211 第15話10:夜を超えろ




 自身の正体が、本来意図しないタイミングで明らかにされてしまえば普通の人間は狼狽えるであろうが、鋭敏な頭脳を持つ少女アルティナは逆にこれを好機と捉えた。


「私の事が分かるのですか?」


「王宮の式典にて幾度かお姿を拝見させていただきました! 直接お話をさせていただいたことはございませんが……」


 ドナテロは言葉を返しながらも、馬のくつわをオイゲンに預けながら大地に降りる。


「そうですか……、私の数少ない公式の場への出席のときですね。お恥ずかしながら、御覧の通り生き恥を晒しております」


「生き恥だなどと、何を申されます!? しかし、何故我らが領内に!?」


「今は緊急時故、詳細までは申せません。ですが、この国の未来の為、王族の務めを果たそうと恥を忍んでおります」


「でしたら、恥などとんでもない! ただ、お一つだけご確認させていただきたい。殿下が今申されましたこの国の未来の為、その未来とは一体何を目指しておられるのでしょうか?」


 この質問は、ドナテロにとって大変重要なものであったが、アルティナは一瞬の逡巡も見せず答えた。


「無論、民と国の安寧です」


「矢張りそうですか! それを聞いて安心しました! 我らと、我らが民をお守りくださり、改めて御礼申し上げます!」


 ドナテロはその言葉と共に深く頭を下げた。後ろに控えるオイゲンも同様だ。

 それを見てアルティナは慌てたように手を振るう。


「止してください。今はそんなことを言っている場合ではありません。一刻も早く、この街の人々を守る為、行動せねばなりません」


「で、では我が領の民達を守る為にお力をお貸しくださると!?」


「ええ、モチロンです」


 決意に満ちた瞳にドナテロは一瞬、射竦められたかのように動きを硬直させる。彼を救ったのは横合いから話に加わった人物のお陰であった。


「失礼、お初にお目にかかります、伯爵様」


 長身で細身、男の冒険者風の格好をしているが、燃えるような赤い瞳とベリーショートに整えられた瞳と同じ色の頭髪に思い起こされるものがドナテロにはあった。


「まさか……!? リィズ嬢か!? お二人で男の格好をして何を!? ……いや、今はそんなことに拘る場合ではありませんな」


「ええ。その通りです。早速ですが、この街の地図はありませんか? 出来るだけ詳細が分かるものが良い」


「それでしたら、我が館においで下さい。そこで詳しい話をさせていただければと思います。御供……? の方々も」


 『御供』の言葉でドナテロのイントネーションが疑問形となってしまったのは致し方無いものと言えた。

 虎丸は取り敢えず置いておいて、シアとハークの二人共、王侯貴族に護衛として就く人物像としては当て嵌まり難いからだ。

 シアはまだ良い。女性としては巨大過ぎる体躯であったとしても、巨人族程でもないし、巨人族であったとしても騎士になれぬことは無い。


 だが、ハークはドナテロの眼から視れば確実におかしい。エルフ族を従者としている者はいないし、そもそもエルフ族の子供など始めて見たほどである。


「供の方ではありません。ししょ……いえ、仲間です」


 そう言って、アルティナと共にリィズは後方に視線を移す。

 そこではハークとシア、そして虎丸が戦いの跡片付けを既に終えかけたところであった。散らばった魔石は回収され、シアの『魔法袋マジックバッグ』の中に欠片ごと放り込み、骨は街の中央路への中心へと粗方集められていた後、ハークの『爆炎嵐ブレイズストーム』によって一瞬にして灰と変えられる。態々中央路の真ん中で行ったのは、万が一にも周囲の建物に炎が燃え移らぬように考えてである。万が一燃え移っても、ハークには習得済みの水魔法『水放射ウォーターショット』があるが、念には念を入れるということだった。


「仲間……ですか。わ、解りました。取り敢えずこちらへ。先行致します」


 正直、作業中の二人と一匹と、アルティナ王女並びにリィズ嬢との関係が非常に気になり詳細に踏み込みたい衝動に駆られるドナテロだが、全ては自身の館にてと思い先導を開始した。



 軍議の如き、トゥケイオスの街のこれからの運命を決定付けるであろう会談は、ハーク達一行と、領主ロズフォッグ家親子に筆頭政務官、更には衛兵長まで加えられて行われていた。


「何たることだ……。そんな事態が進行中であったとは……!」


 頭を抱えぬのは、貴族としての、ドナテロのせめてもの矜持だった。


 会談は、基本的にアルティナがハークから伝えられた知識をドナテロに話し、リィズがその補佐を務める形で進行した。


 ハークは知り得る『黒き宝珠』の情報を、伝えられる限りアルティナ達、つまりは仲間達に伝えていた。無論、ハークは古き龍種の一柱、ガルダイア=ワジが『黒き宝珠』を遥か昔に作成したという事までは話していない。あくまでも伝承という形だ。


 青い顔をしたまま、無言で俯くトゥケイオスの領主たちに対し、リィズが補佐としての役目を果たすべく口を開く。


「ご領主閣下には基本方針を決めていただきたい。逃げるか戦うか」


「我ら王国貴族は民を見捨てて逃げたりなど致さぬ!」


「分かっております。全員で生き残る為に撤退するか、一丸となって最後まで抵抗するかです」


「……そうですな……。大声を出して申し訳ない。撤退は難しいでしょう。草原で囲まれれば碌な抵抗をすることも出来なくなります。住民を見捨てる結果となる」


「と、なると、やはり防衛戦一択ですね」


「それで、詳細な地図をご所望していらしたか」


「ええ、その通りです」


「……確かにそれしか考えつきませんか……。メグライア、頼む」


「はい」


 ドナテロが脇に控えるメグライアに頼むと、彼女は衛兵長と共に重そうな法器を運んでくると机の上にそれを置いた。彼女がたおやかな指でそれを起動させると、中空にトゥケイオスの街の映像が浮かび上がる。


「おお」


 『映像法器』を見たことの無かったハークは軽く驚きを示す。とはいえ、ソーディアンの冒険者寄宿学校で、黒板なる法器に文字や図などの絵などが表示されたところはそれこそ何度も拝見したので実に軽くではあるが。


「この図を視ると……、市民を全て収容できるような建物や建造物はありませんね」


 この街には、コロシアムのような大型施設が無いからである。アルティナが確認のように言う。


「そうですな、詰め込んだとしても半分が関の山でしょう」


「屋外だとすると……、館の中庭なども含めた敷地内か、中央広場といったところですね」


「リィズ嬢の言う通りだ。ここは元々辺境領であったからな。不測の事態に備え、中央広場と当時の城でもあった我が館の敷地は広めにとってある。しかし、中央広場には壁となる防御壁というものが無い」


「つまりは、領主の館ここ一択ということですね」


「待ってください。東門を修理すれば、街全体を丸ごと守れるのではありませんか?」


 メグライアがそう言って口を挟む。彼女にとっては生まれ育った大事な故郷であるこの街が少しでも傷付くというのは耐えられない。

 しかし、どうにもならない事態はある。今回がそうだった。最初に挨拶を交わしたっきり、説明をアルティナに任せていたハークがここで改めて話に加わった。


「失礼。ドナテロ殿、この領内に於ける常駐戦力は衛兵隊が全て。そのれべるは二十前後が平均と視たが如何か?」


「……その通りだ。我が領も戦線に出なくなって久しい。現役ではそのくらいだろう。最も高くて23の筈だ」


「冒険者ギルドの方は?」


「そちらは管轄外なので詳細を把握してはいないが、25を超える者は所属していないと記憶している」


「そうなると、『黒の宝珠』が操るスケルトンと真っ正面からやり合えるのは儂らだけになりまする。味方の死が敵の戦力増強に直結するこの状況下での戦力分散は不可能。残念だが街の建物の方は諦めて貰う他ありますまい」


「其方の仰る通りだ。メグライア、今は人命優先と考えよう」


「……そうですね。申し訳ありません」


 エルザルドの話によれば、『黒き宝珠』は拠点破壊用ではなく拠点奪取用に開発された経緯がある故に、建造物に対して必要以上の破壊活動を行わない可能性もある。だが、それも確証は無い。拠点奪取に必要であると判断されてしまえば、大きな損害を被る可能性もまた有るのだ。気休めは言えなかった。


「それに、思ったより奴らは狡猾です。手薄な箇所をもし見切られでもしたら、始末に負えなくなる」


「……確かに。今までスケルトンと言えば、ただ単純に襲い掛かってくるだけだった。しかし、東西からの挟み撃ちの上に、今は街を取り囲み我らの脱出を阻んでいる。あまつさえ武器庫を襲い、中の武器を奪取したとみられる一連の行動……。こんな組織立った動きを見せるスケルトンなど未だ嘗ていなかった。明らかに考えた行動しておる……」


 ここでリィズが再び口を開く。


「では、閣下。ここ・・を主戦場とさせていただきます。よろしいですね?」


 明らかな念押し。それに対し、ドナテロはしっかりと頷いて同意を見せた。


「無論だ。住民を守る為であれば、好きに使ってくれて構わない」


 その言葉に礼を持って答えたのはアルティナであった。


「ありがとうございます。では、館内には子供や女性、ご老人の方々など非戦闘員を優先的に。中庭は体力のある者、外庭や外壁周辺は衛兵隊並びに冒険者の方々で固めて貰います」


「了解です。どうだ、衛兵長?」


「先程の戦いぶりを視ては嫌とは言えませんよ。寧ろ、モーデル王家直系、第二王女殿下の下で戦えるなど光栄と言えます。親父にも自慢出来ますよ!」


 ドナテロの確認に、まだ30歳前後の若い衛兵長は苦笑するような表情で答える。

 彼が言い終わると同時に、衛兵長も含めたロズフォッグ家側全員が頷き合い、次いで領主であるドナテロも含めて一斉に頭を下げた。


「我ら一同、今より第二王女アルティナ姫殿下の麾下へと入ります! どうか、我らを上手く使い、この街の住人たちをお救い下さい!」


 その台詞の意味するところに気付かぬアルティナやリィズではなかった。

 ハークも同じだった。シアも含めて視線を交換し合い、ぐっと拳を握る。


〈良し。これで準備は整った。未だ第一段階ではあるが……、そうそう奴らの好きになどさせぬ〉


 ちらりと外へと視線を走らす。まだ夕闇にも程遠い時間帯だが、窓の外は陽光を遮られ、夜と見紛う暗さだった。


 だが、また太陽は昇る。




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