三十分近くになる。流石に彼らも大丈夫なのかとも思うが……」


 ドナテロが些か心配そうに東の方角に視線を送る。しかし、元気よく宙に吹き飛ばされるスケルトン共の姿を発見して、彼は自身の懸念が老婆心から出た単なる杞憂に過ぎぬものと悟る。


「……どうやら今のところ全く問題は無いようではあるようだが……、実際のところどうなのだ? その……、彼の持久力は?」


「そうですね、漸く汗をかき始めた、といったところでしょうか」


 リィズの言葉はドナテロにとって予想外だったようで、彼は目を剥く。


「そんなまさか!? 確かに先の戦いでは超人的なSKILLを見せていたが、彼のレベル自体は私と大差無いのであろう? それに、エルフ族は持久力に関してはヒト族より低いと聞くぞ!?」


「身体の使い方が違うのです。師匠とは、稽古を共にさせていただいたことが幾度もありますが、息を切らせたところを見たことはありません。三時間だろうと四時間だろうと、私より倍以上動いていようと同じ事です」


「なんとまぁ……。かのワレンシュタインご令嬢が父以外を師と仰がれるか……」


「どちらに驚いておいでなのです!?」


「二人共! そこまでだね! 敵がおいでなすったよ!」


「りょ、了解!」


「おお、来たか! よし、私も今回は迎撃に参加させて貰おう!」


 三人が構える。その視線の先に十を超えるスケルトンの一団が近付いていた。今のような会話で若干のリラックスが行えるのも、ハーク達の部隊のお陰だ。


(このまま行けば、問題無く勝てる。誰も倒れることの無い完全勝利だ。頼んだよ、ハーク)


 シアが祈るかの様に心の中に願うと、まるでそれに応えるかのように前方の中央通り先で再び数十体ものアンデッドモンスターが空へと打ち上がった。



 メグライアは驚愕していた。

 彼女はトゥケイオスの街の外に出たことはあるが、ロズフォッグ領外には一度も出たことは無い。王都にも訪れた経験は無く、従って、強い者は領内の冒険者程度であり、真なる人の領域を超越した者の強さを一度も自身の眼で見たことが無かった。


(ここまでの力持つ者がいるなんて⁉)


 信じられない思いだった。魔獣とその主による攻撃が繰り出される度に、毎回、明らかに百を超える敵軍のアンデッド兵士が撃破されていく。


 メグライアはハークから、遠見の道具である『ボーエンキョ』を使って常に戦況の変化を把握し、それが重大なものであれば拡声の法器により戦場へと伝えるという役目を受けていたが、離れてしかも上から見下ろす物見の塔の最上階という絶好の位置からによる戦況観察が故に、ハークと虎丸の動きもこの上なく観察出来ていた。


(人と魔獣は、あんなにも美しく動くことが可能なの……?)


 本当に、上から観ていると良く解る。

 ただ力任せにスケルトンを粉砕などしていない。協力し、連携し、両者の力を互いが互いに引き出し合っているのだ。

 そして、その精緻は、斬撃が繰り出される毎に、より効率的に、効果的に、そして攻撃的に、何より美しく高められていく。生まれつき眼の良いメグライアにはそれが良く視えた。


(これなら、きっと、もしかしたら)


 本当に誰も死ぬこと無く、この街の平和を取り戻してくれるのかも知れない。

 メグライアの胸にそんな淡い期待が浮かぶと同時に、今日はまだ顔を視ていない恋人の表情もまた脳裏に呼び起こされる。

 きっと、避難した人々の中にいるに違いない。会って、今日のことを話そう。

 そっと彼女が誓う中、またも主従一体の一撃が百の骸骨を宙に舞い踊らせた。



 背に負う僅かな重量を感じると共に、虎丸は右前脚、ヒトに例えるならば右腕を振りかぶる。


「ガァウウアアァァーーーッ‼」


 裂帛の気合の発露と同時に繰り出される薙ぎ払い。

 攻撃する勢いのままに一回転する自身の動きに合わせて自らの主人が斬撃を繰り出す。


「チェエエエエストォオオオオオオオオオイ‼」


 主人もノッてきたようだ。連撃ではなく一撃に意識を傾けようとする時、彼は先のように叫ぶ。最早数える気にならぬくらいの骸骨どもが砕け、そして弾け飛ぶ。

 百五十はいったのではなかろうか。だとしたら過去最高の一撃だ。まあ、正確には己と主の二連撃なのだが。


 背に負う主人はどんどん慣れてきている。先の攻撃も自分の勢いを利用してのものだった。


 自分達主従に何とか付いて行こうとするヒト族の者達の会話が耳に届く。


「おい、ブライゼフ! ありゃあ、ホントにお前さんと同レベルなのか⁉ ワシにゃあ、とても信じられんぞ⁉」


「俺もだ! っていうか俺なんかと一緒にするンじゃあねえ! 巻き込まれちゃあシャレにならんから、必要以上に近付くんじゃあねえぞ!」


「おうよ! わかっとるわい! それにしてもエルフの技術とは実に凄いモンじゃあのう!」


 全くその通りだ。ただ、エルフの技術とはまた違う。主人の技は主人独自のものだ。


 その時、拡声の法器で増幅されたこの土地の領主の娘だという者の声が戦場に響いた。


「ハーク様! 敵残存戦力が残り一万を切りました!」


 それを受け、背の主人が一時攻撃の手を止めて率いる者たちに向かい叫ぶ。


「よぉし、皆の衆! 敵はあと少しだ! やるぞぉおお!」


「「「「「おいさアアア‼」」」」」


 ハークの声に彼らも意気を上げる。

 その時だった。虎丸は自身の耳と足に異常を感じた。

 何か巨大な物体が接近してきている。


『ご主人、気を付けて欲しいッス! 何かデッカイ敵が付近に出現したのを感知したッス!』


『どちらの方角だ⁉』


『この先真っ直ぐ、東の門の方角ッス‼』


 念話にて伝えた瞬間、前方から正に巨大な物体が立ち上がっていた。

 それは、本当に巨大な代物で、いつか見たヒュージドラゴン、エルザルドに匹敵、いや、ひょっとすると勝るとも劣らない大きさの骸骨。

 今度は幻影ではなく、確かに実体を持った超巨体のスケルトンであった。




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