205 第15話04:急転直下




 元々ロズフォッグ家はこの国古参の多くの貴族家と同様に、低い地位の爵位しか持っていなかった。そして、多くの他の古参貴族と同じように、それを寧ろ誇りに思っていたのだ。


 しかし、東大陸側と、現在のワレンシュタイン領である『不和の荒野』を挟んで睨み合う形で隣接していた当時のロズフォッグ家は、モーデル王国がある程度の安定期に入った後も、何かしら東大陸側の国家に敵対的な動きあれば、その対処の一番槍を任されることが非常に多い立地条件であった。

 時にはロズフォッグ家単独で全てを解決まで導いたことさえ、何度かあるほどだ。


 そうした武勲を重ねる中で、褒美と共に、より上位の爵位を国王より下賜されることが何度かあったのち、ロズフォッグ家は現在の地位にまで昇り詰めた。言わば叩き上げの武功を誇る家柄なのである。


 そんなロズフォッグ家が、国の節目節目で少なくない武功を上げたとしても褒美こそ受け取る一方で高位の官職並びに爵位だけは拒むウィンベル家を、実に清々しい忠臣の鏡であると頼もしく思いことすれ、妬ましい想いを抱いたことなど有る筈も無い。


 しかし、妬心に狂う小人とは救い難いもので、東大陸と通じる最辺境の地と、軍を維持する為の予算を奪われたロズフォッグ家こそが、ウィンベル家が王国の歴史の中に消え去った後でも、その流れと役目を受け継ぐワレンシュタイン家を同様に敵視して然るべきと、今もって彼らは考えているらしい。

 当のドナテロ本人は、ワレンシュタイン家にも、当主ランバート=グラン=ワレンシュタインにも特に隔意など抱いていない。前述のそういう込み入った事情故、深く話した機会すら無いのだ。

 若い頃、帝国との戦争中に幾度かの軍議にて顔を合わせた程度しかない。まだメグライアは産まれてもいないし、先代も存命中のことだ。



 ドナテロは以上の事を懇切丁寧にメグライアに語って聞かせた。

 理解したしるしに彼女はゆっくり頷いてから口を開く。


「お話は解りました。つまりはアルティナ王女様にお付きのリィズ様の存在が、我らロズフォッグ家には問題なのですね?」


 ランバート=グラン=ワレンシュタインの末娘リィズ=ワレンシュタインが、歳の近い第二王女アルティナの従者を幼い頃から務めているのは、この国に生きる者達にとっては平民でも周知の、最早常識だ。

 既に前身たる本家が滅しているというのに、彼女は未だに受け継いだ家訓を唯一人で実践し続けているのである。実に健気だと評判だし、ドナテロも同じ思いだった。


 因みにランバートの長男であるロッシュフォードも、嘗ては王家の子息女たち生涯の盟友へとなるべくに宛がわれていた経験がある。

 結局失敗したが。

 相手は、今現在の王宮どころか国中に嵐を巻き起こしている最中のアレサンドロ。

 ロッシュフォードは15歳となって、留学先であった帝国から5年振りに戻ったアレサンドロから絶縁を言い渡されている。

 諸事情故に、留学先の帝国にまでアレサンドロについて行くことが出来なかったことが遠因と言われているが、子供の頃から癇癪の激しかったアレサンドロと、それを諫めようとするロッシュフォードとは元々反りが合わなかったという話も聞いている。


 何にせよ、その後、ロッシュフォードはワレンシュタイン領内に戻り、戦にやや偏った才能を持つと言われる父ランバートを非常に良く支え、今や立派に父の名代も務めることが可能なほどだという。


 孝行息子並びに孝行娘で実に頼もしく結構なことだが、そのリィズ嬢が問題となるのであった。

 彼女と、主である第二王女アルティナ殿下との仲は睦まじい事この上なく、その関係たるや姉妹の如きであるという。という事はリィズ、延いては辺境領を治める彼女の出身家ワレンシュタイン伯爵家が、まだ派閥としてはしっかり形成もなされていないにも拘らずもその機が熟した暁には、『第二王女アルティナ擁護派閥』の急先鋒を務めるであろうという事は既に確約済みの事項と言えるのだ。


 つまりは『第二王女派閥』はある意味『ワレンシュタイン派閥』でもある訳である。


「その通りだよ。最早形骸化甚だしい我が派閥だが、それだけに第一の有力家たる我がロズフォッグ家が、まず最初に沈む船より抜け出したことが表に出でしまえば他家の面目が立たぬからな。機に聡いというよりも臆病と罵られよう」


 ドナテロが自嘲っぽく言うと、艶やかにニコリと笑ったメグライアが、まるで言質を取ったとばかりに言う。


「じゃあ、表に出ないようにすれば良いのですね?」


「ン? 表に?」


「はい! 内々に話を進めてしまえば良いのです。リィズ嬢のお父上か兄上と、お父様が直接お会いになり、事情を伝えて派閥、または同盟の参加を内密に具申すれば良いのです」


「ふむ」


「ほう」


 主と共に感嘆の呟きを漏らしたのは筆頭政務官である。彼は身内の発言という親の色目のフィルターを除外して考える手間が無い分、主よりも早く反応した。


「お館様、とても良い案ではないでしょうか。直ぐに打診すべきと申し上げます」


「む、そうかね?」


「ええ、そうですよ」


「オイゲンさん、援護ありがとうございます」


 そう言ってメグライアは花の様な笑顔を見せる。オイゲンとは筆頭政務官の名だ。


 オイゲンは思う。


(本当に良い娘に育ったものだ)


 気立てが良く、溌溂としながら、母親に似て美人。本来なら男共が放っておく筈の無い優良物件であるが、今のように聡明過ぎるが一点により、対等に彼女と付き合えるような男性は長らく現れず、ずっと高嶺の花であった。

 特に彼女は歴史学をずっと好んで学んでいた。歴史深い街トゥケイオスを治めるロズフォッグ家に産まれた者らしいと言えばらしいが、故にその方面の知識で彼女と真面に話し合えるものすら同年代では現れないほどであった。


 見下す、などということを彼女はしないにしても、最低でも対等の立場に立ちようの無い者と聡い彼女が男女の関係になど発展できるワケが無い。既に20代も半ばに差し掛かろうというのに浮いた話一つ無い彼女に、見合いの一つでもと周囲が勧めだす頃だった。


 この国はどの身分に拘らず、男女ともに結婚すべき相手を親族の都合で勝手に決められるなどという前時代的な慣習はとっくに廃れてしまっている。皆、自由恋愛が基本だ。望まぬ婚姻などを押し付けられた者の多くが、冒険者となって家を出てしまうからだ。

 多少の危険はあっても慎ましく暮らすぶんには問題無い。

 初代国王ハルフォード1世と『赤髭卿』が齎した構造改革は、そういう類いの古い考え方全てを過去にしたと言っていい。それでも、結婚適齢期という別の問題が有る。


 彼女の父親であるドナテロが以前に語っていたことによると、矢張り彼も自分と同じように恋愛をして、自分の好きな相手と娘が添い遂げることが出来れば、それが一番良いと考えていた。

 メグライアはロズフォッグ伯爵家の一人娘であるのだから、本来ならば相手の男はロズフォッグ家の婿となるワケで、当主の座こそメグライアが継ぐとしても王国一等貴族としての振る舞いと作法への理解は絶対条件である。

 しかしその条件も、彼女の理想の人生にもし重荷となるくらいならばとドナテロは親戚筋の分家から養子を取ることも考えていた。


 そんな矢先、メグライアの人生に突然、進展があった。遂に彼氏が出来たのである。


「……ふむ、それでな、メグライア。話は変わるがその後……、その……彼とはどうだ?」


 ドナテロもオイゲンと全く同じことを思い起こしていたのだろう。遠慮がちに切り出した。


 メグライアに恋人が漸くできたと聞いた当初、ドナテロは内心は複雑であろうとも表面的には目出度いと少なからず喜んでいた。しかし、相手の職業を聞いて、父親としての内心はより複雑になってしまった。


 メグライアに初めてできた恋人の職業、それはトレジャーハンターであった。


 トレジャーハンターは儲からない職業筆頭だ。いや、ほぼ収入の無い職業と言い切っても良い。

 人生金が全てでは無いが、男として、ある程度の収入が無ければ家族を守ることなど出来ない。遺跡の多いこの街には比較的同業者も多いが、結婚をしている者は非常に少なくその僅かな妻帯者も、収入の殆どを妻に依存しているロクデナシばかりだ。


 トレジャーハンターはよく『夢追い人』などと言われるが、夢だけでは食えないのである。そんな男に大切なメグライアの一生を預けられる筈が無い。オイゲンすらそう思うのだ。父親であるドナテロの心配ももっともであろう。


「は……恥ずかしいですわ、お父様。私たち、口づけもまだですのに……」


 メグライアはほんの少し頬を染めて途切れ途切れに言葉を返す。

 という事は手を握ったぐらいなのだろう。メグライアも相手の男も奥手で助かったが、話を聞く限り、少なくともメグライアの方は将来のことも考えた真剣な交際をしているようなのだ。

 父親であるドナテロとしては反対したい心持ちに違いない。語らずとも長年の付き合いであるオイゲンにはそれくらいは分かった。


「う、む……、そうか……。……メグライア、……あのな……」


「? はい、何でしょうお父様?」


 珍しくたどたどしい話ぶりに、メグライアが怪訝な表情を見せる。

 ついにドナテロが彼女の交際に苦言を呈するのかとオイゲンが固唾を飲んだ正にその時、乱暴に執務室の扉を叩く音が響いた。


「何事だ! 騒々しい!」


 大事な瞬間を邪魔されたような気分となり、オイゲンは思わず扉の外に向かって叱責を飛ばす。


「申し訳ございません! ですが、緊急事態です!」


 この声は衛兵長のものである。半年程前に前衛兵長が引退をしたので、今の衛兵長は30を超えたばかりだった。


「入れ!」


 緊急事態の一言を聞き、オイゲンは即座に扉を開ける。同時に血相を変えた衛兵長が部屋に飛び込んできた。


「も、申し上げます! 領都の、トゥケイオスの街上空に、巨大な姿が!」


「何ぃ!?」


 父親が立ち上がったのと、その父親の為に娘が執務室の窓を開けたのはほぼ同時だった。そのまま流れ作業の如く窓から上半身を乗り出すようにドナテロは領都上空を見上げ、思わず叫ぶ。


「な、何だアレは!?」


 約半年前、古都ソーディアンが巨大なドラゴンに襲撃されたということが嫌でも想起された。

 だが、窓と主であるドナテロとの隙間に一瞬見えたものは、ある意味それ以上の脅威であり、怪異であった。




   ◇ ◇ ◇




 ハークは些か拍子抜けしていた。悪い予感に苛まれつつもトゥケイオスの街に到着したが、いざ入ってみると街の様子は平静そのものである。

 大きな街ではないので寧ろ長閑のどかなものだ。はて、あの悪寒は一体何であったのかと首を捻りたいくらいである。


 今現在、一行の内、スタンは馬車の整備とこの後の旅路で必要な食糧と物資の買い込みに出て、別行動中だ。用意してくれた宿でこの後合流予定である。本当に至れり尽くせりなのだ。


 その間、ハーク達は皆で街を散策することになった。

 今までソーディアンの街を出たことの無いシアの為である。初旅行という彼女の為、まずはこの街の武具職人店を見物に行った。

 古都ソーディアン産のような雅やかな装飾は無いが、実用物としては悪くない揃えだったようだ。しかも安い。ただ、使っている鉄などの素材がよろしくないので妥当な値段だという。


 そんなことを語り合いながら、今度は冒険者ギルドの出張所に顔を出して、今日まで6日間の旅路の中で取得した魔物素材を納品するべく、街の中心部へと全員で足を運ぶ最中、不意に何かを感じたのか虎丸が空を見上げた。

 つられてハークも見上げた瞬間、空が急に朱に包まれた。まだ時刻は昼を数時間ほど過ぎたばかり。夕焼けには早い。

 と、いうより異常な朱色だった。しかも空全体を包み込んでいる。


「な、何!?」


「何が起こったの!?」


「テルセウス様、私の後ろに!」


 突然の異常事態に仲間たちが次々と声を上げる中、空を睨んでいたハークはそれを見た。


 それは、一面朱に染まる空に突然現れた、巨大な骸骨が笑う姿であった。





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