209 第15話08:決断




 ハーク達に遅れて街の西部門衛兵隊と合流したアルティナことテルセウス達は、衛兵隊長を務めるウィレムと雑談という名の情報交換を行っていたが、いつまでも戻ってこないハーク達を心配して墓地に足を踏み入れていた。

 まずはウィレムにハーク達が向かった先として聞いた遺跡の入り口へと向かったのだが、意外にもハーク達はそこに居た。


 佇んだままで。


「ど、どうしたのです? ハークさん?」


 ハークの表情がすぐれない。

 いや、このような・・・・・ハークの表情を、テルセウス以下仲間達全員は見るのが初めて、そんな表情だった。


 テルセウスの正体たる第二王女アルティナの持つイメージとして、ハークはいつも冷静沈着、泰然としていて常に未来さきを見据えており、万一読みを上回られることはあっても経験則に基づいた対応策と超絶無比な剣技により即座に場を盛り立て返す、そんな人物であり、実際そうだった。

 特に表情を変える事が殆ど無い。笑顔などは時折見せるが、驚愕や焦りなどそういった感情を表に表すことが、今まで数えるほどしかなかった。そういう意味でも充分過ぎるほどの異常事態であるとアルティナには感じられた。


「皆、来てくれたか。丁度良い。今回の事態が粗方つかめた」


 その言葉に遅れてきた3人が一様に驚くが、ハークに関しては今更だ。

 彼は全く世間擦れしておらず、ヒト族の慣習や常識には疎いが、逆に未知の知識と技術の宝庫であった。

 まず年長者にして副リーダーでもあるシアが口を開いた。


「本当かい? そいつは凄いね。エルフの知識ってヤツなのかい?」


「……ああ、それに関しては後々説明できればいいのだが……。兎に角、今回の事態に対応せねばならぬ。スタンとも合流したいところではあるが……、その前に、今儂が解っていることを説明しておこう。皆、心して聞いてくれ。特にテルセウス」


「は、はい!」


 珍しくの名指しに、アルティナは一瞬身を固くする。


「お主には特に、……少々酷な決断もして貰わねばならぬかもしれん」


 ハークが語りし言葉に、彼女たちは皆戦慄した。



 『黒き宝珠』。

 神話と紡いだ歴史が未だ曖昧な時代に創られた『逸失技術品』ことオーパーツは、後の世にてアーティファクトと呼ばれるに至る。

 その中の一つ『黒き宝珠』は、現在生きるヒト族が古王国と呼ぶ古の国家にて、拠点陥落用大量殺戮兵器として使用されていたアーティファクトであった。


 一度ひとたび使用することでその地周辺を霊的に支配し、戦闘に使用することが可能な遺物、つまりは遺体の骨を不死の尖兵へと変えてしまい、そこに息づく生きとし生ける者全てを滅殺する呪われた魔法器。


 人が住む以上、世代を重ねる以上、遺体は常に生まれ、蓄積していく。

 降り積もる雪の如く。或いは地に折り重なる層が如く。


 砦などの軍事的拠点も同じことだ。一度戦場となれば打ち捨てられたそれ・・はどう仕様も無く大量に発生する。


 これが軍隊と化し、一斉に生ある人々に襲い掛かる。

 それは死を恐れない。最早、既に死んでしまっているからだ。

 死を恐れず、齎す軍勢。彼らは、いや、それらは殺した人間すらも瞬時に宝珠の支配下に陥れてしまう。


 正に恐怖でしかない。軍勢は支配下に置いた領域内全ての生命が潰えるまで蠢き続ける。

 死の宝珠が生命から吸収した魔力を使い尽くすまで。


 後に残るは無人の荒野、ならぬ主を失った家々、街、城、或いは砦である。


 このアイテムの最大の長所は、邪魔な生物、つまりは敵軍の人間だけを始末し、建物など物資の被害は最小限に留める点にあったという。故に『黒き宝珠』の鎮静化後、そのままの形で占領し再利用することが可能だった。

 しかしある時、不注意か敵対者の故意か、はたまた全くの運命の悪戯か、古王国の首都にて宝珠は起動してしまい、一夜にして栄華を誇った国は瓦解することになる。



「『黒き宝珠』は一旦起動すると最早何者であっても止めることは出来ぬらしい。発動と休息を3時間の周期で繰り返し、発動中は周囲の生なきむくろを次々己の支配下へと変え、嗾けてくる。発動は全部で三度みたび行われるが、一度目と二度目の発動は操れる数にもある程度限りがあるらしい。しかし、三度目には周囲一帯の魔力も取り込み終わることで、操る数に限度は無くなる」


「つまりは、一度目と二度目は相手を場に留める為の前哨戦ということか……」


「……3時間という周期が嫌らしいですね。住民を抱えては脱出出来ない」


「その『黒き宝珠』とやらを、破壊して止めることは出来ないのかい!?」


「『黒き宝珠』は三度目の発動までは何処かに潜伏するらしい。本気を出せる準備が整うまでは姿を現さないということだな……。恐らくこの遺跡の奥で発動されたようなのだが、既にもぬけの殻だ。魔力の残滓しか残っていない。虎丸の感知能力でも無理だった」


 無機物の匂いは感知し辛い。それでもクロウかグレイヴンかどちらかの匂いでも残っていればとハークは考えたのだが、既に別の場所へと移動したことしか虎丸も判別出来なかった。呼吸する必要が無いことを利用し、どこかに埋まってしまったものと考えられる。


「……クッ! 厄介だね!」


「この街は大変に歴史深い街です。その全てがアンデッドモンスターに変えられてしまうのだとしたら……、何百、何千万のスケルトンの軍勢となってもおかしくはありません!」


「……しかし、大半は何の力も無い、普通の住民の骨の筈。成長する時間も無ければレベルも低く、脅威とはなり得ないのでは?」


 良い点を突くアルテオことリィズだったが、『黒き宝珠』はそんな甘いものではなかった。


「いや、残念ながらスケルトンのレベルは操る側、つまりは『黒き宝珠』の魔力レベルに準じるらしい。先に儂らが倒したスケルトンも皆一様にレベル25であった。儂らが間に合い切らず、殺されてしまった衛兵3人を元にしたスケルトンも同様だった」


 虎丸には『鑑定』のスキルがある。ステータスの中身まで看破しようとすればある程度の時間を要するが、レベルだけであれば一瞥で足りる。オマケにハーク自身が斬った感触もほぼ一様に同等であった。


「……25……。この街の衛兵では殆ど戦えませんね……。冒険者ギルドに強いお方でもいてくれれば良いのですが……、この地では望み薄……。6時間という短い時間では援軍も無理……。『黒き宝珠』の支配下勢力圏の大きさは?」


「伝承では大凡直径で80キロメートルだそうだ」


「……無理です。第一陣を防ぎ切ったところで脱出を図っても片道40キロ。馬や馬車があってもギリギリ……、脱出に手間取れば絶望的だし、住民全員の分なんて用意出来ない……。街の外は何もない草原地帯です。囲まれたら最後……。脱出は考えるべきではありませんね」


 テルセウスが一つ一つの可能性を潰しながら語った。それを聞き、アルテオも自身の推察を口に出す。


「脱出は不可能……。住民を守りながらであれば、何処かに陣を敷いて防衛戦ということになりますね」


「三度目の襲撃まで耐えて、何とかその『黒き宝珠』とやらを見つけて破壊。もしくは耐え切らねばならないってことかい。こりゃア、難しい仕事になりそうだね……」


 シアが神妙な表情で言うが、ハークは首を横に振った。


「いや、我らだけであれば逃げるのは、脱出するのは然程さほど難しくはない」


「……え!?」


「なっ……!?」


「何言ってるンだい、ハーク! この街の人たち全員見捨てるってのかい!? 冗談じゃあないよ!」


 シアが噛みつくように言う。だが、ハークは彼女の激昂する迫力にも怯むことなく視線を交わらせた。


「冗談ではないぞ、シア。我らはこの国の未来を、それこそ冗談ではなく背負って立つべき人物を、辺境領ワレンシュタインまでの道中お守りしておる最中なのだぞ」


「……あ……う……!?」


 あくまでも冷徹に語るハークの言葉に、激昂しかかったシアが絶句する。

 そして彼は、今度はテルセウスの方に身体ごと向けて尋ねた。


「テルセウス……。いいや、今はアルティナ姫様と呼ばせてもらう。我らは其方を安全にワレンシュタイン領まで送り届ける義務がある。其方は生きなきゃあならない、何としても、この国全員の為に。儂はエルフだが、これだけは分かる。この国の未来のために、其方は絶対に必要なのだ」


 尚もハークの詰問は続いた。この国全体の未来の為、この街の未来に目を瞑れと言う意味の。


「アルティナ、酷なようだが其方ご自身が決めるしかない。この街は、最早絶体絶命の死地だ。今すぐ我らと共に虎丸に跨り脱出するか、この街の住民たちと運命を共にする覚悟を決めるか、二つに一つ」


「ハーク様……」


「付け加えて語るならば……、古王国は二度目の襲撃までは耐えたそうだ。だが三度目で敢え無く力尽き、全滅した」


 ハークは淡々とではあるが、意識的に重い言葉を重ね続けていた。眼に見えずとも、圧し掛かる圧力は相当な重さだった筈だ。

 それでも彼女は、一歩も後ろには下がらなかった。


 テルセウス、いや、アルティナは、一度ハークに向かって一礼すると、じっと彼の瞳を見詰め返した。その眼に迷いは無かった。


「ハーク様、私を、私の意思を尊重してくださって、ありがとうございます。ですが、私の心は既に決まっております。どれだけの事が出来るか分かりませんが、私はここに残り、戦います。どのような結果になろうとも後悔は致しません!」


「姫様……」


 アルテオが心配そうな声を出す。

 今この瞬間だけは、皆、アルティナを王女として、王位を継ぐべき者として扱っていた。


「先に言っておく。勝ち目などほぼ無いぞ。条件が悪すぎる。これは脅しではない」


「理解しています。しかし、ここで逃げては私は死んだも同然なのです。モーデル王家を継ぐ者として! 我らモーデルの王族は、決して国民を、民を見捨てたりなどしないのです! 逃げて生き延びたところで、私の中に皆が抱く希望は潰えます! だからこそ、私は逃げません!」


「これが其方の兄、アレサンドロ王子の罠であったとしても、か」


「はい!」


 ハークの三度の確認にも考えを変えること無く言い放ったアルティナは、今度は一人一人に視線を向けながら言う。


「ハーク様、スウェシア様、そしてリィズ……。ここまで本当にありがとうございました。……ですが、あなた方まで私の我儘に巻き込まれる謂れはありません。私に構わず脱出し、どうか無事にワレンシュタイン領へ……」


 だが、誰も彼も皆まで言わせる気は無かった。


「何を言っておられるのです、姫様! 私も戦いますよ、我らは一蓮托生ですから!」


「良く言ったね、姫様! あたしもモチロンご一緒するよ! むさ苦しくなけりゃあね!」


 そしてハークも。深く頷きながら満足気に言う。


「良い覚悟だったぞ、アルティナ姫。そこまで言うならば是非も無いな。無論、儂らも全力を尽くす!」


「ガウッ!」


 次いで虎丸すらも一吠えを上げた。


「ハーク様……、皆様……!」


 思わず眼元を潤ませるアルティナを、ガッシリと抱き寄せつつシアは横のハークに顔だけ向けて問う。


「人が悪いねエ、ハーク! ワザワザ試すようなこと聞くなんてサ!? どーせ元からヤル気だったんだろう!?」


 シアがまるで咎めるか責めるかのように訊いてくる言葉に対し、ハークは苦笑しつつ返す。


「いいや、8割方本気だった」


「そうなのかい!?」


「彼女をワレンシュタイン領まで無事に送り届ける事が、我らに課せられた依頼なのだからな。この言葉に偽りは無い。だが、それ以前にテルセウス・・・・・は儂の、儂らの大切な仲間だ。仲間の願いには、全力で応えるのが筋というものだろう?」


「言うねェ、ハーク!」


 言いながらシアはハークの肩をバチンとはたく。気分が乗っていたことから加減を間違えたのか、ハークの脚が地面に軽くめり込むほどであった。『魔布襦袢』をハークが着込んでいなければ、小さくない怪我も負っていたかもしれない。


「良し! これで我らが方針は決まった! まずはスタンと合流し、『黒き宝珠』の第一陣を迎え撃つ!」


 肩をさすりながら言い放たれたハークの指示に、全員が「おう!」と高らかに応える。

 その姿を視て、ハークは本当の覚悟を決めたのであった。




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