206 第15話05:Smell of The Death
ケタケタと笑い続けた奇怪な骸骨の像は、体感時間1分ほどで消えた。
どうやら映像法器のようなものだったのだろうか。質の悪い悪戯であっても趣味が悪いが、あんな大掛かりなもの見たことも無い。
馬鹿デカいスケルトンが消えたと同時に空の色も元に戻ったようにも見える。
……が、
「ウィレムさん、何か暗くねえか……?」
ロズフォッグ領領都トゥケイオス衛兵隊西部門長ウィレムは、隣に立つ部下に言われてもう一度空を見上げた。
確かに奇妙なほど薄暗い。太陽は未だ出ている時間帯の筈だ。実際、太陽も視えている。だがまるで暗がりのベールに包まれたかのような明るさ程度しかなかった。
まるで暗雲に覆い隠されたかのようだ。
「一体、何が起きたんだ……?」
訝しげにウィレムが呟いたのと、その声が聞こえたのは殆ど同時だった。
「た、助けてくれぇ~~~!」
この街には、他の街と違って未解明の遺跡が数多く存在する所為か、他の場所ではちょっと見られない職種の人間がいる。
トレジャーハンター。
冒険者ほど勇敢でも強くもない彼らは、止せばいいのに度々遺跡に侵入する。遺跡の中は踏破済み、未踏破問わず大抵はアンデッドモンスターの温床である。出現量に僅かな違いがあるくらいだ。
ただし、未踏破の遺跡からは、極々偶にだがスケルトンなどのモンスターが迷い出てくることがある。
街外れの墓地にほど近い街の西区を受け持つウィレム隊は、そういったアンデッドモンスターを退治する役割も担っていた。
しかし、命知らずと言うか無謀と言うか、はたまた傍迷惑と言おうか、遺跡に侵入したはいいものの命の危険を感じ、途中で戻ってくる輩もいる。そういった連中を追い駆けて、モンスターも外に出てくる場合があるのだ。追い駆けられた連中には好い面の皮だが、衛兵隊としては見捨てるワケにもいかない。
そういった手合いだと思い視線を向かわせたウィレムは、驚愕に眼を見開くことになった。
まず、アンデッドモンスターから追い立てられるかのように必死に逃れていたのはウィレムの部下4人組1部隊であった。
定期的な巡回に向かった者達だ。彼らならアンデッドモンスターの1体や2体など物の数ではない筈だし、今までも問題になったことなど無かった。
そう、1体や2体なら。
その数が問題であった。何と軽く見積もっても100を超える大群なのである。朽ちかけた剣や折れそうな刃のついた槍を手に持ち、今にも部下たち4人組に迫りそうだった。
「う、ああ……!? ど、どうすれば!?」
横の若い副官がそう呟くのを聞いて、ウィレムは自分のやるべきことを思い出す。
とにかくあんな数をどうにか出来る筈が無い。ウィレム隊は全部で24名しかいないのだ。
「門を開けろ! あの4人組がくぐったところで門を閉めてスケルトンどもを閉め出すんだ! 魔法部隊! 援護出来るか!?」
「距離が近すぎて駄目です! あいつ等にも当たってしまう!」
「くそっ! お前ら走れぇ!」
指示を飛ばしながら、門の扉左右に2人ずつ配置し開かせる。
重い扉が開くと同時に、そこへ飛び込もうとする部下たち。だが、一人が足を縺れさせて転倒してしまう。
「ブラン!!」
ウィレムは部下の名を呼んだが、時すでに遅し。ブランと呼ばれた青年はあっという間にスケルトンに囲まれて断末魔の叫びをあげた。
「うわあああああ! 助け……ウガッ!? ガッ! ゲブッ!?」
次々と鋭利な刃が青年に襲い掛かる。鑑定法器など使用する必要も無い。彼は死んだ。
「ブラン!? ち、畜生!!」
マジックユーザーである部下の一人が『
だが、正に焼け石に水だ。数体のスケルトン共を吹っ飛ばし、更にその周りにいる骸骨を燃え上がらせただけだった。
アンデッドモンスターを燃え上がらせる炎が死んだ部下、ブランの死体を色濃く照らす。
彼の犠牲は残念だが、引き換えに他の3人は生きて無事に城門をくぐることが出来た。せめて、彼の死を無駄にしない為にも城門を早く閉めるよう指示を飛ばそうとしたところで、生き残った3人のうちの一人が叫ぶように言った。
「み、見ろ! ブランが立ち上がったぞ!?」
そんな馬鹿なと思ったが本当に立ち上がっていた。しかし、立ち方がぎこちない。まるで体の各所を吊り上げられているかのようだ。
血に塗れたその表情は虚ろ。瞳はどこを向いているのかすらも良く解らない。その瞳が、だんだんと水分を抜かれたかのように萎んでいってしまっているからだ。
いや、瞳ばかりではない。顔や、更には身体全体から一気に水分が抜けていく。
(何だ!? 一体、ブランに何が起きている!? 水分……、じゃあない!? 血液が持っていかれているのか!?)
奇怪な変化はその後も収まる気配を見せない。みるみる干からびた死体となったブランは最早骨と皮だけだ。
その皮すらも突然ズルリと剥けて中の骨が顕わとなり、遂にブランのブランたる特徴は全て消えた。
そして最後に頭蓋骨の両目が収まっていた部分、空虚な二つの穴に赤い光が灯る、他のスケルトンと同じように。
そう、ブランはアンデッドモンスターとなったのだ。スケルトンに殺された人間は、残念ながら何度か見たことがあったが、こんな変化を見たことは無かった。
味方が殺され、敵が増えるなどと。
「う、うわあああああああああ!」
「にっ、逃げろおおおおおおおおおお!」
「馬鹿野郎! 扉を閉めるのが先だ!」
兵士たちはすっかり恐怖に肝を潰されてしまい逃げ出そうとする者すら現れた。それを副官が一喝する。言う通りだ。逃げるにしても城門を閉めてからでなくては。
「その通りだ! 逃げて良いのは城門を閉めてからだ! 早く閉めろ!」
扉近くに居た人間全員で城門閉鎖にかかる。
軋んだ音を立てて城門が閉まっていく中、もうホンの少しで閉まり切るというところで何かが間に挟まった。
1体のスケルトンが身を呈して間に飛び込むことで、こちらの邪魔をしたのだ。当然、その身はボキバキと嫌な音を立てて崩れ果て戦闘不能となる。しかし更にその隙間から槍と剣が別の黄ばんだ腕の骨によって突き出される。
「ぎゃあっ!」
「うがっ!?」
「シュタイン! ベック!」
どちらの武器も、たった今ウィレムが名を呼んだ部下の心臓を正確に貫いていた。それきりウンとも言わず、二人は一撃のもとに絶命していた。
(馬鹿な!? シュタインはレベル19、ベックは20だった筈だ! で、あれば、少なくとも相手のレベルは25以上!? こいつらみんなエリートモンスターか!?)
閉まりかけていた城門がゆっくりと押し返されていく。地の利を失えば数の少ないウィレム隊が敵う筈も無い。
更に悪いことに、一撃で殺された二人の死体も、先程のブランと同様の変化を見せ始めていた。
最早、自分達の部隊だけではどう仕様も無い。だが、ただで死ぬわけにもいかない。誰かに、あわよくば領主にこの危機を伝えなければいけない。
「撤退だ、逃げろぉっ!! 走れ!! 誰か一人でもいい! 逃げ延びてこの危機を伝えろおお!!」
「「「うっ、うっわああああああああああ!」」」
脱兎の如き逃走。だが、背後で再び城門が開いた気配を感じる。
カシャカシャカシャカシャカシャ、と骨の鳴る音が迫る。このままでは逃げ切れない。
部下を逃がす為、己を犠牲にする時が来たとウィレムは確信する。
一瞬で殺され、ブラン達と同じようにスケルトンのお仲間となるのは確実だ。ただ死ぬよりも倍以上の恐怖でしかない。
それでも覚悟を決めたウィレムが反転しようした時、何かが街の方、前方から駆けてくるのが見えた。
どう考えても人外の速度に、ウィレムは一瞬、新手かとも思った。しかし、白き魔獣に跨る少年が異様に長く奇妙な形状をした剣を構える姿に味方だと、援軍が到着したのだと確信する。
それが年端もいかぬ少年に見えたとしても、ウィレムは救援を依頼する声を上げるしかなかった。
「助太刀を頼むうう!!」
「任された」
少年が跨る白き魔獣の速度は凄まじく、ウィレムが助力を願い出た時には横を通り過ぎていた。
頭のほんの少し後ろから聞こえた少年の声に振り向くと、彼は魔獣の背から跳び上がるところであった。
人骨の集団に飛び込んでいく年端もいかぬ少年。その死は確実と思われた。
ウィレムは自分の命惜しさに、自分の半分の年数も生きていない若者の命を捧げてしまったのかと後悔した瞬間、奇跡が起こる。
「奥義・『大日輪』!!」
少年が人骨たちと接触する正にその時、その小さな身体よりも長い剣がスケルトンを薙ぎ払ったかのように視えた。
その数は凡そ20。凄まじい数だ。密集した地点に跳び込んだからだろう。
だが、それでも、相手の戦力5分の1に満たない。
「危ないっ!!」
スケルトン共の真っ只中に飛び込んだため、少年の周囲は敵だらけだ。しかもウィレムには先の一撃が視えなかったが、大振りの一撃なのは分かった。ほんの僅かに身体が流れている。
今度こそ少年の死は確実と思われた。
しかし、彼の周囲を暴風が通過した。
一瞬の暴虐によってバラバラに吹き飛ばされる人骨。
直後、奇妙で長い剣を携えた少年の隣に、白き魔獣が佇んでいた。
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