212 第15話11:夜を超えろ②




 物見の塔の最上階に場所を移した軍議は、更に本格的で、具体的な段階へと移行していた。


「こりゃア、まるっきり籠城戦の様相だな」


 眼下に広がる光景を眼に収め、開口一番まずハークが発した言葉を聞いて、ドナテロは今更ながらに背筋を凍らせた。


(そうだ! あのエルフの少年の言う通りではないか!? つい、いつもの魔物討伐の気分でいた。これは討伐戦などではない……! 戦争だ!!)


 気を引き締め直すドナテロに向かって、隣に控えるオイゲンが口を開く。


「お館様、確証はございませんが、恐らく今回の事態を引き起こしたのは、昨日領内に侵入した第一王子の手の者の仕業かと思われます」


「そうだな……。そうとしか考えられん……。奴らめ、何という事をしてくれたのだ」


 脇に立つ筆頭政務官オイゲンが語る進言に、ドナテロは肩を震わせ拳を握り締める。


「第一王子……の手の者ですか?」


「はい、アルティナ殿下。実は半年程前、丁度、殿下が行方不明になられた辺りでしょうか。第一王子アレサンドロ派閥より一通の要望書、いや、脅迫文が届きました。派閥に加わらねば、王家の意に背くことになるという内容です。同じような文言書は、我が家と立場を同じくする他家にも数多く送り付けられたようです」


「何て乱暴な……」


「王都のバカ貴族共が……! これだから二等貴族は碌な事をしない、王家の威を借るなど不遜の極みではないか! 彼らは王家と王子の区別もつかぬのか!?」


「リィズ嬢の言う通りだ。無論、『国王陛下』の意思に背くなど畏れ多いと返答し、お茶を濁しておきましたが」


「誠ですか?」


 アルティナがじっとドナテロを視る。

 その視線に、彼は咎められたかのような気分になった。まるで、何故、自分か先王の味方を表明しなかったのか、という意図も感じられたからだが、アルティナの瞳の奥底には剣呑な色は無い。


「ええ。何か問題がございましたか?」


「いえ……、つまりは、袖にされたと感じた一派の過激派が、この地に災厄を齎したと閣下はお考えなのですね?」


「はい。辻褄は合うと思われます」


「確かにそうですね。しかし、閣下の仰る通りであるとすれば、他にも多くの同条件を満たし、該当する地もそれこそ数多く存在するはず。何か、この地でなければいけなかった理由が存在するのかもしれない、とも思いまして……」


「成程、確かに仰る通りです」


 ドナテロや脇に控えるオイゲンも考え込む。確かに一理あり、解き明かすに利も伴うと予想出来得る謎でもあった。


「ですが、それは生き残り、住民を守り切ってからゆっくり考えれば良い事ですね。詮無きことを申しました」


「いえ。ですが、殿下の御心のままに。布陣はいかがいたしましょうか?」


「そうですね。私個人の考えとしては、衛兵と冒険者の方々を均等に館の外壁上部に配置していただきたく思います。指揮は閣下、或いは衛兵長がお執りになってください」


 アルティナの発言にドナテロ達、トゥケイオス側は一様に少なくない驚きを見せる。


「軍権を行使なさらないと?」


「ええ。我らは館正面入り口で敵を迎え撃たねばなりません。門を開けておいてください」


「そんな!? 危険です! 臣下として、殿下をそのような危険な最前線に置く訳には参りません!」


「これが最も効率の良い布陣です。我ら4名と虎丸さんだけでは広い館全体を守備範囲とするには難しい。僅かな綻びも許容出来ないこの状況です。意図的に守備の穴を作り、そこに誘い込みましょう。外壁守備隊の方々は、とにかくモンスターが外壁をよじ登ろうとするのだけを阻止してください。先の尖っていない棒のようなものが良いでしょう。岩を落とすのは控えてください。投げ返される恐れがあります。今回は何よりもまず死んではなりません。戦力低下を招くだけでなく、敵に利することになります」


「……名誉の戦死が、今回ばかりは不名誉極まりない利敵行為となってしまう訳ですか」


 今回、例えばレベル20の味方兵士が死亡したとして、その瞬間、敵にレベル25のアンデッド兵士が誕生する結果となってしまう。

 戦力が減り、それ以上に相手側への増援が発生するのだ。納得し難く、理不尽な状況であるが、これを前提条件として受け入れなければ前に進めない。


「その通りです。それに、私は実際に軍や部隊の指揮を執ったことが一度もありません。こんな時ばかり指揮を任せられても困ります」


 アルティナが偽悪的な自嘲をするかのように笑顔を見せると、場が少し和んだ。が、直ぐに表情を引き締め直し、ドナテロは傍らの衛兵長へと視線を向ける。


「承知致しました。衛兵長、頼めるか」


「は! 全力を尽くします!」


「ありがとうございます。ハークさん、いかがでしょうか?」


 アルティナが少年のエルフに向かって尋ねる。

 まるで尊敬する教師に添削を願う生徒の様なアルティナの態度に、ドナテロはこのハークと呼ばれた少年エルフが一団の精神的リーダーを務めていることを否応なく悟る。


 全員の視線が集まる中、彼は少しだけ考える素振りを見せると口を開いた。


「ふむ。良い布陣だ。ただ二点、意見を言わせてもらう」


「はい」


「テル……いや、アルティナは我らよりも一段後ろに下がり全体を援護しやすい位置に陣取る方が良いだろう」


 アルティナがその言葉に逸早く反論しようとする様子を見せると、ハークはそれを手で押し止めるような動作を見せると言葉を続ける。


「お主が王女だからと慮って言ってるわけではないぞ。その方が更に効率が良いからだ。理由は、分かるであろう?」


「私の戦い方が魔法主体だから……、ですね」


「その通りだ。お主なら中央に陣取れば陣形に綻びが出来たとしても即座に対応出来るだろう」


 魔法主体のアルティナが無理に前線に出る必要など無い。にも拘らずそれを主張しているのは、仲間たちとせめて危険を共有したいと欲する想いからであった。


「姫様! 私もハーク殿の意見に賛成します!」


「あたしもだよ。テルセウスの魔法なら少し離れたところからでも問題無いだろ?」


 リィズやシアもすぐさまハークの意見に賛同を見せた。

 味方を失い、これ以上の主張は単なる自分の我儘だと悟るしかないアルティナは口を噤む。理にも適っているのだから尚更だ。


「あともう一つ。儂と虎丸は突出して更に前に出る」


「な!?」


「ちょ!?」


「え!?」


「ガウッ!」


 3人の仲間が其々の反応を示す中、虎丸は当然だとばかりに一吠えする。


「そんな表情カオをするな。我らは大暴れした方が最も戦力になる」


「ならあたしも!」


「シアには壁役の指揮を執ってもらわねばならん。頼む」


「むー、頼まれちゃあ仕方ないね。しかし、それじゃあちょっと人数的にキツいかもしれないよ。館の門も結構広かったし」


 シアの懸念も当然だ。今現在、ここは領主の館と呼ばれてはいるが、所謂この世界基準では普通よりやや大きいくらいの城であるのだ。従って城門もそれに見合うものなのである。


「そうだな。アルティナ、『岩塊の盾ロックシールド』で場を制限できるか?」


「問題ありません」


 『岩塊の盾ロックシールド』とは土の中級魔法で、名の通り岩塊を形成し、岩の盾で魔法物理両面を防御出来る魔法である。

 防御用に使用する魔法は他に、風魔法『風の断層盾エア・シールド』と氷魔法『氷壁アイスウォール』が存在するが、『岩塊の盾ロックシールド』だけは時間経過で霧散することも氷解することもなく場に居座り続ける。事前に使用しておけば簡易的で、それでいて強固な壁として機能出来るのだ。


「いえ、姫様のお手を煩わせるまでもありません。私が門の戦力に加わります」


 名乗り出たのは領主ドナテロだった。


「いけません、お父様!」


 即座に反対の意を示したのは娘であるメグライアであった。


「メグライア、これも我がロズフォッグ家としての、領主としての務めなのだ。心配してくれるのは嬉しいが、分かっておくれ」


「そんな……、お父様……」


「私もレベルは27だ。歳を重ねてスタミナの消費は高くなってはいるが、姫様までも戦線に加わる以上、よもや拒否などなされませんな、ハーク殿」


「……了解した。ドナテロ殿も扉での戦力に数えさせていただく。ただし、くれぐれも御身を大切にしてくだされ」


「分は弁えているつもりだ。突出する愚は犯さぬよ」


「そのお言葉だけで充分です。さて、それでは作戦の為にも今の内に、この場所に全ての住民たちを集めねばなりませんな」


 遠くを視れば未だ不死の軍勢に動きは無い。

 『黒き宝珠』は発動と休息を3時間の周期で計3度繰り返す習性を持つ。次の発動で数を整えた後、一気に攻め入るつもりなのだろう。

 それまであと2時間少々。急がねばならない。




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