210 第15話09:Forces




 前触れも無く、突然訪れた異常事態に狼狽えた市民たちが続々と中央広場へと集まる中、彼らを宥めさせる指示を出しながら、トゥケイオス領主ドナテロ=ジエン=ロズフォッグは矢継早に次々と齎される報告に苦慮していた。


「お館様。西と東の衛兵隊からの連絡が途絶えております……。何かあったとしか考えられません」


「中央の衛兵を様子見に行かせるしかないな……。しかし、西には墓地。東には大したものは無かった筈だ……」


「……お父様……、東にはまだこの街が辺境領であった時代の、古びた武器庫がそのままに残されてあったのではありませんか……?」


 メグライアの言葉にドナテロと彼の側近である筆頭政務官オイゲンが顔を見合わせる。ドナテロの愛娘は記憶力も抜群であった。

 ロズフォッグ領は約25年前まで、隣接こそないもののこの国で最も東側諸国に近い辺境の地であった。

 当時は万を超える兵を従えていたが、最辺境の地がワレンシュタインへと移ることで軍を維持する必要が無くなっていた。今では兵の数は10分の1程度であるし、軍隊でもない。その頃の予備武器庫が街の各所に今も残っているが、既に長い間整備もしていなかった。


「メグライアの言う通りだが、オイゲンよ、最後の点検したのは何時だ?」


「20年はそのままです。中身はかなり朽ちていると思われますが……」


「そんなところを襲うとして……、何の嫌がらせだ?」


 東側諸国、則ちバアル帝国からの襲撃であればどんなに規模が小さかろうと軍だ。武器が不足しているなど有り得ない。同じく襲撃者と仮定して、今ではめっきり少なくなった盗賊団であったとしても、街を襲うような一団が金目の物ではなくまず武器を狙うというのも考え難い。


「物見の塔からの報告はまだか……?」


 ドナテロは領主の館、嘗ての辺境領領主の城であった名残なごり、東西南北の四方に聳え立つ細長く積み上げられた石造り塔、その東の一つを見上げる。

 建立した当初から、周囲よりも一段高くなるようにこの場は盛土が成されてあり、更にドナテロの4代前のロズフォッグ家当主が街の安全を常に見張れるようにと追加で建てさせたものである。


 長き平和が末に使われなくなって久しいが、整備はずっと続けていた。

 見詰めていると塔の一つから漸く物見の一団が出てきたと報告を受ける。しかし東でも西でもない。南側の塔からだった。


 物見を終えた一団は血相を変えて迫って来た。


「報告します! モンスターの一団が街を包囲しております! その数、少なくとも千以上!」


「何だと!?」


 何かとんでもない事態を物見の一団が発見したであろうとは予測していたが、事は完全なる範疇外であった。思わずドナテロの表情が歪む。


「モンスターの種類は判りますか?」


 横合いからメグライアが口を挟んで訊く。本来の主や上司ではないのにも拘らず、彼らは即座に報告を再開した。


「アンデッドモンスターです! スケルトンの大群です!」


「なっ!?」


 街の周囲どころか領内中至る所に点在する遺跡には、他領では殆ど見られないモンスターが出現する。骨の化物スケルトンは通常、古びた遺跡内部に巣くうアンデッドモンスターであるが、極稀に地上に迷い出ることがあり定期的に駆除する必要があった。

 しかし、千などという数が現れるなど聞いたことも無い。


 その時、待ちに待った東側の物見を終えた一団が戻って来た。


「申し上げます! 東側の城門を突き破り、進軍してくる一団を発見しました!」


「何だと!? スケルトンか!? 衛兵隊を前に出せ、市民を守るのだっ! 私も出る!」


 その言葉を聞き、一斉に顔を青ざめさせるメグライアとオイゲン。


「お止め下さい、お館様!」


「ダメです、お父様!」


「メグライア……。長き平和な時故見せる機会は無かったが、我らロズフォッグとて武門の家柄。兵士たちに死を強要しておきながら、のうのうと後方にて指揮などに興じるワケにはいかん! オイゲン、我が剣と馬を用意いたせ!」


「お館様……! う……、く……、ははぁっ!」


「オイゲンさん!? 父は来年で還暦なのですよ!?」


 どう考えても戦うような歳ではない。メグライアはそれを伝えたかったのだが、問題はそういうことでは無かった。


「お嬢様……。これも王国を支える貴族の務め、そして誉れなのです。お控えください」


「そんなっ!?」


 唯一の味方を失い、絶望の表情を見せるメグライア。

 だが、事態はそんな彼らでは最早対処不可能なほどに進行していた。



 トゥケイオスの街の人口は約20万人。その一角とはいえ、逃げ惑う人々の群れが街の中央通りに流れ込むのは必然であった。


 最速に近い戦いの準備を終え、残りの衛兵たち全てを率いたドナテロであったが、当然の如くその流れにかち合ってしまう。進軍速度は牛歩の歩みと同等と化していた。


「ええい! このままでは前に進めぬ! 東の衛兵隊はどうしたのだ!?」


「この街の人々の混乱ぶりでは、既に全滅の憂き目にあったものと思われます……!」


 鎧兜に身を包んだオイゲンが答える。彼は主以上の高齢であったが、先の戦争では軍師を兼ねていた。主にすら反対されたが構わずついてきたのである。


「くうっ! このままでは!」


 空に映る異様な幻影、その後の暗転。度重なる異常事態に住民も警戒を余儀なくされていたのだろう。

 故に東門が破られるという緊急事態を察知、危険から逃れる為に街の中央部へと大挙して避難するもそれが事態を悪化させていた。

 本来ならば事情を知っている者が裏道などに避難民を誘導せねばならぬのだが、その時間も惜しい。


 ドナテロは馬に跨っているが故に一段高く視線が通る。

 彼の視界の先では既に避難する市民達、その最後尾にスケルトンの群れが今まさに喰らい付こうとしていた。

 魔法部隊に『放て』の命令を出したくなる衝動に駆られる。しかし、今この場では前方で道を塞ぐ形となる市民達を巻き添えとしてしまう。真っ白になるほどに手綱を握る両の手を力いっぱい握り締めても何も変わりはしない。


 決死の覚悟であっても、救えぬまま。


(どうすればいい!?)


 考えても八方塞がり、諦めるしかないのか。そう脳裏に宿った時だった。


「ガァアァウワァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 混沌と喧騒に包まれ、隣同士であっても大声でなければならない状況であったその場をまるで斬り裂くように、獣の大音響が貫いた。


 声の主は真後ろからだった。ドナテロは弾かれるように後方を見る。

 白い魔獣とそれに跨った少年少女の姿が目に入った。凄まじい速度でこちらへ駆けてくる。ヤケに大柄な女性の姿が印象に残るが、そのすぐ前に跨る金髪の人物が先の魔獣が発したと思しき音響に負けぬ程の声量で叫んだ。


推参也すいさんなり!! そこを動くな!!」


 推参とは、推して参ると言えば聞こえはいいがハークが生きた前世の時代では傀儡子くぐつや遊女などが招かれてもいないのに勝手に芸の押し売りをすることを指した言葉だ。

 今ではめっきり見なくなってしまったが、正月の獅子舞というのもこの推参の一種である。


 つまりは意訳すると、「そちらの事情は知らぬが、勝手に戦わせてもらう!」という事になるが、ドナテロやこの世界の人間に解る筈が無い。それでも、2度にわたる大音響でしっかりと肝を潰された彼らは、その動きを硬直させていた。


 神速の白き魔獣はそのまま速度を一切落とすことなく、衛兵隊の最後尾にぶつかる直前ギリギリで地を蹴り、跳躍していた。

 とんでもない跳躍力だった。しかも何と計四人の武装した人間を背にしがみ付かせている。それでも飛距離が足りない。ドナテロまでは余裕を持って越えるだろうが、逃げ惑う市民達の集団真っ只中に落ちる、彼にはそう思えた。


 が、かの白き魔獣が着地したのはトゥケイオス一般市民の頭上でも中央通りを構成する石畳の上でもない。何と道路脇の店舗の壁・・・・であった。

 垂直の壁を足場に、白き魔獣は更なる跳躍を見せる。まるで重力を無視するかのように。羽すら備えているかの如く、白き魔獣は見事市民の列すら軽々と飛び越えた。


 その身が未だ空中にある内に、先頭に跨る金髪の人物が魔獣の首元の毛から手を放し、一足先に下へと降りる。ドナテロは若い頃何度も戦場に出て戦ったことがある故に27レベルという中々に高レベルだが、彼の眼であってギリギリ追うことが出来た動きであった。


「奥義・『大日輪』!」


 そして一閃。円を描くような軌跡を垣間見たと思った瞬間、その人物の着地地点に群がっていた骸骨の化物共が一斉に吹っ飛ばされる。明らかに二桁を超える数だった。


(耳が長い? エルフの……剣士か!?)



 勿論ハークであった。この時ドナテロは気付かなかったが、彼の奥義・『大日輪』は群がる12体のスケルトンのコア、魔石を一刀の元に全て両断していた。

 ハークが敵を蹴散らし、丁度開けた場に虎丸が音も無く着地する。未だ背に乗るシアとテルセウスとアルテオの為、四肢とその先に付いた肉球とで衝撃を全て吸収し切ったのである。


「いくぞ皆ぁ!」


 言いながらまた大太刀を振るう。斬魔刀はまたも簡単に6体もの髑髏しゃれこうべ、その胸元にある魔石を両断していた。


「「「おおぉお!」」」


 ハークの鬨の声に続き、3人の女性も地に降り立つ。とは申せ、傍目には大柄過ぎる女性一人に、少年と細身の青年男性の二人としか見えぬだろうが。


 兎も角、シアが奔り出す。加減はしない。


「『剛っ連っ撃』ぃー!」


 次々と繰り出される一撃一撃が、骨の化物を砕いていく。如何に魔石が無事であろうとも接触を絶たれては繰り糸も届かない。そういう意味で鈍器はスケルトンに有効なのだ。


 続くアルテオも、己の身長に迫るほどの刀身を持つ長巻を振るう。


「『剛ぉー撃』っ! せえりゃあ!」


 そこへハークからの注釈が飛ぶ。


「シア! アルテオ! その骨の化け物は魔石が無事ならまだ動く場合がある! 決して油断するな! 特にアルテオは可能ならば魔石を奪ってしまえ!」


「了解です!」


 アルテオは肩口から袈裟斬りに斬り倒したスケルトンの斬り口に手を突っ込み、魔石を取り出す。

 隙にもならぬ僅かな時、そこを狙って襲撃を仕掛けようと近付くスケルトンもいたが、横合いからの雷撃により逆に強襲される。


「『雷光の鞭ライトニング・ウィップ』!!」


 魔法で創り出された電撃鞭の担い手はテルセウスであった。

 そのまま薙ぎ払うようにして計3体を巻き込んだ。骨に電撃は即座の効果を齎さないが、肉体や臓器に守られていない魔石は煙を上げて、骨の制御を手放した。


 その間に、またもハークの大太刀が振るわれ、5体のスケルトンがバラバラとなって弾け飛ぶ。その一撃で周辺の敵の片付けが粗方完了する。

 これで場が整った。加速するための距離が。


「行けぃ! 虎丸ぅー!」


ガウッランッガウァアアアアペイジイイイアア・ゴッッアガァアタイッッガァアアァアアアアアアアアア!!!」


 音速を超えた巨大な白き砲弾、放たれし螺旋を描く疾風は怒涛の勢いで竜巻と化す。進路上の一切合切を微塵とし、触れざる者すら巻き込み粉砕する。


 一瞬の暴虐。

 後に残るは黄ばむ骨と骨。そして若干の茜色した石の欠片。

 ハークが見回し、虎丸が振り返る。

 虎丸から『鑑定』の結果を念話で告げられて、ハークは一息つくと斬魔刀を持つ右手を振り上げた。


「我らの勝ちだ!」


「「「っっっしゃああ~~~~!!」」」


 ハークの勝ち名乗りに続き、仲間たちは其々拳か武器を高々と突き上げる。

 150に迫る数のスケルトンとの戦闘は既に終わっていた。



 劇的に生命の危機を救われたというのに、期せずして観衆となった市民や衛兵隊に声は無い。あまりの瞬殺劇に呆気にとられ、言葉を失っていたのだ。


(な、なんという……!?)


 状況と精神状態は周りの者達と同じであったが、領主としての責任感故に少しだけ早く己を取り戻したドナテロが僅かずつ馬を進めた。

 気付いた進路上の衛兵と市民までもが、ほぼ無意識のままに道を開ける。


 市民を左右に割った狭き一本道を進むドナテロだが、その途上で見覚えのある顔を発見する。

 先の執務室で話の中に出た人物であったが為か、思わずその名が口から飛び出した。


「アッ、アルティナ姫様!!?」


「……え?」


 呆けて見上げる、蒼く無警戒な瞳が、2年前に拝謁した第二王女の瞳と重なった。




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