213 第15話12:夜を超えろ③
空の異常を始めとし、戦闘音などで不安を感じた住民が既に街の中央部に続々と集まり始めてはいたが、それでも全員ではない。己の意思で自宅に息を潜め閉じ籠ることも、状況によってはまた正解であるかもしれないからだ。しかし、残念ながら今回の場合は確実に不正解なのだった。
また、様々な事情により自身では動けぬ者もいるだろう。
高齢や重病、そして
馬車の数が必要だった。
「スタン、英雄の仲間入りをせんか?」
最初、只の荷馬車では無いからと参加を渋っていたスタンも、ハークが事情を話し、更にこの最後の駄目押しの一言で移送助力を快諾することとなった。
彼ら民間業者の奮闘もあり、ハークが戦闘開始と予測した時間の凡そ30分前には、トゥケイオスの街の住民たちは残らず領主の館内側に収まっていた。
「やれやれ、何とか準備完了だね」
シアが確認のように一息つきながら言う。答えたのはハークだった。
「まぁ、我々はな。だが、最後の一つが残っておる。それも重大なやつがな」
「ハーク殿、何をすればよろしいのですか?」
心当たりの無いリィズが正直に、そして率直に訊く。
自身だけの知恵では乗り切れぬことを率先して尋ねることが出来るのは、ある意味彼女の美徳でもある。だが、その質問に答えたのはハークではなく、別の人物だった。
「住民の方々への説明と……、心の掌握ですね?」
答えた人物はアルティナであった。
「分かっていたか」
「ええ。此度の作戦は住民の方との連携と協力が不可欠です」
「恐怖に負けて、もし暴れられたら尚の事危険だから、ってワケか……」
「うむ、暴動にでも発展すれば全てが水泡に帰すだろう。余計な人員に割く余裕は無い故にな」
「ナルホドね。ンじゃあ、どうすんだい? 信頼関係を築くためにもハークが演説でもすンのかい?」
「いえ、それは私の役目です」
しっかりと自ら宣言したのはアルティナだった。
「姫様……」
「そうだな、ここはアルティナが良いだろう。儂がやると力づくというか、強制的になってしまいかねん。最後の手段とした方が良い。お主には将来への為でもあるしな」
「はい。分かっています」
凛とした瞳でアルティナは応えた。
大勢の人々が中庭に集合し見上げる中、館のバルコニーにその人物は現れた。
アルティナであった。
人々の「誰だアレ?」「見たこと無いぞ」という誰何の声が次々と上がる。その
「トゥケイオスの街の皆様。皆様方の中には既に粗方の事情をご理解していらっしゃる方も多々いらっしゃるかもしれません。ですが、中には諸々の事情はともかくとしてこちらに集められた方も多いと聞いております。ですので、今ここで、改めてご説明させていただきます。現在、このトゥケイオスの街は遺跡から漏れ出た多数のアンデッドモンスターに囲まれております。その数、約一千。そしてこの数は、今から約数十分後、それから更に3時間後と増援されてしまいます!」
喧騒が場を支配する。20万となると怒号に近い。だが、アルティナはそれに負けぬように声を倍にして叫ぶ。
「ですが皆さん! どうか焦ることなく! 諦めることなく! この危機を共に乗り越えましょう! その為の手筈は整えつつあります! しかし、皆様方の信頼が無ければ何も始まりません! 力を貸してください! 何も前線に出て戦えというのではありません! 我々を信じていただければ良いのです! 決して自棄にならず、恐怖に屈しないでください! 我々は決して皆さまを見捨て、逃げたりなどしません! 何故なら私は、現モーデル王家第二王女アルティナ=フェイク=バレソン=ディーナ=モーデルだからです!」
またも人々が騒めく。が、自分達の命にかかわる発表の直後であるからか、アルティナの大胆な告白は逆に彼らの口を噤ませ、寧ろ鎮静化させる役目を果たしていた。
「私も無論、戦線に加わります! ですから、もう一度言います! 我々は逃げません! 最後まで戦い抜きます! 我々を信じ、共に生き抜いて、明日の朝日を必ず見るのです!」
彼女の演説が終了するとほぼ同時に、呼応するかのように声が次々と上がり、それは巨大な一つのうねりとなる。手を上げる者、大声を天に向かって上げる者と、反応は様々だったが、どうやらアルティナの演説は成功したらしい。
〈よし、良いぞ。最大の懸念もこれなら払拭出来そうだな〉
ハークをして、後顧の憂い無き安堵を感じさせるものであった。
アルティナの演説は思わぬ副次効果を齎していた。
「ご領主閣下! 我らの原隊復帰をお認めいただきたい!」
「お前たち!? お前たちは先日引退したばかりではないか!?」
100を超える数で詰めかけたのは、どれも屈強で大きな身体を持つ爺共の集団であった。
ハークは彼らの様子とドナテロとのやり取りでその正体に直ぐに気が付いた。
彼らは老齢を理由に一度現役を引退した兵士達だ。立ち居振る舞いが前世で視た、老いが元で一線を退いた老兵達にそっくりだった。
『どうだ、虎丸?』
『結構高いのがいるッスよ。28が1人、27が6人ッスね。更に26が10人程に25は14人ってトコッス。低いのでも20はあるッスよ』
『ほう、それは願っても無いな』
最早、阿吽の呼吸、以心伝心である。ハークの言葉足らずな短い台詞でも虎丸は彼が欲しい情報を瞬時に答えた。
というよりも、主人から彼らのレベルの事を訊ねられるであろうと予期していた虎丸が、既に『鑑定』を行っているであろうと予測して、その鑑定作業が終了したと思しきタイミングでハークが話を向けた、と表現した方が正しいものであった。
『ただ、全員『バッドステータス』持ちッス。最もヒドイのは『スタミナ消費四倍化』で3人いるッスね。出会った当時のテルセウス並みのスタミナしかないと思った方が良いッス』
『バッドステータス』とは、ヒト族等が老化現象に伴い自然に自身のステータスに追加される
『28というのは、あの集団の先頭に立っている者か?』
『そうッス』
彼らと領主の話し合いはまだ続いていた。
「お願いしますわ、ドナテロ様! 王女様まで前線で戦うっていうのに、歳喰ったからって子供どもの陰に隠れているなんてのは真っ平なんでさあ!」
「ブライゼフ、しかしな……」
渋る領主に対して、ブライゼフと呼ばれた者は急にハークへと視線を向ける。
「なぁ、アンタからも言ってくれよ、戦闘指揮官殿」
「ぬ? 儂が戦闘指揮官?」
ブライゼフはとぼけるな、とばかりににやりと笑う。
「それくらい周りの反応を視てりゃあ判る。あんたが大将なんだろう、エルフ殿?」
〈ふむ、これは当たりかもしれん〉
数多の戦いを経験した古強者の如き気配をハークは感じていた。
「ドナテロ殿。館の武器倉庫にはまだ余裕があると仰ってましたな?」
「ハーク殿、確かに武器の数は問題無いが、彼らは……」
「心得ております。無理をさせぬよう致しますよ。ただ、今回は総力戦です。使える手は何でも打った方がよろしい。それに彼らが加われば、万一長期戦となった時にも交代で休息を取り合うことが出来ましょう。人数は力です。それが実力者の上に経験者であれば尚更だ」
ハークの言葉に、いつの間にか傍らに来ていたブライゼフは、普段は一線を退いた者として柔和な表情ばかりを浮かべていたであろう顔面で、凶悪な笑みを浮かべ上げる。
「分かってンじゃあねえか、エルフ殿! 頼むぜ、ドナテロ様! 俺らは明日くたばったって諦めがつくジジイだが、孫や子供らはそういう訳にゃあ行かねえ! 俺らも戦わせて下せえ!」
後に続く爺共も賛同の声を次々と上げる。ドナテロはブライゼフと目を合わせた後、次いでハークと視線を通わせて頷き合い、彼らの戦線復帰を承諾することとなった。
「相分かった! 武器庫より好きな得物を何でも持っていくと良い! ただし! 今回の戦いは死ねば骨となり瞬時に敵の戦力と化す! 絶対に生きて戻ってこい!」
「名誉の戦死が不名誉になるってワケですかい!? 聞いたかみんな!? 勝手に死に花咲かせず、明日も絶対ぇにその汚え
100人を超える歴戦の
その光景を視て、ハークは必ずこの街にこれから訪れる夜を乗り越えさせると、改めて胸に誓うのであった。
十数分後、物見の塔から駆け下りてきた衛兵の一人が敵の増援を確認したとの報を受け、ハークと仲間たちはその眼で確認する為に塔の最上部へと駆け上がる。
そこで視た光景は、街を囲んだ確実に万を超えし白骨の軍勢であった。
夢見た『一騎当千』へと至らねばならぬ時が、いよいよハークに訪れた。
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