207 第15話06:Smell of Darkness
最早、少年の正面にしか敵はいない。周囲の敵は彼と彼の従魔が薙ぎ払ったからだ。
既に6割ほどが蹂躙されている。それを確認するまでも無く、少年は手に持った長い剣をくるりと反転させ、地面に突き刺した。
(何を!?)
謎の行動に訝しがるウィレム。距離が多少はあるとはいえ、まだ敵は残っているというのに。
少年は直ぐに動き出した。
「秘剣・『山津波』いっ!!」
恐らくはSKILLなのだろう。だが、ウィレムがこの歳まで見たこともないSKILLであった。
少年が剣を振り上げた瞬間、土砂が彼の前方へと舞い上がり、一気にスケルトンの群れに襲い掛かったのだ。
大地の瀑流がアンデッドモンスターたちを飲み込む。それが通過した後、残されたのはバラバラに砕け散ったような大量の骨屑であった。
———が、
「避けろぉっ!」
「おっ!?」
まだ蠢く奴らがいた。
これがアンデッドモンスターの怖い所なのである。普通のモンスターなら、いや、生物であればとうに終わっている筈の傷であっても、少しでも稼働可能な個所さえあれば構わず攻撃を仕掛けてくる。
今も、耳が長く先が尖っているので恐らくエルフの少年、或いは少女(勇ましくも奇妙な反りを持った剣を持っていたので最初男と思ってしまったが、こうして落ち着いてまじまじと見ても全くどっちだか判らない)に、ヒト族であれば鳩尾の辺りで上下に分断されたにも拘らず、上半身のみでエルフに近付き槍で突いて攻撃している。
ウィレムから視ると完全に虚を突かれたようだったが、エルフの冒険者らしき剣士は余裕を持って躱していた。
「気を付けろ! そいつらは身体をバラバラにしてやるか、身体ン中の魔石を奪い取らない限りいつまでだって動き続けるぞ!」
「忠言、感謝する! 虎丸っ!」
「ガウッ!」
エルフの剣士に従魔らしき白き魔獣が指示を与えられた途端、矢のようにカッ跳んで行く。
凄まじい速度で、まだ動く要素の残るスケルトン共に向かって行った、……と思ったら戦闘が終わっていた。後に残るはアンデッドモンスターの残骸を示す黄ばんだ骨ばかり。
ふと見ると、魔獣は既に元の位置、主であるエルフの剣士の隣に佇んでいた。数多くの魔石を咥えて。
(ま、間違いない! 高レベル冒険者だ! しかも、そんじょそこらの高レベルじゃあない!! 30、いや、もしかすると40!?)
ウィレムにはそうとしか思えなかった。実に見事な鎧袖一触。
40などという圧倒的なレベルの持ち主と知己を持ったことどころか、今まで出会ったことすら無いウィレムだったが、そうとしか確信出来ぬ手際だった。
とにかく助かった。思わぬ形ではあったが、そこにケチをつける気は毛頭無い。
ウィレムは未だに蠢くスケルトンがいないことをもう一度だけ確認してから、自分達の救い主へと近づいた。
「あ、ありがとう、助かったよ。私はこの街の西の衛兵隊を預かる部門長ウィレム=ストマーだ。助太刀、本当に感謝する、エルフの……剣士殿?」
最後疑問形になってしまったのは、少し礼儀を欠く発言に違いはないのだが、ウィレムとしてもどう仕様も無い。相手の正確な身分が掴めないためだ。オマケに自分自身の発言でありながら、どうにも違和感がある。
エルフの剣士など、文字通り見たことも聞いたことも無い存在だからだ。
エルフと言えば魔導士、魔法戦士、いずれにしても魔法をまず思い浮かべる。だが、彼は先の戦闘で一切の魔法を使用していなかった。
一応、ウィレムの判断は正しかったようで、返答が返される。
「うむ、冒険者ハーキュリース=ヴァン=アルトリーリア=クルーガーだ。長いのでハークと呼んでくれ。早速だが、状況を聞かせてくれると有り難い」
「ああ、勿論だ。……だが、俺もこんな事態は初めてで、断片的なコトしか言えん。それでもいいか?」
「構わぬ。少しでも情報が欲しい」
「そ、そうか。分かった。ハーク殿はこの街の事情は少しは分かるか?」
「遺跡が多い街だという事は知っている」
「それで充分だ。俺たちはそんな遺跡の奥から、時偶溢れ出てくるアンデッドモンスターを退治することを主な仕事にしていた。と言っても、普段は多くても2~3体を退治するのが精々だ。あんな大量に出てきたことなんか、聞いたことも無い」
「成程、何か異常事態が起きているであろうことは確実といったところか。心当たりは?」
「全く無いんだ。今日は遺跡に侵入した奴はいないし」
「昨日はどうだ?」
「昨日? ……そういえば一組いたな……。如何にも身分有りげな二人組が遺跡から出てきたのを見たという報告があった筈だ。観光で来た奴が中を覗いていったのかとも思ったんだが……。まさか! そいつらが何かしたのか!?」
「まだ判らん。調べてみぬことにはな」
「そうだろうな……。ン? どうしたお前ら?」
話が一度途切れたタイミングを見計らってなのだろう、遠巻きに控えていた部下の中から3人が歩み出てきていた。
「隊長、ブラン達の遺体を回収させてください」
そういえば歩み出てきた3人は、最初に殺されたブランの所属していた小隊メンバーだった。
せめて仲間の遺体ぐらいは、とは殊勝な心掛けではあるが、今の状況で許可出来る筈も無い。それに別の問題もあった。
「駄目だ。気持ちは分かる。しかし、悪いが許可出来ん。そもそもあんな状態で判別なんぞ出来るのか?」
「いえ……それは……」
3人は悔し気に下がっていった。殺され、アンデッドモンスターの仲間入りを果たしてしまった仲間たちは、どれも先の戦闘でバラバラに砕かれ、散乱し、混ざってしまっていた。
「どうした? 仲間が殺されたのか?」
ウィレムと部下たちの様子を視て、エルフの剣士が訊く。
「ああ、三人殺られちまったよ。だが、驚くことに殺された三人は全員あっという間にアンデッドモンスターに変えられちまったんだ。俺らにも襲い掛かってきた」
「何!? では、今儂らが倒した者の中に居た訳か。それは済まぬことをした」
命の恩人に謝らせるような形になり、恐縮するウィレム。
「いやいや、謝らないでくれ! あの状況じゃあどうしようも無いよ! 助かったのは本当なんだしな」
「ふむ、参考までに聞かせて貰いたいのだが、その殺されてしまった者達のレベルは?」
「ん? 19が二人、20が一人だ」
「ふうむ……」
それきりエルフの少年剣士は押し黙ってしまう。その様子を視て、ウィレムの脳裏に一つの推測が閃く。目の前の人物にはひょっとすると、この事態に対する心当たりがあるのではないか、と。
エルフは非常に長寿な種族だと聞いている。その長さにしてヒト族の少なくとも5倍はあるという。
それはつまりたった一人であっても、ヒト族が知る由も無い知識を持っていたとしても何らおかしくはない、ということなのである。
ハークと名乗ったエルフは、外見上どう視ても成人とは言い切れぬ見た目をしている。
しかし、話し方といい態度といい、そして先の戦いぶりといい、只者ではないというのは一目瞭然であった。しかも、話をしていると、自分の親爺くらいの年代の者と会話しているような気分にさせられる。
所謂、自分の倍以上生き抜いた者の貫禄の様なものを、ウィレムは感じ取っていた。
「ハーク殿はひょっとして……、今回の事態に何かしらの知識を持って、おられるのか?」
「む? ふうむ……、そうだな……、持っているかもしれん。が、まだ判らん。確かめる故、少し奥地に行ってみる。後2~3分ほどで儂の仲間たちもここに到着する筈だ。その者たちと共にこの門を守っていてくれ」
少年の言葉に、やや勿体付けたモノを感じるウィレムだったが、断定出来ぬ状態で無責任に語り混沌を助長する輩よりずっと良いと思い直した。
「了解した。気を付けてくれよ」
「有難う。ああ、先程の話に出た、如何にも身分有りげな二人組が出てきたという遺跡の場所を教えてくれ」
「ああ、それなら……」
ウィレムが件の遺跡の場所を掻い摘んで説明すると、エルフの少年と白き従魔はその方向に向かって歩きだした。
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