214 第15話13:The Guardian Force




 本来の日が漸く沈む時間となる頃合いで、戦いの火蓋は切られた。

 寄せ手側であるアンデッドモンスターたちが一斉にその侵攻を開始したのである。


「来ます! 数、大凡三万!! 動き出したのは全軍です!」


 領主の一人娘であるメグライアが遠くを見通す道具、『ボーエンキョ』を片手に報告する。


「始まったか。メグライア殿、動きはどうだ?」


「待ってください……。一斉に壊れて開いたままの東門に向かっています! 他の門には目もくれていません! 一体どうして……?」


 その言葉に、彼女の父でありロズフォッグ家当主でもあるドナテロ=ジエン=ロズフォッグも訝しげな表情を見せる。


「態々一か所からだと? 何か分かるか、ハーク殿」


「問題の遺物アーティファクトの所為かと。『黒き宝珠』は拠点奪取用。拠点破壊用のものとは目的が異なりまする故」


「人間は皆殺しですが、建物の被害は最小限に、ですか。実に業腹な話ですな。しかし、これは敵が我々を侮っていると同義では?」


「オイゲンの言う通りだ。こいつはつけ込む隙となる」


 ハークは強い意志を瞳に宿し頷く。


「つけ込んでみせるぞ。皆、手筈通り頼む」


「了解だよ。ハークも、くれぐれも気を付けてね」


「心配はいらんよ、シア。虎丸も付いてる」


「ガウッ!」


「アルテオ、いや、リィズ。分かっているとは思うが、お主の武器ではスケルトンの一撃必殺は本来狙い難い。それでも、お主の腕ならばそろそろ魔石も両断することも出来るだろう。可能ならば狙ってみろ」


「了解です!」


「よし、では行こう!」


「「「応!」」」


「「はいっ!」」


「ガウッ!」


 ハークの号令に仲間たちとドナテロ、衛兵長が思い思い応答し、其々の持ち場へと急いだ。



 東門からトゥケイオスの街へと侵入した骸骨たちは群れを成して中央通りを進んでいく。その様はまるで骨の洪水だ。押し合い圧し合いという程度を遥かに超え、端の者は肩で建物の壁を削り、その他も互いに何度もぶつかり合いながら速度を緩めることは無い。中には不幸にも周囲から押し潰されて自壊した存在も、数としては決して少なくは無かったが、全体の数字からすれば雀の涙という程であった。

 一丸と言えば聞こえは良いが、要は三万という数が策も工夫も戦略や部隊分けすらも無い純粋なる力押し勝負に出た訳である。


 対するトゥケイオス側、つまりはハーク率いる防衛軍はその準備を完了させていた。

 その構成は主に四つに分かれる。


 一つは衛兵長率いる衛兵隊、並びにそこに組み込まれた冒険者、そして原隊復帰した者達の計二百五十強。壁の上から侵入者を阻み、非戦闘員である住民を守る役目を担う。


 二つ目はアルティナ率いる魔導士部隊約三十。特に火魔法を扱える者達の混成部隊だ。

 火魔法はアンデッドモンスターに対して非常に有効な属性である。レベル差が如何にあろうとも完全に防ぎ切ることは不可能なほどに。アルティナは火魔法使いではないが、レベルは二十七と高く、しかも打撃攻撃でもある土属性の魔法を中級まで扱える。土魔法は火に次いでアンデッドモンスターに対して有効な魔法属性なのだ。

 加えてリーチもある。彼らは先付の攻撃を行った後、陣の中心から周囲の援護を行う予定であった。


 三つ目は館正面入り口の門を守る部隊である。シア、リィズ、更にこの地の領主であるドナテロ、これに加えて先程、原隊復帰を申し出た老人達の内、二十六レベルの十人が追加され計十三人となった。

 正面の門自体は数人で守り切れる程の大きさではあるが、引退復帰した高レベルと言える者達により、交代で休憩を取ることも可能となった。

 この部隊は要でもある。長期戦を見据えた処置とも言えた。


 そして最後、ハーク率いる突撃部隊。

 当初はハークと虎丸だけであったが、こちらも原隊復帰した老人たちの内、レベル二十八の一人と二十七の六人、計七人を加えている。強者を集めた部隊と言えた。

 彼らの役目だけは他の部隊と違う。他の部隊の主たる目的が守りであるとすれば、この部隊の主目的は攻勢にあった。



 骨の津波が近付くのを視て、館正面の壁面上の射出台に陣取った魔導士部隊率いるアルティナが戦闘開始を全軍に告げる。


「総員、構えて! 大丈夫! 絶対に生きて、我らは明日の朝を迎えます! それが誰一人欠ける事無くというのは、各自の奮闘に掛かります! 総員、奮起してください!」


 各々の戦闘員が片手や己の武器を掲げながら応える。三百人を超える決意の雄叫びが夜空に響いた。


「魔法部隊ッ! 放てーー!」


 続く彼女の号令と共に、無数の『火炎球ファイヤーボール』が放たれる。同時にアルティナの両手も振り下ろされ、壁面に接触した箇所から魔力が送り込まれて土の中級魔法が発動する。


「『岩塊隆起ロックビート』!」


 ズッガァァアアン!


 地面から飛び出た巨大なハンマーが十を超える数のスケルトンを空中に打ち上げる。その中には完全に粉々へと破壊尽くされたスケルトンも少なくない。


 「おお!」という兵士や冒険者たちの感嘆の声に続き、燃え盛る火球が次々と着弾する。アルティナの『岩塊隆起ロックビート』にて大きくダメージを受けてはいるものの、辛うじてその存在を保っていたスケルトンを炎が完全に滅し、更に周囲の骸骨にも甚大な被害を与えた。

 敵の戦力に、一瞬の穴が生じる。


 そして、そこを見逃すハークではない。


「よぉし! 行っくぞぉおおおー、死に損ない部隊!!」


「「「「「うぉおおおおおおお~!!」」」」」


 虎丸に跨ったハークの鬨の声にブライゼフ達が全力で応える。

 ハークは自らが直接指揮する部隊に、ある意味判り易い、言わばそのまんまの名を付けた。

 則ち『死に損ない部隊』。

 皆、戦争や任務の戦いの中で、奇妙にも命を拾ってきた者達の集まりである。そしてそれはハークにも当て嵌まっていた。


 号令の直後に以心伝心、虎丸が駆け出す。ぐんぐんと速度を上げて、間を開けてくれていたシア達の部隊を抜き越えて、門をくぐり、敵に迫る。

 後続が遅れていることなど、虎丸もハークも百も承知である。


『やるッスよォ、ご主人!』


『応! やってくれ』


 穴の開いた敵戦力の真っ只中に飛び込むと同時に、虎丸は身を捻り勢いそのまま横に三百六十度の左一回転をする。当然、背に負うハークごとだ。

 ハークは恐るべきその速度と遠心力に吹っ飛ばされる事無く、馬上ならぬ虎丸上で大太刀を振るった。


「うおおりゃあぁぁ!!」


 レベル二十八にまで到達したステータスの成せる業である。無論、虎丸は挙動を加減している。だがそれでも、ハークは虎丸に跨った状態で、存分に刀を振るうことが既に出来るようになっていた。


 竜巻の如き旋風斬り。

 強烈無比なその一刀だけで二十以上のスケルトンが弾け飛んだ。

 内、十五までは魔石を狙ってハークは斬っていた。両断の手応えもあった。

 驚愕すべき精緻なる一閃。とは言えそれ以上は流石にハークであれ無理があった。

 しかし、だからこその後続の部隊がいるのである。


「いよォし! 旦那が道を斬り開いてくれたぞ! 続けぇー!」


「「「「「おおおお!」」」」」


 ハークは肩を並べて戦うためにブライゼフ達を指揮下に引き入れた訳では無かった。

 いや、共に戦うという気持ちこそは持ち合わせている。が、彼らの仕事はハークの隣で武器を振るうことでは無い。ハークが一撃を加えた後、その後の処理にこそ、彼らの役目があった。


 後続のブライゼフが漸く追いつき、長年共に戦ってきた同年代の戦友たちに指示を飛ばす。


眼窩がんかに光が残っているモンや、魔石が無事なモンからかかれ! 急ぐぞ!」


 言いながら、鎖骨から上を斬り飛ばされ最早抗う術も無いスケルトンの肋骨から魔石を取り出す。足があれば多少は抵抗もしたであろうがそれも出来ない。腰骨から下は派手に砕け散っているからだ。

 虎丸が回転しつつも、ついでとばかりに右前脚で薙ぎ払っていたのである。


「ガゥオーーーッ!!」


「ぬぅん!」


 慣性の勢いを殺し切った虎丸が今度はその場で逆回転をする。それに合わせるようにハークも逆回転の旋風斬りを繰り出した。

 何と先に倍する数のスケルトンが砕け散り、吹き飛ばされ、只の残骸と化す。

 虎丸に騎乗しての斬撃に、ハークがだんだんと慣れてきたのである。


「うおおっ!? 急ぐぞお前ら!」


 ハークが今回、ブライゼフら現役復帰し自分へと部隊に加えた連中に出した条件はたった一つ。


「絶対に死ぬな。足を斬られても、両手で這い、両手も失ったら、歯で刃を受けて止め凌いでみせろ。その前に絶対、儂が何とかしてみせるが、その気概を必ず持て」


 痛烈な概念である。

 少々無茶な要求であるが、この調子であるなら余程呆けていない限り傷を恐れることも無かった。流石に何体かはハーク達も斬り逃してはいたが、これには無理に追い縋ることの無いよう厳命されてもいた。

 シアたち館の門前守備隊に任せるが為だ。

 しかしそうなると、ハークと虎丸という最高戦力を最大限活かす策であろうとは理解できるのだが、多少はあぶれる者が自分達の中に出るのではないかとブライゼフは事前に考えていた。


 ところがいざ戦闘が始まってみると、結果は全くの予想の上をいっていた。気合入れてやらなければ、自分達はあの小さな隊長に付いていけないかもしれない。


「どぉおおりゃああぁあ!」


 三度ハークの雄叫びが上がる。

 その声に視線を上げたブライゼフの眼に飛び込んできたのは、最早数える気にもならぬ程に大量のアンデッドモンスターが宙に舞い、粉砕される姿であった。



 実に、その数は百に到達していた。




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